OH!MY DARLING! 続き


※現代パロ
※名前変換ありません
※付き合ってないのに体の関係の描写あり。R15



 どうしてこうなったのか。
 先ほどからこの疑問が私の中でぐるぐると回っている。どうしてこんな状況になったのか。流されてしまった自分が悪いのだろうが、流そうとするほうも悪いのではないか。特に、最初からこんな状況に持ち込もうと企んでいた人間は。
 自分のふがいなさと、自分のすぐ背後にいる男の強引さにため息をつくと、背後からのんびりした声が聞こえてきた。

「どうしたの、ため息なんてついて?」
「……どうしたもこうしたもありませんよ。なんで髭切先輩とお風呂に入ってるんだろうって思い出して、自戒してるところです」
「自戒? なにを戒める必要があるの?」
「髭切先輩の甘い言葉に乗せられてまたホイホイついてったのはどう考えても反省しなきゃダメでしょう……警戒してたのに……」

 それを聞いた、私を後ろから抱きかかえる形で湯船につかっている髭切先輩は笑い声をあげた。

「あはは、なんだそんなことか。僕としては願ったりかなったりだから、君にはこのままでいてほしいんだけどなあ」
「……っ! それが私にとっては……! ああもう、上がります!」
「だーめ、まだだよ」

 私が耐え切れずに風呂からあがろうとすると、私の体に回されている髭切先輩の腕がそれを阻止した。服の上からではわからなかったが、髭切先輩の体は柔らかい美貌とはまた違ってがっちりしたほうだった。腕も男性らしくたくましい。スポーツか武道かやっていたのだろうか。前回裸になった時はよく観察している余裕がなくて気づかなかった。思わぬギャップに心の奥でときめきそうになるが、首を振って正気に返る。
 今の状況を説明すると、髭切先輩と私は一緒にお風呂に入っている。当然二人とも裸で、タオルもなにも身に着けてない。湯はホテルに備え付けてあった入浴剤でピンク色になっている。入浴剤のフローラルの香りがする中、私は頭を抱えた。



 髭切先輩に手籠めにされてしまったのはつい先週のことである。あの後逃げるように自分のアパートに帰り、それから丸一日寝込んだ。男性経験の少ない私に、いきなりあんな過度な快楽は毒だったようだ。絶頂という現象も知らなかった体なのに、あっという間に失神させられそうになったのだから。なんとか日曜で回復したのは元からの頑丈さ故だろうか。
 それから会社では、徹底的に髭切先輩を避けた。部署は同じだし仕事上受け持っている案件が同じということもあるので、完全には関わりを断てなかったが、仕事以外では一切しゃべらなかったし、仕事の話をしているときもなるべく目を合わさないようにしていた。髭切先輩は何度か私に苦笑いをしたようだが、それに気づく余裕もなかった。
 とにかく彼を意識しまくった一週間だった。デスクに向かっているときに、なんとなく視線を感じた。おそらく私の態度を怪訝に思った髭切先輩が視線を送ってきたのだろう。私があからさまに避けるので、向こうも私に気づかれないように何らかの接触を試みているようだった。気が付けば隣に立っていたりということもあった。気配殺すのうますぎると思った。祖先は忍者かなにかか。
 金曜の夜。これで週末は髭切先輩から解放される……と思いつつ、残業して資料室で資料をかき集めているところだった。金曜の夜ということで皆早々に帰り支度をし、部署には私しか残っていないはずだ。髭切先輩も机の上をまとめていたから、きっと今頃社内にはいないだろう。とにかく彼と帰りのタイミングを一緒にしたくなかった。そのために、来週にすればいいような資料集めをわざわざしているのだ。

「つ、疲れた……来週もこんな感じなのかな……」
「そうだねぇ僕もこういうのは趣味じゃないなあ」
「ぎゃああああっ!!」

 背後から突然聞こえてきた、男性にしては少し高い声にびっくりして、持っていた資料を落とした。思わず女らしからぬ大声を上げてしまって恥ずかしいが、さんざん避けてきた人物の声がすぐ後ろから聞こえてきたら叫ぶのも無理はないと思う。過剰表現ではなく心臓が口から飛び出るかと思った。
 振り向くと、髭切先輩がいつもの微笑を浮かべながら資料室のドアの前に立っていた。

「ひ、髭切先輩……どうしてここに……」
「君を待ってたんだけど、遅いから迎えに来たんだよ。はい、鞄」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて、私を待っていたとは……なにか用でしょうか」

