あの恋を、続きからもう一度 第四話


※夢主の同期(2話にも出てきた)のモブが出てきます。そんなに絡みませんが一応注意


 十二月も下旬、コートにマフラーをしていても寒さが身に染みる。天気が崩れることは少ないが寒さの上にビル風も吹いて、道行く人々も心なしか肩をいからせているように見える。
 今年のクリスマスは金曜日。週末を迎えて世はクリスマスムード一色だった。俺は店頭から流れてくるクリスマスソングや目に入る赤と緑の装飾や豪華なツリーにも心踊らなかった。なぜならに誘いを断られたからである。
 ラブホの一件以来、年末ということもあって予定が合わず会えていない。年を越す前に一度くらいは会いたい、というかクリスマスを一緒に過ごしたいということでお誘いのメッセージを送ったのだが、からの返事はノーだった。
 もしかして職場の忘年会かもしれないと思ってそれとなく聞いてみたけれど、どうやらそうでもないらしい。ただ「先約があるから、ごめんね」ということしかわからなかった。

(先約ってなんだろう。忘年会じゃなかったら普通に友達……とか?)

 にだって付き合いはあるし、友人と飲んだりもしたいだろう。一瞬、ラブホの件で避けられてるのかとも考えたけど、別れ際にした額へのキスだって嫌悪感があるようには見えなかった。今回は本当に先約があるというだけだろう。
 そうは思ったけれど、やはりクリスマスを好きな人と過ごせなかったというのはさびしいもので、俺は特に行きたいわけでもなかった同期との飲み会に参加していた。

「幸村君、今日この後は彼女と過ごすの?」
「……どうかな。俺はその気だけどね」

 女子からのお酒の勢い任せのアプローチをそれとなく躱しながら、気の合う同期と適当に喋って適当な時間で解散して、二次会の誘いを断って駅の改札をくぐった。
 ふらふらと歩きながら、恋人どうしで手を繋いで歩く男女が視界に入った。どうしようもなく癪に障って眉間に力が入る。
 さっきの女子の無神経な質問といい、今だけはカップルの姿にイライラする。今までクリスマスだからといって恋人と過ごすなんて考えたこともなかったのに、に誘いを断られただけでこんな気分になるなんて。
 ため息をひとつ吐いて視線をカップルから逸らした先にもまた男女が並んで歩いてくる。今日に限って一体なんなんだと思いながら視線を外そうとすると、女性のほうに視線が釘付けになった。

!?)

 今一番会いたい存在だった。思わず立ち止まって凝視していると、も俺に気づいて驚いた顔になった。

「あっ……! 幸村くん……」
……」
?」

 の隣にいた男がを呼んだ。その声で思い出した。この男、前にとのデートで会ったの同期だ。
 今日の先約って、まさかこの男との?
 そう思った途端、駅を行き交う人々の喧騒が遠くなった。体は冷えているのに胸の中心が胃の下から炙られているようにじりじりと熱くて、適度に回っていた酔いは一気に冷めた。

「ああ、例の彼か。挨拶してきたら? 俺のことは気にしなくていいから」

 同期の男に促されて俺の前に出てきたは、俺の顔を見てばつが悪そうな表情になった。
 なんだよその顔。俺に、ふたりでいるところを見られたくなかった?

「あ、あの、幸村くん」
「……先約って、こういうことだったんだ?」

 普段ならの言葉を遮ったりしないけど、俺はわざと被せるように言った。今はなにも聞きたくなかった。なにを聞いても邪推しそうで。
 は俺のことを意識しているんじゃないか。俺のアプローチにも困ったような顔はしなくなったし、まだ恋には至ってないだけで俺のことを少しは好きになってくれてるんじゃないか。このままデートを重ねていけば、俺を選んでくれるんじゃないか。
 そう、無意識のうちに自惚れていたみたいだ。
 向こうとの約束が先だっただけ。先約を優先するのは当たり前だ。冷静に考えればわかるのに。逆の立場なら俺だってそうするのに、俺より向こうの男と会っていたと思うだけで嫉妬を抑えられない。
 は俺の顔を見て言葉を失ったように黙った。俺、今どんな顔しているんだろう。嫉妬でさぞ醜い顔になってるに違いない。

「……じゃあ、よいクリスマスを」

 なんとかそれだけ言って、俺は帰りの電車のホームに向けて歩き出した。背を向ける瞬間、の悲しそうな顔が視界の端に映って、歩く足を速めた。

(くそ、なんだっていうんだ)

