11、一月と二月
冬休みがあけて、三学期が始まった。冬休み中、私は真面目に宿題をこなしていたので、休み明けのテストでは下がった成績を挽回していた。
望ちゃんとは相変わらず話をしていない。どうやら望ちゃんは、授業や生徒会以外での私との接触を避けているようだった。普通に会話はしているのだが、肝心なことを話そうとするとひらりと身をかわされていた。
けれど、私のほうも、告白するかどうかはっきりと決めたわけではなかった。ただ、私の気持ちに気付いているなら、その上で話してみたいと思っただけだった。実際に望ちゃんを前にすると、怖くて足がすくんでしまいそうだ。自分でも二の足を踏んでしまうので、ますますタイミングを逃していた。天化のときと同じだ。
そして、三学期の中間テストが始まった。休み明けから間を置かずに始まった中間テスト。今回はさすがにぼんやりしていられない、と気を引き締めて勉強したところ、全教科とも学年十位以内をとることが出来た。これは単純に嬉しかった。
中間テスト明け、チャンスは突然やってきた。生徒会終了後、聞仲先生の雑用を終えて鞄を取りに生徒会室へ戻ると、望ちゃんが一人で残っていたのだ。予測していなかっただけに心の準備が追いついていないが、ここを逃すともう聞けないかもしれない。
「望ちゃん」
「ん? 聞仲の雑用は終わったのか、
」
「うん」
「そうか、もう外も暗いから、気をつけて帰るのだぞ」
そう言って私を帰そうとする望ちゃん。私は逃げそうになる心を叱咤して、望ちゃんを呼んだ。
「あのね……聞きたいことがあるんだ」
「……
……」
望ちゃんは私から目を逸らすと、後ろを向いた。
「それは、今聞かなければいけないことか?」
「…………うん。お願い、話したいんだ」
望ちゃんの言外の拒絶にひるみそうになる。でも、ここで負けてしまっては同じことの繰り返しになる。
「あの、さ……もう、気付いてるんだよね……私が望ちゃんをどう思ってるか」
「…………
、なんのことを」
「はぐらかさないで。お願い、すぐに終わらせたいから」
そう言うと、望ちゃんが息を飲んだ。それ以上何も言わないでいる様子から、私の気持ちに気付いていたのは確かなようだ。ただ、望ちゃんは私の気持ちを受け入れはしない。これ以上、この距離が近づくことはないんだ。
「やっぱり、そうだったんだね」
「……
、わしは」
「いいんだ……こたえはいらないの。最初から望ちゃんの気持ちが誰にあるのかわかってたし、私は生徒だから……何も言わないでいいの」
振り返りそうになった望ちゃんの背中に向かって言うと、望ちゃんは動かなくなった。ガラス窓に映った望ちゃんの表情は、逆光になっていてよくわからない。ただ、所在なさげに開いたり閉じたりする手のひらが印象に残った。
「だから、元の私たちでいよう。私はこの気持ちを、今日で捨てるから」
言った。ついに言った。ずっと言いたくて、言いたくなかった言葉を。本当は、今日で捨てられるはずない。当分忘れられそうにない気持ち。だけど、こうやって話が出来ただけで十分だ。今日からやっと忘れる努力が、元に戻る努力が出来る。自分で捨てると宣言したから、責任を持たないといけない。
私は椅子に置いてあった鞄を取ると、望ちゃんに背を向けて生徒会室を出ようとした。
「
」
私は振り返らずに立ち止まった。ここで望ちゃんの姿を見てしまったら、目に焼き付けてしまいそう。泣いてしまいそう。だから振り返らなかった。
「…………気をつけて帰れよ」
「……うん、また明日」
それだけ返すと、私は生徒会室を後にした。マフラーもコートも鞄に引っ掛けたままで。廊下は寒い。生徒通用口の近くまで来たところで、ようやく足を止めて、コートを着てマフラーを巻いた。走ってきたせいか心臓がどきどきする。違う、本当は別のことでもどきどきしている。望ちゃんは追ってこない。
靴を履き替えて校舎の外に出る。外は寒い。雪でも降らないかな、と思って空を見上げた。このまま外にいたら、すぐに寒さで鼻も耳も赤くなってしまうだろう。そうすれば、泣いて帰っていっても多少はごまかせるだろう。
***
あの後、私と望ちゃんは、本当に元通り、とまでは行かないものの、それに近い関係になるように振舞っていた。私は自分の気持ちを押さえ込んで、ただの生徒として。望ちゃんは私の気持ちに気付く前のように、ただの教師、従兄妹として。すぐに天化が気付いたようだけど、何も言われなかった。
中間テストが終わった教室では、来るバレンタインへの話題で盛り上がっていた。話に花を咲かせているのは主に女子だが、そんな女子の黄色い声を、男子たちは興味のないふりをしてしっかりと聞いている。
「ねえ、
は今年のチョコ、どんなのにする?今年も作るんでしょ?」
蝉玉が私の顔を覗き込んできた。手にはファッション雑誌を持っている。バレンタイン特集のページが開かれていて、男子がどんなチョコをもらうと嬉しいか等が書かれている。
私は去年、義理と称した本命チョコを望ちゃんに、義理チョコで天化や蝉玉にあげていた。中学二、三年生くらいからあげているチョコだが、天化には罪なことをしていたといまさら反省する。今年はどうするかというと、もう決まっている。
「今年はいいや」
「えっ、誰にもあげないの? 義理も?」
「うん。もう、いいの」
不思議そうな顔をする蝉玉に、友チョコ期待してると告げると、蝉玉はすぐに笑って、今年は何を作ろうか、ハニーにはやっぱり等身大の私をあげようかしら、などと言っていた。
(もう、必要ないんだ)
そう思うとさびしかった。かなしかった。けれど、少しだけすっきりしたような気持ちになった。
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