かいがいしいライトさん



 その日、ライトが管理人の手伝いを終わらせて帰宅すると、リビングに奇妙な光景が広がっていた。ソファにが腰掛けて眠っており、そしてスコールがの膝枕で寝ている。一体何がどうなってこのような状況になったのかはわからない。テーブルにスコールのカード一式が置いてあることから察するに、二人はカードゲームに興じていたらしい。
 だが、それがどうして、スコールがの膝枕で寝ているのか。
 それは置いといて、だ。こんなところで寝ていては風邪をひく。何より座した状態のままでは寝づらいだろう。
 今は八月の夏真っ盛りだが、ライトにとっては関係ない。は自分たち異世界人とは違い、体を鍛えていない。スコールは放っておいても問題は無いが、彼女は別だ。
 ライトは管理人の手伝いのために括っていた髪を解き、気配を殺してそっと近づく。スコールは気を抜いているのか、起きない。の肩をそっとつつき、静かに名を呼んだ。

「…………ん…………」
 が目を開いた。どうやら寝入ってからそんなに時間はたっていなかったらしい。
「ライトさん……?おかえり」
「……ただいま」
 は目をこすって、完全に覚醒する。スコールがひざで寝ているのを見て、声を潜める。
「寝ちゃってたんだね」
「ああ。眠るんだったら部屋で眠ったほうがいい。その体勢もつらいだろう」
「うん……」
 スコールの頭部をどけるため、ライトがスコールの頭部を支え、その間にがソファから立ち上がった。はすかさず膝の代わりのクッションを置いた。ライトが離しても、スコールは起きない。一度寝たら起きないタイプなのだろうか。
「ありがとうライトさん」
「ああ」
 ライトが頷くと、は歩き出そうとした。が、表情をゆがめて固まった。
「どうした?」
「足……しびれた」
 無理もない。痺れが重度なのか、は動こうとしない。
 ライトはのそばに寄った。そのまま膝裏に右手を差し込み、左手を背中に添えると、そっとの体を横たえる。
「うんっ?」
「部屋まで運ぼう」
 俗にお姫様抱っこというやつだ。予告なしだったのでが驚いている。
 はとっさにライトの背に腕を回した。「ちょっ……ライトさん?」と声を潜めて言っている。ライトはそのまま、の部屋へと歩き出す。リビングを出たところで、が言った。
「ライトさん……ありがとう」
 このときのの心理としては、抱きかかえられるのは大変恥ずかしいが、ライトは一度決めたら押し通す性格。あれこれ言っているうちに部屋に着きそうなので、素直に甘えることにした、らしい。
「構わない」
 二階へと階段を登り終える。の部屋まであと少しというところで、がぎゅっと背中にしがみついてきた。
「ら、ライトさん……ちょっとだけ動かないで」
「どうした?」
「今、足の感覚が戻ってるから……すっごいじーんてなってる」
 ライトの鎖骨に顔を押し付けて、「うぐぅ」と唸っている。あの、痛いようなかゆいような不思議な感覚に襲われているのだ。
 ライトは言葉どおり立ち止まった。足を持っている右手を動かさないように集中する。それでなくとも、胸部に押し付けられている、のやわらかい感触に気を乱されている。抱きかかえた当初から胸は多少当たっていたが、しがみつかれたことで、もろに当たっているのだ。当たっているというか、押しつぶされているというか。
 ライトだって男だ。意識するものは意識する。顔には出てないが。
 しばらく唸っていただが、痺れが少し緩和してきたのか、顔を上げた。
「…………すごい」
 おもむろにがしゃべる。ライトが無言で続きを促すと、笑って言った。
「ライトさんの目線て、こんなに高いんだね」
 そういえば、の顔はライトの肩にある。ライトの肩越しに見た景色がいつもより高いので、驚いたらしい。
「……そうか?」
「高いよ。だってライトさんと私じゃあ、三十センチ弱ほど身長差があるんだもん。肩だって広いし、やっぱり男の人なんだね」
 言われてみればそうだ。と並んで歩くと、の目線はライトの胸部にある。だから、こんなに顔が近いことなんて滅多にない。
「あ、おさまった。もう下ろしていいよ、ライトさん」
 大分痺れが和らいだのか、がそう言うが、ライトは下ろさなかった。
「まだ完全に痺れが取れていないだろう。このまま部屋まで運ぼう」
 ライトが歩き出した。確かに、の部屋はすぐそこなのだが。
 本当は、顔が近いことに気付き、赤くなった頬を見られたくなくて下ろしてくれ、と頼んだだったが、ライトは当然ながら気付かない。
 の部屋に入り、布団の上にそっとをおろす。
「ありがとう、ライトさん」
 の眠気はすっかり覚めてしまったので部屋に来た意味はあまりない。だが、は不規則な生活からか、眠気を感じなくても不意に寝入ったりする。は、今日は予定がないので、また一眠りするらしい。いい機会だ。
 布団にもぐりこんだところで、ライトはのそばに寄る。
、今日バイトは?」
「今日は休み」
「そうか。なら、ゆっくりできるな」
 寝そべったの前髪を払うように頭を撫でるライト。はくすぐったそうに目を細める。の様子にふっ、と微笑すると、ライトは髪を撫でた手をそのまま頬に移し、の頬をそっとなぞり、手を離した。
 横になったからか、は眠たげに瞬きする。その頬は、ほんのりと紅葉が散っている。そのことになぜか充足感を覚える。
「おやすみ、
「……おやすみ、ライトさん」
 が目を閉じると、ライトは静かに部屋を出た。
 彼女を抱えてこの部屋に向かう前とでは、随分気分が違っている。それがなぜかは気付かない。
 気付かないまま───。
 触れた頬の柔らかさに指を握り締めて、ライトはスコールにタオルケットをかけるためにリビングに戻ったのだった。


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