2.バラの花束贈っていいのは二次元の住人だけだ(or手編みマフラー)



「長谷部くん、あれからさんから電話来ないんだけど、ちゃんと伝えてくれた? 僕の電話番号を机の上に置いたって」
 などと開口一番に俺を非難してきた同期の燭台切光忠。こいつが俺の直属の先輩、先輩に一目惚れしたと知ったのはつい昨日のことだ。昨日と同じく、昼休みに俺の所属部署まで訪ねてきた燭台切は、先輩の姿を探しながら俺の机へと寄ってきた。
「言った」
「ホント?」
「嘘をついてどうする。ちゃんと伝えたことは伝えた。そのあとお前に電話するかしないかは先輩の自由だろう。俺は知らん」
 本当は、俺が昨日昼休みがあけて部署に戻ってきた先輩にそのことを伝えると、先輩は中身も見ずに紙切れをゴミ箱へと放っていたのを知っているが、それを燭台切に伝える義理もない。二人のことは二人の間だけで完結してほしい。いくら先輩を尊敬しているからといって、燭台切に絡まれる要素をわざわざ増やすこともない。
 燭台切は眉尻を下げて残念がる。
「そっか……もしかして、あの紙に書いた僕の電話番号、間違ってたかな? じゃあもう一回正しい番号を書いておかないと」
 そう言ってまたいつもの微笑みになる燭台切。俺は思わず椅子からずり落ちそうになるのを寸ででこらえた。こいつは先輩のこととなると、どうしてこうも斜め上の前向きさを発揮するんだ。
「それでね、長谷部くん」
 何がそれでね、だ。俺は面倒になって返事を返さなかったが、燭台切は勝手に一人で喋り続けた。
さんを食事になかなか誘えないから、お礼に何かプレゼントをしようかなと思うんだけど、どうかな?」
「いいんじゃないか別に」
 先輩としてはおそらく、こいつに付きまとわれなければ礼なんていらないだろう。そもそもお礼など特に気にしてないだろう。プレゼント一つでこいつの気が済むのならそれでいいんじゃないかと、俺は半ば投げやりに返事をする。
「何が喜ぶかなぁ。長谷部くん、さんの喜びそうなものってなんだろう?」
「……そういう会話をしたことがない」
 というか、俺にそんなことを聞くほうが間違っている。俺より自分のほうが余程女性慣れしているだろうに。俺がそう答えると、燭台切は困ったように頭をかいた。
「女性の好きそうなものを選ぶと、どうしても無難になってしまうだろ? そんなんじゃ彼女の気を引けないじゃないか」
「……そうか」
「だから好きなものをあげたいんだけど、長谷部くん知らないのかぁ、残念」
 残念とは言うが、そこで俺が先輩のもらって喜ぶものや好きなものを知っていると答えると、それはそれで気に食わないんだろうと思った。なぜ知ってるのか、知り得た経緯を事細かに説明させられるだろう。燭台切の、笑っているくせに妙に圧力を感じる笑顔を思い出して背筋が寒くなった。
「何かこう、彼女の好みを外さないけどインパクトが強いものってないかな」
「……そういうことなら鶴丸さんに聞いたらどうだ。あの人なら、そういうことはお手の物だろうが」
「あの人に聞いたら、だだのびっくりアイテムになりそうだよ。しかももらっても置き所に困りそうなやつ」
 珍しく燭台切と意見が合った。鶴丸さんとは会社でもかなりの古株で、人を驚かせることに執心している人だ。よく言えば童心を忘れない人なのだが、仕事が立て込んでいる時につかまると、拳的な意味で手を出しそうになる。困った人だ。
「もうなんでもいいだろ。礼の言葉と一緒に実用的なものでも贈っておけば、先輩はそれで十分喜ぶだろう」
「えーっ、それだけじゃ僕の気がすまないよ」
「お前のことなんか知るか」
「うーん……やっぱり女性の喜ぶものといったら……」
 俺の発言を無視して腕を組んで悩み始める燭台切。俺も投げやりな言葉しか返してないが、こいつはこいつで話を聞かないなら帰れと言いたい。ストレスが溜まっていくのを感じてイライラと眉間に皺を寄せるが、燭台切はそんな俺の様子にも気付かない。
「長谷部くん、バラとマフラーとどっちがいいかな」
「は?」
「長谷部くんが片想いの女性に贈るとしたら、バラの花束と手編みのマフラー、どっちにする?」
 俺にそんな意見を求められても困る。そしてそもそもどっちも選択肢に上がらない。バラの花束なんてキザすぎて贈られたほうも引くだろうし、手編みのマフラーは付き合ってもいないのに重たすぎる。なぜその二択なんだ。先輩ならどちらを贈られても確実に引く。
「おい、その二択はやめておけ」
「やっぱり女性は花が好きだよね。さんの香水もフローラル系だから、少なくとも花の香りは嫌いってことじゃないよね。バラは花言葉で考えるとやっぱり赤いバラかな。僕の気持ちも少しは伝わるといいなぁ」
「話を聞け……」
 一人でどんどん話が進んでいる。しかもさらっと先輩が使っている香水が何の香りかを明かしている。昨日もそうだが、こいつの嗅覚はどうなっているんだ。付き合ってもいない女性が使っている香水が何系の香りかを知っている、その異常さになぜ気付かないんだ。
「そうと決まれば、仕事が終わったらさっそく買いに行かないとね。仕事帰りに待ち伏せて渡そう」
「いや、迷惑だろ」
「あ、そうか、荷物になっちゃうか。うーん……でも、僕がさんの家まで荷物もちになれば問題ないよね。……一石二鳥、かな」
 さらりと恐ろしいことを言う燭台切に、俺は思わず鳥肌が立った。どさくさに紛れて先輩の自宅を把握する気だ、こいつは。
「あっ、さん」
 燭台切の声に顔を上げると、部署の入り口に先輩の姿があった。昨日と同じように昼食を終えて戻ってきたらしいが、燭台切を視界に入れるとまた、
「ひぃっ……!」
 と短い悲鳴を上げて一目散に駆け出した。その反応の速さは昨日よりも上がっている。昨日、追いかけられた後に何があったのか。もしや魔の手から逃れられずつかまってしまったのだろうか。
「あっ、もう照れちゃって、昨日はあんなに甘い時間を過ごしたっていうのに……可愛いなぁ」
 間違いない、先輩は昨日逃げ切れずにつかまってしまったのだ。恍惚とした表情で先輩の後姿を見送った燭台切は、新しい紙切れを先輩の机に置くと、俺に手を振った。
「じゃあ長谷部くん、伝言よろしくお願いね」
 そして、昨日と同じようににっこりと笑って先輩を追いかけていった。やつの周りに桃色のオーラが見えそうなほど上機嫌な足取りだ。恋は盲目とは言うが、あれほど盲目になられては、相手はさぞかし怖いことだろう。
「先輩、やつを止められなかった俺を許してください……」
 思わず昨日と同じような懺悔をしてしまったが、これもまた誰の耳にも入ることはなかった。



