酔うと想像力が豊かになる



※下品注意。



 梅雨が明けて本格的に気温が上がってきた頃、の実家から御中元としてビールの詰め合わせが本丸に送られてきた。いつも娘がお世話になっています、という文面が添えられていた。
(なんか恥ずかしいんだけど……嫁に行ったわけじゃあるまいし)
 燭台切光忠という彼氏が出来たのであながち間違いでもないが、成人して社会にも出ている娘の職場兼住居にお世話になっているというのもどうなのか。そう思わないでもないが、酒好きの刀剣男士たちは概ね喜んでいるのでよしとすることにした。
 も酒盛りに混ぜてもらい、酒飲みの刀剣男士たちとビールを酌み交わした。初めてのビールに最初は戸惑っていたものの、いつの間にか慣れていったようであっという間にビールはなくなった。
「やっぱりみんなは日本酒とか焼酎のほうが好きなのかな?」
 空になったビール缶やグラスを持ってが台所に行くと、歌仙と光忠がつまみを作ったり皿を片付けていた。歌仙は先日の箸舐め事件のせいで、あれ以来光忠と一定の距離を保つようになっていた。
「うーん……それはどうだろうね。ビール自体、今回が初めてだからなぁ」
「特に改まって酒の好みを聞いたりはしないからな」
「そうなんだ?」
「好みを聞くとしても、肴についてかな。買えるお酒も限られてるしね」
「へえ……」
「そういう主はビールのほうが好きなのかい?」
「私? 私はどっちでも。今の時期はビールか冷酒って感じ」
「冷酒か。冷蔵庫に冷えてるのもあるが、飲むかい?」
「え、いいの?」
「広間にいる酒を飲んで騒ぎたいだけの連中よりは、主に飲まれたほうがましだろう」
「そうだね。はそろそろ部屋に戻ろうか」
「え」
 冷蔵庫から冷酒を取り出しながら光忠がに笑いかけた。微妙な圧力を感じる。
「先に戻ってて。すぐにお酒持って行くから」
(二人で飲む……ってことかな?)
 笑顔の真意にそれとなく察しをつけて、は頷いた。歌仙がこっそりため息をついたが、も光忠も気付かなかった。
 離れの自室まで戻る。広間から酔っ払いの声がかすかに聞こえる。蚊取り線香を炊きながらぼんやりとその声を聞く。それから縁側に座り、うちわで扇ぎながら光忠を待っていると、程なくして酒と杯を二つ乗せた盆を携えてきた。
「おまたせ」
「あ、ありがとう」
 お互いの杯に酒を注ぎ、杯を軽くくっつけてから飲む。冷たさの中にアルコールの焼けるような熱さがある。
「さっぱりしてて飲みやすいね」
「そうだろ? 僕と歌仙くんのとっておきなんだ」
「へえ……じゃあみんなには内緒だね」
「二人きりで飲んでることもね」
「うん……」
 先ほど広間で飲んでいたビールと、一口飲んだ冷酒のアルコールが回り、まぶたが重くなってきた。知らず目元が垂れ下がってきているのを、光忠が小さく笑った。
「酔ってるね。やっぱり君を部屋に帰してよかったよ」
「え?」
「今の色っぽいから、広間のみんなのところになんか置いておけないよ」
「もう……みんなは私のことそんなふうに見てないでしょ」
「……男って生き物をわかってないね」
 の言葉に呆れたように肩をすくめる光忠。光忠の言わんとしていることがわからず、なんなんだと思いながら杯を傾けると、杯の端のほうから酒を少しこぼしてしまった。
「ああ、やっちゃった」
 こぼれた酒が顎をつたって鎖骨に落ちた。ティッシュをとってこようと立ち上がりかけたを、横から光忠が制止した。
、待って」
「ん?」
「僕が拭いてあげる」
「え……」
 拭いてあげるの言葉に嫌な予感を覚えては後ずさりした。拭いてあげるという口実で体を舐められたことがあるからだ。そしてその予感は当たっていたようで、光忠は鎖骨に落ちた酒を凝視しながらとの距離をつめた。
「ちょ、なに?」
「なにって、拭くから。僕がそれ舐めるから」
「いっ、いいよ! もう袖で拭いちゃうから!」
「ダメ」
「ひゃっ……!」
 光忠は素早くの両腕をつかんで抵抗させないように動きを封じると、鎖骨に舌を這わせて酒を舐め上げた。かん高い声を上げたは、顔を上げた光忠が舌なめずりするのを見てしまった。距離をとろうとするが、腕をつかまれたままなのでそれができない。
「はあ……おいしい」
「もっ、もう舐めたよね? 離してよ」
「えー、そんなに照れなくてもいいのに」
「照れてないから! 光忠くん酔っ払ってるでしょ」
「酔ってないよ。まだまだ飲み足りないね」
「じゃ、じゃあ手を離さないと飲めないんじゃない?」
「あはは、顔赤くしちゃって、可愛いんだから」
 笑いながらも手を離してくれた光忠は、再び杯を手にして酒を口に含んだ。その目線はの胸元に注がれている。
「もっと飲みたいなあ」
「……? 今飲んでるじゃん」
「このお酒全部裸のにぶっかけて、それを全部舐めたい。一滴残らず舐めたい」
「………………はい?」
 光忠の発言を上手く理解できずに聞き返す。光忠はねっとりとの身体を見つめている。
「冷たいからにかけたら鳥肌たっちゃうね。その鳥肌の感触も舌で楽しみたいなぁ」
「…………み、光忠くん?」
「かけたらは、『ひゃっ、冷たいよ光忠くん……!』て嫌がるんだけど、僕が大丈夫すぐ舐めちゃうからってぺろぺろするだろ? それでだんだん僕の舌に感じちゃって『や、やだ……光忠くん……私、変になっちゃうよぉ……』って蕩けちゃうんだよ。身体が火照ってきてこれもう冷酒じゃないね、ポン酒かな?っていいながら余さずお酒を舐めて、で火照ったせいでかいた汗も舐めて」
「あ、あのー……」
「わかめ酒ってのもいいよね。『やだ、そんなとこ汚いよ』っていうに汚くないよ大丈夫って優しく諭しながらお酒を注いですすって、のわかめふよふよ浮いてるよって言うと『もう、恥ずかしいよ光忠くん……!』てが顔真っ赤にするんだ」
「待って待ってちょっと待って光忠くん戻ってきて」
 自分の世界に入り、一人で想像を語る光忠を呼び戻す。想像の自分を語られて、恥ずかしいというよりも内容にドン引きだ。
「光忠くん、やっぱり酔っ払ってるね」
「え? 酔ってないよ?」
「いやいやさっきのアレ絶対普通じゃないから。台所にいたときも飲んでたの?」
「んー……まあ、ビール一本もらったし、おつまみ作りながら歌仙くんと少し飲んでたよ」
「やっぱり……もう今日は寝ようか」
「えー、まだ飲めるのに。あとエッチしてないし」
「いやいや、光忠くんすっごい酔ってるよ? もう寝たほうがいいよ」
「ええー、僕お酒飲んでもちゃんと勃つよ?」
「そういうことじゃないから!」
 光忠の腕を引っ張って立たせようとするが、光忠は中々縁側から立ち上がろうとしない。それから、管を巻く光忠をなんとか説得……というかあやしつつ、光忠の部屋へと帰したであった。


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