589襲来 その1


 ライトが突然やってきてから二ヶ月がたった。
 戸惑っていたのは最初だけで、今ではすっかり現代の生活にも慣れたようだ。もライトがいる空間に慣れ、ライトに変な遠慮をすることも少なくなった。
 そして初夏。新たな来訪者がやってくる。

***

 いつものようにバイト帰りをライトに迎えに来てもらい、夜の道を一緒に歩いていた。
 梅雨時期で、気温はそこまで高くないものの湿気がすごい。ライトの癖毛も一段とはねている。

「ライトさん、今日はとろけるプリンもらってきたよ」
「なに!? 本当か?」
「うん。四個廃棄だったから全部もらってきちゃった」

 四個というの言葉に、ライトの瞳がキラキラ輝きだした。
 とろけるプリン。のバイト先で扱っている商品である。
 とろけるような口どけ、濃厚なバニラとカスタード、ほろ苦いカラメルのハーモニーで非常に人気の品だ。
 賞味期限も生ケーキと違い二日間なので、滅多に廃棄になることはない。今日は本当に珍しいことに四個も廃棄だったので、四個とも失敬してきたのである。廃棄を持って帰るのはもちろん禁止されている。見つかったらクビだ。しかし食品を捨てることに著しい抵抗感を持つ学生アルバイトたちは、ほぼ全員持ち帰っている。

(だってこんなにおいしいのに捨てちゃうなんてもったいないよね。お金ないし……)

 つまるところ、は貧乏性だった。
 ライトはとろけるプリンが大好物だ。見た目的に「甘いものなど許さん!」と言いそうだが、実際はそうでもない。生ケーキは少々苦手のようだが、プリンは好きらしい。初めてプリンを食べた時など驚きに目を瞠り、彼の周りがキラキラと輝き出した。わかりやすい。
 今も、彼の周りは光輝いている。夜道も彼がいれば安心だ。
 ライトはの手を両手でつかむと、自分の胸の前でぎゅう、と握り締めた。

「えっ」
「感謝する。本当にありがとう」
「大袈裟だよライトさん……」

 真摯な目でプリンのお礼を言われても困る。廃棄をちょろまかしてきただけだ。一応持ち帰り行為は守衛で取り締まっているが、守衛のおじさんたちはほぼ黙認状態だ。
 それに。ライトの美貌に多少慣れたとはいえ、手を握って熱く見つめられてはさすがに照れる。自覚のないイケメンはこれだから困る。

「明日はバイトがないから、おやつに一緒に食べよっか」
「ああ、楽しみだ」

 と言うと、ライトはふっと微笑を湛えた。
 最近は、ライトも気を張ることがないようで、こうやって笑う時が増えた。いいことだと思うが、の心臓には悪い。うっかり直視してしまって、ドキドキしてしまう。わかっていても、超ド級のイケメンなのである。
 動悸を沈めようと黙った。ライトと初めて会った小さな公園に差し掛かった時、話し声が聞こえた。
 男性の声でなにやら話し合っている雰囲気だ。声の種類的に、人数は二、三人ほどか。
 こんな時間に一体なんだ……そう思っては公園内をのぞいた。そして固まった。
 男が三人立っている。街灯に照らされた服装は、現代のそれではない。
 一人は体にフィットした白い服を着ている。こいつが一番ファンタジーな格好だ。
 一人は白いタンクトップに青緑のベスト、青いボトム。背が低く、尻尾が生えている。
 一人は白いインナーにファー付の黒いジャケット、黒いボトム。違和感は少ないが、季節感がまるで無い。

(なんだろう、この展開は前にもあったような……)

 嫌な予感がしたのでそのまま見なかったことにして通り過ぎたかったが、後ろからのライトの声がそれを許さなかった。

、どうした? ───君たちは」

 驚きに震えたライトの声に、三人が振り向く。

(うおっ……これまた美形ぞろいが……!)

