一度はしてみたいペア下着



 ある日の午後のこと。日課任務を午前中に終わらせ、今日中にやっておかなければならないことも済ませたは、時間が空いたので本丸の家事を手伝っていた。今やっているのは物置の掃除である。普段はあまり掃除されず、気が付いたときに手の空いているものが掃除している物置。季節家電や予備の装備品などが置かれている。そんなに雑多ではないが、きちんと整理されているとは言いがたい。は、扉と窓を開けて換気をよくしてから、まずははたきでほこりを落とし始めた。
ほこりを落とし終わり、次にほうきでごみを集める。掃除にすっかり没頭していたは、背後に忍び寄る人影に気が付かなかった。

「あ・る・じ、お掃除お疲れ様」
「うぉおああっ!?」

 突然耳元でささやかれ、はびっくりして若干勇ましい叫び声を上げた。持っていたほうきがの手を離れ、硬い音を立てて床に倒れた。声の主は恋人の燭台切光忠だ。のすぐ後ろまで気配を殺して近づいてくるとは、どう考えても驚かせようとしていたに違いない。ついでに言うと、光忠の左手がの胸を揉み、右手が尻と太ももを撫でまわしている。

「みっ、光忠くん、驚かさないでよ!」
「あはは、ごめんごめん。すっごくいい反応だったよ、
「もう……心臓飛び出るかと思った……っていうかこんな時間からどこ触ってんの」
の後ろ姿を見てたら、今日もいいお尻だなぁと思って、つい」

 後ろから抱きしめられている体勢なので光忠の表情はわからなかったが、にっこりとわらったのだろうと推測できるぐらいに上機嫌な声だった。話をしている間も光忠の手は休まることなく動いているので、それが上機嫌の理由かと最初は思っていた。ただ、この時間光忠は、出陣や遠征に出ていなければ調理などの家事にいそしんでいる時間だ。わざわざ物置にまで足を運ぶ理由があるのだろうかと、は疑問を抱いた。

「光忠くん、なにか用があって来たんじゃないの?」
「ああそうだった。忘れるところだった」

 というと、光忠はようやくの胸と尻から手を離した。本格的に盛っているわけではなさそうだが、いつどこで本気になるかわかりかねるところがあるので気が抜けない。これが夜で、自分の部屋だったらもやぶさかではないのだが、今は昼間で、ここは誰が見ているとも限らない物置だ。
 手が離れたので、は光忠に向き直った。彼はポケットの中を探り、なにかを取り出してに見せた。それは、白い布地にいちご柄がプリントされていて、布の両端にはひもが付いている。初めて目にするものだった。

「……これ、なに?」
「ふんどしだよ」
「は? ふんどし?」
「うん。最近は女性用のふんどしも充実してるんだね。僕ちょっと驚いたよ」
「……これを、どうしろと?」
「どうするって、着けてくれないかな」
「…………なんで」
に着けてほしいからだよ。いちご柄、かわいいだろう?」

 さらりと言ってのけた光忠とは裏腹に、の表情は険しくなるばかりだった。なぜふんどしが出てきたのか、なぜ唐突にいちご柄なのか、そしてなぜそれを着けろというのか。当然のような顔をしてないで、それらを順を追って説明してもらわないと困る。

「いや待ってよ! なんでふんどしなの? なんでそれを着けなくちゃならないの? あとなんでいちご柄なの?」
「え? ふんどしって結構快適なんだよ? 通気性もいいし締め付けもほとんどないから、も気に入ると思うよ。僕も最初はちょっとな、って思ってたけど、着けてみたら快適さにはまっちゃった」
「そ、そう……」
「でもね、やっぱり見た目が気になるから、どうせ着るならとおそろいがいいなと思って」
「えっ……!? これ光忠くんとおそろいなの!?」

 思わず渡されたいちご柄のふんどしを確認する。ふんどしではあるがいちご柄がかわいいと思う。しかしこの柄は光忠の趣味ではない。そして、着けてもたぶん似合わない。
 光忠はもう一度ポケットを探り、が持っているふんどしとそっくりのふんどしを取り出した。のものより少し大きい。男性用だろうか。

「そうだよ。ほらこれ」
「ええぇ……光忠くん、それ着るつもりなの?」
「うん。でもやっぱりちょっと恥ずかしいから、が一緒に着けてくれたらうれしいなと思って。花柄とか縞々とか色々柄あったけど、やっぱりいちご柄が一番かわいらしさといやらしさにギャップがあると思ったんだ」
「え、ごめんやだ」
「えー、そう言わずに、まず一回着けてみてよ」
「やだよ! 光忠くんとおそろいとか余計に嫌だよ!」
「ええーっ、そう言わずにおそろいにしようよ。そのほうが絶対に夜燃えるよ」
「はい?」
「だって脱いだらが僕と同じふんどしを着けてるんだろう? 興奮せざるを得ないよね」
「いや同じ柄なだけであって違うふんどしだし」
「お互い脱いじゃったらどっちがどっちのふんどしかわかんなくなっちゃうよね。『あれ……どっちのかわかんないね』ってが困ることになっても、僕はのにおいで一発でわかるから心配しなくていいよ」
「ねえペアルックを迫る理由絶対それだよね? どさくさにまぎれてにおい嗅ぎたいだけだよね?」
「もちろんにおい嗅ぐだけじゃ終わらないから安心してね」
「いや別になんにも不安に思ってないから!」
「これ使った翌日洗濯するときに、同じ柄のふんどしがあるぞってみんなの間で噂になるかもしれないね」
「いやいや私は着けないからね? ていうか使うって」
「えー、物は試しで今夜着けてみてよ。絶対かわいくてエッチだよ。想像して僕ちょっと興奮してきちゃった」
「やめて! 絶っっっ対やだ!」

 その後も光忠は粘り強くペアふんどしをに勧めてきたが、なにを言われようとは首を縦には振らなかった。夕飯の支度の時間になり、歌仙が光忠を強引に台所へ引っ張っていったおかげで、は難を逃れた。ただ、物置の掃除は光忠のせいで終わらせることができなかった。
 こうしてペアふんどしは、事件になることなく闇に葬り去られた。


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