10、終わって始まる夜



※後半部分に短いですが致しているシーンがあります。苦手な方は読み飛ばしても大丈夫です



「太郎さんは、戦いが終わったら時が私と別れる時だって思ってますか?」
 が太郎に質問を投げかけると、太郎は少し考えるような間を置いた。
「……わかりません。ですが、貴女とはいずれ別れの時が来る、そう思っています」
「そうですね。でも、それがいつかはわからないですよね。戦いはいつ終わるか全然わからないし、戦いが終わったってまだ一緒に居られるかもしれない。それこそ、私が死ぬ時が別れる時かもしれないし」
「…………はい」
「だから、私は……いつか別れる日を、貴方と一緒に過ごしたいんです」
「いつか別れる日を、一緒に?」
 太郎の声がかすかに震えた。は太郎の手に自分の手を重ねながら、小さく頷いた。
「今だって、気持ちを隠して接することがこんなに苦しかったのに、別れる時なんてもっとつらいに決まってるじゃないですか。だったら、その時まで幸せに過ごしたって罰は当たらないと思うんですよね」
「罰……」
「そういう問題じゃないかもしれないですけどね。どうせ怖がるんなら、二人で悪あがきしてみてもいいんじゃないですか? やることはやっておきたいというか……それに」
 は太郎の手をぎゅっと強く握った。まだの手が冷えているせいか、彼の手はとても暖かく感じる。この手を、いつまでも放したくない。
「もう、だめなんです。貴方と、何もないなんて。こうして触れて抱きしめ合って、そんな幸せを知ってしまったから、元に戻れないんです。もうただの主人と近侍の関係なんて、とても満足できません……」
「主……
 後ろの太郎がどんな表情で聞いているのかはわからない。けれど、の名を呼ぶ声からは大体想像がつく。きっと憂いたような、つらさを隠したような表情で聞いているんだろう。太郎と一緒に過ごす時間と、太郎のことを考えている時間の長さが、に想像を可能にさせた。そして、これからもそれが続けばいいと思っている。ずっと、最後まで。
 太郎の手が、の指に絡んだ。貝殻のように指を絡めて手をつなぐと、手の大きさの違いを実感する。太郎の手はにとっては大きくて、このつなぎ方をすると少し痛い。でも、手をつないでいる幸せを感じられるので好きだった。
「……私も、貴女と愛し合う喜びを知ってしまったから……もうただの従者ではいられません。あの時一線を越えなければ、自分を制することが出来たならと、胸が痛くなるたびに思いました。けれど……貴女は後悔するよりも前に進む人だった。思えば、初めて会ったときからそうでしたね」
「そう……だっけ?」
「ええ、忘れもしません。自分のために皆のことを知りたい、それを後悔しないと言った貴女が……そんな貴女だから、私は惹かれてやまなかったのでしょう。そして、それは今も同じです」
 が思わず後ろを振り返ると、そっと頬に手を当てられ、優しいキスがくちびるに落とされた。太郎の表情は、ここ最近ではとんと見かけなかった、穏やかな表情をしていた。まるで、つき物が取れたような。
「貴女を愛しています、。それは、もう私自身にも止められない気持ちのようです。だから……どうかいつまでも、そばに置いてください。一生、貴女にお仕えします……」
「太郎さん……! はい、はい……! 私も、太郎さんがいいです……!」
 の気持ちが、太郎に通じた。願いを聞き入れてくれた。は嬉しさと喜びと安堵の気持ちが入り混じってたまらなくなり、太郎に抱きついた。太郎も胸に飛び込んできたを受け止めると、力強く抱きしめた。
「主のその言葉が、私の始まりでした。覚えていますか、以前厩舎で雨宿りをしながら、私に同じ言葉を言ったことを」
「……あ……そういえば……」
「そんなことを言われたら、貴女に夢中になるしかないでしょう。あの時から私は、面白いように貴女のことしか考えられなくなったんですよ」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ。自覚がないなんて、悪いひとです。責任を取ってもらわないと困ります」
「ええ? せ、責任ですか」
「はい。もう一生私を手放さないと、誓ってください。貴女の小さな手に余る私を、最後までそばに置くと」
 抱きしめていた腕を緩められ、太郎の視線をまっすぐに受ける。穏やかに見える表情だったが、琥珀の瞳は真剣だった。その視線を同じくまっすぐに見つめ返して、は深く頷いた。
「……はい。太郎さん、最後まで絶対に放しませんから、覚悟してください」
 というと、太郎は安心したように表情を柔らかくして、もう一度を抱きしめた。その広い背に腕を回して、も強く抱きしめ返した。
 しばらくそうやって抱き合っていたが、太郎が名残惜しそうにしながらも腕を離した。そろそろ帰らないと、本格的にまずい時間になっている。本丸の仲間たちは、夕飯を主人が帰ってくるまで食べずに待っていることだろう。裏山を下りて母屋まで歩きながら、なんと言い訳するかが考えていると、太郎が体調を尋ねてきた。
「主、寒くありませんか。帰ったら夕食よりも先に、風呂で暖まったほうがいいのでは」
「うーん……自分じゃよくわからないんだよね。さっきまで太郎さんにあっためてもらってたし、たぶん大丈夫だと思うんだけど。……太郎さんがそばにいると、どきどきしちゃうから、あったまるとしたら太郎さんのほうがいいのかも……」
「…………主、あまり可愛らしいことを言わないでください。どうすればいいのかわからなくなりますから」
「え?」
 が太郎の言葉をよく聞き取れずに聞き返すと、太郎は口元を手で覆ってため息を隠した。もう日が落ちて辺りは暗くなっていたのでからはよくわからなかったが、太郎の頬は薄く朱に染まっていた。