 私の荷物を差し出しながら近づいてきた先輩を警戒して後ずさる。しかし背後は資料の詰まった棚である。逃げ場のなさに危機感を覚えつつ、先輩に尋ねる。

「そんなに警戒しなくてもいいのに。社内じゃたいしたことはできないんだから」
「……そうでしょうか……」
「僕としては別に、僕が君に交際を申し込んでいることはばれてもいいんだけどね。だって遊びじゃなくて、真剣に恋人になってほしいんだから」
「えええ……なのにあんな色仕掛けみたいなことしてくるんですか……?」
「やっぱり最初に確認はしておきたいからね、体の相性は……大事だって、この前のことでわかったでしょう?」
「……! よ、用はなんですか……!?」

 じりじりと近寄ってくる先輩に本題を促す。これ以上先週のことを掘り返されてはたまらない。私としては早々にあの一件を闇に葬りたいのだ。

「ねえ、ごはん食べに行こうよ」
「は? ごはん? 飲みではなく……?」
「だって、お酒の席だと警戒して逃げるよね?」
「それはそうですけど……」
「一週間お疲れ様。今日はおいしいものごちそうするね」
「えっ、え?」
「ほらほら、仕事なんてもうおしまいにして、行こう?」

 にっこり。そう効果音がつきそうな笑みを向けられた私は。悩みつつも結局、またしても髭切先輩の誘いにホイホイとついていったわけだ。
 その結果がこれである。今一緒に素っ裸でお風呂に入ってる。この間のような一般的なホテルではなく、ラブホテルと称されるところで。
 最初は、そう最初は本当にただ普通に晩御飯をごちそうになっていただけなのだ。先輩のおすすめの中華料理屋で極上の小籠包をいただいた。ものすごくおいしかった。食後の杏仁豆腐も口の中でとろけるような食感でたまらなかった。また行きたい。
 デザートまでごちそうになって、おいしいものを食べた幸福感に浸りながらホットウーロン茶を飲んでいると、先輩が私に笑いかけた。

「おいしかった?」
「はい、すごくおいしかったです……! こんなにおいしい中華食べたことないくらい……」
「喜んでもらえてよかったよ。君がおいしいもの食べてるときの幸せそうな顔が、僕は大好きなんだ」
「え……」

 急にそんなことを言われ、私は思わず胸を高鳴らせた。好き、と面と向かって言われるのは、いくら髭切先輩だろうとやはり意識してしまう。

「この後なんだけどね」
「は、はい」
「僕、お風呂に入りたいんだよね」
「はあ……」

 お風呂というと、銭湯かどこかにいくのだろうか……とぼんやりしながら相槌を打った。髭切先輩は私の相槌に視線を上げると、私のほうへ身を乗り出した。

「お風呂、行く?」
「え? いやでも、私お風呂に入りに行くような用意はなにもしてないですよ?」
「大丈夫だよ、そこに大体はそろってるから」
(まあ、今はアメニティとか充実してるからなあ……そこまで心配しなくてもいいかな、泊まるわけじゃないし)

 私はそう結論付けると、髭切先輩の提案に頷いたのだった。
 そうして連れられてきたのがラブホテルだったというわけだ。
 当然、私はラブホの前で抵抗した。先輩の言う「お風呂に入る」のが、男女別々に入ってそのままさようならでは絶対にないことぐらい、ここまでくれば私でもわかる。

「私帰りますね!」
「え? お風呂入らないの?」
「入らないの、って……それって先輩と一緒に入るってことですよね?」
「そうだよ。この前は僕も夢中で、ゆっくりできなかったからね。今夜は二人でまったりしよう」
「しません! 帰ります!」

 といって踵を返そうとしたが、先輩に腕を取られて失敗に終わった。そのまま腕を引き寄せられ、あっという間に先輩の腕の中に納まる。髭切先輩の匂いを認識する前に、くちびるをふさがれる。

「んっ、んんー!」

 くちびるを割ってすぐさま先輩の舌が入り込んできた。前回のエレベータのなかでしたような激しい絡み合いではなく、ゆっくりと私の舌を撫でている。前回と違うからといって、油断してはいけない。髭切先輩のキスは、ダメだ。私の思考能力を確実に奪うのだ。それが激しいものでも、今のようにゆっくりとしたものでも。
 むしろ今のキスのほうがダメのような気がする。焦らすように舌先を撫でられて、ちゅ、ちゅっ、とリップ音を立てながら口を吸われるキス。彼の舌が引っ込むときに、つい彼の舌を追いかけてしまいたくなる。ざらりとした舌の表面の感触がが舌先に残るたびに、体が熱くなる。

