番外編その3  バレンタイン・キッス


※番外編その2の後の話。バレンタインにかこつけてやきもちを焼かせたい幸村。少しですがえっちぃこともします。


 冬休みが終わって新学期が始まると、テストづけの日々が始まった。休み明けのテストから始まり、一月下旬には高校入試があり、二月上旬にはもう期末テストの期間。内部進学の推薦入試には、一応緊張感を持って挑んだのだが、ふたを開けてみれば模擬テストよりは簡単だった。その次の日には合格が通知された。
 この期間、一番つらかったのはと会う機会が少なかったことだろうか。は、幸村のテスト期間中には会おうとしなかったのである。幸村の成績優秀ぶりを知っておきながら、学生は学業が本分と言って頑として譲らなかった。

(俺が成績落としたら絶対気にするんだろうな。万が一にもそんなことはないけど)

 もちろんテニスだって絶対に手は抜かない。が、自分と付き合ったせいで幸村が調子を落としたと思うようなことには絶対にしたくない。
 一月は片手で数えるほどしか会えなかったし、二月に入ってからも、ろくに時間を取れなかった。メッセージでのやり取りは毎日しているが、やはり直接会いたい。期末テストが明けるまでまだ数日あるが、のメッセージを見るたびに恋しくて仕方がない。しかし、会いたいと幸村が送っても、年上の恋人は「もう少しだから頑張って」とつれない。
 前から薄々思っていたことだが、幸村とでは想いの熱量に若干差がある気がする。幸村は、会っている時は触れあいたい、というかベタベタしていたいし、ずっとそばにいたいし、なんなら一緒に住みたい。は幸村よりも歳を重ねている分落ち着いていて、幸村と一緒にいても現実みのある言動をする。もちろんの気持ちを疑ったことなどないが、少し淋しいと思っているのも事実だ。両想いなんだから幸村だってから求められたい。やきもちだって焼いてほしい。
 のことを考え出してからまったく勉強に身が入っていなかった幸村は、とうとうシャープペンを投げ出した。ベッドに寝転んで、携帯を手に取って画面を開く。から新しいメッセージは来ておらず、ため息がもれた。

(もうすぐバレンタインか……)

 画面に表示された日付を見ながら、そういえばもうそんな時期なのだなと思った。去年までは、ひとりの男子として何個もらえるのかなと遊び感覚で楽しんでいた行事だが、今回からは違う。たったひとりの恋人からのチョコが欲しい。

(まあ間違いなくもらえるよね。どんなチョコをくれるんだろう)

 ちょうどテストも終わっている頃だし、テスト明けの日曜日には会えるだろうか。
 我慢できなくなって、幸村はメッセージ画面を起動させた。面と向かってバレンタインのことを聞くのは少し恥ずかしいが、それとなく話を振って反応を見るくらいなら。

「そういえばもうすぐバレンタインだけど、の会社でも上司の男性とかにあげたりするのかい?」

 と送ると、からすぐに返事が返ってきた。

「幸村くん、テスト勉強は?」

 徹底している。クールな反応に出鼻をくじかれてしまったが、ここで簡単に諦める幸村ではない。

「俺がしてないと思う? 今少し休憩してて、妹がバレンタインに配るお菓子の試作品を味見してたんだ」

 これは完全な嘘というわけではなかった。妹がクラスに配る用のお菓子を作っているのは本当だし、それを夕食後に味見させられたのも本当だ。

「そうなんだ、お疲れ様。うーん……たぶん部署によると思うけど、うちの部署はあげてるよ。ちなみに今年は私がそのチョコを買う担当になってて、今から憂鬱」
「憂鬱?」
「役職ごとに値段とか分けたり、どのブランドを買おうとか考えたり、そういうことに煩わされるのがね……社会人のバレンタインて、ほんとめんどくさい」

 思わぬ方向に話が転がっている。これはまずいなと思いつつも、ともすればから話を切られてしまうかもしれないので、話題を変えるに変えられない。

「そう……大変だね、も」
「立海って、学校にチョコ持ってきても大丈夫だっけ?」
「うん、おおっぴらにはできないけど、見つかっても取り上げられたりはしないよ。先生もそこまで厳格にはしてないみたいだね」
「幸村くん、すっごいもらってそう……去年はどうだったの?」

