老子門下集結


 翌朝、仙道は一同集結し、武王や周公旦、邑姜に別れを告げていた。太公望と武王が握手を交わす光景を、は仲間と共に見守っていた。
 と、そのとき、雲霄三姉妹が、派手に城の一角を破壊しながら現れた。三姉妹が告げた言葉に、太公望らが戦慄する。
 崑崙、金鰲とは別の、もう一つの島――蓬莱島の存在だ。聞仲が仙界大戦中に西に向かっていたのは、蓬莱島にいる妲己、ひいてはジョカを倒すためだ。は、仙界大戦中に妲己三姉妹と過ごした場所を思い浮かべる。思えば、あれが蓬莱島だったのだ。

(あれ、地球じゃないんだよね……)

 よくもそんな場所で、地球と同じように過ごせたものだと思う。が少し身震いしていると、太公望が四不象に飛び乗った。

「妲己の居場所がわかったとなれば、善は急げだ! 皆、準備が出来次第、落下地点まで来てくれ!」

 と言って、そのまま飛び上がろうとする。はあわてて駆け寄る。

「ちょ、ちょっと待ってよ望ちゃん! 私も……」

 太公望は、を振り向かずに、それを制止した。

。おぬしは、ここに残れ」
「え?」
「御主人!?」

 周りにいた仲間たちも、驚いて太公望を見た。いつでも太公望のそばにいたを、彼自らが置いていくとは。

「今度の戦いは妲己との戦い。今までとは比べ物にならんほど激しくなる。おぬしはここで待っておれ」
「え、でも……でも、もう宝貝だって使えるんだよ?」
「それでも、おぬしは普通の人間だ」
「……それって、足手まといってこと?」

 の問いに、太公望は沈黙で肯定した。自身、足手まといであることは自覚している。太公望の言う通り、宝貝を少し使えるようになっただけの、ただの人間だ。いざとなれば殺されるだけなのだ。
 太公望は、頑なにを見ようとしない。その背中に、彼の固い意思が現れていた。ここでがなにを言おうと、彼はを置いていく気だ。

「……わかった。ここで、大人しくしてる」

 が頷いた。最後に、なんとか太公望に向かって微笑むと、太公望もを振り返り、笑みを返した。ぎこちないやり取りを見て、蝉玉がなにか言おうと進み出たが、楊ゼンに止められた。
 太公望は武王らにのことを頼むと、飛び去った。仲間たちも次々とに別れを告げて、それぞれの目的地へと去っていった。

***

 太公望の横に、楊ゼンが哮天犬に乗って並ぶ。太公望は、楊ゼンを横目で一瞥しただけで、口を閉ざしたままだった。

「本当に、よかったのですか? ちゃんのこと」
「……良いのだ、これで」
「あなたが戦いに集中するために、ですか?」
「……そうだ。無論、危険が付きまとうからでもあるが、それ以上に、わしがもたぬよ」

 太公望は具体的な表現を避けたが、その表情を見れば、なにを指しているかすぐにわかった。今まで見たこともないような切なげな表情は、への想いが表れている。今もなお、彼女のそばにいたい気持ちと戦っているのだ。それを押し殺してを置いてきたのは、太公望がこの感情を吹っ切りたいからである。楊ゼンは、失礼だとわかっていても、苦笑いを抑えきれない。

「今まで、貴方を不器用な方だと思っていましたが、それは間違っていなかったようですね。その歳になって恋に乱れるとは……」
「う、うるさいのう」
「以前は、ちゃんに五、六回キスしても平気だったのに」
に、キ、キス……したのは、薬を飲ませるためだっ! それに、四回しかしとらんぞ!」
「御主人……思春期の男子みたいっスよ」

 太公望が真っ赤になって言い返してきた。キスの部分だけ、やけに声が小さい。回数まで覚えているあたり、しっかりと意識していたのかもしれない。
 楊ゼンと四不象は、声に出さずに苦笑いした。いくつになっても、恋というものは厄介な病らしい。

***

 太公望たちが出立した後、は邑姜の手伝いをして過ごしていた。もう、食事を共にする太公望たちはいない。それが、いっそう淋しさを感じさせた。
 中庭に出て、西の空を見上げる。今頃、太公望たちは精鋭を崑崙山ツーに乗せて、蓬莱島へと向かった頃だろうか。もう一ヶ月経つので、あるいは蓬莱島にすでに到着しているかもしれない。

(ていうか、私があそこに行かないと、永遠に元の世界に帰れなくなっちゃうんだけど)

 出会ったばかりの頃に、太公望が元の世界に帰られるよう協力する、と言ったことを思い出して、は西の空を睨んだ。自分の発言を忘れてしまったのだろうか。まあ、元の世界に帰れるようになったところで、今更帰るということは出来ないかもしれないが。ただ、それでも元の世界を完全に忘れられるわけではない。
 はその場にしゃがみこむと、そのへんに生えていた雑草を、ぶちぶちと抜き始めた。

(なんとなく、望ちゃんに避けられてる気がする……私、なんかしたかなぁ……)

 天化の件では、が太公望を恨まないと直接伝えたのだから、それはやらかし候補から除外だ。
 出立の前日に、仕事をサボって書庫にいたこと。しかし、あの泣き腫らしたひどい顔で仕事できるわけないし、太公望だって大目に見てくれるはずだ。
 他にもいくつか心当たりがあったが、どれも太公望に避けられる程のことではなかった。
 原因がわからず、はため息をついた。
 そのとき、の周りが暗くなった。空を見上げると、懐かしい面々がいた。

「おやおや、置いてきぼりを食らって草むしりですか。なんとも淋しいものですね」
「申公豹、黒点虎! ……と、老子……」

 老子は相変わらず怠惰スーツに身を包んで寝ている。黒点虎の腹にロープで括りつけられた彼を見ると、どちらが師父なのかわからない。
 申公豹は黒点虎を地上に下ろすと、を手招きする。

、あなたも蓬莱島へ来なさい。特別に連れて行ってあげます」
「えっ……! い、いいんですか?」
「ふふ、当然です。太公望は、あなたといると一段と面白いですからね。私があなたを連れて来たとなると、面白い反応が見られそうですよ」
「……? よくわかりませんけど、そういうことなら連れて行ってください! わけもわからず避けられた挙句に置いてかれて、ちょっと腹立ってたところなんです!」

 は、手の中の雑草をその辺に捨てると、勢いよく立ち上がった。その言葉を聞いて、申公豹はまたにやりと笑った。

「おやおや、なんと鈍い人でしょうね、黒点虎」
「こればっかりはさすがにちゃんを弁護できないよ」
「まぁ、そのほうが面白いからいいんですけどね」
「はぁ……?」
「さぁ、無駄話はこのぐらいにして、乗りなさい」
「は、はい!」

 が申公豹の後ろに乗ると、黒点虎はすぐさま飛び立った。
 これから、蓬莱島へ向かう。いよいよ、この物語は大詰めである。
 は身震いすると、黒点虎の背にしっかりとつかまった。


32話←     →34話

inserted by FC2 system