あの恋を、続きからもう一度 第二話


※夢主の同期のモブが出てきます。そんなに絡みませんが一応注意


 十一月も下旬になり、冬の気配が濃くなってきた。朝晩は気温が一桁の日が多くなり、天気によっては日中も冬かと思うほど寒くなる日もある。かと思えば、冬が迫っていると思えないほど暖かくなる日もある。今日のように。

「今日はあったかくなってよかったよ。そうじゃなきゃこんなふうにテラスでお茶なんかできないだろうしね」
「確かに。着ていく服は考えさせられたけど、寒いよりはマシかな」
「寒いのは嫌いかい?」
「年々寒さが堪える体になってるよ。冷え性だしね」

 が自嘲気味に笑った。俺はそれなら寒いほうがよかったかな、と思った。手を繋ぐ口実になるし。
 今日はとデートに来ている。に会うのは俺が告白して以来だ。これから映画を見に行って、その後は夕食に行く予定だ。今は上映までの時間をカフェで潰している。
 映画館の近くのカフェはフルーツサラダとスープが売りの店で、女性客を中心ににぎわっている。オープンテラスには俺とのほかにデート中らしきカップルの姿もあった。
 今日は良い天気で、日差しがまぶしいほどだった。絶好のデート日和だ。

「あの、さ」

 そんな日差しの下、がソイラテでくちびるを湿らせてから口を開いた。

「うん?」
「この間幸村くんが言ったことについてなんだけど……」
「……もしかして、好きだって言ったこと?」
「そ……そうそれ。どういうつもりなのかなって……」
「どういうつもりもなにも、そのままの意味だけど。好きだよ、

 気持ちを包み隠さずストレートに伝えると、が言葉に詰まった。

「……本気? こんな、歳の離れた女に……中学の時からって……」

 薄々勘付いてたけど、中学生の俺がに片想いしていたことに本当に気づいてなかったらしい。まあ、も片想いの最中だったから俺に意識を割く余裕はなかったのかもしれない。
 ダージリンの入ったカップを置くと、の目を見つめて言った。

「俺は本気での恋人になりたいし、結婚もしたいよ。それこそ中学の時からね。――と喧嘩した時、俺がなんで突然あんなことを言い出したと思う?」
「イライラが爆発したから、じゃないの?」
「確かにそうだけど、俺がイラついてた原因はが好きだったからだよ。すごく嫉妬してた」
「嫉妬?」
の片想いの相手に。俺はこんなにのことを見ているのに、どうして俺がを見てるってことに気づいてくれないんだろう。のすぐそばにいるのに、どうして俺のことを見てくれないんだ……ってね」

 どうしてそんなどうしようもない相手を好きなんだろう、俺だったらそんな淋しい思いさせないのに。俺だったら毎日会うたびに好きだって言ってキスもして、だけをずっと見ているのに。
 片想いの相手のことは俺の前では話さなかったけれど、あのバラの株を見つめている時だけは目がいつもと違った。その目を見るたびに俺はそんなことを心の奥で思っていたんだ。
 に俺を見てほしい。俺を好きになってほしい。自覚してなかったけど、ずっとそう思いながらの片想いの顔を見つめていた。だからすごくイライラしていたんだ。

「まあ俺自身あの時は気づいてなくて、に会えなくなってから自覚したんだけどね。は全然気づいてなかったよね?」
「う、うん……近所のガーデニングに詳しい男の子と仲良くなったな、としか思ってなかった……」

 はっきりと言われて俺は苦笑した。まあそうだろうね。むしろ気づいていてあの振る舞いだったらとんでもない悪女だ。

「でも、こうやってまた会えた。は今フリーだし俺はもう自立してる。なにに気兼ねすることなくアプローチできて嬉しいよ」

 と、に笑いかけると、反応に困ったように視線を外した。
 うーん、照れも入っているかもしれないけど、困っているのは伝わってくる。どういう反応をしていいのかわからないのと、十も年下の俺に本気の好意を向けられてどう受け取ればいいのか決めあぐねているといったところか。
 俺はに一言断るとお手洗いに席を立った。あまり距離を詰めすぎるのもよくない。押しては引く。適度な距離感は必要だ。
 用を済ませて手を洗う最中、俺はさっきのの表情を思い出していた。
 まあ確かに、と俺の年齢では恋愛関係になるということがどういうことか、意味が違うだろう。が思わず身構えるのもわかる気がする。
 俺がいかにが欲しくてこの先もずっと一緒にいたいと思っていても、に信じてもらわなければ意味がない。そのためにはこうやってこまめに会って、少しずつ好感度と信頼を上げていかないといけない。