 よし、なんとか幸村が持っていきたい方向に向かっている。

(そうだよ、もっと気にしてくれ。俺ってモテるんだよ、

 全国一のテニス部の部長だし、成績は優秀だし、中性的で柔らかい雰囲気から学年を問わず人気がある。体育祭で騎馬戦ただひとりの無敗を誇った時は、女子からの歓声もすごかった。あの後めちゃくちゃ告白されまくった。
 去年、入院中の病室いっぱいにバレンタインのチョコや花束が届けられたことを知ったら、どう思うだろう。嫉妬してくれるだろうか。

「去年は届けられたチョコを病室で受け取ったよ。入院中だったから花束も多かったし、中一の時よりもチョコも多かった気がする。病室が埋まったから」

 嫌味にならないようにできるだけソフトに、しかしはっきりとたくさんもらったことを書いて送ると、からは素直な反応が返ってきた。

「へえ〜やっぱり幸村くんモテるなあ。それだけたくさんもらうとお返しってどうしてるの?」

 なんか思っていたのと違う。と思いつつ、幸村はキーをタッチする。

「もちろん、くれた子にひとりひとり返すよ」
「え、すごいなあ。今年は卒業も控えてるし、去年よりきっとたくさんもらえるね。大変そう……」

 一向に幸村の期待する反応を返さないに業を煮やし、幸村は思わず身を起こしてベッドに拳を打ち付けた。

(違う、違うよ! そこは、今年は私のチョコだけもらってね幸村くん、だろ!)

 なんだろう、この普通の友達どうしみたいな会話。恋人どうしとは思えない。バレンタインてもっと甘い行事じゃないのか。たくさんもらえるね、じゃない。そこはモテる彼氏に不安になるところだろう、普通は。
 幸村がぼす、ぼす、とマットレスを殴っていると、メッセージの通知音が鳴った。

「あ、結構時間経ってたね。ごめんね、勉強の邪魔しちゃって。テスト頑張ってね、おやすみ」
(〜〜っ……!)

 無情である。彼女が冷たい。いや冷たいわけじゃない、幸村が思っていた展開になにひとつならなかっただけだが。いや、それにしたってあっさりしすぎである。

(相変わらず、ひどい女だ……)

 付き合う前は割と頻繁に思っていたことを、改めて強く心に刻んだ。そういえば、に片想いしていた時はこんなふうに思い通りにならなくて、しょっちゅうイライラしていた。今では懐かしいと、過去のことにするにはまだ早かったようだ。

 ***

「ふむ。まあ、精市の気持ちもわからなくもないが」

 翌日、テストが終わった放課後。一緒にテスト勉強をするために柳の家に来た幸村と真田だったが、ずっと幸村の機嫌が悪いので、勉強は置いといてまずは幸村の愚痴から始まっている。

「だろ? ほんとにあの女、俺の気持ちも知らないで……!」
「いや、それは幸村が直接言えばよかったのではないか」
「わかってないな真田は。じゃあ真田だったらそんなこと直接言えるのかい? やきもち焼いてほしいって」
「む、そ、それは……しかし、バレンタインのことは素直に言ってもよかったのではないか?」
「それは確かに。現に精市は、さんからのチョコ以外受け取る気はないんだろう?」
「いや、こうなったら今年も全部受け取る。自分の彼氏がこんなにモテてるって自覚させないと気が済まない」
「なにをそんなに意固地になっているのだ、お前は……」

 真田の呆れたような声が耳に入ってきたが、幸村は無視した。誰がなんと言おうと今年だってモテまくってやる。の言う通り、卒業前だから絶対に去年よりも量は多いはず。ガチ告白も多いだろう。告白はもちろん断るが、チョコをもらって逆ににお裾分けするくらいの気でいる。
 ふてくされた幸村の様子に、真田は呆れ、柳はやれやれと息を吐いている。

