天化の嫉妬
の体調が回復してから、どうも天化の機嫌が悪い。わかりやすく態度に出ている。原因について思い返してみても、これだと断言できるようなものは思い当たらなかった。
(うーん……もしかして、私が病み上がりの時に望ちゃんと抱き合ってたのが原因かな……あれ以来、機嫌悪いような気がするし……)
というか、もうそれ以外に思い当たる節がない。現に、
の熱が下がった直後は普段の彼だったのだ。
は今、雲中子が作った本格的なワクチンを皆に配って回っている。もちろん
ひとりでではなく、天化が付き添っているわけだが。天化は手伝うわけでもなく、
を見つめていた。
昨日兵士たちに投与されたものは、楊ゼンの一時的なワクチンでしかないのだ。雲中子の薬で後遺症が出なければ、軍は持ち直したことになる。
が担当していた分を配り終えて一息ついていると、天化に手をつかまれた。そのままなにも言わずにどこかへと連れて行かれる。
「天化?」
呼びかけてみたものの、返事はない。やはり、自分に関して怒っていることがあるのかもしれない。
もそれ以上声をかけづらくなって、黙ってついていく。連れて来られたのは、天化のテントだった。
中へ入ると、天化はテントの幕を下ろした。幕を完全に下ろしてしまうと、昼間でも暗い。
が暗さに慣れようと目を凝らしていると、天化に抱きしめられた。
「天化? どうしたの?」
「……昨日、スースと抱き合ってた」
「それは、そうだけど……あの、望ちゃんは家族みたいなものだって」
「あんなに長い間、しかもお互いが大切そうに抱き合って、それが家族だって!?」
「て、天化……」
やはり、天化は太公望に嫉妬したようだ。大声に驚いて、
は身を強張らせる。
の身が硬くなったのを感じて、天化は少し腕の力を緩めた。気を抜く間もなく、天化にくちびるを強引に奪われる。彼は
の体を抱え上げると、奥の寝台へと倒した。
「天化……!」
「
……崑崙へ帰っていた間、気が狂いそうだったって言ったの、嘘でもなんでもないさ」
「っう、あ……!」
話を聞いてもらおうと呼びかけても、一度爆発してしまった彼の感情は収まらない。
暗闇の中、天化が
の上にのしかかってきた。服を乱暴に解かれ、あらわになった首筋に噛みついてきた。そのまま肌を強く吸って、赤い印をつける。噛み痕と鬱血が残ったそこから少し血がにじんでいる。
「こんなに好きなの、俺っちだけ……?
のことだけ欲しくて欲しくて、でも、
は俺っちだけじゃないさ!」
「……!!」
「こんなの、どうにかなりそうさ……!」
こっちまで切なくなるような声だった。ひどいことをされているのに、自分が彼にしてしまった仕打ちを突き付けられて、胸が締め付けられた。
魔家四将との怪我の治療で離れ離れになって、再会した時には人目もはばからずに愛を伝えてくれた。いつでも彼なりの全力の気持ちを
に向けてくれていた。そんな彼を受け入れたのは
のほうだというのに、彼に対する気遣いが足りない振る舞いをしてしまった。無意識に天化の優しさに甘えてしまっていたのだ。
天化は強引に
の服を剥ぎ取り、下着を引きちぎらんばかりの力で下ろした。秘所をまさぐられるが、当然そこは濡れていない。
の脚を自分の肩へかけると、天化はそこを直接舐めた。
「う、あ、天化、や、まって……」
「
、
」
天化の言うことはもっともなのだ。
は、天化に向かって好きという言葉を口にしたことがない。一度も天化と同じような熱量で接していなかった。
がそんな態度では、彼が不安になるのも当然だ。
がちゃんとした態度を取って、彼を安心させていなかったのが事態の原因だ。
天化は愛撫もそこそこに、自分のものを性急に挿入した。中まで十分濡れていないので、痛みが走る。それは
だけでなく、天化も同じだった。
「きつ……
、
……」
「いっ……天化、は、んっ」
腰を打ちつけ、天化は自分の熱情をぶつける。
の両手を押さえつけて、思いのまま腰を突き上げた。始めは痛みだけだった行為も、だんだんと中が馴染んでくると快楽を伴うようになった。
「
は、俺っちのもんだ……!」
「あ、あぁ、てん、か……!」
「スースにも、誰にも、一生渡さねぇ……!」
天化につかまれた両手首が痛い。加減なくつかまれているので、当然だ。痛みと快感の中で、
は天化を精一杯受け入れる。天化が、泣いているように思えたからだ。
「
、
……! あ、あぁ!」
「あ、う、ああっ……!」
天化はぐっと腰を打ち付け、白濁を
に流し込んだ。思いの丈をぶつけた彼は、
の上に倒れこんだ。荒い呼吸を隠そうともしない。