 その後母屋に帰ると、やはりというかなんというか、山姥切国広が仁王立ちで待ち構えていた。今回は太郎が迎えに行ったということで彼は母屋で待っていたらしいが、さすがに帰るのが遅すぎたようで怒涛の嫌味攻撃を食らってしまった。心配しただろうに、彼はと太郎の間の空気がよくなっていることに気がつくと、盛大なため息をついて「まあ……あんたが幸せならそれでいい」と言った。彼にしてはえらく素直な言葉だった。心配をかけた分、彼に後できちんと謝らなければ。
(あと光忠くんにも、相談に乗ってくれたお礼をちゃんとしないとな)
 入浴を済ませ、一日の成果をまとめ終わると、明かりを消して床に入った。今日は色々なことがあった、というか展開が早すぎて、我が事ながらまだ心の処理が追いつかない。太郎とのことを思い出すだけで、胸の動悸もよみがえってくる。
 何度か寝返りを打って横向きに体勢を変えると、かたん、と部屋の戸が揺れる音がした。風が吹いたのだろうかと頭の片隅で思っていると、ふと背後に人の気配を感じた。それと同時に、肩に誰かの手が触れた。
「っ……!?」
「主、私です、太郎です」
「え、太郎さん……?」
 耳元で囁かれた声は、確かに太郎のものだった。太郎の手はの肩から二の腕をゆっくりと撫でると、胸元に向かって滑った。思わず身を硬くする。
「た、たろう、さん、どうして……」
「……おや。夕方、確かに誘われたと思ったのですが。暖められるなら私がいいと、その可愛らしい口で言ったはずです」
「あ……え、あ、あれは……!」
 太郎の手がの体をぐっと引き寄せ、仰向けに倒した。そこへすかさず覆いかぶさってくる。暗闇で光る琥珀の瞳は、熱に浮かされたような、情欲に濡れた目をしていた。その瞳に縫いとめられたようになり、は息を飲んだ。
「貴女は本当に悪いひとです。誘っておきながら、この期に及んで言い逃れですか?」
「……あ、あの……それは……」
「男を誘うということがどういうことか、教えて差し上げなければいけませんね」
「あっ……」
 太郎は言い終わるや否や、のむき出しになっている喉元に噛み付くような愛撫をした。痛いくらいに強く吸われ、肌がちゅう、と音を立てる。片手で胸を揉まれながら、もう一方の手で寝間着を乱される。こういうとき、浴衣というのはなんと脱がされやすいものなんだろうと、悠長なことを思う。
「あ、ん、太郎さんっ……」
「もう、我慢の限界です。抑え込んでいた分、今宵は貴女を存分に愛します」
「んっ、や、もっとゆっくり……!」
 先の情事よりも余裕がない太郎の様子に、が懇願するような声を出すが、それすらも彼を煽る要因の一つになっているらしく、聞き入れてくれる気配はない。
 顎をつかまれて抵抗する口をふさがれる。体は正直に太郎を求めているのか、力が入らずにされるがままとなっている。すぐさま侵入してきた舌に口内を暴かれ、唾液を流し込まれる。太郎の舌に合わせるようにも舌を動かしながら、流れ込んでくる液体を飲み込む。口が離れる頃には、の理性は唾液に溶かされたようになくなっていた。
 気がつけば、熱くとろけた体の中心が太郎の指を飲み込んでいた。二本から三本へと本数が増え、長い指で中を探られる。
「あっ、ああっ、や、だめぇっ」
「私の指をくわえ込んで離さないのは、のほうですよ。こんなにあふれて……」
「ああっ、だめ、だめ、いっちゃう……!」
「いいですよ、存分に果ててください」
 その言葉を待っていたかのように、の体がびくびくと何回かに分けて痙攣した。の中から一気にあふれ出して指に絡みついた汁を舐め取ると、太郎は自分の腰をに押し付けた。入り口にいきり立ったものを擦り付けて先端を湿らせると、の中へと入った。
「あ、あああ、たろうさ、ん、ああっ」
 入り込んできた熱を受け止め、快楽に高い嬌声を上げる。太郎も、熱い息を吐くと、快楽に耐えるように眉根を寄せた。一旦すべてをの中へ納めると、中をえぐるように腰を動かした。
「あっ、あっ、た、ろうさ、ん、ああっ」
……愛しています、……!」
 の脚を持ち上げ、体勢を変え、角度を変えて、太郎はの体を貪り尽くす。はもう何度気をやったかわからない。肌がぶつかり合う音と、いやらしい水音が支配した寝室で、互いを何度も求め合い、何度も受け入れた。
「あ、ああっ、ん、も、だめ、またいっちゃう、いくよぉっ……!」
「私も、いきます、貴女の中に……出します……!」
「ふ、あ、あああっ……!」
 大きく脚を開かされ、の体にのしかかるようにして太郎が腰を押し付ける。最後はもはや声にならなかった。勝手に全身がしなり、心臓が早鐘を打って苦しい。頭が快楽で支配され、真っ白になった。
 絶頂を迎えたの気が、そのまま遠くなっていく。太郎がの体をぎゅっと抱き寄せたことが、その夜最後に覚えていることだった。


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