妲己の小間使いとなる
戦闘形態に変身した四不象と、復活の玉でグレードアップしたニュー打神鞭によって趙公明は封神された。太公望は太乙真人や元始天尊らと合流し、皆の無事を確かめ合った。しかし、行方不明者が一人いた。石の四不象と一緒に吹き飛ばされた
である。
「スース!
はどこさ!」
「ぬ? おぬしらと一緒ではないのか?」
「お、お師匠様……僕、においで
さんの居場所を探ってみたんですけど、どこにも
さんのにおいがありません……」
「なに!? まさか、趙公明と一緒に氷付けに……」
太公望が青ざめる。慌てて氷塊のほうへ目を向けるが、趙公明の原型の残骸しか確認できない。武吉は首を振った。
「それが……においが途切れたのは、お師匠様が趙公明を氷付けにする前なんです。趙公明の原型が現れてから、お師匠様と一緒に
さんも探していたんですけど……どこにも……」
「武吉っちゃん! もっとよく探すさ! 川に落ちてるかもしれないさ!」
「皆で手分けして探すのだ!」
その後、捜索のかいもなく
は見つからなかった。太公望と天化は最後まで探そうと粘ったが、体調を危惧した楊ゼンらに引き止められ、周軍の元へと渋々帰還したのであった。
夜も更けた頃。天化がテントから出ると、太公望が待ち構えていたと言わんばかりに立っていた。辺りは寝静まり、見張りの兵士が立っているだけである。太公望の硬い表情を見て、天化もまた表情を険しくした。
「どこに行くつもりだ、天化」
「決まってるさ。
を探しに行く」
「この暗闇の中を、ひとりでか?」
「ひとりでもなんでも、見つかるまで探すさ!
は普通の人間なんだ! 寒い中ひとりで、きっと怖くて震えてる! 俺っちが助けに行かねぇで、誰が行くさ!」
「落ち着け、天化!」
太公望が思わず声を荒げると、天化は口をつぐんだ。太公望も息を吐いて気持ちを落ち着かせると、再び静かに口を開いた。
「今、楊ゼンと武吉、雷震子らが探しておる。彼らに任せるのだ。この暗闇の中で、むやみに探し回って血を流すでない。……
が悲しむ」
太公望が最後に放った言葉は、天化を踏みとどまらせるには十分だった。この傷が普通の裂傷ではないことは、天化自身がよくわかっている。天化がむやみに走り回って血を流しては、
を悲しませることになるだろう。夜目の効く雷震子や、嗅覚が優れている武吉に任せたほうが、はるかに効率がいい。そう思って太公望は止めているのだ。それでも、心の中はやりきれない。天化はこぶしを握り、舌打ちをしてテントに戻った。
その後、懸命の捜索が行われたが、結局
を発見することが出来なかった。
聞仲、金鰲島の存在を考え、太公望は捜索を楊ゼンらに託し、軍を離れることとなった。しかし、その直後に、聞仲が金鰲島もろとも崑崙山に攻め込んできたので、総力を挙げて対抗せざるを得なくなった。天化の反対を押し切り、一旦
の捜索は打ち切られることとなった。
***
は懐かしい暗闇の中にいた。数年前、この世界に強引に連れて来られた時と変わらない、一対のソファセット。ソファに腰かけると、向かいのソファに王天君が姿を現した。相変わらず顔色が悪い。
「よぉ、お嬢ちゃん。危ないところだったな」
「王天君……ありがとう」
が素直に礼を言うと、王天君は鼻を鳴らした。
金蛟剪の竜が
を飲み込もうとした時、すんでのところで王天君の空間移動で助けられたのだ。金蛟剪――宝貝によるダメージは受けないが、金蛟剪によって船は破壊されていたことで死ぬかもしれないところだった。王天君が
を助けなければ、甲板から投げ出され、水面にたたきつけられていただろう。
「だから気をつけろって言っただろ。認識が甘ぇんだよ」
「う……わかってるよ。もう、私に用はないよね? 望ちゃんたちのところへ帰して」
「そうはいかねぇな。あんたには、少し大人しくしててもらうぜ」
「え?」
が怪訝そうに眉をひそめると、王天君は、にぃ、と口の端を吊り上げた。
「これから、ふたつの山をぶっつけて戦争なんだ。あんたに死なれちゃ困るからよぉ、別の場所で過ごしてもらおうってわけだ」
(あ、そうか……仙界大戦……)
