父親のようなWOL


 居候が新たに加わってから一週間後、は卒論の途中経過を報告するために大学に来ていた。
 これまで週一のペースで大学には来ていたが、ライトが現れてからはあまり顔を出していなかった。サークルにも久しぶりに立ち寄る。

「お疲れっす」
「あれ、久しぶりー」

 挨拶もそこそこに、部室の端のほうにいたカムに声をかける。カムは心得たとばかりについてくる。

「どしたの? ライトさん関係?」

 さすが話が早い。今回もカムには協力してもらいたい。
 簡単に、バッツ達が新たに居候に加わり、引越しをしたことを説明した。

「今度は589組かぁ。すごい面子だ」
「まさか大学四年になって引越しするとは思わなかった……」
「んで、その三人分の当面の服を調達すればいいのね?」
「そうそれ。また頼める?」
「それはいいんだけど……オレだけだとちょっと三人分はきついなー。サークルの他の頼めそうなやつにも持ってきてもらおっか?」
「うん。頼めるんならお願いします」
「おけー」

 カムはさっそくサークルの男衆に声をかけに行った。なんという話の早さだろう。持つべきものは頼もしい友人である。
 用事が済んだので帰ることにした。もう日が暮れてしまっている。早く帰ってご飯を作らなければ。バッツがいればなにかしら用意してくれているかもしれないが、バイトが入っているわけでもないのに彼ひとりにやらせるわけにはいかない。
 それに、ライトが心配するかもしれない。ライトはリーダー気質がそうさせるのか元々そういう性質なのか、心配性なところがある。

「あ、、帰るんだったら送っていこうか? 新居の場所も知っておきたいし」

 カムが鞄を肩にかけながら言った。早く帰りたいとしてはありがたい申し出である。ここはカムに甘えることにする。
 今日はなにを作ろうかと晩御飯のメニューを考えながら、カムの単車にまたがった。

***

そのころ新居では、ジタンが洗濯物をたたみ、スコールが風呂掃除をし、バッツが夕飯の支度をしていた。ライトは時計と窓の外を交互にちらちら見ている。
 バッツはの見様見まねで米を炊いている。彼は旅をしていた期間が長いので割となんでも器用にこなす。がバイトの日はバッツがご飯を作ることになったのは当然の流れだった。
 ライトの落ち着かない様子を見かねたジタンが、タオルをたたみながら言った。

「リーダー、ちょっとは落ち着けよ」

 見ているこちらまで落ち着かないといった口ぶりだった。バッツも、冷蔵庫をのぞきながらジタンに同意する。

「そうそう。ならもうちょっとで帰ってくるって。買い物に寄ってるのかもしれないし」

 と言ったが、ライトは渋面のままだ。

「だが、もう外は真っ暗だ。は、今日は徒歩のはずだ」

 だから危ないということを言いたいのだろう。ジタンとバッツは思わずため息をついた。
 日が暮れ始めた頃からこの調子だ。心配性もすぎれば過保護になる。ライトのそれは、心配性というには少し行き過ぎているように思う。
 その時、窓の外の駐車場に単車が一台停まった。二人乗りをしている。
 後部に座っていた人間が降り、メットをとる。あらわになった顔を見て、バッツとジタンが声を上げた。

「あ、だ!」

 はにっこりと男に笑いかけて、小さく頭を下げた。男は手を顔の前で振って答えている。

「ほらぁ、もうちょっとって言ったじゃん」

 しかし、ライトはそれどころではなかった。が無事なのはいい。けれど、自分の知らない人間と親し気にしている様子に、胸がざわざわする。
 二、三、言葉を交わして、男は単車をターンさせた。が手を振ってバイバイ、といったのが口の動きで想像できた。男もに向かって手を振って、単車を発進させた。
 その親しげな様子に、ジタンとバッツからも誰何の声が上がる。

「誰だ?」
「二人乗りなんて羨ま……じゃなくて親密な感じだな」

 そうしているうちに、玄関から「ただいまー」という声がした。バッツが迎えにいく。

「おかえり。ご飯炊いといたぜ」
「ほんと? ありがとう、助かるー」

 いつもはライトが執事よろしく出迎えて荷物を持つのだが、ライトはショックなのか突っ立ったままだった。
 歩き出そうとしたを、バッツが肩をつついて止めた。耳元に顔を近づけて、声を潜める。

