ジタンと恋バナ



 バイト明け、いつものように昼ごろに起きたは、顔を洗ってリビングに入った。
そこには、めずらしくジタンしかいなかった。彼は日中出かけていることが多い。管理人手伝い当番にしろ、私用にしろ。
「おっ、おそようさん」
「おはようですー」
「ははっ、いつもお疲れ」
 というと、ジタンは冷凍庫を開けて餃子を電子レンジで解凍し始めた。片手間で、作ってあったスープを温める。
 この餃子はバッツとジタンのお手製である。特売日に材料を大量に買い込み、がバイトでいない間に大量生産したらしい。他にも肉まんがある。もちろんそんな繊細な作業にライトは参加していない。彼にやらせると餃子の皮がすべて破れることになる。ちなみにスコールは餃子と肉まんの種を作っていたらしい。それなら彼にもできる。
 大量生産のことを聞いたとき、感動のあまりバッツたちに飛びついたのは言うまでもない。ライトが少し微妙な表情をしたが、仕方ない。感動したのだから。
 スープと餃子を温めている間、ジタンは簡単にサラダを作る。最近はジタンも料理スキルを身につけつつある。僥倖だ。彼にとっては昼ごはん、にとっては朝ごはんだ。
 はジタンの世話をおとなしく受ける。ぴょん、と動いている彼の尻尾をぼんやりと眺める。
(台所に立つ男……良い……)
 素直に感動できる。
「はいよ、おまたせ」
 熱々のごはん、餃子、オニオンスープ、コーンサラダ。ありがたい。
「ありがとう、ジタン。ご飯を用意してくれる人がいるって、すごぉく素敵」
「惚れた?」
「これは惚れるわ」
 軽口を言い合いながら、一緒に手を合わせる。なんだかんだ言いつつ、彼らはの世話を焼いてくれる。
「「いただきます」」
 ラー油と餃子のたれをあわせて、愛のこもった餃子を食べる。
「うまー……幸せ」
 ご飯がすすむ。究極の調味料は愛情なのだ。黙々と食事をする。二人はしばらく無言で租借する。
 食事が終わると、は食器を洗う。ご飯を用意してもらったのだ、片付けは当然のことだ。
 洗い終わり、タオルで手をふく。ソファに戻ると、ジタンがお茶を入れてくれていた。
「ありがとう」
「気の利く男はポイント高いからなー」
「あはは」
 ほうじ茶が美味い。ジタンはお茶を入れるのが上手い。
「そういえばさ」
 がカップを置くのを待って、ジタンが話しかけてくる。
「なに?」
って、彼氏はいねぇの?」
「へ?彼氏?」
 何を言い出すのかと思えば。は予想外の問いに素っ頓狂な声を上げる。
「いないよ。フリー」
「マジで?」
「マジで。そうじゃなきゃジタンたちと一緒に住む、なんて言い出さないって」
「そりゃそうだな」
 ジタンが肩をすくめる。恋人がいる状況で他所から来た男と同居など、貞操観念的にも常識的にもできるわけが無い。
「まぁ、ライトさんが来るちょっと前に別れたんだけどね」
「へぇー。なんで別れたのか、聞いてもいい?」
「いいよ。別に未練も何もないし、顔も思い出せないくらいだしね」
 カップをとって、ほうじ茶を飲みながら、思い出す。
「別れたというか、ふられたんだよね」
「ふられた?」
「そう。冷たくしすぎたみたいで、お前はおれがいてもいなくても変わらないだろ、って言われた」
 確かにその通りだった。
 付き合った当初はさすがに好きだった。だが一年もしてくると冷めてくるもので、別れる直前などかなりぞんざいな扱いだったような気がする。
「基本的に恋人より友達が優先だし」
「へぇ」
「部屋に行ってもいい?って聞かれても、面倒くさいから断ったり」
「ふんふん」
「週一で会うのも面倒だし、部屋に来ても一緒に寝るのが嫌だから、バイトだって嘘ついて夜には帰ってもらってたな。興味ないから別にいいかと思って」
「…………、もしかしてS?」
 の話を聞いていたジタンが、そのあまりの仕打ちにあきれている。これはひどい。自分でも思い返すとそう感じる。
「S……うーん、まぁMではないと思うよ。友達からはドSって言われたしなぁ」
「やっぱりね。相手のほうの熱が上がってくると、冷めてくるだろ?」
「うーん……あるな。でもMな人はあんまりタイプではない」
「なんで?」