「期待するのはいいが、それを伝えないと分からないものだぞ。いつもは思ったことを言う、お前らしくもない」

 そんなことはわかっている。が、もう少しベタベタしたいとか嫉妬されたいなんて、かっこ悪くて言えるわけがない。
 まだ口を尖らせている幸村に、柳が静かに言った。

さんとしても、精市に気を遣ったのではないか」
「……え?」
「話を聞く限り、さんは精市が年下だということを強く意識していて、そこに配慮というか、気を遣っているような印象だ。テストのことからしても、学生には学生の世界があると、一線を引いているような気がする」
「……」

 確かに、そうかもしれない。幸村がとの関係に溺れないよう、中学卒業まで性交渉をしないと決めたのも、柳の言うようなことを意識してのことだ。

「だから、バレンタインのことも踏み込んでこなかったってことなのかい?」
「あくまで俺の感想だがな。あとはまあ……精市と同じだ。大人として、精市に好意を寄せる年下の女子たちに嫉妬するのはかっこ悪いと思っているんじゃないか」
「……そんなの、気にする必要ないのに……」
「それと同じことを、さんも精市に思っているかもしれんぞ」

 そんなことは、わかっている。
 幸村がいくらかっこつけようと、上手くいかなくてかっこ悪くなろうと、気にせずに幸村のことをかっこいいとかすごいとか言ってくれる。だから、もっとくっつきたいとか、もっと想われたいと正直に言っても、は幻滅したりしないと本当は幸村もわかっている。
 けれど、時々不安になる。自分はまだ中学生で、は社会人で。幸村が知らないところで、には年上の、大人の男と出会う機会がたくさんある。元々年上の男に片想いしていたし、の前にいい男が現れて、万が一にも気持ちが変わってしまったら、と。
 だから、かっこ悪いところは見せたくない。幻滅されたくない。常に幸村のことをかっこいいと思っていてほしいのだ。

も、俺と同じだとしたら……)

 有り得ないと言い切れない。幸村よりものほうが歳の差を気にしているから。

「もしもさんがそうだとしたら……ほかの女子からのチョコを精市が受け取ることを、本当はどう思っているのだろうな」

 柳の声が頭の中に響く。幸村の向かいに座っている柳、柳の隣に座っている真田が、静かに幸村を見ていた。

「ただひとりと決めた女性なのだろう、幸村」

 幸村に、もう迷いはなかった。

 ***

 最後のテストが終わった金曜、に「会いたい」とメッセージを送ると、仕事の合間を縫って了承の返事が返ってきた。
 本当は日曜に会う予定だったが、やっとテストが終わったと思うと待ちきれなくて、気が付いたらメッセージを送っていた。
 夕方、の帰宅時間を見計らっての部屋を訪ねると、彼女は少し硬い表情で幸村を出迎えた。急に会いたいと言い出したことを、不審に思っているのかもしれない。
 部屋に入ると、チョコの高級ブランドバッグが置かれているのが目についた。

「それ、会社の人へのチョコかい?」

 お茶を入れて戻ってきたにそう投げかけると、は小さく頷いた。

「うん。今日は上司が出張だったから、週明けに渡すんだって」
「ふーん。それ以外には? 個人では用意してないよね?」
「え? う、うん、これ以外には、義理でもあげる予定はないけど……」
「そう、それならよかった。が個人的にあげるチョコは、俺だけでいいからね」

 と、ストレートに言い放つと、が少し押し黙った。一瞬視線を伏せたのを、幸村は見逃さなかった。

「幸村くんは、今日いっぱいもらったんじゃないの?」

 少し空いた間を苦笑いでごまかしながら、は言った。幸村はが入れてくれたお茶をひと口飲むと、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。

「さあ、どうだと思う?」
「どう、って……幸村くん、モテるからなあ……」
「俺がいっぱいチョコをもらってたら、は嬉しい?」
「……え?」

 がどきりとしたように、幸村の顔を見た。がどんな反応をするのかを待っていたが、困惑したまま黙っていた。
 やはり、手の内を見せない限りは、も本心を打ち明けてはくれないか。

