クラウドと二人乗り



 大学のゼミが終わり、は手持ち無沙汰に構内を歩いていた。ゼミと言っても、卒論の下書きを先生に見てもらい、修正すべき点や、調べる点、検証すべき論文を教えてもらうだけだ。しかし、先生と一対一で疲れる上、調べたり読んだりすることが増えるので、結構憂鬱なのだ。
(まぁ時間はあるし、ゆっくりやればいいんだけど。疲れた……)
 そうして歩いていると、駐輪場にたどり着いた。意識は帰宅へと向いていたらしい。
 だが、駐輪場がなにやら騒がしい。主に女の子の声で、きゃあきゃあと。
(……嫌な予感……)
 先日の学園祭騒ぎもある。彼らに大学の場所が割れてしまったことで、あのイケメンたちが来ている可能性がある。なるべく見ないようにしたいところだが、自分のチャリを探していると、女性に囲まれていた人物に声をかけられたのだった。
「おい、あんた」
 あんた、とはこれいかに。の知り合いの中で、自分をあんた呼ばわりする人物など、心当たりがない。
 が顔を上げると、はた、とその人物と目が合った。
(……く、クラウド!?)
 特徴的なとんがり頭と、怜悧な印象を受ける美貌。通りのいい声の持ち主は、後輩である高谷の家に居候しているクラウドであった。
 なんとか声に出さなかったは、そのままきびすを返し、足早に歩き出した。後ろで何か聞こえたが、聞いちゃいられない。
(冗談じゃない、前みたいな騒ぎはごめんだ!)
(学園祭のあの後……追い掛け回されーの噂になりーの)
(というか、なんでクラウドが大学に?)
 とにかく駐輪場から離れようと、ほとんど小走りになっていた。
 校門が見える。このままいっそ歩いて帰ろうかと思った瞬間、後方からエンジン音が近づいてきた。
「おい、あんたのことだ」
「うわあっ!って、あぶねーだろ!」
 いつの間にか、二輪車に乗ったクラウドがの隣で並走していた。びっくりして立ち止まると、クラウドはの進行方向をさえぎるように車体を停めた。
 ヘルメットを取ったクラウドは、に近づいた。近づいてみると、他のDFFの男性陣と比べて、クラウドはあまり背が高くない。しかし顔が小さいことと、体全体が細く見えるため、背が高く見える。着ている服は高谷が着ているものを拝借しているらしく、見たことがあるものだった。そういえば、体格は似ているかもしれない。足の長さは別として。
「な、なんでここに」
「高谷の忘れ物を届けに」
 時計をみると、今からちょうど1年の専門科目が始まるころだ。高谷は専門科目で使うものを忘れたのだろう。
(あのドジ……!)
「じゃ、じゃあ私になんか用?」
「あんた、確か今日はバイトがないんだったな」
「なんで知ってるの!?」
「バッツとジタンから聞いた」
「あ、そう……」
「少し、いいか。聞きたいことがある」
「え?」
 クラウドはヘルメットを一つ取り出し、へ放り投げた。



 クラウドが停車したのは、ほかでもない、高谷家であった。居間に通されて座っていると、クラウドがコーヒーを持ってきた。
「あ、ありがと」
 クラウドはの向かいに座り、自分のコーヒーをすすった。もとりあえず飲む。ちゃんとミルクも砂糖も入っていた。これもバッツやジタンに聞いたのだろうか。
 高谷家はクラウドとだけだ。高谷夫妻は仕事、フリオニールは夕飯の買い物、ティーダとセシルはそれぞれお出かけ中らしい。
「あんた、前に、コスモスの夢を見たと言っていたな」