「前に、私がドSといううわさを聞きつけて後輩が『オレを罵ってください』って来たけど、なんて扱っていいかわかんないから、ただひたすらドン引き」
「『扱って』っていう発言が出るあたりSだよな。じゃあSが好きなの?」
 ジタンとしゃべっていると、とても話しやすい。彼はより年下だが、かなり気配り上手だ。
「ううん、SぶってるMが好き」
「SぶってるM?」
「『おれはSだぜオラオラ』って態度の人。ようはプライドの高い人かな。そういう人ほど、弱気な時が可愛く思えて」
 そんなプライドなど他人から見れば何ほどのことでもないというのに、傷つけられまいと威嚇する姿も可愛い。
「かわいい、ねぇ。女の子ってよく男に可愛いって言うけど、それって褒め言葉で使ってんの?」
「褒め言葉だね。かなりポイント高いよ」
「ええーそうなのかよ〜。てっきり恋愛対象に見られてねぇよなーと思ってたぜ」
「うーん」
 ジタンに対する「かわいい」だと、年下に対する「かわいい」かもしれない。どなたがどんな状況で使ったのかわからないので、なんともいえないが。
「まぁ、マイナスの言葉じゃないよね」
 現に、が男性に惹かれる瞬間というのは、男性に対し可愛いと思った瞬間だ。それを聞いたジタンは、にやりといたずらっぽく笑う。
「じゃあさ、はスコールみたいなのがタイプなんだ?」
 明るいセルリアンブルーの瞳が爛々と輝いている。はああ、と頷く。
「まぁ、そうだね。可愛いなーと思うよ。本人が聞いたら怒り出しそうだけど」
 テンプレ的ツンデレに和む毎日だ。彼が後五年後、どんな男性に成長しているか、想像するだけで垂涎ものだ。
「でも、タイプの男と実際に惚れる男なんて違うもんだよ」
「そういうもん?」
「自分の中で『ない』って思っている人を、ある日突然好きになったりもする。一目惚れしちゃったら、中身なんて後から好きになるもん」
「へぇ……好きになった人がタイプになるってことかぁ。オレもそういう日が来るのかねー」
 ジタンが感心したように背もたれに寄りかかると、玄関から「ただいまー」という声が聞こえた。すぐにリビングに姿を見せる。
「ひょー涼しい!外なんて地獄だぜ、あの暑さ」
 バッツがつばの広い麦わら帽子を被ったまま入ってくる。日除けの麦わら帽子は管理人の手伝いに欠かせない道具だ。今日はバッツが管理人の手伝いだったらしい。
 バッツはの姿を認めると、ほっと安堵したようだ。
「お、今はシャワー空いてんだな!この前みたいにバッタリ、なんてことになったら、おれ今度こそリーダーに干されちまう」
 ちゃんとリビングに入ってきて良かったぜー、などといっている。確かにあれだけしばかれれば恐れるのも無理はない。
「とか何とか言って、ほんとはちょっと期待してたんじゃねーの?」
 ジタンがニヤニヤする。その瞳は、再びいたずらっぽく輝いている。バッツが胸を張って答える。
「まぁな!は割とエロい体して」
「バッツ、それ以上言うとライトさんに通報するよ」
「すんませんマジ勘弁してください」
 バッツが四十五度に腰を曲げる。さらりと言った言葉が地雷過ぎるということを、彼は自覚したほうがいい。バッツの発言を聞いたジタンが、の横でぼそりと「うらやましいなー」と言ったのは無視しておこう。どういう意味で言ったのかもあえて追求しないでおく。
、買い物いく?オレも一緒に行きたいな」
「買いたいものでもあるの?」
「それもあるっちゃあるけど、と一緒に行きたいって言ったら?」
 ジタンがぐっと顔を近づけて、上目遣いにを見つめてくる。彼の大きな瞳がより印象的になる。
「うん、いいよ。一緒に行こう」
 心の動揺を悟られないように答える。ジタンはぴょん、と身軽に飛び上がる。
「いよし!とデートだな!」
 と、こぶしを握る彼に、デートだなんて大げさな、と突っ込めなかった。明るく、感情表現豊かな彼といると、こちらまで明るい気分になる。
「デートなら、おめかししてこようかな」
 乗せられてが答えると、ジタンもにかっと笑った。
「おっ、いいね!ちゃんとエスコートさせていただきますとも」
 今日の買い物は、楽しくなりそうだ。


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