「ん、ぁ……ん」

 舌先から上顎へと移動した先輩のそれは、歯の裏側をなぞるようにして動く。途端にぞわぞわしたものが背中を走る。

「あ、ふ……だ、め……」
「ダメ……? やめる? それとも、この先もする……?」
「っ……!」

 キスの攻勢に耐え切れず、くちびるを離して顔を背けると、先輩に向けた耳たぶを食まれた。くちびるでやわやわと食んでいるだけだったのに、そこへ普段聞かないような艶を多分に含んだ低音を吹き込まれる。

「この、先って」
「気持ちいいこと、この前したよね。僕と……ねえ」
「ひゃっ」

 ちゅう、と強く耳たぶを吸われた。耳から入ってくる先輩の声と、かすかな唾液の音がいやらしい。どんどんあの夜のことしか考えられなくなる。髭切先輩で頭がいっぱいになる。

「また僕と、気持ちよくなろうよ」



 そして今に至るというわけだ。すっかりほだされてしまった私はラブホに連れ込まれ、あっという間に身ぐるみをはがされて一発転がされてしまったのだ。
 髭切先輩の手練手管に腰砕けの状態になった私は、先輩に抱えられて風呂に入っている。そして冒頭へと戻る。髭切先輩に関する情報に付け加えておかなければ。色仕掛けと食べ物で私を釣るのが非常にうまいと。

「やっぱり二人で入るとなると、大きいお風呂がいいからねぇ。こういうホテルは雰囲気ありすぎて、ちょっと趣味じゃないんだけど」
「さいですか……」
「どうしたの? のぼせちゃった? それとも、さっきのセックスがよすぎたかな?」
「〜〜っ!」

 いけしゃあしゃあと聞いてくる背後の男にこぶしを振り上げそうになる。しかしそのこぶしを実際には振るうことなどできない。そんなことをすれば、いろんな意味で自分の身が危ないからだ。きれいに倍返しされるに違いないのだ。

「やっぱりすごく気持ちいいよね、僕とのセックス。これでわかっただろう? 僕との相性は抜群だって」
「ぐっ……た、たしかにそうですけど……!」
「ね? だから僕と付き合おうよ。一週間、僕を意識して避けていたつもりだろうけど、逆効果だよ」
「え?」
「あんなにわかりやすく避けてたら、あの夜のことを忘れられないって言ってるようなものだよ」
「うっ……! そ、そんなんじゃ……」
「違うの?」

 違わない。あの夜のことがずっと頭から離れなかった。自宅に帰っても髭切先輩の手の、くちびるの、舌の感触が肌に残っていて、興奮で眠れなかった。自分の口からあんなに高い声が出るんだと初めて知った。肌に散った鬱血のあとを見ては、噛みつかれたときの痛みと快感を思い出していた。
 髭切先輩は言葉に詰まった私を満足そうに抱き寄せると、うなじに舌を滑らせる。

「あっ……」
「色仕掛けでもなんでもいいよ。君が欲しい──君が好きだよ」
「! わ、わたしは……」

 返す言葉を探す私の頬にキスを落とした髭切先輩は、小さく笑い声をあげた。

「ふふ、返事は急がなくてもいいよ。ゆっくり考えてくれたほうが、僕も嬉しい」
「……はい」
「君がゆっくり考えている間、僕はなにもしないわけじゃないしね」
「はい……ん?」

 先輩が付け加えた一言に引っ掛かりを覚えた。なにもしないわけじゃない、ということは、今のような状態を言うのだろうか。

「え、先輩……どういう……?」
「さて、もうそろそろ上がろうか。体洗いっこしようよ」
「え、ちょ、待っ」
「僕、恋人と洗いっこで泡だらけになるのやってみたかったんだ」
「まだ恋人じゃないですけど!?」

 そんな私の叫びを聞いているのかいないのか、彼は笑いながら私を抱きかかえてシャワーの前へと運ぶ。先に一発致して腰砕けにしたのは、入浴中に抵抗できなくするためだったのかもしれない。などと先輩の思惑に見当をつけても、後の祭りである。
 そして私たちは、仲良く泡だらけになったのだった。


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