11、ふたりでどこまでも一緒に



「主、起きて下さい。主」
 太郎の声と体を揺さぶられる感覚で、は目を覚ました。まぶたが非常に重たく、体もだるい。何とか身を起こすと、しっかりと身支度を整えた太郎の姿があった。
「おはようございます」
「おは、よう……ございます……あれ……」
 自分の体を見下ろすと、しっかりと浴衣を着ていた。下着もちゃんと着けている。どうやら昨晩のうちに太郎が身なりを整えてくれたようだ。律儀というかなんというか。だが、あのままの状態ではさすがに恥ずかしすぎるので、その気遣いはありがたい。
「主、昨日の今日で体がつらいかもしれませんが、今日は遠征部隊の出発の日です。お見送りになられたほうがいいのでは」
「あ、そうか……わかりました、起きます」
 体がつらいのはほぼ太郎のせいなのだが、本人はしれっとした顔で言う。わざとなのか、天然なのか。
(わざとのような気がする……太郎さん、案外いじわるだもん……)
 体に力をこめて立ち上がると、布団を上げ、箪笥の元へ着替えに行こうとする。太郎はいつもならそこで部屋を退出するのだが、今日は立ち上がったまま出て行こうとしない。怪訝に思い太郎を見ると、ふっと笑って言った。
「着替え、手伝いましょうか?」
「なっ……!? い、いいですよ別に! なんで急にそんなこと……」
「体、つらそうだと思いましたので」
「……誰のせいで」
「私でしょうか」
「〜っもう! 手伝いはいいですから!」
「はい。では部屋の外でお待ちしております」
 慌てるを少し楽しそうな様子で見ながら、太郎は部屋から出て行った。戸が閉まるのを待って、はその場にへたり込んだ。
(なにあれ……太郎さん、すごいいじわるになってるんだけど……!)
 あれが吹っ切れた彼の素なのだろうか。敵う気がまったくせず、朝から頭を抱える羽目になるであった。



 山姥切国広を隊長にした遠征部隊を見送ったは、その後普段どおり日課任務に取り掛かった。今回の遠征は成果を期待するものであるので、いつもより遠征日数が長い。それだけ母屋が静かになって寂しくなる。不安な夜も増えることだろうが、今回は思いを交わした太郎がいる。支えになってくれるだろう。
「主、茶をお持ちしました」
「あ、ありがとう」
 休憩の時間だ。いつも近侍と一緒に縁側に腰掛けてお茶を飲んで休憩している。今日も天気がいいから、庭に出てみるのも良さそうだ。
「ちょっと庭に出て歩いてもいいですか?」
「はい」
 太郎を伴って庭に出る。離れの庭はそんなに広くないが、花をつける草木がたくさん植えられている。もう少し暖かくなれば、庭が花の匂いで満ちることだろう。
「なんか、やっぱり母屋のほうが静かですね」
「寂しいですか?」
「うん、まあ少し」
「そうですか。私は、貴女を独り占めできる時間が増えて嬉しいです」
「……んん?」
 気がつけば、太郎がすぐ目の前にいた。太郎が腰を折ってのくちびるにキスを落とす。今まで仕事中にこのようなことをする男ではなかったので、は戸惑いを隠せない。
「た、太郎さん、誰かに見られたらどうするんですか」
「今日は、残った仲間もほぼ出払っています。見られる可能性は低いですよ」
「でも……」
「主を大切に思い、慕っている。その気持ちが、二人きりのときは少しだけ行き過ぎるだけ。見られてもそう言えばいいんです」
「……もう、なにそれ」
 太郎の言い分には色々とつっこみたいが、なんにせよ好いている男と触れ合うのは嬉しいことだ。は、太郎が腰を引き寄せるまま背伸びをして、くちびるどうしを合わせた。
、もう少し頑張って背伸びをしてください。口付けをするたびにこれでは、いつか私の腰が折れ曲がってしまいます」
「ええ? これが精一杯ですよ……太郎さんが大きすぎるんです」
「ふむ……困りましたね」
 とは言うが、ちっとも困った様子ではない。むしろどこか楽しげである。何かを考えるように視線を横にやっていた太郎は、何か思いついたようで、一言断るとの腰を持ち上げた。
「わっ」
「こうすれば、問題ありませんね」
 幼い子をだっこするような体勢で抱えられ、は思わず太郎の肩にしがみつく。確かに目線が太郎より少し上になったくらいで近くなったが、この体勢で誰かに見られたらなんと言い訳するつもりなのか。は不満げに太郎を見下ろすが、太郎は相変わらず楽しそうだ。
「問題ありまくりです」
「さて、わかりませんね」
「もう……! 恥ずかしいから、いい加減下ろしてください……」
「まだ抱き上げたばかりですよ」
「……もう……」
 のほうが顔の位置が高いので、太郎と視線を合わせようとすると自然と下を向く形になる。すると横毛がの顔を少し隠してしまう。太郎は両手がふさがっているので、その髪をくちびるで掻き分ける。はますます恥ずかしくなって、顔を赤くした。
「うう……もう、下ろしてください」
「もう少しだけ、貴女の可愛らしい表情をよく見せてください」
「可愛い……ですか?」
「ええ。の恥ずかしがっている表情はたまらなく可愛らしいです」
「ううう……!」
「顔を隠さないでください、口付けができません」
 が思わず両手で顔を隠すと、太郎がその手にくちびるを寄せた。そのノックに両手の扉を開けると、太郎のくちびるを受け入れた。夜にするような深い口付けではなく、軽くついばむようなキスを交わす。
「……人間の体とはなんと不便なことが多いのだと思っていましたが……」
「ん?」
「こうして貴女と触れ合っていると、これ以上ない幸福感で満たされます」
「うん……私も、太郎さんとこうしてると幸せです。ずっと、こうしてたい……」
「私は刀剣の付喪神ですから、貴女がそばに置いてくださる限り、ずっと貴女のそばにいますよ」
「……はい!」



 不安がないわけではない。この戦いの中で太郎が破壊されてしまったら、戦いが終わったら、あるいはが死ぬ時。いつか訪れる別れのときを思うと、恐怖で体がすくむ。だがまだ見えないそれを怖れていては、何も始まらない。相手が目の前にいて、相手を想う。相手もそれに応えてくれる。二人にとっては、それだけで十分なのだ。






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