589襲来 その2


さんですね」

 後ろから声をかけられた。女性の優しく包み込むような声。
 振り向くと、まばゆい光の中で、白いドレスを着た金髪の女性が立っていた。優しげな表情をした、美しい女性だ。

「えっと、あなたは……?」

 こんな綺麗な女性に声をかけられる理由がわからず、怪訝な表情を返す。

「私はコスモス」
「コスモス……って、ああ」

 やっと納得がいく。ライトたちが元いた世界の神だ。

「お会いできて良かった。本当はもっと早く来たかったのですが、力が足りず……遅くなって申し訳ありません」
「はあ、それはいいですけど……私になにか用ですか?」

 が先を促すと、コスモスは頷き、ことの顛末を話し始めた。ライトたちがこの世界に来た原因についてだ。
 カオスに敗北して以来、コスモスの力は弱っていった。カオスは戦士たちを葬ろうとし、力を差し向けてきた。コスモスは分散している戦士たちを守るために、違う世界に飛ばした。
 要約するとそういう話だ。

(うーん……? カオスに敗北したっていうのは、ゲームを始めた時点のことかな……あの時、確かにコスモスの戦士たちはてんでバラバラのとこにいたけど……)

 以前にカムにゲームをプレイさせてもらった時のことを思い出しながらコスモスの話と照らし合わせる。なんとなくわかったような、よくわからないような。

「ごめんなさい。突然、見慣れない戦士が舞い込んできて、驚いたでしょう」
「まぁ、そりゃあ」
「なるべく早く彼らを帰してあげたいけれど、まだそこまでの力が……」

 コスモスは憂えた表情を湛える。
 この人のお母さん感はなんなんだろう。包容力のせいか。のお母さんでもないし、そんなに関わりがあるわけでもないが、「お母さん」というカテゴリーがよく似あう神様だと思う。お母さんがこんなつらそうな顔をしていたら、つい助けたくなってしまう。

「まぁ……中途半端は嫌いなので、あなたが力を取り戻すまで協力しますよ」

 その言葉にコスモスは、のほうへ目を向け、元の微笑に戻った。

「ありがとう。あなたの力になれることがあればいいのだけど……」

 ある。力になって欲しいことなど山ほどある。しかし、ここで要求をふっかけすぎて力を使いすぎてもらっては困る。今は力を貯めることが第一だ。
 は慎重に、解決してもらうべき問題を選んだ。

「……じゃあ、ふたつだけなんとかしてもらいたいんですけど……」

***

 バッツたちがやってきた翌朝、は早くに目を覚ました。
 というより時折うつらうつらするだけで眠れなかったので、朝八時には起き上がろうとした。普段は帰宅が遅いバイト生活のおかげで昼近くまで寝ている。
 目を開けると、ライトの胸が目の前にあった。
 知らない間に寝返りを打っていたのだろう。抱きしめられるような体勢になっていた。ライトの腕がの背中にまわっているので、身動きが取れない。

(思い切って起き上がろうかな……でも、ライトさんも起きちゃうかもしれないし……)

 と、冷静なふりをしつつも心臓はばくばくである。ライトの体温と、ほのかに体臭。それぐらいに近い。
 安らかな寝息が聞こえる。ライトもが起きていたことで眠れなかったことだろう。

(これ以上じっとしてても仕方ないよな……)

 みんなの朝ごはんも作らなくてはいけない。起きよう。そう決心して身じろぎすると、ライトが目を開けた。

?」
「……ライトさん、もしかして起きてたの?」
「ああ、つい先ほど目を覚ました。眠れなかったのか?」

 普段あまり起きることがない時間にそう思ったのか、ライトがたずねてくる。

「あー……うーん……いや、ちゃんと寝てたよ。やることたくさんあるから、早く起きたんだと思う」

 嘘はついてない。合計して三時間ほどなら眠れていたと思う。隈ができているかもしれないが、骨格が原因なのか貧血なのか、睡眠時間が足りていても隈があるので今日に始まったことではない。目も腫れていない。
 ライトの左手がの背中から離れた。と思ったら、親指で目元をなぞられた。