 三人はタイプの違う服装どおり、それぞれタイプの違う美形だった。彼らはとライトの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。

「ウォーリア・オブ・ライト!?」
「あんたもここに来てたのか!?」
「…………」

 それぞれリアクションをとりながらこちらに近づいてくる。

(うわぁ……もしかしなくともライトさんの仲間か。ていうか、バッツとスコールとジタン……だね)

 見覚えがある。カムにやらせてもらったディシディアでも見たが、自身、FF5、8、9はプレイしたことがある。彼らはシリーズの主人公たちだ。

「君たちも、こちらの世界に飛ばされてきたのか」

 ライトの言葉に、三人は驚きの表情を確信に変えた。

「やっぱ、ここって、あのコスモスとカオスが戦っていた世界とは違うんだな」
「そうだ。今は、彼女のところに世話になっている」

 ライトがに目線をやると、三人もに視線を合わせた。

(三人一緒にこっち見んな……!)

 美形四人に一斉に見つめられ、一気に居心地が悪くなった。視線を泳がせつつ、は息を吸うと、以前と同じ提案をするのだった。

「とりあえず、立ち話もなんなんで、うちに来ませんか?」

***

 三人を部屋に上げ、お茶を用意する。ライトのときと同じだ。
 三人はの思ったとおりの人物だった。
 バッツ・クラウザー──白のファンタジーな薄着で、短い茶髪に、澄んだ茶色の瞳をしている。
 スコール・レオンハート──ファー付ジャケットを着た彼は、ブラウンの髪に蒼の瞳。眉間に切り傷がある。今はジャケットを脱いでいる。
 ジタン・トライバル──青いベストを着て、背が低く尻尾も生えている。明るい青い瞳に、金の髪を一つにまとめている。
 マンションまでの道中で自己紹介しながら、は気が遠くなりそうだった。

(どこまでファンタジーになっていくんだろう、この生活……)

 お茶を用意している間、ライトがこの世界について大まかに説明している。細かい補足は追々やっていくこととする。

「で、どうすれば元の世界に帰れるかは、リーダーでもわかんないってこと?」

 バッツが話をまとめた。バッツとジタンは茶目っ気のあるキャラだが、今は横やりを入れずにライトの話を聞いていたようだ。

「そうだ。私も色々試したが、なにも変化はない」
「で、二ヵ月ってことね……」

 ジタンがあきらめたように肩から力を抜いた。
 は紅茶と一緒にとろけるプリンをお茶請けに出した。

「どうぞ。粗茶ですが」

 こういう話は体力、精神力ともに消耗することはライトで経験済みだ。こういうときこそリラックスだ。固い頭ではなにも思いつかない。
 お茶とプリンが出され、三人はそれぞれに手をつける。ライトは、せっかくが持って帰ってきたプリンのストックが早々になくなったので、少し機嫌が悪い。
 はお茶だけを持って、ベッドに座る。

「あれ、の分は?」

 左隣にいたジタンが、の手元にプリンがないことに目ざとく気付いた。もう呼び捨てである。

「ああ、いいのいいの。四個しか持ってきてないから。私はいつでも食べられるし」

 ジタンに手を振って答えると、ジタンとは逆の右隣からプリンが差し出された。何事かと思ってみると、ベッドに寄りかかって座っていたスコールが、プリンをに押し付けた。

「やる」
「えっ、でも、これはスコールの分なのに」
「俺は別にいい。だから、あんたが食べればいい」

 そう言ってそっぽを向いたスコール。しかしプリンは開封されていることから察するに、食べる気だったのだ。
 本当は食べたいけど、いらないフリしてにくれた。そのことに気付いたの胸に衝撃が走った。

(か、可愛い……!)

