セシルとごはん



 高谷家の居候たちに会いに行った三日後、の家にインターホンが鳴り響いた。
「はーい」
 その日、いつものようにバッツが玄関を開ける。するとそこには、ふわふわした銀髪の持ち主・セシルが立っていた。
「こんにちは」
「セシル?どうしたんだ?」
「うん。に用事があって」
に?」
 時刻は昼前。もさすがにもう起きている。
「おーいー、セシルが来てるぞー」
 バッツが家の奥に向かってそう言うと、「はーい」と声が返ってきた。リビングからが出てくる。セシルが尋ねてきたことに少々戸惑っている。
「セシル?どうしたの?」
「うん。約束どおり、デートのお誘いに」
 にこにこと笑っている彼の口からさらりとでたセリフ。
「「デ、デート!?」」
 バッツとがまったく同じタイミングで驚く。だが、はセシルが言わんとすることに察しがついたようで、すぐに頷いた。
「って、ああ、この前の約束か」
「そう。思い出した?」
「今日?今から?」
「うん。急で悪いけど、どうかな?」
 やわらかく微笑んで首をかしげるセシル。なんというか、成人男性に不適格な表現だが、かなり可愛い。かなり美しい。
 幸い今日はバイトも何も予定がない。食事してお茶するぐらいだろうから、夕飯の支度までには間に合うだろう。
「うん、大丈夫」
「よかった。じゃあ、支度できるまで待ってるね」
 そうと決まれば軽く化粧してさっさと着替えなければ。は早足で自室へと戻り、おそらく今年一番の速さで化粧と着替えを済ませる。下であっけに取られているバッツに「じゃ、出かけてくるね。夕飯までには戻るから」とだけ言い残すと、セシルとともに家を出た。
 後にはぽかんとしているバッツが残された。騒ぎを聞きつけて、リビングや自室からライト達が出てくる。
「バッツ?どうしたんだ?」
 ジタンが声をかけると、バッツは二人が出て行った玄関を指差し、
「セシルがとデートするって、連れて行ったんだけど」
 と要約して言った。三人に、衝撃が走る。
「でっ、デートぉ!?」
「……!?」
「…………デート?」



 セシルは駅前のオープンカフェにを連れて行った。少し値段がお高いので、自身は来店したことがない。通りかかると、スイーツメニューがおいしそうで気になっていた店だ。
 テラスの席に座る。円卓に椅子が四脚ある。セシルはの正面ではなく、隣に座った。日の光に、セシルの銀髪が透けている。メニューをめくる手はそれなりにごつごつとしているのに、なぜか様になる。思わず見とれてしまう。
 適当にメニューを決めて、お冷を飲む。九月といえど、まだまだ暑い。
「ごめんね、急に」
「ううん、いいんだけど……」
 なぜセシルが、わざわざたずねてくるのかがわからない。の表情でその疑問を察したのか、セシルは苦笑いする。
「君とちょっとお話してみたかったんだ。それと……」
「それと?」
「君に息抜きしてもらいたかったんだ。いつも男の世話ばかりで、大変だろう?」
 は呆気に取られる。そして、これがセシルの聞きたかったことなんだろうと察した。
 セシルたちは高谷家に居候している。そこにいるのは男の高谷と、高谷を育てた高谷夫妻。セシルたちにとってあまり気を遣わずに済む相手なのかもしれない。年頃の娘と同居となれば、双方気を遣うと思ったのかもしれない。ライトが当初そうであったように。
(優しいんだな……セシル)
 気を遣ってくれる彼に、じんわり癒される。
「大変……うーん、最初は、そうだったかもね。今考えると」
「最初?」
「ライトさんと二人きりで、最初は私もライトさんも状況がよくわからなくて、全部手探り状態だったし。コスモスの手助けもなかったし、無我夢中だったな」
「ああ……それは……うん」
 セシルが再び苦笑いする。察してもらえたようだ。だがそれも今考えると、の話だ。今の状態がかなり楽というか、居心地がいいのだろう。
「今ではコスモスの手助けもあるし、みんな慣れてくれて、すごく楽しいから」
「本当?我慢してない?彼らは、君の負担になってない?」
「負担……考えたことないよ。むしろ助かっちゃってるし……」
 ライトは相変わらず真面目で堅物で女心に理解がないが、のことを一番に優先し、心配してくれる。
 バッツは家事のことなら以上で、デリカシーがないように見えるが、明るいスケベなだけで実は責任感がある。
 スコールは最初に比べると口数も増えた。女心に理解がないのはライトと同じだが、年頃のせいかその点については気を配ってくれる。
 ジタンは周りを良く見ているので、の気持ちに敏感だ。一番理解してくれるのは彼かもしれない。
 居心地がいい理由は、それぞれにある。
「……私が、そばにいてほしいのかな……」
 家族のような空間になりつつある。家に帰って彼らがいる、そんな光景に慣れているのだ。彼らがすぐにでも元の世界に帰れるとなったら、手放しでは喜べない。もちろん喜ぶべきことであるし、早く元の世界に帰してあげたいと思う気持ちもあるが。



