4、近侍になってください



 太郎太刀という男を語るに、浮世離れした、という言葉が真っ先に思い浮かぶ。人の手から離れて以来、長らく奉納されていたせいか、人間のことについて知識はあるものの関心はあまりないようだ。今は人間の体を得ているので、必然的に関心を持たざるを得ない状況であるだけだ。それは世間の情勢についても同じで、瑣事に心を向けたりはしない。しっかりと記憶はしているようだが。自分のことすら優先事項ではないような気がするほど、自分のことを語ることは少ない。しかし、それゆえに冷静で、一歩引いて全体を見渡すことに長けている。本体の大太刀の性質から、素早く攻撃することは出来ない分一撃が重く、効率的にまとめて戦力を削げる箇所を見極めなければいけないせいかもしれない。ともあれ、その性質は戦場に行く仲間たちにとって精神的にも戦力的にも支柱になっているようだった。
 が太郎の様子を見ている限りでは、特に親しいものを作るでもなく、かといって集団に非協力的なわけでもなく、不思議な立ち位置をしていた。それはに対しても同じような気がしている。あくまで、自分で思う限りでは。仲良くなりたいとは思うが、あまりこちらから距離をつめるのも彼を戸惑わせるだけだろう。多少はいいたいことを言うようになったものの、あくまでは主人なのだ。
 そこでの取った策が、近侍を太郎にすることだった。これはもはや最終手段の気もしないでもないが、接触する機会を必然的に増やせば、今よりも太郎と距離が近くなると思ったのだ。
(なんで、太郎さんに対してこんなことを思うんだろう)
 初めて会ったときから、太郎を前にすると胸が騒いでしょうがない。挙動不審になってしまう。初めのころは緊張しているのかと思っていたが、太郎が仲間に加わってもう一月が経とうとしているのに、まだそんな状態なのだ。というか、だんだんと悪化しているような気もしなくはない。太郎への接し方と距離の取り方がまだよくわかっていないせいだろうと、はその時に考えたのだ。
 そうと決めたら、まずは山姥切国広に相談することにした。近侍を太郎にしようと思う、と告げたときの彼の反応は忘れられない。
「……やはり、俺が写しだからか」
「……ん?」
「俺が写しだから……あんたは俺が必要じゃなくなったのか」
「え、えええ? 違う、違うよ山姥切くん!」
 何を言っても彼のコンプレックスを刺激してしまう状態からなんとかなだめすかして、近侍を太郎にする理由を聞いてもらえる状態にするまで、軽く一時間はかかった。ふう、と一息つくと、はなるべく集団にとっての利点について話すことにした。
「一応ね、私なりに考えてることがあるんだ。まず、強い仲間も増えてきたことだし、隊を二つに分けたいんだよ。今までどおり戦場に行く隊と、遠征に行く隊ね。山姥切くんには、新しく増える遠征組の隊長になってもらいたいんだ」
 刀剣を鍛刀するために必要な資材は、現代日本では量産できるものではない。天然のものを採取してくるか人工的に作るか。政府から送られてくる資材の大半は人工的に作られたものだ。だがその量にも限度があり、より強力な刀を作ろうとすると、それだけ資材を多く投入することになり、だんだんと資材の底が見え始めていた。それを補うために、もう一つの手段である天然のものをとってこようというのだ。そのための遠征部隊である。
「で、なんで山姥切くんが隊長なのかというと、やっぱり山姥切くんが一番私と付き合いが長いから、私の考えそうなことを想像してくれるかなあと思って」
「あんたの考えそうなこと?」
「うん。遠征先でなにか問題が起きて、判断に困るようなことがあったら、私ならどう言うかとか、私ならどうするかってことを考えて判断を下して欲しいんだ。その判断の責任は私が取るんだから。だから、一番近くにいる山姥切くんが頼りになるかなーって。あと、山姥切くんみたいに何でもわかる人というか、頼りになる存在を増やしたいんだよね。それなら、今のところ太郎さんが適任かなと思ったんだ」
 が言い終わると、いじけモードだった山姥切の雰囲気が変わった。の言い分に納得したようだ。
「……わかった。そういうことなら、その遠征部隊とやらの隊長を引き受けてやる」
「本当?」
「ああ。確かに、人数が増えてきたなら、何でも任せられるやつも必要になってくる。……そういうことで納得してやる」
 上から目線の発言の割に、なぜか満足そうな山姥切。なぜ急に上機嫌になったのかはよくわからなかったが、ともあれ納得してくれて良かったと思った。ほっと胸をなでおろすと、隣の山姥切がふと表情を変えた。胡坐をかいた膝に右ひじをつき、頬杖をついてこちらを横目で見ている。探るような視線に、は居心地の悪さを感じて身震いした。
「な、なに」
「あんた……あいつのことが好きなのか?」
「は……え? あいつって、太郎さんのこと?」
「最近のあんたはあいつのことばかり見てる。あいつの前では、他の刀剣たちへの態度とは違う」
「え、そう……かな?」
「審神者とか刀剣とかは関係なしにして、単純にどう思ってるんだ」
「うーん……」
 山姥切の指摘はの想定外のことで、自覚はなかった。誰かを特別扱いする気も、そういった態度を取るつもりもなかったのだが、それが見て取れたということは反省すべきことだ。だがそれは後でいい。問題は、本心で太郎のことをどう思っているかだ。みんなと少し違う。気になって、いつの間にか姿を探してしまっている。太郎と話すと、何を話そうか、太郎の言葉にどう返そうかと、頭が上手く回らない。そのときの会話を、ずっと思い返してしまう。それはどうしてなんだろう。
 思い浮かんだのは、初めて会ったときの道場でのやり取りだ。貴方のことが知りたいと言われたときの、太郎の言葉と表情が焼き付いて離れない。手から伝わる心地よい微熱も。それを思い出すたびに、胸を締め付けるような感覚がを襲う。この感覚がなんのか、の少ない経験上で当てはまる言葉があった。
「好き……そっか、太郎さんのこと好きなんだ、私」
 恋をしてしまったのだ。刀剣の付喪神に。