確かに、崑崙山と金鰲島のぶつかり合いでは、
が太公望のところにいても役に立てることはほとんどないだろう。だがそれでも、彼らのそばにいたいのだ。天化も太公望も、この戦いで多くのものを失う。せめて、そばにいて感情の捌け口になってやりたいのだ。
それに、突然姿を消した
を探しているかもしれない。こうして生きていることだけでも知らせてやりたい。
「で、でも、今頃心配してるかも……!」
「オレが連中に会ったら、心配すんなって言っといてやる。さぁ、ごたごた言ってねぇで、いくぞ」
王天君は、渋る
に痺れを切らせ、
の周辺の空間を移動させる。
は言い訳を強引に封じられ、口を閉ざすしかない。
が次に目を開けると、そこは、見慣れない場所だった。岩肌がむき出しになった壁、カーペットが敷かれた床。どこかで滝が流れているのだろうか、かすかに水音がする。光の差すほうを見ると、遠くに青空が広がっている。
は、外の景色が見えるところまで歩み寄った。そこから見える景色に目をむいた。どうやらこの岩場は、空中にせり出しているらしく、下方はるか遠くに地上が見えた。壮大な空はどこまでも広がり、果てがない。ものすごく高い場所のようだ。
は、地上からの高さにぞっとして後ずさりした。そこへ、後ろから声をかけられた。
「あはん、
ちゃん。いらっしゃい」
この甘く高い特徴的な声。姿を見ずとも誰のものかがわかる。妲己だ。後ろを振り返ると、妲己と、義妹の胡喜媚、王貴人も一緒だった。
「男たちが戦っている間、わらわたちはここで見物といきましょ」
「だ、妲己……」
思い出した。ここは、仙界対戦中に妲己らが過ごしていた場所である。確か、エステを受けたりドブロクやらを飲んで優雅に過ごしていた。
が場所の見当をつけていると、王貴人が妲己に問うた。
「妲己姉様! この人間は何者ですか?」
「あはん、貴人ちゃん、喜媚。
ちゃんは、わらわが異世界から召喚した人間よん。仲良くしてあげてねん」
「異世界人なのりっ!?」
「一体なんのために、そのようなことを?」
「試してみたら、できたのよん」
「姉様……」
妲己の説明がまるきり嘘ということが貴人にも伝わっているようで、貴人は脱力して肩を落とした。
「姉様がそう言うのであれば仕方ない。では
とやら、いつまでいるのかは知らないけど、ここで過ごすからには働いてもらうわよ! 手伝わなければ、どうなるかわかっているでしょうね!?」
「えっ、は、はい!」
「喜媚たちと一緒に、妲己姉様の美しさを磨くろりっ」
「…………はい?」
それからの日々は、妲己三姉妹の小間使いとなって過ごした。
「
ちゃん、お茶持ってきてぇ〜ん」
「はいっ」
「
ちゃんっ、お菓子持ってくるりっ」
「はいっ!」
「
っ! ここにホコリが残ってるわよ! 掃除のやり直し!!」
「はいぃっ!!」
と、なにかと忙しい。姉妹の機嫌さえ損ねなければ命の危険もない上に、女どうしなので普通に考えれば気楽に過ごせるはずだった。しかし、常に三姉妹の誰かが
に命令している状態であったため、休む暇などまったくなかった。
家事についてはやたらと厳しい三姉妹に挟まれ、
はめまぐるしく過ごしていた。
***
ところ変わって、金鰲島の中枢上部・バリア装置室。張天君の紅砂陣を破った楊ゼンが、王天君と対峙していた。楊ゼンが妖怪であるということをネタに、王天君が楊ゼンの心を揺さぶってくる。それを振り切り、楊ゼンはバリア解除のスイッチを押した。バリアが消え、楊ゼンは小さく息をついた。
そこへ、王天君の笑い声が響いた。
「そうそう……楊ゼン、太公望のところに
って娘がいただろ? そいつがいなくなって、さぞ混乱してるだろうなぁ」
「……!? なぜ
ちゃんのことを知っている!?」
「イイ事教えてやるよ。
は、今オレが預かってるぜ」
「なっ……!?」
「くくく……安心しろ、
は無事だ。オレが手ぇ出しても
には通用しねえからな。早く太公望に伝えるこった」
動揺をあらわにする楊ゼンに、王天君が笑う。
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