「リーダー、の帰りが遅いって心配してたぜ。しかも男と帰って来たから、ご機嫌ナナメ」
「え? ライトさん怒ってるの?」
「そこまでじゃないと思うけど、こえー」

 怒ってないのにこわいのか。はどう弁解しようかと考えながら歩き出す。
 リビングの手前にある風呂場からスコールが顔をのぞかせる。

「……おかえり」

 小さい声だった。最初はなにも言ってくれなかったので、小さい声で言ってくれるだけでも嬉しい。

「ただいま、スコール」
「……風呂、掃除しといた」
「え?」

 というと、スコールはさっさと風呂場に戻ってドアを閉めてしまった。はあわててドアを開き、スコールの背中に向かってお礼を述べる。

「ありがとうスコール」

 やはり返事はなかった。けれど、耳元がほんのり赤くなっているのを見て、は和んでしまった。照れているのだ。
 その可愛い反応にニヤニヤしてしまうのをこらえる。今から機嫌が悪いライトに弁解しなくてはならない。ニヤニヤしている場合じゃない。
 リビングのドアを開くと、ジタンがまだ洗濯物をたたんでおり、ベランダの近くでライトが立っていた。

「ただいま」
「おっかえりー」

 ジタンが笑顔で出迎えてくれた。それに対し、仏頂面なのがライトだ。
 なるほど、機嫌が悪そうだ。ここはおとなしく素直に謝ったほうがいいだろう。

「ただいま、ライトさん……遅くなってごめん」

 思わず声が細くなる。怖い。
 ライトはおかえりを言わなかった。

、あの男は誰だ」

 いきなり来た。まるで、年頃の娘が初めて男の友達を作った時の父親のような聞き方だ。
 は正直に話す。別に隠すような後ろめたいものでもない。

「あれは大学の友達で、ライトさんも前に会ったことがあるやつだよ。カムっていう」
「…………ああ、彼か」

 以前ライトが来たばかりの頃、ライトの服を買ってきたカムはライトを着せ替え人形にした。ライトがトップモデル級の容姿なので、ちょっとしたファッションショーになったことは鮮明に覚えている。
 の返答で、どうやらライトもカムのことを思い出したようだし、これで一件落着する……かと思いきや、ライトはまだ渋い顔のままだった。

は、彼と懇意なのか」

 予想もしていなかった質問に、は呆気にとられた。こんい、懇意?
 しばらく間を置いてライトの質問の意味を理解したは、思わず噴出した。カムとの仲を勘違いされるとは思っていなかった。
 がいきなり笑い出したので、ライトは少し驚いているようだ。

「ち、違う違う。カムとは友達だけど、恋人じゃないよ。カムには彼女がいるし」

その言葉に、ライトから不機嫌オーラが消えた。

「そうなのか」
「うん。今日はちょっと遅くなったから送ってもらったの。徒歩だと時間かかるからって」
「……そうか」

 ライトは仏頂面を完全に解いた。ほっとしたような、ばつが悪いような表情をした。その表情を見て、も安堵の息をつく。

「ごめん、心配させて」
「いや、私こそすまない。心配が過ぎていたようだ」

 そのやりとりで、室内の緊張が解かれた。ジタンが尻尾をぴょんと跳ねさせる。

「なぁなぁ、メシー。オレ腹減ったー」
「あ、うん。今作るね」

 は荷物を隅に置いて髪を括り、手を洗った。今日はバッツが米を炊いてくれたので、天津飯でも作ろうか。それにサラダとコンソメスープでも合わせよう。

、手伝うぜ」
「あ、ありがとう」

 バッツも手を洗う。こんな時、料理スキルがある彼は頼りになる。
 スコールも風呂場から戻ってきた。とバッツが調理に取り掛かっているのを見て、ソファに座った。今はなにも手伝えることはなさそうだと判断したのだ。
 洗濯物をたたみ終わったジタンがスコールの隣に座る。

「…………話は終わったのか?」
「ああ、まぁな」

 ライトがたたみ終えた洗濯物を抱えて脱衣所に行った。それを横目で見届けて、ジタンがつぶやいた。

「男の嫉妬ってやつは、いつの時代も厄介なのさ」


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