バッツとWOLとでお風呂バッタリ



「おはようございます」
「お疲れ様、さん」
 今日も今日とてバイトである。週に四回程度だが、あの四人と同居を始めてから、日が過ぎるのが早く感じられる。
 今は気温が上がってきて暑い日が続いている。ケーキの売り上げも落ちる頃なので、比較的暇だ。
 大型総合ショッピングセンターというだけあって、面積はかなり広い。ケーキ売り場は一階の食品スーパーの脇にある。当然出入り口や、地下駐車場からのエスカレーターも近い。そのせいか、かなり暑い。週平均で二十九度ある。ケーキ売り場にあるまじき暑さである。バックヤードも当然広く、天井も高いため、冷房が効いているのか効いていないのかもわからないほど暑い。
「今日も暑いですねー」
「ねー。この制服も、厚手だから風通し悪いよね」
 サブのパートさんと雑談しながら、今日の売れ行きや今週から始まる企画、夜間やっておく作業について聞く。売り場に行く前にバックヤードの冷蔵庫は見てくるが、コミュニケーションは欠かせない。
「そういえばさ、さん」
「はい?」
「この間、またイケメンと買い物に来てたね」
 来たか。
 あとから増えた居候三人とも買い物には来ている。目撃されて当然だ。ただ、皆一様にイケメンである。誰のことだろうか。
「ずっと前に来た銀髪の、背の高い人とはまた違った人だったね」
 これはライトのことだ。
「茶髪の人懐っこそうな好青年だったわ。和気藹々として楽しそうだったなぁ。あっちが彼氏さん?」
 おそらくバッツのことだ。彼は料理ができるので、いろいろな話ができて食材選びも楽しいのである。
「いや、違いますよ。私は今独り身ですもん」
「ええー!?じゃあなんであんなイケメンたちと一緒にいるのよ。まさか学校の知り合いとか?」
「うーん……まぁそういうとこです」
 話がまずい方向にいきそうなので、適当にごまかす。
 やはりうわさになるのは面倒だ。次からは近いがここよりは少しお高いスーパーにでも行こう。
 仕事の話を振って、流れを変える。今日は暑さでだれそうだ。



