24710とご対面



 夏休みがあけて、大学の授業が始まる。は当然ながら授業はない。卒業論文だけである。だが、久しくサークルに顔を出していないので、今日は大学に来ている。
 サークルの飲み会も合宿も、すべて居候の件で欠席だ。悪い意味ではない。大学四年、思い出作りのために参加したいのは山々だが、あの四人を残し、家を空けるのはためらわれた。
 久しぶりにサークルの面々と話に盛り上がっていると、サークルの後輩が話しかけてきた。
さん、ちょっといいですか」
 一年の高谷だった。彼は実家から通っており、歳はの一つ下だ。気のいい、大抵の頼みごとは引き受けてくれる青年だ。たまに不憫になる。
 高谷とはそれなりに仲がいい。しかし、二人で話すことなど今までにない。なんだろうと思いつつ部室を離れ、喫煙所のベンチまで行く。
 が座ると、高谷が話し出した。
さん、この間、銀髪の男の人と歩いてましたよね?」
 ぎくり。まさか、その話か。たちが住んでいる周辺には、この大学の学生はあまり下宿していないので、買い物くらい気軽にしていたのだが見られてしまったようだ。
 どう言い訳するか。相手は管理人やバイト先のパートさんのようにはいかない。
「うーんと……」
「ディシディアの、人たちですよね?」
 ん?ちょっと待て。なぜ彼らがディシディアから出てきた人たちだと知っているんだ?カムが話したのだろうか。だが、話すなら、彼は事前にに承諾を得ると思うのだが。
 が疑問符を浮かべていると、高谷は神妙な面持ちで重大発言をした。
「その……ぼくのところにも来てるんです。ディシディアの人たちが……」
「な……に───っ!?」
 の声が部室棟に響き渡った。



 高谷の話に寄れば、六月ごろに四人降ってわいてきたという。その四人というのが、フリオニール、セシル、クラウド、ティーダである。それを聞いたカムが、「お、ストーリーモードの四人組だ」と言っていた。
 とりあえず、話を聞いたからには気になってしょうがない。予定をあわせて、ライトたちを伴い、高谷家にお邪魔することになった。
 高谷家は大学の最寄り駅から程近いところにある。電車に乗り、駅からは高谷本人に案内してもらうことになった。
 駅に着いたたちだったが、高谷はまだ来ておらず、少し待つこととなった。
 この待ち時間がどんなにいたたまれないことか。大変目を引く美形四人を引き連れる紅一点。駅は人が大変集まる場所である。道行く人が必ず二度見していく感覚。もう慣れたと思ったが、非常に居心地は悪い。たった五分でも待たせた高谷は、あとでボコしておく。
「しっかし、あの四人も来てるとはなー」
 道すがらバッツが話し出す。
「あとのティナとたまねぎも来てたりしてな!」
 ジタンが返す。そういう発言は現実になりそうなので控えて欲しいのだが。
 高谷家が見えてくる。玄関前に、日焼けした金髪の青年と、銀髪を一つに束ねた青年が見える。金髪のほうが、たちに気付いて手をぶんぶん振ってきた。
「おーい!こっちっスよー!」
 飛び跳ねて主張する彼に、隣の青年が苦笑いしつつ、こちらに手を振っている。高谷が「ちょ……恥ずかしいからやめなさいよ」といっているが、金髪の青年はニコニコ笑っているだけだ。
「ティーダ、フリオニール」
 の隣でライトが二人の青年の名前を呼んだ。
(ティーダは10をプレイしたから知ってる……となりの銀髪はわからないな。初期作品の……2の主人公……かな?)
