第五話


※後半に自家発電シーンあり。想像の中で致している描写(ぬるめ。R-15程度)がありますので、苦手な方はご注意ください。読み飛ばしても展開的に問題ありません。


「誠に申し訳ありませんでした……」

 服を着て軽く髪を整えたり化粧をしたは、俺を部屋に上げた後、冷たい目線を送る俺に深々と頭を下げた。

「一体なにに対して謝ってるのかな。朝起きられなくて俺に水やりさせたこと? 今の今まで俺に返信もせずに寝こけてたこと? それとも、はしたない姿で俺の前に出たことかな」
「うう……全部です……本当にごめんなさい……」

 今日の罪状を並べ立ててやると、はますます縮こまった。普段の年上ぶった態度はどこへやら。
 は真面目に謝っているけれど、正直なところ、俺はそこまで気にしているわけじゃない。むしろ、体調が悪いとか、朝帰りとかの理由じゃなかったことにほっとしていたぐらいだった。あと、の部屋に初めて入ったことにちょっと緊張していて、それどころじゃなかったというのも気にしてない理由のひとつだ。
 少々物が散乱している1DKの部屋は、それまでの忙しかった日々を物語っているかのようだった。普段は片付けられているんだろうなと思わせる部屋は、女性の部屋にしては少し殺風景というか、よく言えば実用的な物しかなかった。さすがに私室にあたる部屋は閉じられていて見れなかった。
 とにかく、が昼まで寝坊していた理由は後でゆっくり聞こう。俺はわざとらしくため息をつくと、用意していたセリフを言った。

「ねえ。俺、お腹空いちゃったな」
「……え?」
「もうお昼だし、なにか美味しいものが食べたいなあ」

 はにっこりと笑った俺の顔を見て目を瞬かせていたが、やがて俺の言わんとしていることを察して頷いた。

「……そうだね、どっか食べに行こうか」
「俺、焼き魚が好きなんだよね」
「はいはい、なんなりと奢らせていただきますとも」

 と言って、はそのへんに落ちていたハンドバッグを取って、その中に携帯を放り込んだ。その携帯は、俺からの通知でいっぱいになっているはずだ。

「じゃあ駅のほうまで行こう。お昼に美味しい和食出してくれるお店あるんだ」
「へえ、それは楽しみだな」
「夜はお酒も出すところだから、幸村くんひとりだとまだ行けないところなんだけどね」
「ふうん、仕事帰りとかに行ったりする?」
「ひとりだとあんまり。わざわざひとりで飲みに行くほどお酒が好きってわけじゃないし、強くもないから」

 玄関先に置いてあったラケットバッグを持って部屋を出ると、がスニーカーを履いて出てきた。部屋に鍵を閉めて、マンションを出る。

「そういえば、私の部屋よくわかったね。言ったことあったっけ」

 内心、ちょっとだけぎくりとした。

「マンションの前から部屋の出入りが見えるし、それでなんとなく覚えてただけだよ」

 正直に言うと、は別になんとも思わなかったのか、そうなんだ、と納得して、それ以上の追及はなかった。も空腹なのか、心なしか早く店に行きたそうな足取りだ。
 他愛のないことを喋りながら歩いていて、ふと思った。
 これって、「ふたりで休日に出かける」のうちに入るんじゃないか。
 じゃあ、これはちょっとしたデートってことになるんだろうか。
 そう思った途端、が隣にいることを改めて意識した。俺の体の左側だけ、神経が鋭くなったような感覚。
 ラケットバッグを左肩に掛けていてよかったかもしれない。掛けてなかったら、手持ち無沙汰の左手をどうしたらいいか分からなくなりそうだから。

 ***

 店に着くと、昼時を少し過ぎていたからか、混んではいるものの待ちはしなかった。通された座席のテーブルは拭かれた直後なのか、ちょっと湿っていた。
 俺は焼き魚定食を頼んで、も同じものを頼んだ。料理が来る間、が寝坊の理由を語った。

