5、八月


 八月の夏の盛り、学生は夏休み中だ。私はというと夏休みの宿題と、書道部と、生徒会で少し忙しかった。と言っても生徒会は数日しか呼ばれなかったけど。運動会の打ち合わせみたいなものだった。暑い中学校に行くのは億劫だったが、望ちゃんと会えるので真面目に行っていた。あきらめなければいけないとわかっているのに、会いたいと思ってしまう心が不思議で、苦しくて、少し愛しかった。
 今日は花火大会がある。天化と、望ちゃんと三人で行く予定だ。当初の予定では天化と二人だったのだけれど、望ちゃんが暇だからという理由でくることになったのだ。

「なんだ、おぬし浴衣は着ないのか」

 夕方になって出かける準備をしていると、望ちゃんが一足早く私の家まで来た。玄関を開けた私を見るなり、望ちゃんが開口一番で言った。

「着ないよ。歩きにくいし、靴擦れしたら面倒でしょ」
「むう……可愛くないのう」
「可愛くなくて結構です」
「……スース!?」

 望ちゃんの後ろから天化の声がした。驚いて目を見開いている。そういえば、望ちゃんの花火大会同行は今日決まったことなのだった。天化はもちろん知らない。

「なんでここにスースがいるんだ!?」
「なんだ、知らぬのか? わしも花火大会に行くぞ」
「はぁ? なんでさ」
「まぁ暇だしのう。おぬしらの保護者にでもなってやろうかと」

 偉そうに背をそらせる望ちゃんを見て、天化がため息をついた。なんだか疲れているようだが、大丈夫だろうか。
 結局三人とも浴衣は着ないまま、会場へと足を運んだ。会場周辺には出店が並んでいて、ソース類の香ばしいにおいが立ち込めている。打ち上げ開始の一時間前には会場についていて、来るのが少し早すぎたかなと思っていたのだが、出店を回っていたらあっという間に一時間すぎていた。
 会場に設置されているテーブルと椅子に腰掛けて、買い込んだ焼きそばやらたこ焼きやらを平らげる。食べ終わる頃には、ちょうど花火が打ちあがり始めた。会場周辺で配られていたうちわで扇ぎながら、夜空に映える花火を見上げる。

「おおー、綺麗だのう。こうやって会場に来てまで花火を見るのは久しぶりだ」
「そうなんだ?」
「最後に外で見たのは、大学受験前だ。小学生だったおぬしも一緒に見ただろう」
「あ……うん、覚えてる」
「大学の時はどうしてたんだ?」
「二年まで遊びほうけてはいたが、つるむのは男ばかりだったのでな。花火を男同士で見ようという気にはならんかったわ。三年からは教職課程で忙しかったし」
「うわ……」
「なんていうか……望ちゃん……」
「なんだその哀れみの目は!」

 私と天化は望ちゃんをからかって笑いあっていたけど、私は内心で、ちょっとだけ安心していた。学生の時から、望ちゃんは女気がなかったんだと。今がどうしようもない状況だから、昔のことを知って安心するなんて、我ながら浅ましい心だ。どぉん、と腹の底に響く打ち上げ音に、胸の痛みをごまかす。
 他愛もない話をしているうちに、一番大きな打ち上げ花火を最後に、花火大会は終わった。耳の奥に、まだ打ち上げ音が反響している。なんとなく物寂しい余韻に浸りながら、帰路に着く。
 天化と別れ、望ちゃんと一緒に自宅に帰る。玄関先で望ちゃんを振り返った。

「望ちゃん、今日はありがとう」
「まぁ、なにもしとらんがな」
「ううん、楽しかった」

 一緒に居られるだけで、という言葉を胸の片隅に追いやる。望ちゃんはじっと私のほうを見ると、ふむ、と顎に手をやった。

「どうしたの?」
「おぬし、来年からはきちんと浴衣を着るのだぞ」
「え?」
「歩くのが遅いとか、靴ずれしたらとか、そんなことに気を遣わなくてもいいのだよ。本当は着たかったんだろう」

 確かに、どうせなら浴衣を着たいと思っていた。でも一人で行くわけでも女友達と行くわけでもないので、面倒は避けたかった。ましてや、望ちゃんが一緒に行くなら。
 そんな私の心情を見透かしたかのように、望ちゃんが苦笑いした。

「どうせおぬしのことだから、面倒をかけるより自分が我慢したほうがいいとでも思っているのだろう」
「う……」
「エスコートする側としては、気を遣われるより甘えてくれたほうが嬉しいと思うがのう?」

 そう言って私の頭を優しく撫でると、望ちゃんは帰っていった。私はその後姿を見送りながら、少し乱れた髪を直した。高鳴った心音も、落ち着かせる。

(そういうこと言うの、困るんだけどなぁ……)

 あきらめきれなくなっちゃうよ、望ちゃん。


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