(……ごまかしたの、ばれた?)
「あまり無理はしないでくれ。私をもっと頼ってくれていい。彼らのことにしても、多少力になれるはずだ」

 嘘は言ってないが真実も言ってないことがしっかりと見透かされていた。伊達に二ヶ月も同居してない。

「うん……無理はしてないよ。ライトさんには今までだって色々してもらってたし、十分頼ってると思うんだけど」

 学校とバイトに行っている間、家事はほとんどライトがやってくれている。今でも十分すぎるほどに頼っている。
 本心からそう思っているのに、の言葉にライトの表情は晴れない。
 なにか言いたげにくちびるを動かしたが、あきらめたのか、起き上がった。
 気分を害したようには見えなかったが、機嫌はなんとなく良くないような気がする。としては正直に受け答えしたつもりだったのに、気に入らなかったのだろうか。そこのところを言ってくれないと、にはわからない。
 なにも言わなくなったライトの背中を見つめる。もあきらめて朝食の準備に取り掛かろうと、キッチンへと向かった。
 の後姿を見つめながら、ライトがつぶやいた。

「……そうじゃないんだ、……」

***

 なにか忘れていると思ったら、昨晩米を炊くのを忘れていた。雑事を片づけて米が炊き上がるまでの時間をつぶすことになった。
 ゴミ袋を片手に玄関へ降りると、管理人夫婦がいた。

「あ、おはようございます」

 とりあえず挨拶する。しかし、全然反応がない。いつも満面の笑みで挨拶してくれるのに。
 見ると、管理人夫婦は同情するような目でを見ていた。そんな目で見られる理由に見当が付かず、なんだか居心地が悪い。

「ど、どうしたんです……?」
さん……聞いたよ」
「なにをですか?」
「彼氏の弟君たちも一緒に住むことになったんだって?」

 どきり。はゴミ袋を落としそうになる。なんで昨日の今日の話を知ってるんだ。

「育った施設で一緒だった弟分の子たちが一緒にいるんだろう?」
「はい?」
「お兄さんに会いたかったのね……」

 そう言って管理人夫婦は涙ぐむ。一体なんの話をしているんだろう。の知らないところで管理人夫妻の中で話が進んでいる?

(あ……これ、もしかしてコスモスが?)
「まずは住まいをなんとかしてほしいです。今の部屋じゃ五人では生活できないので……」

 昨夜、夢の中で出した要望のひとつがこれだ。コスモスが早速対応してくれたらしい。
 管理人夫婦を含む周囲の認識では、ライト達は施設で一緒に育った間柄ということになっているらしい。

「……あー、うん、そういうことになってますね……」
「大変ねさん……」
「それでね、さんの部屋に五人はきついから、僕らが管理している別の物件があるんだけど、そこに引っ越してみない?」
「え?」
「メゾネットだからここよりは断然広いよ。けど、家賃は高くなるし、五人では少し狭いかもしれないけど。どうかな?」

 どうもこうもない。これぞ天の助け、いやコスモスの助け。

「本当にいいんですか?」
「もちろん。ほっとけないからね」
さんさえよければいいのよ。なんなら今日にでも引っ越しちゃってもいいんじゃない?」
「そうだねえ、あとで電話して聞いてみるか」