「昨日、午前中でやっと大きい仕事が片付くって言ってたと思うんだけど、夜にその打ち上げがあったのね。それで、先輩たちと結構遅くまで飲んでて……今朝さっぱり起きられなかったというわけです。本当にごめん」
「本当にね。何事かと思ったけど、まあ、体調が悪いんじゃなくてよかったよ」
「ごめんね……なんかほんと、幸村くんに迷惑かけてばっかりで、申し訳なさでいっぱい……」
「迷惑ってほどでもないけど。俺がやったことなんて、ただ少しバラの様子見たり水やったりするだけだよ」

 だからそんなにしょげる必要はないって言いたかったんだけど、の表情は晴れなかった。

「いや、でも、なんというか……大人として恥ずかしいというか……」
「だからこうして埋め合わせしてもらってるんだけどな。なに、はまだ俺になにかしないと気が済まないのかい?」
「うん。埋め合わせじゃなくて、お礼がしたい。なにかして欲しいこととかない?」

 そう言われて、俺は少し考え込んだ。
 にして欲しいこと。に望むこと。
 そんなの決まってる。けれど、それを俺が言ったところで、はたぶん、それだけはできない。とはまだ一ヶ月くらいの付き合いだけど、容易に予想できた。
 ――今すぐ実らない片想いなんてやめろって俺が言ったって、そう簡単にやめられるものじゃないんだろう。
 だからここは、不本意ながら「年下の幸村くん」の仮面をかぶることにした。

「じゃあ、またこうやってご飯に連れて行ってくれない?」
「……そんなんでいいの?」
にして欲しいことなんて、ほかに思いつかないしね」
「欲しいものとかもないの?」
「うーん、欲しいものといってもね。あるにはあるけど、そういうのってに買ってもらうようなものでもないだろ」
「そっか……なんか、お礼って感じはしないけど……幸村くんがそれでいいなら、いつでもご飯連れて行ってあげるよ」

 少々腑に落ちない様子だったけれど、はそう言ってやっと笑った。
 俺としては、別に追加のお礼なんていらなかったけど、の気が済まないっていうなら付き合ってあげてもいいかな、という感じだった。食事の約束、俺は「あと一回」とは言ってない。これでしばらく空いてる休日に美味しいものを食べさせてもらえるなら、それはそれでまあいいかな。俺も育ち盛りだから、食欲を満たしてくれる約束はそれなりに魅力的だしね。別に、に会えるからとか、を誘う口実になるな、とか考えていたわけじゃない。

「ふふ、俺ももうすぐ部活引退だし、そうなると週末は時間ができるからね。がどこに連れて行ってくれるのか、楽しみにしてるよ」
「えっ……幸村くん、もうすぐ引退なの? 立海っていうから、てっきり内部進学なのかと思ってた」
「内部進学だよ。でも、だからといっていつまでも三年が居座っていてもしょうがないだろ。新部長にも頑張ってもらわないとね」
「そうなんだ。ってことは私、結構な頻度で幸村くんに奢らされるんじゃ……?」
「だから、楽しみにしてるよ、
「あ、あの……お手柔らかにお願いします……」
「ふふ、仕方ないから、懐事情には気を遣ってあげてもいいよ」
「ぜひそうしてください……」

 も社会人といえど、まだまだ会社の中では新米だろうし、ひとり暮らしもしてるからそこまで潤沢な財布事情ではないだろう。ほんと、仕方ない女だ。
 こんなことを話しているうちに、料理が来た。今や庶民の味とは言い難い秋刀魚だった。すだちもついている。
 いただきます、と言って、さっそく秋刀魚の身をほぐす。大根おろしにだし醤油とすだちを少しだけかけて、ほぐした身を口に入れた俺は思わず唸った。

「美味しい」

 いい塩加減で焼かれた秋刀魚は脂がのっているからか、だし醤油はあっさりとした口当たりだった。そこに大根おろしとすだちの風味も合わさって、絶妙な味を出していた。

「ね、いいでしょ」

 俺が予想以上にいい反応をしたからか、もにっこりと笑った。今日一番の笑顔だった。
 それから俺は黙々と食べることに集中した。も、そんな俺に合わせて喋ろうとはしなかった。でも、俺がワタと骨を取っている時に、すごい、と声を上げた。

