7、十月その2


 文化祭の開催が迫ってきた。私はいつものように生徒会の活動を終わらせ、下校しようと下駄箱を覗く。しかし、そこに私の靴はない。またか、と思いつつ周辺を探す。靴は、下駄箱の隅に置かれているゴミ箱から見つかった。嫌がらせの定番とも言うべき場所である。見当をつけていた私は、そう時間をかけずに靴を探し当てた。

「……はぁ、もう……なんなの、一体……」

 ここ数日、このようなことが続いている。さすがに憂鬱になってきて、ため息をついた。思わず独り言も漏れる。何なの、と自分で言っておいてあれだが、犯人というか、原因はもうわかっている。嫌がらせされ始めに、下駄箱にメモが入っていた。怪文書とも言うべきか。そこには、簡潔に一文だけ「天化に近づくな」と書かれていた。

(……この前一緒に帰ったの、見られたかな)

 おそらく、天化に告白して振られたうちの一人だろう。そのとき話題にもしていたのに、本当にうかつだ。

? そんなとこでなにしてるんさ」

 ゴミ箱の前で靴を履き替えたあと、そのまま考え事をしていると、後ろから天化の声がした。悩み事の関係者に声をかけられ、私はびくっと肩をこわばらせた。いけない、自然にするんだ。

「あ、天化も今帰り?」
「ああ、そうだけど……」
「そっか。私、ちょっと買い物に寄るから、先に帰るね。また明日!」
「……? ……ああ……」

 出来るだけ自然にしていたつもりだが、大丈夫だったかな。天化に背を向けて校門をでると、私は家で走り出した。通用口では、いまだに天化が怪訝そうにしていたとも知らず。

「あいつ、なんでゴミ箱の前なんかに……」

***

 嫌がらせが始まって以来、私は少しずつ天化と距離をとった。今までも特に一緒に登下校をしていたわけではないが、偶然時間が重なると一緒に登下校していた。それを少しずつなくして、学校ではほとんど顔を合わせないようにしていた。そうすると嫌がらせは段々なりを潜めていった。ほっとしたのもつかの間、今度は天化本人がそれに気付いてしまった。学校では私がそれとなく避けているものの、天化から視線を感じる。問いただそうとしていることはわかった。私としても説明位したかったが、ここで接触しては私の努力の意味がない。
 そうして避けていると、いつの間にか文化祭の前日になっていた。私のクラスの出し物であるたこ焼き屋を手伝い、それから少しだけ生徒会に顔を出して、書道部の準備を手伝って。すっかり夕飯の時間も過ぎた頃に家に着き、玄関を開けようとすると、天化が自分の部屋の窓から顔を出した。

、俺っちに話あるよな」
「あ、天化……いや……」
「ない、なんていわないよな」
「……はい」
「ん。夕飯終わったら窓開けて。行くから」
「……はい」

 いつにない天化の迫力に断れず、力なく頷いた。それから遅い夕飯を胃に流し込んで、自室へと上がって窓を開ける。すると、少しだけ開かれていた天化の部屋の窓がガラッと開き、本人が顔を見せた。そっと音を立てないように、屋根伝いに私の部屋へと入ってくる。

「なんか、久しぶりだね。私の部屋に来るのも、屋根から来るのも」
「……まぁ、玄関から来るのが普通だし。……俺っち、これでも気遣ってるから」
「え?」
「だから、もう子供じゃねぇし、あんま部屋見られたくないかもって」
「…………」

 驚いた。確かに、恋人同士でもない思春期の男女が頻繁に部屋を行ったりきたりするのはよろしくないだろう。でも幼馴染なのに。でも、そこまで天化が気を遣ってくれているなんて、なんだか嬉しいやら、今初めて知ってショックやら。
 私が何も言えないでいると、天化はクッションの上に胡坐をかくと、本題を切り出した。

「で、何があったんだよ」

 まっすぐ突き刺さる視線に、下手な言い逃れが通じないことを悟る。幼馴染相手にうそが簡単に通じるとも思ってなかったが、視線は思ったよりも厳しかった。私は観念して正直に事の顛末を話した。私自身、事態の全貌に確信を持っていたわけではないから、推測でしかものを言えなかったけど。それでも、天化は話を最後まで聞いてくれた。

「だから、俺っちを避けてたんさね」
「……うん、まぁ。ごめん」
「謝るのは俺っちのほうだろ。つらかったよな、ごめん」
「いや、天化が悪いわけじゃないでしょ」

 そういいつつ、私は随分心が楽になっていた。今まで誰にもいえなかったことが、知らないうちに負担だったらしい。

「天化、何もしないでね」
「は? なんで」
「だって、証拠があるわけじゃないから誰がやったかなんて早々わかるもんじゃないし、探し当てたところでどうするつもりなの?」
「……どういう意味さ」
「天化がどうこうしたら、余計に悪化するかもって言ってるの。好意が敵意に変わるなんて、簡単なんだからね。私に向けてだけじゃなくて、天化にもこんなことがあるかも知れないし」
「なっ! だからって放って……!」
「今は嫌がらせされてないんだよ。学校で接触控えてたら大人しくしてくれるんだから、それでいいじゃない」

 私の発言に、天化が険しい表情で黙り込んだ。しばらく私を睨みつけていたけど、私が折れないので、やがてあきらめたように表情を崩した。

「……はぁ……もう、好きにしたらいいさ」
「天化……」
「俺っちはとりあえず、あーたの言うとおりにする。けど、もしにこれ以上何かあったら、そのときは俺っちの好きにする。いいな」

 私に言い含めると、立ち上がって窓から自室へと帰って行った。最後に見せた表情が、今まで見たことないような真剣なものだったから、私はしばらく窓から天化の部屋を眺めていた。天化は携帯電話を取り出してどこかに電話をかけていたが、私の視線に気がつくと、カーテンを完全に閉めてしまった。


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