雲霄三姉妹と衣装部屋


 太公望たちは、怪我人を出しながらも順調にクイーン・ジョーカー二世号を進んでいた。は、その戦いをはらはらとしながら見守る。結果はわかっていても、実際に戦っているところを見るとやはり心配になってくる。
 もはや趙公明の話は完全に聞き流し、投げやりに相槌を打つだけになっていた。趙公明はやれやれとアンニュイなため息をついたが、ふとなにかを思い出したように顔を上げた。

「おおっとそうだ。君用の衣装はまだまだたくさんあるんだ。着替えてみるかい?」
「は? 元の服に戻るんじゃなくて、別の衣装を着ろってことですか?」
「そんなにあの無粋な服がいいのかい?」
「いや、あの服がいいというより用意された服が嫌なだけですし。というか、私のサイズはどこでお知りになったんです?」
「妲己から聞いてね。太公望くんたちに会いに行くとなった時、妲己が君の事を教えてくれたのさ!」
「妲己が……」

 一体いつの間にのサイズを測ったのか。に測られた覚えはない。となると、見ただけで大体これぐらいだと見当をつけて、そしてその目算がほぼ当たっていたということである。なんだろうその特技は。つくづく謎の人物である。

「この衣装も妲己が作らせたものなんだ。どうせだから着てみるといい、僕の妹たちに手伝わせよう。雲霄、瓊霄、碧霄!」
「イヤですわ、お兄様! 私の名前はビーナスですわ!」

 というハスキーボイスとともに、雲霄三姉妹が姿を現した。近くで三人そろった姿を見ると、ものすごい迫力である。これは、あの太公望がたじたじになるのも無理はない。も思わず後ずさりした。

「彼女の着替えを手伝ってやってくれないかい? 衣装は、君たちのセンスに任せるよ」
「お任せください、お兄様。さぁあなた、こちらへ」
「えっ、ちょっと待って! 私は着替えるなんて一言も……!」
「さぁさぁ」

 の声を無視して、隣の衣装部屋へと連れてこられた。そこには古今東西のコスチュームがかけられていた。の顔が引きつる。ぱっと見、どれもこれも布の面積が小さいセクシー系の衣装である。まったくもって趣味じゃなかった。

「あなた、そのメイドも似合っているけれど、足りないわ」
「そう、セクシーさが足りないわね。もっと体のラインが出るようなぴったりとした服でもよくてよ」
「あらそうね。もっとこう、胸を出してもいいわね」

 三姉妹のビーナスとクイーンは、ああでもないこうでもないとに似合う衣装を相談している。を鏡の前に立たせ、次から次へと衣装を持ってきては、これはデザインがいまいち、これは顔映えがよくない、などと言う。マドンナはずっとお菓子を食べていた。
 ビーナスは候補を二、三着に絞ると、にそれを渡した。超ミニスカートで生地が薄いスケスケナース服と、スリットが際どいところまであって背中も丸見えのドレスと、バニーガールである。

「えっ無理……こんな痴女みたいな服着たくない……無理……!」
「なにはともあれ、着て見せておくんなまし」
「えええ……私、こんな服着るぐらいならメイド服でいいんですけど……」
「まぁ、今更なにをおっしゃっているのかしら。あなたにも恋い慕う殿方がいるんでしょ?」
「ま、まぁ、そりゃあ……」
「だったらなおさら着替えるべきね。殿方というのは、所詮は色気に弱いものなのよ!」
「そうそう、早く着替えちゃいなさい」
「ええええ……そうかなあ……」

 あまり納得はいかないが、三姉妹を前にして着替えずに去るのは至難の業だと思われた。とりあえず、着るだけ着てみることにした。着てみた結果、あまりにも似合わない姿に諦めてくれるかも、と思ったのだ。
 ナース服は、ちょっとかがむだけで下着が見えてしまう。というか、生地がすけすけなので下着が透けている。パンチラとかいう以前の問題である。
 ドレスは、じっとしていれば脚は一応隠れるものの、スリットがやたら深いせいで激しい動きをすると下着までまる見えである。
 バニーガールは、おなじみのレオタードと網タイツにハイヒール、ウサギ耳のカチューシャがオプションでついている。このレオタードが結構ハイレグカットで、脚も尻も胸も、というか体全体のラインがもろに出る。
 一通り着て見せたが、自身としては全部却下だ。恥ずかしすぎる。こんな格好で誰の前にも出たくない。いざという時に動きにくいのもマイナスだ。
 しかしビーナスたちには好評だった。中でも高評価を得たのは、意外にもバニーガールである。なんでも、セクシーでありながら可愛さも残し、なおかつ男性の狩猟本能をくすぐる……らしい。

「さ、の着替えも終わったことだし、お兄様のもとへ戻りましょう。きっと待ちくたびれていらっしゃるわ」
「えええ〜ちょっと待ってください! 無理、バニーとか無理です! あのメイド服でいいです!」
「まあ、なにをおっしゃっているのかしら。さぁ、無駄な抵抗はやめて、お兄様のところへ行きましょう」
「そうよ。お兄様を随分お待たせしているわ」
「ええええ……」