(がんばろう)

 気合を入れ直してからトイレを出る。店内からテラス席が見える位置まで歩いて、俺は足を止めた。
 が誰かと話している。俺がさっきまで座っていた場所に知らない男が座っている。はその男と談笑している、ように見える。
 誰だろう、知り合いかな。そう思いつつ席に近づくと、が俺に気づいて手を振った。と話していた男も遅れて俺を見た。
 ぱっと見でと同い年ぐらい――三十代前半に見える。痩せ型で清潔感のある格好をして、細いフレームの眼鏡をかけている。人当たりの良さそうな顔をしていて、社内でそこそこ人気のあるタイプといったところか。

「おかえり」
「ただいま。そちらは?」
「ああ、勝手に居座ってしまってすみません。俺はもう退散するので、どうぞ」

 と言って男は立ち上がった。

「じゃあ。また月曜にな」
「うん、またね」

 去り際に俺に会釈してから男は立ち去った。俺は空いた席に座った。生暖かい椅子になんとなく不快感を覚えながら。

「今の誰?」
「会社の同期だよ。今年から東京に異動になって仲良くなったの。さっき偶然私を見かけて挨拶しに店に入ってきたんだって」
「ふうん……たまに飲みに行ったり?」
「うん、まあ……そうだね、飲みに行ったりするかな」

 が少し言葉を濁す様子に、俺は直感した。
 なるほど。あれが「恋人じゃないけど食事とかデートにいく男」だ。あの男、に気がある。じゃなきゃ休日に偶然見かけただけの同僚にわざわざ挨拶しに、こんな女性とカップルだらけの店にひとりで入ってくるもんか。挨拶してがひとりじゃないと聞いて、が一緒に出掛けている相手をひと目見ようとここに座っていたに違いない。
 ますます尻の下の生暖かさが不快になってきた。さわやかで人畜無害そうな面の下でそんなことを考えていたなんて油断ならない。そういう男が一番嫌いだ。

(あんな男には絶対渡さない)

 心の中で決意を新たにすると、カップに残ったダージリンを飲み干した。のカップの中も少なくなっているようだし、そろそろいい時間だ。
 カフェを出て映画館へ向かおうといったところで、俺はの手を取った。の視線を受けて、にっこりと笑顔を返す。

「ダメかい?」
「え、だ、ダメではないけど」
「じゃあこのままで。せっかくのデートだし、ね」
「う、うん……」

 が視線を下げたけど、今度のは照れだとすぐにわかった。

「ふふ、可愛い」
「う……からかわないでよ。こうやって異性と手を繋ぐなんていつぶりか……」

 ということは、あのさっきの男とは手は繋いだことないってことか。結構奥手なのかな。まあ同僚と言っていたからまだ友達の要素が強い関係なのかもしれない。

「からかってないのに。は可愛いよ」
「も、もういいから……! ほら、映画行こう」

 が俺の手を引っ張って歩き出した。そうやって強引に照れ隠しするところも十年前と変わってない。引っ張るからその分俺の手を強く握っていることに気づかないのも可愛くて、俺は口元が緩むのを抑えきれなかった。

「うん、行こう。映画、楽しみだね」

 の横に並んで手を握り直す。小さい手から体温が伝わってくることが嬉しくて、俺はに笑顔を向けた。
 十年前はこの手を取ることすらできなかったけれど、今は違う。俺ももあの時とは違う。
 歩調をに合わせて歩き出す。が隣を歩いているということが嬉しくて、俺は気が付けばばかり見て歩いていた。


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