 山姥切の次に説得しなければならない太郎を呼び出した。二人きりはさすがに昨日の今日でどうしたらいいかわからなくなるので、山姥切に頼んで同席してもらった。彼は嫌そうな顔をしたが、があまりにも拝み倒すので結局折れてくれた。
「私を近侍に、ですか」
「まあ色々理由はあるんですけど……」
 山姥切に行った説明と同じように、太郎を近侍に変更する理由を丁寧に説明した。山姥切のように太郎がいじける心配はなかったが、最初に目的を共有しておかないと後々問題が発生しても困る。の説明で言葉足らずな部分は、の横に控えていた山姥切が補足して、一通りの説明を終えた。太郎は、特に変化のない表情でそれを聞いていた。
「それで、どうでしょう。太郎さんが嫌でなければ、是非引き受けて欲しいんですが」
「……わかりました。引き受けましょう」
「良かった、ありがとうございます」
 太郎が了承したことで、がほっとしたように笑みを浮かべた。それを、太郎が不思議そうにじっと見つめる。はそれには気付かずに、横の山姥切に話を振った。
「じゃあ山姥切くん、太郎さんを少しの間よろしくお願いしますね」
「ああ。引継ぎと呼べるほど教えることなんて多くはないが、しばらく俺と一緒に行動してもらうぞ」
「は、わかりました」
 太郎がもう一度頷いたところで、山姥切と太郎はの部屋を後にした。



 離れから母屋へと向かっている道すがら、山姥切はさっそく明日のことを話す。
「まずは、主人を起こすことから仕事が始まる。明朝はいつもあんたが起きている時間よりも早くに俺の部屋へ来い。俺が離れに行く時間だとあいつは大抵寝ているが、たまに起きている日もある。先に起きても必ず部屋にいるようには言い含めてあるが、もし部屋にいないようなら近くを探してみろ。何か質問は?」
 と、早口で太郎に伝える。太郎はいえ、と首を振った。母屋に差し掛かると、山姥切は太郎とは別方向の自分の部屋へ行こうと、「それじゃあ、明日」といった。その際に太郎の瞳が珍しく揺れているのを見て取った。
「……どうした。何か不満や疑問があるなら、今のうちに言ってくれ」
 太郎は少し逡巡するような間を空けてから、小さく声を発した。
「……貴方のようにお近くでお仕えすれば、あの方の考えることがわかるようになるのでしょうか」
「……?」
 山姥切がその言葉の真意を測りかねて眉を寄せる。太郎は、特に返答を期待していないのか、山姥切に会釈をすると、自分の部屋へと去っていった。背の高い後姿を、怪訝そうな目で見送った山姥切は、これから自分は遠征部隊としてここを離れ、あの二人から目を離していいものかと心配になったのだった。


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