 前に、というのは、ライト達と高谷家へ来たときのことを言っているのだろう。確かに、バッツたち三人が来たときに見た、コスモスの夢の話をした。
「あれからコスモスの夢は見たか?」
「……ううん、見てない」
「……そうか」
 ふう、とクラウドはため息をついた。
「俺たちの中で、コスモスの夢を見た奴はいない。バッツたちも含めて。だから、接触したことあるあんたになら、もしかすると、とも思ったんだが」
 そこでクラウドは口を閉じた。は、なぜ彼がと話をしたいのか、不思議だったが、今得心がいった。
 彼は向こうに戻りたいのだ。
 向こうの世界は戦いだらけと聞いていたが、そんな世界でも帰りたいものなのだろうか。
(心配な人でもいるのかな……ここが、居心地悪いだけなのかな)
 確かに、ここが彼らの居場所かと問われれば、は否と答える。
「……べつに、ここがいやだと言うわけじゃない」
 クラウドがの思いを読んだかのように言った。言った後で、少し首を振った。
「ただ、今のままでいいとは思ってない。俺たちはいずれ帰る。それが今すぐか、何年も後か、わからないが。このままこの世界に慣れて、なあなあに時間が過ぎていくのはごめんだ」
 だから、この世界に来ることになった原因のコスモスと接触したに、最近の様子を聞いてきたというわけだ。
 べつに、こっちの世界を受け入れていないわけではないだろう。ただ、慣れて問題をうやむやにしたくないのだ、彼は。
(なんというか真面目というかしっかりしてるというか……)
「急に連れ出して悪かった」
「いや、いいけど。……いつかは帰っちゃうんだもんね。うん」
 小声でつぶやいたつもりだったが、クラウドには聞こえたらしい。ちら、とに目を向けると、小さく息を吐いた。
「帰らないとでも思っていたのか?」
「え、や、そうじゃないよ。……ちょっと忘れてただけ」
「…………まぁ、あんたと一緒にいるやつらは、帰りたがらないかもな」
 クラウドの言葉に、耳を疑う。どういうことだ?
「あんたと一緒にいる連中。特にスコールとウォーリア・オブ・ライトは、あんたと一緒に居たがるだろう」
「なんで?」
「…………わからないのか?」
 クラウドが信じられない、とでも言うように目を瞠る。そんな顔をされても、わからない。特にスコールとライト?
「…………」
 おそらくだが。
 ライトは責任感が強いし、に助けてもらった恩を返そうと思っている。(自身は、恩などとは思っていないが)
 スコールは人情に篤く仲間思いで、ライトと同じくらい心配性だ。
あちらの世界に帰るとして、それがコスモスによる予告があるのか、来たときと同じように突然なのか、わからない。
 予想以上になじんでしまったに対して、ライトとスコールは多少別れがたいと思っているのだと、は思う。
 だが、いざ帰る時になって、または帰った後に、改めてそんなことを思うだろうか。こちらの世界に来たのは避難のため。あちらに帰って、やらなければならないことがある。目的を前にして、居場所を提供しただけの女に構っていられるだろうか。
(さっさと割り切っちゃいそうなんだけど。「あの人にはよく助けてもらった、いい人だった。これからはまた戦い、気を引き締めていくぞ!」って言ってさ)
 ……まぁ、それはそれでいい。変に気負ってもらっても困る。が悶々と考えていると、クラウドが怪訝そうに視線をよこした。
「考え込むことか?あんた、スコールと付き合ってるんだろ?」
「え…………はいぃぃっ!?」
 スコールと付き合うですと!?