「テスト期間中に、バレンタインのことをメッセージでやり取りしてただろ? 正直言うと、俺はあの時、に嫉妬してほしかったんだ。たくさんチョコをもらってるって言った時に、今年はそんなの受け取らないでって、言ってほしかった」
「幸村くん……」
「本当はもっと、俺のことを四六時中想っていてほしいし、会っている時はもっとベタベタしたいし、もっと好きだって言われたい。やきもちも焼いてほしいんだ、俺と同じように。……本当は、不安だから」

 そう、自分と同じような熱量を返してほしい。求められることで、に好かれているんだと思いたい。不安な心を全部かき消す「好き」という言葉が欲しい。
 こんなことを考えていたなんて、に打ち明けるのはかっこ悪い。自分が知らないところで、自分が知らない男と話していると思うだけで不安になるなんて、本当は知られたくなかった。年下のガキだと思われたくないから。

は? 俺がいっぱいチョコをもらってるって聞いて、本当はどう思ったのかな。俺が本当はこんなこと思ってたって聞いて、幻滅した?」

 けれど、それ以上に、の本心が知りたい。本当は、あの時どう思っていたのか。幸村がの知らないところで女の子に人気だということを、どう思っているのか。

「……幻滅なんて、するわけない……」

 幸村の気持ちを聞いて、は首を横に振った。

「……私……私も、本当は嫌だった。幸村くんが今年もいっぱいチョコもらうんだと思ったら……告白される幸村くんを想像したら、すごく嫌だった。私からのチョコ以外は受け取らないでほしいって思った。でも……そんなこと、私の勝手だと思って……」
「勝手? どうして、は俺の恋人だろ」
「幸村くんの学校生活に、私はいないから」

 ぎくりとした。やはり、も同じようなことを思っていたのだ。

「十も年上なのに、年下の名前も顔も知らない女の子に妬くなんてみっともないと思って、あの時は大人のフリしてた。でも……そんな私の態度が、幸村くんを不安にさせてたんだね。ごめんなさい……」
「ううん、いいんだ。の本心がわかったから、いいんだ。俺たち、また同じようなことで悩んでたんだね」

 幸村もも、お互いがいない世界で日常を送っているから、自分の知らないところでの相手を思って、不安になっていた。そこに歳の差を気にする気持ちも相まって、負の感情を生み出していたというわけだ。

「でも、これだけははっきり言うよ。俺は、が大人だから好きになったわけじゃない。だから好きなんだよ」

 の隣まで近寄って、その手を取った。久しぶりに触れた手は、少しひんやりとしていた。
 幸村の気持ちを聞いて、は泣きそうに顔を歪めた。

「私も、本当は、幸村くんが中学生だって全然気にしない。幸村くんが好き……!」

 胸に飛び込んできたを受け止める。幸村の体温に安心したのか、の声は上擦っていった。

「本当は、いつか幸村くんに愛想尽かされるんじゃないかって不安だし、やっぱり同年代の可愛い女の子がいいんじゃないかとか思って、不安で」
「それはないよ、俺は何年経とうとが好きだから」
「そんなこと言ったって、私なんてすぐしわくちゃのおばさんになっちゃうんだよ」
「だから? 俺だってそのうちおじさんになるじゃないか。すぐに今みたいなさわやかな少年じゃなくなるよ」
「……自分で言っちゃうかな、それ……」
「自分の長所も短所も客観的に見ないと、テニスは上手くならないからね。でも、とのことはどうも上手く客観的になれないから困るんだ」

 と言うと、腕の中でが笑った気配がした。腕を緩めて体を離すと、の目が赤くなっていた。それを恥ずかしそうに隠そうとする手を取る。

「これからは大人ぶらないで。俺はやきもちも嬉しいし、が不安なら気が済むまで好きって言ってあげる。だから、不安な時は隠さないで」
「うん……幸村くんも。私、仕事の付き合いで飲みに行くこともあるから、不安ならその都度言ってね」
「ああ、俺の気が済むまで好きって言ってもらうよ」