 3から10の主人公は知っている。ライトが1らしいので、銀髪の彼は2の主人公だろうという推測だ。
 ジタン、バッツが駆け寄っていく。
「ティーダ、フリオニール!久しぶりだな!」
「元気だったか?」
 その後ろからスコール、ライトが歩いていく。は二人の後ろについていく。
「そっちも元気そうで良かったっス!」
「まぁ、とりあえず上がってくれよ。積もる話はそれからだ」
 高谷が「ぼくん家なんだけど……」というセリフが聞こえたが、誰も反応しなかった。



 高谷家に入ると、居間で後の二人──セシル、クラウドが待っていた。
 四人から聞いた話をまとめると、六月初旬ごろに四人まとめて高谷家の近くに飛ばされていたらしい。例によってなぜそうなったのか、どうやって元の世界に戻るのかは四人にもわからない。現在は高谷家で手伝いをしながら暮らしている。高谷家もコスモスの加護を受けて資金援助をしてもらっている。四人は暇に任せてそれぞれバイトをしているらしい。
 一通りの主要な話をした後は、仲間同士積もる話があるようで、わいわいと盛り上がっている。
 は、高谷家居候の四人を紹介してもらった後、興味津々といった様子のティーダに質問攻めにあった。
「ずるいっス!ライト達は女の子と同居なんてずるいっス!」
「へへん!うらやましいだろー」
 は隙を見つけてお手洗いを借りる。居間では、年甲斐もなくバッツがティーダをからかっているため、ぎゃあぎゃあと騒がしい。
 高谷家は四人が居候することに何の抵抗もないようで、高谷夫妻は「お友達?じゃあ出かけてくるよ」と気を遣ってくれた。であるので、今家にいるのはたちだけなのだが、これ以上人の家で騒ぐとライトの雷が落ちるかもしれない。
(まぁ、叱られるまで騒ぐだろうし……放っておこう)
 と、はお手洗いを後にする。すると、居間からフリオニールが出てきた。
「あ、か」
「どうしたの?」
「いや、お茶が切れたから入れなおそうかと」
「あ、私も手伝うよ」
「え?いいよ、はお客さんだし」
「ううん、手伝う。手伝わせてください」
「?わかったよ。そこまで言うなら手伝ってもらおうかな」
 から変な気迫を感じたフリオニールが若干戸惑いつつ了承する。
 フリオニールの後について台所に出る。夏なので、定番の麦茶を入れる。人数が多いので薬缶一杯に水を入れる。
「手伝ってもらうといいつつ、お湯が沸くまで何もすることがないな」
「……だね」
 思わずが笑うと、フリオニールも笑った。台所にある椅子に座って、二人でお湯が沸くのを待つ。
「でも、本当に手伝いなんていいのか?」
「ああ、うん。これだけの人数で押しかけておいて手土産一つ持ってきてないし。それに……」
「それに?」
「もうすぐ、ライトさんの雷が落ちるから。自分が怒られてるわけでもないのに、おっかないの」
 フリオニールがきょとん、とした顔をすると、数瞬後、すぱーん!という音が数回響き、ライトの低い声が聞こえてきた。スリッパか、新聞かが炸裂したらしい。どちらも相当痛いと思われる。それを聞いたフリオニールが、耐え切れずに噴出した。
「あはははは、ああ、あれは確かにおっかないな」
「でしょ?私も最近やっと怒るタイミングがつかめるようになってきたんだ」
「そっか……はあの四人ともう二ヵ月も住んでるんなもんな」
 居間からの喧騒がやんで、静かになった。ライトの雷は今日も冴え渡る。
は、もうすぐ学校を卒業して仕事をするんだろ?」
「うん。高谷に聞いた?」
「ああ。学校に提出する最後の大きい課題をやっている最中で、大変だろうな、と言っていたよ」
「ああ……うーん」
 実際卒論は今のところ進んでいない。あまりやる気もないのだ。だが、提出は十二月中旬なので、後期授業が始まったら腰を据えなければならない。
「一人暮らしだし、最初は大変だったけどね。今は、とっても助けてもらってるから、大変とは思わないよ」
 以上に家事をこなす男もいる。何より作業を分担できるというのがすばらしい。四人で家事を分担すると、のすることがほぼない。料理くらいなので、今の状況はとしては大変ではない。おいしい。
 フリオニールはその言葉を聞いて多少安堵したようだが、すぐに表情を硬くした。
「でも、今は自分のことをがんばらなきゃいけない時期だろ?」
「自分のこと?」
「夢とか、将来のこととか、あるだろ?」
「ああ、あー、うん……」
 は言葉を濁した。フリオニールは不思議そうにの表情を覗き込んでくる。
「特にないんだよね、夢とか、将来の展望とか」
「そうなのか?」
「うん。安定した職業に就いて、普通の生活を送っていければいいなぁ、とは思ってる。漠然としてるよねぇ」
 が笑っても、フリオニールは笑わなかった。ただじっとを見ている。
「昔はもっとやりたいことあったんだけど、今になって自分のやりたいことがわかんなくなっちゃった。なんていうか……全部興味があって、全部しっくりこない」