 なんといういい人なのだろうか。コスモスの暗示かもしれないが、元来の人柄も絶対ある。
 が感動して言葉を失っている間に、管理人夫婦で話がどんどん進む。

「じゃあ決まりだね! 手続きはしておくし、必要書類はまた持ってくるからね」
「は、はい、お願いします!」

 とはいえ、さすがにすぐには引越しできないだろうから、しばらくは五人で狭い生活をしなくてはならないが、それも少しの辛抱だ。
 そう思っただった。管理人の言った今日にでもという言葉が実現するとは、この時は夢にも思わなかったのである。
 ――神の力とはすごいもので、手続きはどうしたと問いたいほどに、あれよあれよと引越しすることとなった。
 朝ごはんを食べるとすぐさま引越し作業に取り掛かる。ダンボールにつめては運び、つめては運び。いらないものは捨て、つめる、運ぶ、捨てる。
 それなりにしんどい作業だったが、さすがに人手がある分想像よりも楽だった。男四人もいれば、冷蔵庫だってテレビだって運んでもらえる。予想よりも早いペースで作業は進んだ。
 新居は一駅違うところにある。バイト先にも学校にも近くなった。
 間取りは二階建ての2LDK。一階にLDK、風呂、トイレ。二階部分に大小の洋室が二部屋だ。
 は感動した。小さいが自分の部屋があるのだ。これで女としてのプライバシーが守られる。
 大きい洋室にバッツ、スコール、ジタンが入った。ライトは、リビングにベッドにも使えるソファベッドがあるのでそこで寝起きするらしい。
 というわけで、新たに加わった同居人たちとの生活が始まったのである。

***

 そしてもうひとつがコスモスに望んだこととは。

、郵便受けに入っていたんだが」

 荷解きの最中にライトが差し出してきたのは、A4サイズの封筒だった。差出人も宛名もない。
 ばりばりと破って開封し、中をのぞく。は中身を把握して、脱力感に襲われた。

「なになに、なにそれ?」
?」

 バッツとジタンが興味津々で近寄ってきた。は封筒の中身を取り出した。

「……コレナニ?」
「……通帳」

 封筒には居候四人分の通帳が入っていた。
 そう、がもうひとつコスモスに頼んだこととは、お金の問題である。

『四人はさすがに、私がバイトしてもどうにもならないので、できればお金の援助をしてくれるとありがたいんですけど……』

 ライトだけならなんとかなっていたが、さすがに男四人はきつい。ライトとの同居は、ライトが私的にお金を使わないのと節約生活のおかげでなんとかなっていた。そこにプラス男三人は、ちょっとどころかかなり厳しい。お金と住居の心配が真っ先に思い浮かぶのは仕方ないのだ。
 念のためそれぞれの通帳を確認すると、それぞれひと月に十分な資金が振り込まれていた。まとめてではなく月ごとにというところにコスモスのおかん体質を見た気がした。四人まとめての食費は、おそらくの口座に支給されているのだろう。
 の望みどおりの展開で非常に嬉しいのだが、ライトが来た時点でもらえたのなら良かったのにと思わざるを得ない。弱っていたので仕方なかったのだろうが。

「はいこれ」
「これ、オレたちの?」
「うん。このお金で服とか好きなもの買ったらいいと思う」

 ライトが通帳の記載を見た途端に固まった。との節約生活に慣れている彼にとって、自由にできるお金があるというのは刺激が少々強すぎたのかもしれない。

、こんなにたくさんのお金はどうしたらいいんだ」
「いや普通に自分のことに使っていいと思うんだけど……たぶん、これからは毎月その金額が振り込まれると思う」
「しかし……」
「私の懐から出てるわけじゃないから、私に気を遣わないでいいよライトさん」

 こう言ってもまだライトは渋面だった。そんなに贅沢が怖いのだろうか。
 それまで黙って見ていたスコールが口を開いた。

「……使わないと判断したら、に渡せばいいんじゃないのか。家賃とか食費はが出してるんだろ」
「うん、それがいいかもな。そういうことにしようぜリーダー!」

 バッツが名案とばかりにスコールの肩をたたき、ライトに笑いかける。
 ライトは渋面を少し和らげてを見る。は思わず苦笑いした。

「そういう使い道もあると思うし、ライトさんの好きに使っていいんだよ」
「…………君が、そう言うなら」
「余ったらに渡せばいいんだな。飯が豪華になったりして!」
「バッツはどうせ余らないだろー?」
「なっ、おれはこう見えても倹約家なんだぜ?」
「自称、だな」
「はっきり言うなスコール」

 なにやらがやがやと騒がしくなったが、とりあえず一件落着したようなのでは荷解き作業に戻った。
 こうして、異世界人との同居生活は一気ににぎやかになったのだった。


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