は、やっと解放された両手を彼の背に回し、精一杯の力を込めて抱きしめた。
息が整った頃になると、天化は幾分落ち着いたようだ。
の胸元に顔を寄せて、ばつが悪そうな声を出した。
「……ごめん、乱暴なことしちまったさ」
「ううん、謝るのは私のほうだよ。私こそ、不安にさせてしまってごめんなさい」
「
……まだ、俺っちに愛想尽かしてない? まだ、恋人でいてくれる?」
「うん」
当然だ。むしろ、愛想を尽かされてもおかしくないのは
のほうである。いくらなんでも天化の好意に甘えすぎだった。
のほうが年上なのにうかつにもほどがある。
天化は顔を上げて、
を愛おしそうに見つめた。天化の頬に手を当てると、
ははっきりと言った。
「天化、好きだよ」
「!」
「望ちゃんとは、本当になんでもないから。天化が不安なら、もう望ちゃんとはあんなことしない。本当にごめん」
「
……!」
それを聞いた天化は、嬉しそうに顔をほころばせた後、
に激しく口付けた。
もそれに精一杯応える。天化の不安な気持ちが少しでも消えるように、
も自分の舌を天化のそれに絡めた。
「は、ん、……」
「俺っちも、好き。本当に、あんたしかいねえんだ、
……」
「んっ、は、あっ……」
長いキスの後、天化はすっかり落ち着いた様子だった。
「もう、疑ったりしないさ。ごめん」
天化は、
の両手に視線を落とした。手首にくっきりと天化の手の痕が残っている。痣になるくらいに掴まれて、さぞ痛かっただろうと、天化は
の手首にそっと口付けた。
が体を起こすと、下敷きになっていた服がしわくちゃになっていた。寝台の脇にあった手巾で股を拭う。よく濡れていない状態で激しくされたので、入口が少し痛い。
が一瞬顔をしかめたのを見て、天化はまた謝った。元はといえば、
が招いたことなので気にしてない。むしろいいお灸になった。
「でも、スースと同じテントっていうのは許さないかんな」
「え? ああ、うん、そうだね。別の誰かのところに居候させてもらうよ」
「なあなあ、俺っちのテントに来るさ」
天化は、名案を思いついたといった様子で顔を輝かせて
に抱きついてきた。先ほどまでとは打って変わって上機嫌である。
彼にとっては名案だろう。しかし、
にとっては必ずしもそうではない。危惧しなければいけないことがある。
「い、いや、それは」
「ダメ?」
「天化、絶対、昼夜問わずえっちするじゃん」
「うん」
当然のように頷かれてしまった。
はこめかみを揉んだ。これからどうやってこの恋人を説得しようか、頭が痛い。というか、そろそろ体力差をわかってほしい。毎日昼夜問わずあんな激しいことをしたら、
は絶対に腹上死する。
「いやいやそれはダメだって……! いくらなんでも私死んじゃうから」
以前天化に、毎晩行為に及んで疲れないのかと聞いたことがある。すると天化は、けろっとして言った。
「これぐらいで疲れるような鍛え方してないかんね。出来るなら、朝も昼も夜もしたいさ」
と。天化が性欲の化身に見えて戦慄した。もしそうなった場合、間違いなく
は死ぬ。この世界に来て戦いに巻き込まれて死ぬならともかく、腹上死などあってたまるか。
「でも、スースと同じテントは絶対ダメさ。俺っち、今度こそ狂っちまう」
「うう……なら、せめて蝉玉と同じテントじゃだめ?」
「…………んー、ま、しょうがないさね。毎晩、俺っちのテントに来るさ。離れてた間の分、いっぱいしような」
「ええぇぇ……」
はぞっとした。これはやる気満々だ。言葉通り、離れていた間のブランクを取り戻すかのようにやるつもりだ。
性行為自体嫌いというわけではないが、限度というものがある。アラサー現代人はそんなに頑張れないのだ。若さというものは、まったくもって恐ろしい。
とりあえず妥協点が見つかったので、
は下着を履こうと寝台の下へ手を伸ばした。だが、それは天化に阻止された。再びそっと寝台に倒される。
「天化? あの、まさか……」
「もう一回しよ。こんなんじゃ、まだ足りないさ」
「いやいやいやいや、ちょっと、まだ昼前なんですけど……!」
「食前の運動さ。いただきます」
「ちょっとー! 話聞いてー!」
数時間後、昼食の時間に遅れてきた
は疲れきった表情で皆の前に現れた。髪は少々乱れ、服はしわが隠しきれていない。対照的に、天化はすっきりと晴れ晴れとした表情をしていた。それを見た太公望たちは、ああ……と生暖かい目線を送った。
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