 もうすぐ大学卒業だというのに、自分の展望がないというのはいけないような気がする。こんなことならもっと遊んで、もっと勉強しておけばよかった。選択肢が少ない。そして、選んでしまった後だ。
「いいんじゃないか?自分のやりたいこと、しっくりくることが見つかるまで、それでも」
 フリオニールが優しい声で話し出す。
「自分の夢は大切なことだ。がしっくりくるものを見つけるまで、焦ることはないと思う」
 まっすぐ目を見つめられて、優しく諭される。
(…………この人たちって、自分が美形ってことの自覚がないのかなぁ……ないんだろうな)
 フリオニールはお兄さん的ポジションの優しい性格であるが、黙っていればとても綺麗な顔立ちをした青年だ。彼に真摯に見つめられると、イケメンに多少耐性がついたでも照れてしまうのだ。欲しい言葉を言われたら、なおさら。
 気付かれないようにそっとため息をついて、顔を伏せた。顔が赤いと思ったからだ。
?」
「……ありがと、フリオニール」
 声が小さくなってしまったが、フリオニールにはちゃんと聞こえたらしい。顔を上げられないのでよくわからないが、フリオニールが微笑んだ気配がした。
「ふ、フリオニールは?夢、ある?」
 照れ隠しでそう言うと、フリオニールは若干目を泳がせた。
「あ、あぁ……漠然と、だけど」
「へぇ……それって、聞いてもいい?」
「うーん……それこそ夢物語みたいなものさ」
 それでも、とが彼の顔を見る。フリオニールは顔を掻いて、照れくさそうに話し出した。
「のばらが咲く世界が、おれの夢なんだ。平和で、のばらを植えて、のばらが咲いて、それを見て美しいと思える世界が」
 フリオニールの横顔は、瞳は、夢の国を見ている。理想の国を見て、心なしか輝いているように見える。
「花が咲いたって笑える……平和な国?」
「そう。本当に漠然としていて、実現するかどうかもわからないけど」
「いいね。平和で、幸せだったら、花が咲いただけでも笑い合えるもんね」
 が言うと、フリオニールはまた照れくさそうに頬を掻いた。フリオニールの表情を見ていると、本当にそんな世界が創れそうな気がしてくる。彼の語る夢に、夢を見る人も少なくないのではないだろうか。
 薬缶のふたがことこと、と音を立てた。お湯が沸いた。フリオニールは立ち上がって、火を止めた。
、そこの棚に湯飲みが入ってるから、人数分出してくれないか?」
「うん、わかった」
 流し台に湯のみを並べると、フリオニールがお茶を入れていく。スムーズな手つきから察するに、普段も家事を手伝っているのだろう。
「あ、二人とも、こんなところにいたんだ」
 盆に湯飲みを載せていると、台所の入り口から声をかけられた。振り向くと、ふわふわした銀髪の美青年セシルが立っていた。
「なんだ、お茶入れるんだったら、僕に声をかけてくれればいいのに」
 というと、にっこり笑って小首をかしげるセシル。
(で、出たー!セシルの角度!)
 程よい体格をした美青年なのに僕っこ、というステータスだけでも悶えそうなだったが、名高い「角度」を拝んだ今、めまいを感じざるを得なかった。
 セシルはが持っていた盆をさりげなく奪い、またにっこりと笑う。
「お客さんにこんなことさせられないし、やけどでもしたら大変だから」
「えっ、いや、私が手伝いたいって頼んだんだし、騒いで迷惑かけてるし……そこまで気にしなくても」
「いいの。普段男の面倒見て大変だろうから、ゆっくりしていってよ」
 横でフリオニールが「すごいな……」とつぶやいた。何がすごいのかは明言していないが、にもフリオニールが言いたいことはわかる気がする。
(これは……無自覚にモテるタイプ。だから歴代主人公の中でもリア充なのか……?)
「ありがとう……セシル」
 ここまで女の子扱いされると、困惑してしまう。普段女の子扱いされていないわけではないが、セシルは毛色が違う。
 セシルは笑って「どう致しまして」と返してきた。フリオニールが冷めないうちに、と盆を持って歩き出した。とセシルもそれに続く。
「ねぇ。今度、君をお誘いしてもいい?」
「え?」
「今日はゆっくり君とお話できなかったから。ご飯でも食べに行こうね」
 というと、セシルは居間に入ってしまった。あっという間に食事の約束を取り付けてしまうあたりが「すごい」。は呆気にとられ、居間の前で突っ立っている。
(ナチュラルに約束してしまった……まぁ、いいよね?)
 なんともいえない感覚に後ろ頭を掻いて、は居間に戻る。
!どこ行ってたんだ?」
 空いていたバッツの隣に座ると、早速彼が話しかけてくる。
「いや、ちょっとお手洗いに」
「そっか!トイレか!」
(……うん。このぐらいがちょうどいいのかも)
 さわやかなバッツの調子になぜか安堵して、はお茶をすすった。


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