「……くそ、さすがに何話してるかわかんねぇな」
「でも超親しげなんですけどー」
 とセシルが話している同じ頃、向かいの通りにあるドーナツ屋では異様な光景が広がっていた。美形の男四人が窓際の席に座り、コーヒーだけを頼み、ずっと張り付くように窓の外を見ている。そう広くはない店内で、かなり目立っている。
「…………なんで俺がこんなことに…………」
 スコールがため息をつきながら愚痴をこぼす。と言いつつチラチラ窓の外をうかがっているあたり、やはり二人の様子が気になるようだ。
「なんだよ、スコールだって気になるくせに」
「そうだぞ。あの二人がデートって聞いたとき、一番そわそわしてたのスコールじゃん」
「ちっ、ちがっ……!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたバッツ、ジタン、スコール。
 その中でライトは、とセシルの様子を、ただじっと見つめている。腕を組んで二人をガン見する姿は、まるで父親のようだ。



 男四人が凝視していることに当然ながら二人は気付いていない。
 セシルは、居候たちのことを話すの笑顔に、少しさびしげな色があることに気付いた。
(大切なのか……彼らが)
「優しいんだね、君は」
「……私が優しい?いや、そんなことはないと思うけど」
 と冷静に返しつつ、目を泳がせて照れる。お冷を飲んだりお絞りをいじったりと落ち着きがない。セシルは照れている彼女の様子に、思わず笑みをこぼす。
「ふふ、可愛い」
「かっ……!」
 今度こそは顔を赤くする。思えば彼はより年下のはずだ。なぜこんなに翻弄されるのだろうか。
(経験、経験の差なのか!?)
 どうも年下には思えない。最初から年下だと思って接してはいないが。
「あ、あんまりからかわないでよ」
「からかってなんか……」
 ないんだけど、とセシルが続けようとした時、店員が料理を運んできたので、中断されてしまった。
 は気分を落ち着かせるためにいそいそと「いただきます」をして食べ始めた。セシルがまた微笑んだ気がしたが、見ないフリだ。



「おい!が顔赤くしてるぞ!」
「何口説いてんだセシル!」
 その様子を向かい側のドーナツ屋から見守る、というよりも監視している四人。窓にへばりついて息を荒くしているバッツとジタンに、スコールは呆れて言葉も出ない。
 カウンターの裏では店員同士が四人を見てひそひそと話し合っている。店長らしき男性が声をかけようかと近づこうとするが、ライトの腕組み姿を見て怖気づいたらしく、足踏みしている。
 ライトは相変わらず二人を凝視している。何を考えているのか、一見しただけではわからない。上機嫌ではないようだ。



 が頼んだのはきのこのパスタ・和風しょうゆバター大葉添え、セシルの頼んだものはふわふわオムライス・クリームソースである。
「あ、それもおいしそう」
 と、おもわずがつぶやくと、セシルがにっこり笑って、
「食べる?はい、あーん」
 スプーンにオムライスを掬って、の口元に運んだ。あまりにも自然にスプーンを差し出されたので、もなんの抵抗もなくそれを咀嚼してしまった。半熟の卵に定番のチキンライス。コクのあるクリームソースが絡んでおいしい。
「お、おいしい。ありがとう、セシル」
「ふふ、どういたしまして」