 はベッドから降りると、スコールの隣に座り、スプーンでプリンを掬った。

「スコール」
「……?」
「はい、あーん」

 振り返ったスコールに、スプーンを差し出した。
 スコールはきょとん、とスプーンを見つめていたが、あーんの意味に気付くと眉根を寄せた。

「お、俺はいい」
「私もまるまる一個はいらないもん。だから半分こ」
「…………」

 しばらく無言でとスプーンを交互に見つめていたスコール。シがスプーンを下げる気がないとわかると、あきらめの息を吐いて、スプーンをぱくっ、と口に含んだ。恥ずかしいのか、目を閉じたままプリンを味わっている。
 の胸に、再び衝撃。

(うう、可愛いぞこれは……!)

 心の中で悶える。にやけそうな頬を押さえ、スコールに「おいしい?」と聞く。

「…………嫌いじゃない」

 返ってきた素直じゃない反応に、再び心の中で悶絶する。これは世のおねえさんたちが放っておかない。原作プレイ中は、ヒロインとの相思相愛っぷりを存分に見せつけられたので気づかなかった。

「スコールばっかずりい! 、オレにもあーん」

 ジタンが左からつついてくる。それに乗じて、バッツもテーブル越しに身を乗り出してきた。

! おれもおれも!」
「え、ちょっ……」

 口をあけて迫ってくる二人に、思わずが後ずさりする。
 その時、スパーン! という音が二回響き渡った。
 スリッパを持ったライトが、ジタンとバッツをはたいたのだ。
 ふたりは痛みのあまり頭を抱えて震えている。その威力は、響いた音によって想像できる。

「君たちは自分の分があるだろう。それと、あまり騒ぐと近所迷惑だ。にも迷惑がかかる」

 ライトが厳しく注意する。怒りで迫力満点である。しかしどちらかというと、ジタンたちの声よりスリッパの打擲音のほうが大きかったのだが。

「ちぇー、いいじゃんかよ。レディからのあーんは男のロマンなんだぜ? スコールは初対面でロマンをかなえてもらって、リーダーはレディと二ヵ月も一緒に住んでたなんて、うらやましすぎだっつーの」
「そうだそうだ!」

 痛みから立ち直ったジタンが懲りずに不満を漏らし、バッツも合いの手を入れる。
 やめておけばいいのに……と思っていると、ライトがスリッパを構え直したのが視界に入った。目の錯覚だろうか、彼の後ろに不動明王が見える。

「不満があるものは、この私が相手になるが?」
「「ごめんなさい」」

 バッツとジタンがひれ伏したことで、ライトがスリッパを戻して座る。ほら言わんこっちゃない。は呆れて半目になった。スコールも同じような顔をしていた。きっと心の中で突っ込んでいたんだろう。

「と、とりあえず今日はもう遅いから寝ようか。明日からのことは、明日の朝考えよう」

 が場をまとめる。といっても、ここにはとライトの分しか寝床はない。一体どうしたものか。
 衣類はライトのものと、カムが持ってきた服の中でライトに合わなかったものが余っている。それでフォローできるだろう。寝床だけが問題である。
 五人が納まるには狭い部屋で、どうするか。

「私ともうひとりはベッドで、三人は床。毛布ならもう一枚あるから」

 が出した提案にジタン、バッツ、ライトがそれぞれ表情を変えた。
 ジタンは嬉々としてに抱きついた。

「じゃあ俺がと寝る! 体格的に、はオレが一番楽だろ?」

 それはそうだが、その場合床組がぎゅうぎゅうである。絵的に非常にむさくるしい。バッツがそれについて指摘する。

「なに言ってんだジタン。ここは中間をとっておれにしないと、床の三人がきついだろ?」

 おれに決まりだなとしたり顔のバッツ。スコールはどっちでもいい、という顔で傍観している。
 一体どうなるんだこの議論は。このままだと収拾がつかなくなりそうで、思わず時計をあおぐ
 しかし、議論は思いのほか早く決着がつく。ゆらりとうごめいたライトの影に、ジタンとバッツは再びおののいた。
 いつの間にかスリッパを装備したライトは、鬼気迫る表情で言った。