さーん、お仕事お疲れ様。はい、この間のお礼のつもりだけど、受け取ってくれる?」
「え……なにそれ、そんなバラの花束をお礼として差し出されても恐怖しかないんだけど……恥ずかしいし、ここじゃ断りにくいし……ていうかお礼とか気にしなくていいって言ったよね?」
「大丈夫だよ、僕がちゃんとさんの家まで持っていくから。あ、なんだったら仕事の鞄も持とうか?」
「いや、いいって言ってるじゃん……! ていうか家まで来る気満々なの!? やめてよ!」
「家までちゃんと送らないとね。帰り道もちゃんと知っておきたいし、さあ帰ろう」
「やめて! それならもう自分で持って帰るから!」
「え、でも帰り道危険だから送っていくよ?」
「毎日通ってるから今更急に危険にならないよ! ついてこないでよ!」
「えーっ、心配だなぁ。ほら、女性の一人暮らしの部屋に空き巣が入って、帰ってきた家主を襲うって事件も聞くし、部屋の中まで安全を確認しないと僕が不安なんだよね」
「家にまで上がる気なの!? 絶対やだ!」
「また照れちゃって……その後僕が襲わない保障はないからって、そんなに警戒しなくてもいいのに。むしろ逆効果だよさん。可愛いなぁ」
「え、ちょっとマジで何言ってるかわからない……いやわかるけど理解したくない……」


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