四不象と人質生活
その後、周軍は順調に兵を進め、最後の関所のメンチ城に向けて足を進めていた。ここまでの関所はすべて無血で通過している。
は太公望の後ろからはるか遠くの朝歌を眺める。あそこに行くまでがまた長い道のりだ。
太公望は、器用に片手で四不象に乗っている。
が乗って補佐しなくてもよさそうな調子だったが、太公望が
に乗るように言った。
「望ちゃん、もしかして腕が痛むの? 幻肢痛?」
「いや、そうではない……まぁ、いつも後ろにおぬしがおったから、習慣でな……」
「え、なんて?」
もごもごと太公望は言い訳を並べていたが、
には全然聞こえてなかった。ようやく
にだけ聞こえるような声で、
「……わしのそばにおれ」
と言った。普段の彼の声音とはどこか違うような気がして、
は次の言葉を待った。しかし、太公望はその後口を開かなかった。
一体どうしたんだと太公望の背中を見つめていると、不意に地上の武王たちが騒がしくなった。なんと、妲己がわざわざ農民ルックをして現れたのだ。
じゃーんと自分で言いながら派手に登場した妲己。数年前この世界に呼び出されて以来の妲己だが、あの時から変わらないようだ。大仙女だから変わらないのは当然なのだが、なぜだか脱力感を覚えてしまった。
「あはん、
ちゃん久しぶりねん。元気そうで安心したわん」
「妲己……」
のほうへ目を向け、妲己が言った。その小芝居にますます力が抜ける。彼女はすべての状況を把握した上で行動している。
が健在であることも当然知っていたはずだ。
ナタクや天化、武成王が妲己に攻撃を仕掛けるが、妲己の圧倒的な力の前にあっけなく吹き飛ばされる。衝撃波が皆を襲う。振り落とされないように太公望の背後から四不象の角へ手を伸ばす
だったが、間に合わずふたりとも地上へと落とされた。
(あ、やば、落ちる!)
地面にたたきつけられると思った瞬間、
は不思議な浮遊感に包まれた。そこで
の意識は途切れた。
***
「趙公明ちゃんとでも戦って、強くなってねん」
と、意味ありげな台詞を残して妲己は帰っていった。
太公望が辺りを見回す。数人の仲間の姿が見当たらない。姿が消えた仲間の中には、
も含まれていた。
「
、どこだ!」
「
までいない! どこ行っちまったさ!」
太公望と天化が大声で名を呼ぶが、
の返事はない。その時、どこからともなく男の声が鳴り響いた。
「フフフフ、彼らは僕が預からせてもらったよ!」
「誰だ!」
現れたのは趙公明の立体映像だった。千年もかけて映像宝貝を作った趙公明に、太公望たちは呆れて半目になった。しかし、その趙公明が消えた仲間たちを人質にしていると判明すると、皆殺気立った。
それから、いつの間にか紛れ込んでいた太乙に義手をもらった太公望は、彼に傷ついたナタクの修理を託した。一行は戦力を整えると、黄巾力士に乗って趙公明の客船を目指した。
***
「さぁ! ということなので、君はその衣装に着替えたまえ、
くん!」
「えええ……」
は、四不象と一緒にクイーン・ジョーカー二世号の五階へ配置された。部屋の隅では、巨大な砂時計に入れられた四不象が抗議の声を上げている。
「趙公明さん、ここから出すっス! それと、
ちゃんには手を出さないで欲しいっス!」
「四不象くん、君は
くんが着飾ったところを見たいとは思わないのかい? 男装なんて無粋な格好、僕の船にはふさわしくないよ!」
「なに訳のわからないこと言ってるっスか!」
は砂時計には入れられなかった。この砂時計も宝貝で出来ているので、
が入ったところですぐに割られてしまうのだという。代わりに、なぜか着替えを要求されている。
渡された衣装は、どう見てもミニスカートのメイド服である。エプロンにはフリルがこれでもかとついていて、全然
の趣味じゃなかった。この服を着ること自体も嫌だが、趙公明にこの服を着ることを強制されるのが軽い屈辱だった。いや、誰の前でも嫌だが、少なくとも仲間を人質に取った戦闘狂の前ではごめんである。
