10、十二月


 冬も本格的に深まってきた十二月。私はまだ天化と話せないでいた。望ちゃんと話した後、私の思っていることを言おうと思っていたのだが、その前に期末テストが始まってしまった。タイミングを逃してしまい、そのままテスト終了まで来てしまった。天化の件で頭がいっぱいの私は、まったく期末対策をしていなかった。授業ですら上の空で聞いていたのだ。そして、当然ながら成績は落ちていた。担任から職員室に呼び出しをくらい、ひとしきり説教を受けた。
 ぼんやり説教を聞き流しながら職員室を見渡すと、天化の姿があった。天化は天化で、自分の担任のところで説教を受けている。なにしてるんだろう、と見つめていると、天化と目があった。久しぶりに見る天化の顔。少し元気がなかった。
 先に説教が終わった私は、職員室の前で天化を待った。ここで会えると思ってなかったから心の準備が出来ていないが、このタイミングを逃すわけにはいかない。今日こそ、天化に自分の思いを伝えなければ。天化は十分とたたずに出てきた。私と目が合うと少しびっくりしたように目を開いた。

「……よぉ」
「……天化も説教?」
「ん。元々、それほど成績が良いわけでもなかったけど」
「私も……あのさ、一緒に帰らない?」
「…………おう」

 恐る恐る言うと、天化はすぐに笑って頷いた。本当に久しぶりに見る笑顔だったので、私もつられて笑った。全身の緊張が解けていくのを感じて、笑顔を見る前は緊張していたのだと知った。
 暗くなった道を、天化と並んで歩く。文化祭の準備をしていた十月から、もう二ヶ月近くたっている。日が暮れるのも早くなって、気温も低くなっている。

が成績落とすなんて珍しいな」
「え……だって、ここ最近は、ずっと考え事してたし……」
「俺っちの言ったこと、まだ気にしてるんさ? 忘れろって言ったのに」
「だ、だって……忘れろなんて簡単に言うけどそんなこと出来ないよ!」
「そりゃ、そうだけど……なかったことにして、いつもどおりにしてれば、そのうち忘れるさ」
「だからっ、そんなの出来ないよ!」
「なんでさ」
「せっかく言ってくれたのに、そんなことしたくない。……天化は大事な友達だから」

 天化が立ち止まって、びっくりしたような顔で私を見た。私も立ち止まって、天化を見返す。こんなことを言うのは、本当は怖い。逃げ出したい。でも、ちゃんと向き合わないといけない。意気地なしのままではいけないんだ。

「好きって言ってくれてありがとう。……でも、天化は大事な友達だから、気持ちには応えられない。ごめんなさい」

 と謝ってから頭を下げた。頭を下げたままでいると、天化から名前を呼ばれた。頭を上げて天化を見ると、なんだかほっとしたような顔をしていた。

「俺っち、なんで自分がこんなに悩んでたのか、やっとわかった」
「え?」
に振られることより、友達でいられないかもしれないことのほうが怖かったんさ」
「天化……」
、ちゃんと言ってくれたってことは、これからも友達でいてくれるってことだよな?」
「う、うん。あたりまえだよ!」
「そっか、よかった」

 私がすぐに肯定すると、天化はますます安堵したように笑った。いつもの天化の笑った顔だった。その顔を見て、私も安堵して緊張が解けていった。

「振られたのはやっぱりきついけど、それよか大事な友達って言ってくれたことのほうが嬉しかった。だから……、これからもよろしくな」
「うん」

 お互い笑いあって、再び歩きだした。今まで話していなかったのが嘘のように、会話が弾んだ。家の前で別れ、玄関を開けようとしたところで、また天化に名前を呼ばれた。

!」
「何?」
が振られたら、失恋パーティ開いてやるよ!」
「……はぁ? なにそれ、余計なお世話だよ!」
「だから、告白すれば」
「…………考えとく。じゃ、また明日ね」

 天化に手を振って、玄関のドアを閉める。天化が告白したら、なんて言い出したのは、私のことを思ってのことかもしれない。確かに、告白してきっぱり振られれば、この気持ちにも決着をつけられる。行き場のないこの気持ちを、昇華することができるかもしれない。

(……でも、もう気付かれてるんだよね)

 それに、望ちゃんの立場を考えると、告白が迷惑になるかもしれないのだ。そう考えると、また意気地なしになってしまう。

***

 そんなことを思い悩んでいるうちに終業式が来てしまい、冬休みに入った。宿題を適当にこなしながら家の大掃除などを手伝っていると、気がつけば大晦日になっていた。望ちゃんと会わないままの大晦日。望ちゃんは毎年、元日に遊びに来て、天化と私と一緒に初詣に行っていたけど、今年は来るんだろうか。
 家族と一緒にコタツに入って年越しそばを食べて、年末のカウントダウン特番のテレビ番組を見て、お年玉をもらった。いつの間にか眠っていて、起きると元日の昼近かった。

「……お母さん、今年は、望ちゃん来ないの?」

 お昼まで待って、お昼ご飯時に御節やお雑煮を用意してくれているお母さんの背中に聞く。

「ああ、そのことだけど、今年は実家のほうへ帰っているそうよ。三箇日中には来られるんじゃないかしら」
「…………そっか」

 やっぱり、気付かれている。新年早々憂鬱な気分になった。これから、どうしよう。望ちゃんに迷惑をかけるのは嫌だけど、こんな風に気を遣われるのも同じくらい嫌だ。いずれにせよ、このままではいられない。
 それから天化と一緒に初詣に行き、受験成功を祈願した。結局、望ちゃんは私の家には来なかった。


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