「なんでそんな話になるの!?」
「違うのか?」
「違う違う違う!」
「首のそれ、あいつとペアじゃないのか?てっきり恋人だからつけてるものかと思ったが」
 がつけているペンダントをさしてクラウドが言った。は思わず、う、と言葉に詰まった。
「いや……確かにこれはペアなんだけど、別に付き合ってるとかじゃないから」
「…………あいつもかわいそうだな」
 クラウドが何かつぶやいたが、は聞こえなかった。特に聞かせるつもりはないらしく、クラウドは同情するような表情のまま、口を閉ざした。
 と、そこへ、玄関のドアが開閉する音が聞こえた。誰か帰って来たようだ。
「ただいま……って、じゃないか。今日はどうしたんだ?」
 フリオニールだ。両手には買い物袋を下げている。こんなことを思っては失礼かもしれないが、買い物袋を下げていても違和感がない。
「久しぶり。クラウドに連行されてきました」
「は?クラウドに?」
「暇だったし、暇そうだったからな。大したことじゃないが、聞きたいことがあった」
 しれっとして言うクラウドに、フリオニールは苦笑いした。それから、いいことを思いついた、というような顔をした。
「そうだ。、せっかく来たんだから、夕飯食べていかないか?」
「え?でも、うちで夕飯作らないといけないし、いきなりで悪いし」
「一人増えたって大して変わらないよ。あっちにはバッツもジタンもいるんだし」
「…………まぁ、俺の都合につき合わせたからな。夕飯ぐらい食べていったらどうだ」
 にこやかにすすめてくるフリオニールと、クラウドの一言に、まぁたまにはいいか、とは頷いた。
「よし!じゃあ少し待っててくれ!すぐに作るから」
「あ、私も手伝う」
 と、が立ち上がりかけた時、クラウドが呼び止めた。
。先に、向こうに連絡を入れておけ。過保護な連中が後でうるさいぞ」
「あ、うん」
 うっかり連絡を忘れると、ライトに怒られる。想像したはすばやく携帯を取り出し、家の電話番号にかける。間もなくジタンが電話に出た。
『もしもし、?』
「あ、ジタン、今日はフリオ達のところで夕飯食べてくるから、悪いけど夕飯お願いできる?」
『おー了解。帰りは遅くならないうちに帰って来いよ。迎えに行こうか?』
「えっ、迎えはいいよ。そんなに遅くならないと思うし」
「貸せ」
 クラウドに横から携帯を取り上げられた。急なことで、はしばし呆然とする。
「ジタンか。は俺が送っていくから安心しろ。じゃあな」
 というと、クラウドは早々に電話を切ってしまった。電話の向こうでは、ジタンがと同じく呆気に取られているだろう。
「…………」
「どうした?迷惑か?」
「いや……むしろありがたいけど、いいの?」
「つき合わせたからな。これぐらいはいい」
「……ありがとう、クラウド」
 クラウドはちら、とを一瞥すると、かすかに口角を上げた。
 その後、続々と帰って来たティーダたちや高谷家の人々に囲まれ、いつもよりだいぶ騒がしい夕食をとった。主に騒がしかったのはティーダとフリオニールと高谷だが。
 夕食のメニューはビーフシチューだった。も手伝ったが、ティーダやクラウドが思ったよりも食べるので、毎日十人分は用意するらしい。フリオニールの苦労がしのばれ、そっと涙をぬぐったであった。



「……はぁー」
 ジタンは一方的に切られた電話にため息をついて、受話器を置いた。その様子を見たバッツが話しかけてくる。
「ん?どうしたんだジタン。今の電話、だろ?」
「ああ。今日はフリオ達んとこで夕飯食べてくるってさ」
「そっか。じゃあ俺たちで夕飯作るかー」
 バッツが台所へ向かうと、スコールが無言で立ち上がる。手伝うつもりらしい。
「ジタン。は何時ごろ帰ってくると言っていた?」
 ライトがジタンにたずねる。さすがというか、ライトの心配はの身の安全だけだ。
「んー……帰りだけどさ、クラウドが送っていくってよ」
「クラウドが?」
「クラウド、バイトした金でバイク買ったらしいからなー」
「そうか」
 野菜を洗いながら話を聞いていたスコールが、少し複雑そうな表情をした。
その変化を目ざとく気付いたバッツが、じゃがいもの皮をむきながら笑った。
「スコール、すねんなよ」
「そうだぞスコール。明日のバイトの迎えはスコールじゃん」
「…………別に、すねてない」
 茶化すように言われて、ますます機嫌を悪くさせたスコール。
 ライトも考えていることは同じだろう。スコールより表情に出ていないが、機嫌はよくない。
 ジタンは肩をすくめ、これ以上機嫌を損ねないために、手伝いに加わった。
「まったく、わかりやすい連中だぜ」
 この後、クラウドに送られてくるを見て、さらに機嫌が悪くなるに違いない。


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