 お互い笑い合って、自然と顔を近づけてくちびるを重ねる。想いが通じ合っているんだと思える、幸せなキスだった。

 ***

「幸村くん、結局チョコはどれくらいもらったの?」

 一件落着ムードが漂う中、がおもむろに聞いてきた。その口調は、特に幸村を責めるでもなく、幸村に好意を抱く女子たちに嫉妬しているふうでもなかった。

「もらってない」
「え、ひとつも?」
「俺はのチョコしか欲しくないからね」

 いちいち呼び出されて、そのたびに断るのも手間だと考えた幸村は、柳たちに協力してもらうことにした。教室で柳にバレンタインの話題をふってもらい、その際に「俺は彼女以外のチョコは受け取らない」と宣言することでわざとうわさを流し、幸村にチョコを渡しにくい状況を作っておいたのだ。それでも、めげない何人かの女子に呼び出されたが、すべて断った。下駄箱や机の中に入れられたチョコも、贈り主がわかる分は返した。贈り主がわからないものは持ち帰るわけにもいかず、少々かわいそうだが部室におすそ分けとして置いていった。

「そ、そうなんだ……」
「安心した?」
「うん……けど、ごめん。日曜日に会う約束だったから、私、まだチョコ作ってなくて……」
「ああ、それはいいんだよ。俺が急に会いたいって言ったんだから。ちゃんと作ってくれるんだ、嬉しいな」
「そりゃ、初めてのバレンタインだし……私だって、幸村くんの周りにいる女の子たちに、負けたくないし……」

 勘弁してくれ、と思った。もうこれ以上可愛いことを言わないでくれ。こっちがどんな思いで我慢しているか、わからないわけじゃないだろう。
 力強く抱き寄せて、有無を言わさずくちびるを奪う。先ほどのような幸せで満たされるようなものではなく、情欲をぶつけるキス。幸村を受け入れるように開いた口から舌を入れて、中で待っていたの舌に絡ませた。

「ん、んっ……は、あ……」

 角度を変えてくちびるを重ねては舌を入れ、思う存分舌を絡ませた後は、それを引っ込めて唾液で濡れたくちびるに吸い付く。合間に漏れる熱い吐息と声に、幸村の体もすっかり熱を帯びていた。



 もう抱きしめてキスするだけでは足りない。もっと、が欲しい。
 くちびるを離しての目を覗き込む。激しいキスの後で、少々息を乱して頬を染めたは、惚れた欲目をなしにしても色っぽくて、情欲を掻き立てられた。彼女の肩に回した手に力が入る。

「ねえ、ちょっとだけでいいから、体触らせて」
「ゆ、幸村くん……」
「絶対に最後までしないから。服の上からでいいから……」

 の耳元で懇願すると、頬をさらに赤くしながらもこくりと頷いた。許しを得た幸村は、さっそく右手をの胸に当てた。
 仕事服のカットソー越しでもわかる柔らかさ。肩に回していた左手も離し、両手を使って胸を揉む。幸村が食い入るように胸を見て手を動かしているものだから、が恥ずかしそうに目を閉じた。

(もっと、もっと触りたい)

 最初は柔らかさを実感するだけで興奮したが、時間が経つにつれて、それだけでは物足りなくなってきた。ブラジャーも見たい。本音を言うと、さらに生乳も見たい。ブラもなにもつけてない胸を揉みたい。さらに本音を言えば、吸い付きたい。べろべろに舐めてめちゃくちゃにしたい。
 我慢できなくなった幸村は、カットソーを素早くたくし上げると、が反応する前にブラの上から胸を揉みしだいた。
 ラベンダー色を基調とした、花柄のレースが可愛いブラに包まれた白い胸。それが今、幸村の手によって形を変えている。この光景を目に焼き付けておかねば。今夜のオカズで決まりだ。

「あっ……! ゆ、幸村くん……!」
「可愛いブラだね。似合ってるし、俺好みだよ」
「ふ、服の上からって、言ったのに……!」
「ブラも服だよ。ほら、これ持ってて」
「そ、んな……屁理屈言って……」