とは私が寝る。君たち三人は床だ」

 反論を許さない圧力があった。ジタンとバッツはスリッパの恐怖に、なにも言えず頷くだけだった。

、狭いかもしれないが我慢してくれ」
「え、ああ、うん。別にそれはいいんだけど……」

 に接する分にはいつものライトである。は戸惑いながらも答える。
 なぜそんなに必死なのか、聞きたいような聞きたくないような。
 それから全員風呂に入り終わって、それぞれ布団にもぐりこむ。
 床組は毛布を分け合って寝ている。やはり疲れていたようで、さっそく寝息が聞こえてきた。
 シングルベッドを分け合って寝ているとライトは、まだ寝付いていない。体勢のせいだ。
 壁のほうに横向きになったを、ライトが後ろから抱きこむようにしている。狭いのでこうするしかなかった。
 腹部の前で組まれているライトのたくましい両腕に、寝返りを打ちたくても打てない。
 すぐ近くにあるはずのライトの顔。首の後ろに、かすかに彼の吐息がかかる。
 こんなの、意識しないわけがない。気にしないなんて無理だ。

「ライトさん……腕、痛くない?」

 ぼそぼそと小声で話しかけると、同じく小声で返答が来た。

「平気だ。君こそ、狭くないか?」

 話しかけなければよかったと、心底後悔した。低く透き通ったライトのささやきが、耳の後ろで聞こえるのだ。

「せ、まくない。大丈夫」
「そうか」

 動悸に声が上ずりそうになるのをなんとか取り繕う。

「ところで、どうしてそちらを向いているんだ」
(そんなこと聞くなー!)

 逆の横向きになると、ライトと向き合うことになる。ライトと向き合って密着するということは、それはほぼ抱き合って寝るということと同じなわけでして。
 そんなことできるわけがない。眠れない自信がある。
 そう思って答えずにいると、「?」という返答を促す声が耳元でした。

「は、恥ずかしい、から……だめ……」

 我ながら柄にもない言葉だ。自分の言葉に羞恥が増す。
 後ろで、ライトが笑みをこぼす気配がした。ライトの両腕に力がこめられ、さらに体が密着する。

「やはり、彼らにこの場所を譲らなくて良かった」
 ──のかわいらしい姿を、誰にも見せたくない。

 さらに声量を落とした声で、かすかに聞こえた。
 どういう意味か、もはや考えたくもない。
 は動悸を隠すことで精一杯だ。そんなこと言われても、なんて返せばいいのかわからない。だって、こんなに近くに異性がいてドキドキしたのも、今まで生きてきて初めてだ。
 なにも反応を返さないことをライトがどう思ったのかはわからないが、うなじに当たった温かい感触に、声を上げそうになる。
うなじにライトのくちびるが触れたのだ。

(──っ! ライトさん……!?)

 なんとか声は上げなかったが、体はびくりと震えた。ライトはさらに両腕に力をこめてくる。

「ライト、さん……苦しい……」
「ああ、すまない」

 と言いつつ、ライトは腕を緩めない。
 首筋にかかるライトの吐息と、腕の拘束、背中に伝わるライトの体温。
 正直言って、もうわけがわからない。頭が状況を理解することを拒んでいる。理解したら爆発しそうだ。

(こんなの、どっち向いてても今日は寝れないじゃん……心臓ばくばくいってるし……)

 があきらめて体の力を抜くと、ライトもいくらか腕を緩めた。とはいっても、体は密着したままだ。

「おやすみ、
「……おやすみ、ライトさん」

 ライトにおやすみを返すと、はやけくそで目をつぶった。眠れるとは思っていない。
 ドキドキと脈打つ胸。けれど、誰かの体温を感じられたことで、安堵のような感覚もある。
 どちらもこれ以上自覚したくなくて、は無理やり意識を沈めていった。


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