「幸村くん、魚の骨取るの上手だねえ」
「……そう?」
「うん、すごくお皿の上がきれい。御家族の教えがいいのかな」
「そう、だね。祖母が、こういうの上手かったんだ」
「そっか。きっと上品なお祖母様なんだろうな」

 家族も含めて褒められたことにどういう顔をしていいかわからなくて、箸を止めた。はそんな俺に気づかずに食べている。いつもはなんで気づかないんだと思うところだけど、今はそうは思わなかった。たぶん、変な顔をしているだろうから、そんな顔を見られたくなかった。
 俺たちが食べ終わる頃には、店内のお客さんはすっかり引いていた。食後のあったかいお茶を飲みながらゆっくりしていたら、すっかり昼下がりになっていた。
 がお勘定を済ませる間、店員の目線が一瞬俺に向けられた。
 と俺は、他人からだとどう思われてるのかな。俺は制服を着ているし、いいところが姉弟だろうか。今度と出かける時にはもう部活もない頃だろうし、俺も私服を着てるんだろうな。その時は、どう見られるんだろう。
 のマンションまで帰ってくると、俺は別れ際に気になっていたことを聞いた。

「あのさ、いつもあんな格好で寝てるのかい」
「え? ……あ、いや、違うから! 昨日だけだよ、いつもはちゃんと服着て寝てる……」

 さっきのことを思い出したのか、が顔を赤くしながら声を上げた。それからまた恥ずかしくなったのか、だんだんと声が尻すぼみになっていった。

「ふうん、それならいいけど。さっきは俺だったからいいものの、ほかの見知らぬ男だったらどうするんだい」

 そう、宅配のお兄さんとかだったらどうする気だったんだ。気まずいってもんじゃないし、貞操の危険でもある。もしかして、お酒飲むと脱ぐたちなのかな。もしそうなら、金輪際誰か――特に男とは、お酒を飲まないでほしい。

「うん……いや、幸村くんに見られたのも、私としては相当なダメージなんですけど……確かに、幸村くんでまだよかったのかな」

 そんな安心感に満ちた声で言われるのもムカつくんだけど。いやなにもよくないよ。見知らぬ他人と比べて、ってだけ。俺も男だってこと、わかってるのかな。こう見えて鍛えてるんだよ。力では絶対かなわないくせに、なんであんなに無防備でいられるんだ。その気になれば、玄関が開いた時に押し入って押し倒すことだってできたのに。
 俺が外面の下でこんなことを考えているのも知らないで、俺が年下で優しいことに安心して笑っている。どうしてくれよう。今までで一番イライラしてるかもしれない。

「……もう、お酒飲むのやめとけば」

 感情を隠しきれない低い声が出た。はやっぱり俺の様子には気づかないみたいで、うん、となんの疑いもなく頷いた。

「そうしたほうがいいかもね。いくらなんでも男の子の前に下着姿で出るなんて、恥ずかしくて穴に入りたいくらいだよ」
「恥ずかしいとは思ってるんだね、よかった」
「あ、バカにしてるな、さては。本当に恥ずかしいんだよ。幸村くんにあんなみっともない姿見られちゃって。できるなら、幸村くんも早く忘れてほしい」

 みっともない、か。やっぱり、俺とではこんなにも思うことが違う。その差異を埋めようとしても、は無意識に俺を「十も年下の中学生」だと線を引いてしまう。近づこうとするそばから離れていってしまうから、埋まらない。
 本当にイライラする。
 俺の心をこんなにも揺さぶるくせに、俺には揺さぶらせるどころか、触れさせてもくれない。なんなんだよ、本当。

 ***

 イライラが夜まで続いたせいか、夢を見た。
 俺はなぜか宅配便のバイトをしていて、インターホンを鳴らして出てきた女を押し倒す夢だった。女の顔はよく覚えてないけど、服をたくし上げると、水色のレースの下着を着ていた。その肢体にむしゃぶりつきながら、どこかで見たことある下着だな、と思ったところで、目が覚めた。