 帰宅したは、そのまま寝入ってしまった。化粧を落として、少しだけ……と横になったのが間違いだった。がっつり眠ってしまった。起きた時には昼。
(お風呂……入ってない……)
 ふらふらと立ち上がる。暑さのあまり、思ったより体力を消耗していたらしい。一階に下りると、ライトがいた。
「おはよう
「……おはよう……ライトさん……」
 ぼさぼさの髪に寝起き顔、手にはパンツとブラジャーというめちゃくちゃな姿を見られ、とても恥ずかしい。ライトは気にしていないのか、無反応だ。それはそうだ。二人暮らし時代にライトにの下着まで洗濯させていたのである。たいていのことでは動じないのだろう。
「食事は?」
「先に……お風呂はいる……あとで……」
「わかった。用意しておこう」
 というと、リビングに戻った。ライトが立てる物音しかしないところからすると、バッツたちは出かけているらしい。管理人の手伝いが一人と、あとは私用だ。
 脱衣所の扉を閉めて、服を脱ぐ。いつもはなんてことの無い動作が、疲れているときはどうしようもなく面倒に感じられる。
 だらだらと髪を洗って、体を洗う。シャワーを浴びているうちに意識もはっきりしてくる。シャワーを浴び終わり、脱衣所で体を拭く。
 脱衣所がびしょびしょになってしまうのと、誰か入ってくる可能性があるので、普段は浴室で体を拭いている。脱衣所のほうには鍵がついていない。脱衣所と洗面所、洗濯機は一つの部屋に設置してある。
 このときはうっかりしていた。昼ごろなら、出かけている組の誰かがご飯を食べに戻ってきても何の不思議は無いのだ。
 わしゃわしゃと髪を拭いていると、「たっだいまー!」という元気な声が壁を通して聞こえた。バッツの声だ。昼ごはんを食べに戻ってきたのだろう。
 と、ぼんやり思って体を腕から拭いていると、ガチャと勢いよく扉が開いた。
「あっちー……って」
 目があって、沈黙。リビングのほうから「バッツ!」というライトの声が聞こえる。はタオル一枚で、色々隠れていない。
 バッツは硬直から立ち直って、ぱたん、とドアを閉めた。
 は体を拭く。もくもくと拭く。服を着て、タオルを肩にかけて脱衣所を出る。
 リビングでは、バッツがライトに土下座をしていた。ライトが仁王立ちで、また不動明王を出している。
「ほんっっとーにすみませんでした」
「嫁入り前の女性の肌を見るなど……!」
「いや……バッツ、いいよ謝らなくても」
 その光景に、あきれて怒る気力もない。もとは自分の不注意が原因なので、怒る気は最初から無い。
?」
 バッツが頭を上げる。さすがにばつが悪そうだ。
「いつもはお風呂の中で体拭いてるのに、今日は面倒だったから、つい……ごめんね、バッツ」
「君が謝ることはない、
 ライトが憮然として言う。
「いや、むしろお目汚しだったと思うし」
「そんなこと無いぜ!……あ」
 ライトが怒りのオーラを再び醸し出した。鬼気迫る目つきで睨まれたバッツが身をすくませる。
「ほんと、ごめん!全然そんなつもりじゃなかったんだ」
 バッツが真剣に謝ってくる。としては、自分のうかつさが招いたことだと思っているので、逆に申し訳ない。
「私こそ、ごめん。不注意でした。だからバッツも気にしないでよ。私も気にしないから」
「……じゃあ、お互い不注意だったってことだな!」
 バッツがにこっと人懐っこく笑う。つられて、も笑う。
「お互い様ってことで、ね。ライトさんもそんなに怒らないでよ。悪気はなさそうだし」
「しかし」
 ライトは二人暮らしのときから、の女としてのプライバシー問題には特に気を配っていた。下着を洗濯するときも最初は頑なだった。だからバッツが軽々しくの裸体を見たという事態は許せないのだろう。
「バッツ、がこう言っている以上、私が言うべきことはないが、今後は気をつけることだ」
 苦々しくライトが吐き出した。怒りのオーラが多少和らいだとはいえ、まだまだ怖い。
「気をつけます!」
 元気良くバッツが返事する。が怒っていないことに安堵したのだろう。
 ライトもため息をついて腕組みを解いた。そして、の食事を出すために、茶碗を手に取りジャーを開ける。も髪を乾かそうとタオルに手をかける。
 バッツが、床に正座したまま笑って言った。
「それにしても、って案外エロい体してるんだな!」
「──っ!天誅じゃあぁ!」
「走れ光よ!!」
「いでっ!」
 の湿ったバスタオルによるビンタと、ライトの放ったしゃもじがバッツに決まる。
 せっかくの和解ムードが台無しである。怒る気が無かったも、この発言にはさすがにおかんむりだ。
「ばぁっつ〜無かったことにしようってのに〜!そういうこと言うか!?」
「ごめんて!安心したらつい本音が」
「はぁ……もうお嫁にいけない……」
 こういうときの常套句を言ってみる。もちろんそんなことは無いのだが、その一言はライトに絶大な衝撃をもたらしたらしい。しゃもじを構えなおしていた彼は、がつぶやいた途端、しゃもじを放り投げた。
 怒るにも、バッツはとことん悪意などなさそうで、怒りきれない。が脱力して床に座り込むと、ライトがそばに寄ってきた。
……」
 どうやら、がへたり込んだのは「お嫁にいけない」ことを嘆いている、と思っているようだ。
 めずらしく動揺しているライト。光の戦士は仲間を奮い立たせたり説き伏せたりするのは上手いが、傷ついた女性を慰める術には長けていない。なんとか口を開こうとして、バッツに邪魔される。
「私は」
「心配すんなって!おれが責任取るからさ!」
「……バッツ、顔がニヤけてるんだけど……何想像してんの?」
「あ、やべ」
 ライトがゆらりと立ち上がる。その手にはいつの間にかしゃもじ。
「バッツ……君は言ってもわからないようだな」
「え、ちょ」
「閃光よ!」
「いだい!」
 ライトによって制裁が下されるのを尻目に、は髪を乾かそうと洗面所に向かった。ドライヤーをかけながら、思う。
(ここ、鍵つけたほうがいいのかな……ライトさんの精神衛生的にも)
 潔癖な彼のこと。こんな事態が再び起こると気の毒だ。
 が浴室で着替えを済ませればいいだけの話で、そこでお金を使うのももったいない。
 しかし現に「お風呂ばったり」というまさかの展開が起こったわけで……



 の考えが輪廻していた頃、男たちはこんな会話をしていた。
「いてて……悪かったって!あの発言は、おれもデリカシーなさすぎだった」
「まったく……口に出していいことではないだろう」
「でもさ、リーダーだってのブラとか見て、胸の大きさとか形とか想像したりしなかった?したこと無いんなら、おれリーダーを神だと思う」
「……………………………………………………まったくない、とは言わない」
「だよなー。悲しい男の性ってやつだよな」
「…………」


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