2、最初の大太刀さん



 が審神者になってから、もう一ヶ月も過ぎてしまった。その間、山姥切国広たちが戦場へ行って徐々に活動範囲を広げたり、新しい仲間を連れてきて目覚めさせたりと、何かと忙しい毎日だった。
 堀川国広は、「お手伝いなら任せて」と自分で言ったように、雑事を器用になんでもこなす。家事やおつかい、政府に提出する週ごとの報告書などもだ。報告書はさすがにの直筆でなければならないが、鍛刀や刀装などの成果の集計や任務の確認など手早くまとめてくれる。さすがに家事もやらせての補佐もさせるのは、彼の体がいくつあっても足りないと判断したので、は家事を堀川国広に手伝わせることにした。もちろん、も日々の任務のかたわらでそういった家事もこなしている。
 補佐は山姥切国広に任せた。彼も几帳面な性格が発揮されるのか、任務の確認はもちろん、増えた仲間たちのことも事細かに報告してくる。はどちらかというと報告書の作成に熱心なほうではないので、口うるさくなおかつ容赦ない山姥切国広が近侍になったことは、にとっては助かっている。口うるさいが。
「近侍ねぇ……そんなに堅苦しくすることないと思うんだけど」
「あんたは曲がりなりにも俺たちの主なんだ。多少はこういった格付けも必要になってくるだろ。俺たちにとっては、わかりやすい役割分担のようなものだ」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ」
 刀剣男士たちは、今のところ仲良くやっている。時々小さな喧嘩はあるが、大きな溝を作る喧嘩は一度もない。山姥切国広が中心となって、先に仲間になった刀剣男士が後から目覚めた者たちの面倒を見ているのは、からすると微笑ましいものだった。短刀や脇差、打刀が増え、そのうち鍛刀で太刀が出来た。戦力という言い方はあまり好きではないが、仲間が増えることはいいことだとは思った。
 鍛刀は、四種類の素材の配合を変えて刀を作る。この配合が中々曲者で、量が多ければ多いほど強い刀が作れるという単純なものではない。微妙なさじ加減で、なおかつ運がよければ強い付喪神がついた刀が来る。は少しずつ、メモを取りながら手探りで配合を調節していった。
「短刀、脇差、打刀、太刀と……あと、なんだろう?」
「……大太刀、薙刀、槍だ」
「え、なんで知ってるの?」
「この紙に書いてある。政府からの書類のようだが……読んだんじゃないのか?」
「あ、ははは……よく読んでなかったかも」
 日課任務が終わり、仲間たちはもう全員入浴を済ませて自分たちの部屋で思い思いに過ごしている。一日の終わり、近侍はの部屋へ本日の報告と明日の予定の確認に来る。
 ここは仲間たちの部屋や大広間、炊事場などがある母屋と、こぢんまりとした離れ──の部屋と、そして手入れ場や鍛冶場などが集まる作業場、厩舎や畑、道場といった建物が集合している。最初はも母屋のほうで寝泊りしていたのだが、仲間が増えるにつれ、山姥切国広が離れに移るように言ってきたのだ。主とはいえ、ただ一人の女性なのだ。その辺の線引きはしっかりしておいたほうがいい、との言い分だった。それも一理あるかと思ったので、は素直に従った。
「うーん……今日は上手くできてるといいなあ」
「寝かせてきた刀があるのか?」
「うん。四種類全部の配合を少し多くして、それぞれ同じ値にならないように依頼してきたんだ。時間かかりそうだったから、明日の朝また見に行かないと」
 太刀はまだ一人しかいない。目の前にいる山姥切国広の兄弟である山伏国広という太刀で、細面が多かった今までの仲間と違い、体格がよく顔つきも性格も野性的というか男らしいというか。ひときわ癖の強い人間だった。
 短刀や脇差は戦場で拾ってくることがままある。そのため鍛刀の目標は、当分の間は太刀を作ることになっている。ついでに大太刀や薙刀などのまだ出ていない種類の刀剣が出ればラッキー、といった感じだ。
「まあ、太刀じゃなくても仲間が増えることは嬉しいんだけどね」
「……そうなのか」
「うん。でもどうせ資材と時間をかけて作るなら強いほうがお得かなーっていう損得勘定がないわけじゃないよ。資材だってただじゃないし」
「……あんた、俺に一言多いとかよく言うが、あんたも結構一言多いぞ」
 軽口を叩き合ってその日の確認を終えると、は床についた。明日の朝の、まだ見ぬ刀剣男士に思いを馳せながら。



 翌朝、目を覚ましたが布団を片付けて外に出ると、いつもと何かが違うことに気付いた。何だろう、と思って耳を澄ますと、いつもならが起きる時間には刀剣男士たちは皆起きているのだが、母屋からはそういった気配がない。どうやら早起きしたようだ。
(楽しみにしすぎかな……あんまり期待しすぎるのも良くないとは思うけど。まあいいや、顔洗って鍛冶場に行ってみよう)
 以前に堀川国広を目覚めさせた時に顔を洗わないままだったので、あとでそれに気付いた山姥切国広にお小言をもらってしまったのだ。それ以来、どんなに気持ちが逸っていようがちゃんと身だしなみを整えていくことにしている。
 静かな母屋というのは久しぶりで、ここしばらくはにぎやかになってきていたのだな、と感慨深くなる。短刀たちは皆小学生ほどの少年なので、人数が集まると必然的ににぎやかになる。洗面所にはやはり誰もいない。音を立てぬようにそっと顔を洗った。
 母屋を足早に、しかし静かに通りぬけて鍛冶場へ行くと、刀匠が外で薪を整理していた。の姿を認めると一瞬驚いたようだったが、すぐにやはり、というような表情になった。
「おはようございます、お嬢。今朝はえらい早いお出ましで」
「おはようございます。ええっと、なんか楽しみだったみたいで……早く起きちゃいました」
「はは、あの刀なら出来上がってますよ。中へどうぞ」
 中へと招かれると、一振りの刀が抜き身のままで置かれていた。手を伸ばそうとすると、刀匠がを止めた。
「刀を取るときは、必ず安全な場所で取り落とさない体勢で取ってくだせえ。審神者さまが目覚めさせて大太刀やら薙刀やらになったら、お嬢なら落としちまいそうで」
「あ、そうか。確かに危ないですね、そうします」
 刀匠の言うとおりだ。床に座した状態で、柄を両手でしっかりと握り、取り落しても危険がないように低く持つ。先の仲間たちのときと同じように、光を待って目を閉じた。
 ひときわまばゆい光がのまぶたを覆うと、ずしりと両手に重みがかかる。刀匠の言うことを聞いてよかったと思った。これは、うかつに持ったままだと落としていた重さだ。心の準備が出来ていた状態ならともかく。
 光が収まり、が目を開こうとすると、の手に誰かの手が触れた。目を開けて自分の手を見てみると、誰かの手はそっとの手に触れた後、重みのある刀を支えてくれた。刀はいきなり何倍もの長さになっている。朱の鞘に金の装飾が施された大太刀だ。それをとともに支えているのは、黒い袖からのぞく大きな手。左手には篭手をしている。視線を手の持ち主へと上げると、座ったままでもわかるほどの高い身長の持ち主だった。切れ長の目元に朱を指していて、長い黒髪を高い位置で一つに束ねている。瞳の色は琥珀色のようだが、今は朝日を浴びて金色に見える。不思議な色合いをしていた。美人、というほかない整った顔立ちに見惚れていると、彼が口を開いた。
「私は太郎太刀。見た目の通り、とても人間には扱えるはずのない大きさで、それゆえに奉納された刀です」


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