「あーんて!あーんてしたぞ!」
「難易度が高いことをやすやすと……!セシル、恐ろしいやつ!」
 窓にへばりつきながらバッツとジタンが叫ぶ。
 さすがに周囲の客も、四人を見てあからさまに怪訝な目をする。そればかりか、通りにまばらにいる通行人も、その異様な光景に目を瞠って歩いていく。
 スコールは何もかもあきらめて黙ってコーヒーを飲んでいる。
 ライトは、セシルがにあーんをしている姿をみて、わずかに眉根を寄せた。それも注意深く見なければわからないような変化だが。周囲の空気もぴりっと張り詰めている。不機嫌なようだ。



 通りの向こう側のドーナツ屋がそんな状態になっているとも知らずに、とセシルは昼食を食べ終えた。
「ご馳走様でした。本当にいいの?おごってもらっちゃって」
「いいの。お近づきのしるしにね」
「お近づきって……」
 にっこりと笑っている彼を見返すが、をからかっているのか純粋な意味で使っているのかわかりかねる。警戒しているを見て、セシルが笑う。
「そんなに警戒しないでってば」
「むぅ。からかい半分なの?」
「からかっているつもりじゃないんだけど……さすがにそんなに警戒されると、可愛くってつい」
「あのねぇ……」
 が半目になる。セシルはくすくすと笑うと、ちらりと向かい側にあるドーナツ屋に視線をむけ、苦笑いに変える。
「まぁ、これくらいにしておくよ。───怖いお兄さんたちも見てることだし……」
「え?」
 最後のほうが聞き取れなかったが聞き返すと、セシルは首を横に振った。
「ううん、こっちの話」
 少し訝しげなだが、セシルが席を立ったので、も席を立った。
 駅までセシルを送る。ほんのちょっとの距離だが。
「ここまででいいよ」
 と、駅の入り口でセシルは言った。
「今日はありがとう、。楽しかった」
「私も。誘ってくれてありがとう」
「ねぇ、またデートに誘ってもいい?」
「デートかどうかはともかく、いいよ」
 が冷静に返すと、セシルが笑った。
「まぁ、それはともかく、何か困ったことがあったら言うんだよ。いつでも相談に乗るから」
「え?あ、うん……ありがとう」
 が頷くと、セシルは優しく笑っての頭を撫でた。
「君みたいな女性があの四人を保護してくれて、本当に良かった」
(なんだか妹みたいな扱いだ……でも違和感ないのが不思議……)
 そんなに年も離れていないし、落ち着いた態度がそう思わせるのだろうか。
「じゃあ、またね。帰ったら、あの四人に『お疲れ様』って伝えてくれる?」
「?うん、わかった。ばいばい」
 手を振って駅に消えていくセシルに、も手を振り返す。彼の発言に怪訝な顔をしながら。
(お疲れ様って……何?)



 が家に帰ると、玄関でライトが迎えてくれた。
「ただいまライトさん」
「お帰り、
「あれ、他の三人は?」
「疲れてリビングで休んでいる」
「?疲れ……?」
 が聞き返すと、ライトは無表情で首を振った。あの三人が騒ぎ疲れてぐったりしているのはよくあることなので、はいつものことだと流した。
「それより、はセシルと出かけていたんだろう。楽しめたか?」
「あぁ、うん。楽しかったけど……」
「?」
「やっぱり我が家が一番かな。落ち着く」
 と、旅行から帰った後のようなセリフを言うと、ライトは少しぽかんとした表情をした。どうやらライトの意表をついたセリフだったらしい。何か反応に困ることでも言っただろうかとが不安になっていると、ライトがふっ、とかすかに目元を緩めた。
「そうか」
 といって、ライトはの頭を撫でた。彼にしては珍しいスキンシップで、も驚きを隠せない。しかし、なにやらライトの機嫌がいいようなので、もつられて笑ってしまう。
(ライトさんといると、落ち着く。けど……これには慣れない……)
 照れ隠しに、セシルの伝言を言う。
「そういえば、セシルがライトさんたちに『お疲れ様』って言ってたんだけど……何のこと?」
 ライトが微妙な顔をする。言いたいことがあるが、それを言うと自分もあげ足を取られるのでしない、というような。
「……………………ああ、こちらの話だ」
「ふーん……?」
 歯切れの悪い言い方が気になったが、ライトがリビングに戻ったので、この件はうやむやになった。
 この後しばらく尾行組(ライトをのぞく)は、このことをネタにセシルにからかわれることになる。


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