1、休職命令



 が審神者と呼ばれる職業に就いたのは、つい最近のことだ。いつもどおり仕事で出社し、今日も眠いなぁなどと思いながらデスクに向かっていると、急に人事部に呼び出された。人事部など、入社してからは異動くらいでしか耳にしない部署だというのに、呼び出されるとはこれいかに。怪訝に思いつつ会議室に足を運ぶと、政府の特使だという人物が待っていた。そこで告げられたことは、要約すれば歴史を改変しようとする輩がいるので、今の仕事を休職してそれを止めてほしいとのことだった。一体何を言っているのかすぐには理解できなかったが、政府の命令である以上、それに従わなければただではすまないということは理解できた。そうすると、の取る行動はおのずと限られたのである。命令に従うと、首を縦に振ることだった。
「それで、具体的に何をすれば」
「刀剣に宿る付喪神を使役して、過去をさかのぼった改変者たちを討伐してください」
「…………はい?」



 それから後のことは、あまりのことに頭が混乱していたせいか、よく覚えていない。気がつけば、刀剣に宿る付喪神と暮らすことになる施設に連行されていた。付喪神を使役する、つまり付喪神に人の体を与え、戦いに派遣するということなのだ。
 人の体を与えるとはどうするんだ、と思っていると、あれよあれよという間に一振りの刀を持たされる。いきなり刀を持たされても、と戸惑っていると、まばゆい光が刀から発せられた。まぶしさに目をつぶり、まぶた越しに光が収まった頃に目を開く。すると、目の前には一人の青年が立っていた。全身を覆いつくす大きな布を纏っていたが、ちらりと覗く髪は金色だった。
「俺は山姥切国広。……あんたが、俺の新しい主か?」
 こうして最初の付喪神──刀剣男士、山姥切国広が仲間になった。山姥切国広とともに要領を得ないが特使に改めて説明を願うと、彼は二人が納得するまで根気良く説明してくれた。わからないまま事を進められても困るのだろう。山姥切国広とは長い付き合いになるだろうから、彼も説明を聞いたのはにとっても助けとなった。
 最初の一週間ほどは、これからと刀剣男士たちが住むことになる施設で、山姥切国広が人間の生活に慣れることから始まった。刀として見聞きしたことと実践することでは勝手が違うらしく、最初はたいそう戸惑っていた。はどこまで手助けしたものか、と悩みながらも、色々と人間生活について教えた。
「人間というのも、案外不便なこともあるもんなんだな」
「うん、まあね。しなくちゃいけないことは増えるけど、その分自分で出来ることも増えたんじゃない? どう?」
「……まだよくわからないが、悪くない」
 最初の一週間を過ぎる頃には、彼も人間生活に多少慣れたようで、が付っきりでなくても一人で過ごせるようになってきていた。手が空いたは、次なる刀剣男士を目覚めさせるにはどうしたらよいのかを考えることにした。
(あの特使の人が言ってたことによると、戦場で拾ってくるか、用意された刀に呼び込むか、だったよね……)
 戦場で拾ってくる、というのはそのままの意味だ。戦場で歴史改変者たちが落としたりなんだりしたものを持ち帰り、汚れを綺麗に落として再利用するという形だ。
 もう一つの方法は、刀鍛冶に依頼して作ってもらった刀に付喪神を呼び込むというものだ。それは付喪神という言葉の意味からかけ離れているような気もするが、現にその方法で山姥切国広はこちらへとやってきたのだ。本体の刀も、本物の山姥切国広だという。原理はわからないが、それが審神者の力、ということにしておこう。
 山姥切国広を見かけない、と思っていると、彼は日が落ちた頃に帰ってきた。かぶっている布が少し土埃で汚れていて、手に見慣れない刀を持っている。刀身は山姥切国広より少し短い。は慌てて彼に駆け寄った。
「山姥切くん、今までどこ行ってたの。出かけるのはいいけど、行き先くらいは言ってってよ」
「……すまない、気をつける。戦場に行ってきた」
「え!? ひ、一人で大丈夫だったの、怪我とかしてない?」
「まあ、今回は軽く様子を見るくらいだ。怪我はしてない。それよりもほら、持ってきてやったぞ」
 というと、手に持っていた刀をに差し出した。は思わず受け取ってしまったが、これをどうしろというのだろう。
「えっと……確か、まずは綺麗にするんだったよね」
 政府から用意された刀の手入れ場所に行き、懐紙を使って汚れを取り去った。それから、山姥切国広が言うとおりに手入れを施す。刀のことは刀に聞け、だ。
 そうして綺麗になったものを握ってみるが、先の山姥切国広の時と違い、うんともすんとも言わない。もっと手を加えたほうがいいのだろうか、とが山姥切国広を振り返ると、彼は首を横に振った。
「これ以上は手を加えないほうがいい。明日、また様子を見たらいいんじゃないか」
「……うん、そうだね。今日はもう休もうか」
 日もとうに暮れて夕飯の時間も過ぎている。もう遅い時間なので、風呂に入って床に就いた。
 明朝、目を覚ましたは顔も洗わないうちに手入れ場においてある刀の下へ向かった。山姥切国広が昨夜手入れの最中に言っていたのだが、これは脇差というものらしい。恐る恐る持ってみると、なるほど、確かに打刀である山姥切国広より刃渡りが短くて軽い。昨夜、言われるがままに手入れを施した刀身は、朝日を跳ね返して光っている。
「こうしてじっくり見てみると、綺麗なもんだよなぁ……」
「変な人だなあ、刀が綺麗だなんて」
「うひゃあ!」
 誰もいないと思ってが何気なくつぶやいた独り言に思わぬところから返事が返ってきて、は一瞬飛び上がった。ばくばくとせわしなく音を立てる心臓を落ち着かせようと胸に手を当てながら、今の返事の主を探した。手入れ場の中には誰もいない。外だろうか、と手入れ場の障子に目をやったその時、手にしていた脇差からまばゆい光が放たれた。光が収まったのをまぶたの裏で感じ取り、つぶっていた目を開けると、そこには一人の少年が立っていた。山姥切国広よりも年若い印象で線が細い。大きな目にをうつすと、にっこりと笑った。
「初めまして、僕は堀川国広。新しい主さんの名前は?」
「は、初めまして……といいます。ん? 国広……?」
「これからよろしくね、主さん」
「……目覚めたのか」
 手入れ場の出入り口から山姥切国広の声がした。朝一番にここへ来たということは、彼も新しい刀剣のことが気になっていたのだろう。山姥切国広が堀川国広を見ると、少し驚いたように目を瞠った。
「兄弟、久しぶりだな」
「あれ、誰かと思えば山姥切さんじゃん! 久しぶり!」
「兄弟……?」
 の怪訝そうな視線を受けて、山姥切国広が「同じ刀工から作られたんだ」と説明した。国広というのは名前じゃないのか、とが場違いなことを考える。
「他には誰がいるの?」
「まだ俺とお前だけだ」
「そうなんだ……兼さんはいないのか」
 兼さん、という名前を口にすると、少しがっかりしたように肩を落とした。すぐに気分を切り替えたのか、顔を再びのほうへと向けると、またにっこりと笑った。
「それじゃあ改めてよろしくね、主さん。お手伝いなら任せて!」
「うん、よろしくね、堀川国広くん」
 こうして、最初の刀と脇差がそろった。これからどうなるのか、先行きはまったく見通せなかったが、心強い味方が増えたことは、の心を随分と楽にしたのだった。




→2話


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