 口々に文句を言ってみたが、三姉妹にかなうはずもなくは趙公明の元へと強引に連れて行かれた。趙公明は、の姿を見ると拍手喝采で迎えた。四不象は泣いていた。

「ブラボー! さすが、僕の可愛い妹たちだね! 彼女にとてもよく似合っているよ!」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ!」
ちゃん……ボクは悲しいっス……」
「言わないで……泣きたいのはこっちだから……」
「おや? どうやら、太公望くんたちが三階の竜環を突破したようだね。ちょうどいい、彼らにも見せてあげようじゃないか!」
「ええええ! まっ、ええええ!!」

 は恥ずかしさの余り叫んだ。この格好を太公望と天化に見られるなんて、どんな拷問だ。とっさに座り込んでみるが、姿を隠せるような術は持ってないのでどこまで抵抗になるか。
 スクリーンは、四階に上った太公望と天化の姿を捉える。と同時に、彼らにもこちらの様子が見えているようだ。

「やあ、太公望くん。順調のようだね!」
「趙公明! 人質は無事であろうな!」
に何かしたら、たたっ斬ってやるさ!」
「待ちたまえ! 彼女は元気さ! 素敵な衣装に着替えたから、君たちにも見せてあげようと思ってね! カメラ、彼女を写して!」
「!!」

 太公望と天化は息を飲んだ。がバニーガールの格好をして、恥ずかしそうにもじもじしているのだ。両手の手錠が、なんとも倒錯的である。

「あー!! なんて格好をさせてるさ! は実は胸より尻のほうがむっちりしててエロいってことがばれちまうさ! 網タイツが、尻と太ももを一層いやらしくして……ちくしょう、近くで触りたいぜ! 網タイツを破きたいさ!」
「今度は胸の谷間を見せてきたか……! うさ耳も悪くない……それは認めよう。だがまだまだよ! の胸には編み上げのコルセットが最強だ! なおコルセットのサイズはわざと小さめのもので頼む!」
「あーもーやだこのエロガッパども! だからこんなの着たくなかったのに!」
「御主人……ボクは悲しいっス……」

 は我慢できずに、スクリーンに向かってティーカップを投げつけた。なんだこいつら。人が色んな意味で恥ずかしくて死にそうになっているのに、欲望垂れ流しなことしか言えないのか。部屋の片隅では、主人の醜態を目の当たりにした四不象が涙をこぼしている。何度も言うが、泣きたいのはのほうだ。

***

 その後、余化と武成王の戦いの終盤、天化が癒えない傷を負ってしまった。わかっていたことだが、これが彼の行く末に暗い影を落とすことになると思うと胸が痛んだ。一見すると小さな傷だが、徐々に悪化していき、天化の本分である戦いに万全の状態で挑むことができなくなるのだ。肉体的な面だけでなく、精神面でも天化を追い詰めていく傷である。

(本当に、私はなにも出来ないのかな……老子……)

 この世界に干渉できないという老子の言葉が頭に響く。それを振り払うように、頭を横に振る。今ここでがひとりで考えてもわかることではない。妖怪の怨念など、どうすればよいか見当もつかない。ならば、ここでができることは、戦いを見守ることと自分の身を守ることだけだ。
 太公望が五階まで上がってきた。今まで普通の人間のフリをしてきたが、それもここまでである。彼は打神鞭を使って、四不象を救出した。

、無事か!」
「うん、どこも怪我してないよ。変な服着せられただけ」
「うむ、いい格好だ」
「もう、このエロジジイ!」

 太公望を前にした趙公明は、の手錠を外すと、元の服に着替えてくるように言った。太公望がやけに残念がっていたが無視した。
 着替えているうちに、雲霄三姉妹と太公望の戦いは決したようだ。見事な心理戦で、太公望が雲霄三姉妹の攻撃をすべて封じたのだ。
 そして、舞台はクイーン・ジョーカー二世号の甲板に移され、いよいよ太公望と趙公明の戦いが始まった。四不象が石になってしまい、太公望は不利な戦いを強いられる。は船の上で逃げるところがなく、四不象像の影で隠れているしか出来なかった。
 杏黄旗によって強化された太公望は、趙公明に盛んに仕掛ける。風を自由に操り、趙公明を押している。は四不象像にしがみついて、風に飛ばされないようにしているのが精一杯だ。
 趙公明が金蛟剪で攻撃してきた。七色の竜が、太公望の後ろにある四不象像とを狙っていた。

「させぬ!」

 目の前で繰り広げられるエネルギーのぶつかり合い。その衝撃はすさまじく、まともに目を開けていることも出来ない。四不象の石像に必死にしがみついていたが、一瞬でも気を抜くと吹き飛ばされそうになる。
 やがて、趙公明が崑崙から下りてきた元始天尊を目にし、そちらにターゲットを移した。太公望をさっさと仕留めようと、竜を一つにまとめる。その強大なエネルギーを受け止めきれず、太公望の打神鞭が砕け散った。

「スープー! !!」

 太公望の声で、は目を開ける。龍がこちらに向かってくる。宝貝による攻撃はには効かないとわかっていても、は迫り来る恐怖と衝撃に目をきつく閉じた。
 と、そのとき、の近くで、ブン、という空間を裂く音が聞こえた。懐かしい、この世界に来たときの音だ。


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