 クリスマスだからって別に恋人と過ごす日ってわけでもない。は俺の恋人じゃないし、俺はの行動を強制できる立場じゃない。向こうの先約なんだから俺と会ってくれないのは仕方ない。
 理性ではそうとわかっているのに、俺じゃなくて別の男と会っていたというだけで胸が痛い。
 俺はただ、ゆっくりでもいいから俺のことを見て欲しかっただけなのに。十年前は大切に出来なかった君との関係を、今度こそ大切に、花を育てるようにゆっくりと築きたかった。
 そう思っていたのは、やっぱり俺だけなのか。
 とぼとぼと階段を上ってホームに出る。自宅の最寄り駅への電車は数分後だ。

……)

 これからあのふたりはどこへ行くんだろう。クリスマスだから夜景の見えるところとかに行くんだろうか。それこそホテルみたいな――
 そこまで考えて全身の毛が逆立った。俺は踵を返すと、人をかき分けながら走った。
 冗談じゃない、そんなこと絶対に認めない。俺のが目の前でかっ攫われた挙句別の男のものになるなんて。
 そんなことになるくらいなら奪ってやる。
 ゆっくりと大切に、なんてもう言ってられない。後のことなんて構うものか。
 さっき上ってきた階段を急ぎ足で下りると、今から奪いに行く予定の女が慌てた様子でこちらに向かってきた。

!?」
「幸村くん! 待って、話を聞いて、誤解だから!」

 走ってきた勢いのまま、は俺の両腕を掴んだ。

「今日はあっちが先約だったっていうのもあるけど、さっきの同期とはもうふたりで会わないって、今日で最後ってちゃんと言うために会ってたの!」
「…………え」
「本当は今日じゃなくて、もっと早く彼と話すつもりだったけど、向こうの都合が悪くて、年内だと今日しかなくて……だから、幸村くんのお誘いを断ることになって……ごめん、説明しづらくて言わなかった私が悪いね」

 俺の手を離してから一呼吸置いて、は続けた。

「その、私もちゃんと幸村くんと向き合いたかったから……幸村くんより彼を優先したとかそんなんじゃないってことだけ伝えたくて」
「……本当に?」

 がはっきり頷いたのを見て、俺はもう気持ちを抑えられなかった。
 目の前の小さな体を力いっぱい抱き寄せると、が俺の腕の中でもがくように顔を動かした。道行く人々は通路でこんなことをしている俺たちを邪魔くさそうに避けていく。
 感情が忙しくて頭の整理が追い付かない。ただが俺に応えようとしてくれたことに対する嬉しさが心の大部分を占めていて、それに従って体が動いている状態だった。

「あっ、幸村くん……!?」

 電車がホームに入ってくるアナウンスを聞いて、俺はの手を掴んで歩き出した。が戸惑いながらも俺の後ろを着いてくることを確認して、ホームの電車に飛び込んだ。直後にドアが閉まる。
 ゆっくりと動き出した電車の中はそこそこ混んでいた。乗り込んだ時の位置のまま、をドアと挟み込むようにして立つ。

「そういえば、十年前にもこうやって一緒に電車に乗ったね」
「……そうだね、懐かしい。あの時は、幸村くんが本当に近くて、思ったより背が高いことに気づいちゃって、初めて幸村くんを異性として意識したな……」
「俺は、そんなにキスしたくてたまらなかった」
「え……」
「あの時に触りたくて興奮してたこと、やっぱり気づいてなかったんだ」
「う、うん……」
「今も、すごくキスしたい。できればその先も」
「……!!」

 にだけ聞こえるように囁くと、目に見えての耳が赤くなった。周りの乗客は俺たちがイチャついてることに気づいてるだろうけど、どう見られても構わなかった。今はのことしか考えられなかった。

「俺の部屋に行くよ。帰すつもりはないから」

 手をぎゅっと握る。真冬だというのに俺の手は少し汗ばんでいた。の手がひんやりと感じる。
 は頬を紅潮させて俺を見上げている。返事はなかったけれど、その目に嫌がる色はない。
 ああ、秋に再会して初めて口説いた時には困惑しきりで目を泳がせていたのに、今はこうやって俺をまっすぐ見てくれる。
 俺にちゃんと向き合いたいって、自宅への誘いを断らないって、それってもう期待してもいいよね?
 返事は俺の部屋でゆっくり聞かせてもらおう。
 手を握ったまま、俺は電車の外を流れていくネオンに視線を移した。クリスマスツリーも、街頭を彩るイルミネーションも、今はまぶしく感じられた。


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