 屁理屈で結構だ。今この欲望を満たすためなら、どんな口八丁でも言える。
 抵抗しても幸村の手が止まらないことを悟ったは、恥ずかしそうに大人しくカットソーを胸の上で持って、幸村に下着姿を晒している。そんな姿にもますます興奮してしまう。
 手のひら全体を使って胸を揉んだり、ふにふにと軽く揉んだりして、幸村はの胸に夢中になった。谷間を作るように双丘を寄せると、ブラから胸がこぼれそうになる。

「ん……ふ、……」

 の甘い声が吐息とともに漏れ出る。その声を聞いた瞬間、幸村はを床に押し倒していた。

「あっ、幸村くん……!」

 胸の谷間に突っ込むように鼻先を押し付ける。両手でふくらみを寄せると、幸村の顔が柔らかくてあたたかいものに包まれた。

(う、わ……気持ちいい……!)

 胸を揉みながら自分の両頬に胸を寄せ、においを嗅ぐ。柔軟剤かボディソープかのいい香りと、少しだけの汗のにおい。興奮で思わず熱い息が漏れた。

「あっ……ん、幸村くん、だめ……」

 幸村の吐息がの肌をくすぐったのか、一瞬本気の嬌声が上がった。そんな声を上げておいてだめとは、どの口がそう言うのか。

「や、だめ……これ以上はもう、だめだよ……」

 谷間の柔肌に吸い付きながら、幸村はどんどん欲望が大きくなっていくのを感じた。だってもう、の制止を聞いても手が止まらない。
 もう、この邪魔なブラも取ってしまえ。
 なにも邪魔するものがないの胸を見たい。揉みたい、吸い付きたい。
 ブラに手をかけたところで、幸村の意図を察したが幸村の肩を手で押し返してきた。

「だっ、だめ! 幸村くん、それ以上はほんとにだめ……!」
「……だめ? どうしても?」
「だめ、だよ……幸村くん、それ以上して、途中で止めれるの?」
「それは……」

 自信はなかった。の体に触れる前までは、興奮したとしても意志の力で止められないことはないと思っていた。だが、先ほどまでの興奮状態を思い返すと、途中で止められると言い切れなかった。現に、さっきはの声もなにも耳に入ってこなかったのだ。
 頭に上った血が引いてくると、冷静になってきた。の胸から顔を上げて、体を起こした。

「我慢させて、ごめん……でも、あれ以上は、その……私も、たぶん、エッチしたくなっちゃうから……」

 乱された服を直しながら、が小さくつぶやいた。恥ずかしいのか、最後のほうは本当に小さな声だったが、ほかにはなにも音がしないこの部屋では、余裕で聞き取れた。
 引きかけた股間の熱が、再び戻ってくるのを感じて、幸村は眉間に深く皺を刻んだ。

「――っ……! あのさあ、今から煩悩を落ち着かせようって時に、どうしてそういう……!」
「ゆ、幸村くん……?」
「もう今ので完全に勃ったよ! どうしてくれるんだい!」
「え、ええ? なんで!?」
がそそるようなこと言うからじゃないか!」

 あれ以上手を進ませてもエッチがしたくなるなら、いっそのこと今からそうしてしまおうかと、やけくその幸村は思った。
 けれど、できない。との約束だから。ほかでもないがこうと決めたことだから、幸村は尊重してやりたいのだ。の体だけが欲しいのではない。心も丸ごと全部くれないと意味がないから。
 すっかり冷めてしまったお茶を飲んで、無理やり気分と体を落ち着かせる。
 中学卒業まで、あと半月ほど。それまで我慢できるだろうか。自分でコントロールするしかないと思っていたが、厄介な伏兵がここに潜んでいた。無自覚に幸村を煽ってくる、本人という伏兵が。
 せめて、お茶のもう一杯でも入れてもらわないと困る。まだ熱が完全に引くまでは、時間がかかるのだから。
 に空のカップを押し付けて彼女をキッチンに追いやると、幸村は盛大にため息をついた。

(日曜日、どうしようかな……)

 せっかくの手作りチョコが食べられるというのに。その先に必ず待ち受けているであろう忍耐を想像して、再び複雑な気分になる幸村であった。


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