しかし、すでに四人も人質を取られている。趙公明の機嫌を損ねて、万が一人質の寿命を縮めることになっては大変だ。
が抵抗したところで趙公明は楽しむだけだろうが。聞こえるように盛大にため息をついてから、
は衣装を持って部屋の隅にある更衣室へ入った。
「ああ、
ちゃん……御主人が見たら泣くっスよ……」
ミニスカメイド服に着替えて出てきた
を見て、四不象が涙した。
だって泣きたい。なんでいい歳してミニスカメイド服なぞを着なければいけないのか。客観的に見て自分が痛い格好をしていることに、じわじわと羞恥心を煽られた。
着替えてみると、これまた気味の悪いことにサイズぴったりだった。ミニスカにニーハイソックスという、現代で言うところの萌えを意識した格好がとても嫌だ。それでも、ヘッドドレスもちゃんと着けて趙公明の前へ出た。彼は大げさな拍手喝采で
を出迎えた。
「ブラボー! やはり、僕の睨んだとおりだね! 君には可愛らしい服装が似合う!」
「もうやだこの人ーー!」
趙公明のテンションについていけない。テンションどころかなにもかもについていけない。耐え切れずに叫んだ
に歩み寄ると、趙公明は自分の懐を探った。
「そして、君にはもうひとつオプションをつけてあげよう」
と言って、
の両手首に手錠をつけた。これは普通の手錠だ。
の力では到底外れない。
「え、ちょっ、なにこれ!?」
「なあに、少しおとなしくしていてもらいたいだけさ! 無粋だと僕も思ったけれど、君は特殊な体質のようだからね! おおっと、太公望くんたちが着いたようだね。カメラ、僕のアップで!」
趙公明が召使に指示すると、巨大なスクリーンに太公望たちの姿が映し出された。
「人質が今、どうしているか見せてあげよう!」
「御主人〜! もうダメっス〜!!」
「スープー!!」
「君の愛しい
くんはこうして無事だよ! 安心したまえ!」
カメラが
の方を向いた。スクリーンに
の全身画像が映し出されたのだろう、直後に太公望と天化が叫んだ。
「あー!! なに勝手に着替えさせてんだこの変態! 俺っちの前でもそんな可愛い格好したことないのに! ミニスカートなんて卑怯さ! ちくしょう、あの脚、近くでじっくりと見てぇ!」
「絶対領域だと!? おのれ変態め、邪道は許さぬぞ!
の売りは胸であろうが! 胸を強調した服を着せるのだ!」
「怒るとこそこじゃないから! あーもー、だから見られたくなかったのに!」
太公望と天化が顔を真っ赤にして怒鳴っているが、内容が内容なだけにまったく迫力がなかった。怒るふたりの後ろで、蝉玉が呆れ返っている。四不象は主人の情けなさに涙していた。
「この最上階のプリンス、趙公明の所まで這い上がってくるのだ! そう、勇者にこそプリンセスは与えられる! はーっはははははは!!」
はばかばかしくてやっておれず、またため息をついた。この男、こう見えて金鰲島の三強のひとりだ。妲己、聞仲と並ぶほどの実力がある。頭も切れるのに、言葉を選ばずに言うと一種のバカだ。己の美学のみをルールとする戦闘狂だ。
それに、この男はジョカの存在を知っている。クイーン・ジョーカー二世号という船の名前もジョカをもじっているのだ。なんというか、その実力はその使い方でいいのだろうかと思ってしまった。
「さて、
くん。太公望くんたちが来るまで、僕の話し相手になってもらうよ。お茶を持ってきてくれたまえ!」
趙公明が手を鳴らすと、召使たちがさっそく紅茶を持ってきた。
は趙公明の向かいに座らされて、お茶の相手をしなければならなくなった。手錠をしているので飲みにくいことこの上ない。
それから、
は趙公明とともに太公望たちの戦いを見守った。ところどころで繰り広げられる趙公明の話術は聞き流し、
は天化を見つめて表情を曇らせた。
(天化……ここで、癒えることのない傷を負ってしまう……)
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