「…………」

 はあ、とため息をついた。
 まだカーテンの外が暗い。時計を見ると、起きる時間には程遠い深夜だった。夜中に目が覚めることなんて、退院してからほとんどなかったのに。
 体を起こして、枕元に置いてあったティッシュを数枚手に取る。
 股間の熱と布が張り付く感触は、間違いなく俺が夢精したことを主張していた。寝巻きを下ろしてみると、予想に違わぬ状態だった。
 後始末が面倒だ。こんなことなら、一発抜いて寝ればよかった。
 出たものをティッシュで拭いて、新しいパンツを履いて、べとべとになったパンツを洗面台で軽く洗う。深夜だから、俺を咎める人もいない。
 はあ、ともう一度ため息が出た。
 一体なにをやってるんだろう。生理現象のひとつだから別に恥ずかしいことではないんだろうけど、深夜にひとりで汚れた自分のパンツを洗うなんて、虚しいにもほどがある。みんなが寝てる時間で本当によかった。
 それもこれも、のせいだ。あんな格好で俺の前に出てくるから。あんなのオカズにするに決まってるだろ。こっちは女の体が気になって仕方ない年頃なんだよ。そりゃ夢にだって見るさ。
 抜かずに寝たのは、あんな鈍感な女の無防備な姿に欲情してたまるかという意地もあった。俺は別に、のことが好きなわけじゃない。この気持ちは恋なんかじゃない。だから別に、あんなことがあったけれど処理は必要ない。そう思って、無理やり目を閉じたのが数時間前。
 それで、このザマだ。
 水気を絞ったパンツを洗濯物の中にそっと忍び込ませて、俺は部屋に戻った。ベッドの中はまだ俺の熱を保っていて、なまぬるかった。
 それにしても、やけに生々しい夢だった。昼間に俺が思ったことがそのまま夢になっていた。あんな格好で簡単に鍵を開けるから、夢の中で俺に襲われちゃってたよ。残念ながら、まだ入れてはいなかったけど。

(かなりいいところまでいってたな……)

 そう、かなりいいところまで。できるなら続きが見たいと思うほどに。
 確か、まずの上に馬乗りになって、服を乱して下着姿にして。それから、肌を舐め回して、下着もずらして、あらわになったところも全部味わって。途中、声を上げるの口を口で塞ぎながら、俺は短い時間の中で最大限の体を堪能しようとしていた。

「幸、村くん」

 ぐちゃぐちゃになった入口に熱をあてがったら、泣きそうな顔をして俺を見上げてくる。

「大丈夫。、大丈夫だから……」

 俺を呼ぶそのくちびるに覆い被さるようなキスをして、抵抗できないように両手を貝殻繋ぎのように合わせて押さえつけた。
 あてがったものを押し進めると、俺の口の中にの声が反響した。
 熱い。暑い。の潤んだ中が俺を包んでる。合わさった体の熱に、肉がこすれ合う快楽に、汗が滴り落ちていく。
 気持ちいい、最高。
 俺によって脚を大きく開かされたは、強引に与えられる快楽に耐える表情と、乱された衣服も相まって最高にエロかった。もう入れちゃってどうしようもないのに、まだ俺のことを幸村くんと呼んで止めさせようとしてくる。
 ごめん無理、止まらない。
 興奮が最高潮に達した俺は、を潰すように抱きしめて、の名を呼びながら果てた。
 気がつくと、俺の右手はべとべとになっていた。
 どこからが俺の想像だったのか。いや、想像というならあの夢自体が想像の産物だ。目が覚める前に見た夢も、今のも全部、俺の想像だ。
 はあ、と三度目の深いため息をついて、またティッシュを手に取った。今度はパンツを汚してない分、いくらかましだけれど、射精後の倦怠感からか自己嫌悪が止まらなかった。体はすっきりしたけれど、気分は最低最悪だった。


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