色物三仙と写真撮影


「……?」

 老子は、目の前にいる娘の名を呼んだ。呼ばれたは応じず、眠ったままだった。
 ここは、言わずと知れたジョカの夢の中だ。相変わらず牧歌的な風景が広がっている。その景色の中、は羊の背中に寝転がり、眠っていた。ジョカの夢の中で眠っている状態だ。

「……宝貝を使ったみたいだね。相当疲労している……」

 彼女は特殊な宝貝を飲み込んでいる。その宝貝の気配をまったく感じないということは、この眠りは宝貝消費の代償、と考えるのがよさそうだ。
 つまり、宝貝を少しでも使えば、このように体力を使い果たし、何ヶ月も眠ってしまうということだろうか。普通の人間でも、普通の仙道でも使うことができない宝貝。一体どのようなものなのか、いまだにわからない。妲己しか知らないことのひとつだ、
 そして、ジョカの夢の中にが頻繁にやって来るのは、彼女が過去の人間だからだろうか。

「……今は、ゆっくりとおやすみ」

 次に目覚めれば、また戦いの渦中だ。今だけは安らかな夢を見られるよう祈りながら、老子はの頭をそっと撫でた。

***

 が目覚めると、今度は一ヶ月経っていた。眠る時間が少なかったのは、ジョカの夢の中でも眠り続けていたからだろうか。
 が長期にわたって眠りにつくのは二回目なので、仲間たちは今度はそんなに動揺しなかったらしい。太公望の話では、今回の眠りの原因が宝貝消費によるものとはっきりしていたこととで、以前よりは心配していなかったようだ。もっとも、眠りの心配はしなかったものの、宝貝を勝手に使ったことについてはしっかりと怒られた。
 現在の状況を聞くと、殷と周の国境に要塞を造る最中だという。魔家四将が残した爪痕は深く、今後殷の仙道に攻め入られてはひとたまりもない。なので、要塞を作り、そこで仙道を迎え撃つことによって街での戦闘を避けようとしているのだ。要塞が完成した後は、そこを拠点に活動するという。
 とにかく猫の手も借りたいほどの忙しさだった。太公望も走り回り、も、この時ばかりは重要案件を手伝った。女性だのなんだのと言っていられない状況だった。
 もっとも、が目覚めたのは要塞の完成間近の時期だったので、すぐにまた別のことで忙しくなった。周の決起集会の後は、殷への進軍である。
 決起集会の折、太乙真人と雲中子、道徳真君が仙人代表として、彼らの弟子の代わりに出席した。その際、が太乙と雲中子に絡まれたのは言うまでもない。

「ふふふ、この子が噂の宝貝飲んじゃった子だね。しかも異世界人ときている。ぜひとも実験に」
「あ、コラ、雲中子! 私だって色々調べたいんだい!」
「え、いやちょっと、やだ、なにするんですかー!?」
「おぬしらなにをしとるんじゃボケー!」

 の身ぐるみを剥がそうとしていたふたりには、もれなく太公望の制裁が飛んだ。その傍らで、道徳真君が筋トレしながら言った。

「ふたりとも、その子は天化の恋人だ! 手を出したら天化に斬られてしまうぞ!」
「ええー? 研究NGなの?」
「そうだ! 天化を通さないとダメだ! 許可なく触れたら、烈火のごとく怒った天化になますにされてしまうぞ!」
「おぬしら……」

 太公望は、もはや突っ込む気力をなくして肩を落とした。そこへ、太乙がへ例の血液検査の結果を報告した。

ちゃん、あれから色々培養したりして詳しく調べてみたんだけどね」
「あ、はい」
「残念だけど、以前君に伝えた以上のことはわからなかった。この宝貝は、私たちの技術の範疇を超えている」
「……そうですか。ありがとうございました」

 実を言うと、そんなに期待はしてなかった。妲己や王天君の話、それから老子の話を総括すると、この宝貝はつまるところ「よくわからないもの」なのだ。使用のタイミングに制限があること、使用には体力を使うこと、自然を操ることができるということがわかっていれば、それでいいような気がしてきた。使用する分にはそれで問題ないのだ。
 これで太乙の話は終わりかと歩き出そうとしただが、太乙がまた口を開いた。

「それとね、宝貝とは関係ないんだけど、君の血中から、妙なものが発見されたんだ」
「妙なもの?」
「うん。私たちが持ち得ない抗体だったり、微量の微生物だったり。これが異世界ってやつなのかなぁ。興味深いよね。遺伝子情報をもう少し解析すると、またなにかわかるかも」

 過去のデータが残っている場合、の遺伝子情報を照合すると過去の人だということがわかってしまうかもしれない。まあ、過去の人はジョカによって滅ぼされているから、データが残っているはずがないのだが。

「あの、私のことは、もう十分調べてもらいました。だから、もういいです」
「そうかい? まぁ、もうわかることはないと僕も思う。ここらで打ち切っていいのかい?」
「はい。ありがとうございました」

 は太乙と雲中子に腰を折った。太乙はにっこりと、雲中子はニヒルに笑った。
 話が終わったことを察した道徳が、太乙印のカメラを片手にへ近づいてきた。

君、ちょっと写真を取らせてもらってもいいかい?」
「写真?」
「うん。天化が君に会えないから淋しがっていてね。今日も自分が行くって聞かなかったんだ。だから、大人しくしている代わりに、写真を撮ってきてくれって頼まれてしまったんだよ」
「はぁ……いいですけど」

 それは、道徳はよく説得してくれたと思う。天化がこっちに来ていたら、怪我も治らないうちにアレを迫られていただろう。

「よし、じゃあはじめは屋外の撮影だね!」
「はじめはって……そんなに何枚も取る気なんですか!?」
「もちろんさ! さぁ、その欄干にもたれかかって!」
「あっ、じゃあさ、どうせならかわいい服着せたらどうかな? ちゃん、似合うと思うなー」
「待ってください、太乙様! そういうことなら僕も混ぜてもらいますよ」
「あっ、楊ゼン君いつのまに」
「本格的に撮るなら、やはりメイクは必要でしょう。メイクは僕に任せてください」
「よーし、じゃあ化粧しているうちに、衣装も決めちゃおっか。道徳はどんなのがいい?」
「そうだな、ここは思い切って恋人である天化の服装はどうだ? なかなかセクシーだし、天化、きっと喜ぶぞ!」
「あっ、それいいね〜その案採用!」
「こんの、ダアホどもがー!!」

 太公望の二度目の制裁が決まった。際どい衣装やポーズは却下されたものの、写真は結局、太公望の監視の下で数枚取られた。

***

 その後、太公望を元帥とした周軍は楊ゼンが造った要塞まで進軍した。そこで公認スパイである蝉玉の父、トウ九公とぶつかった。途中、崑崙山から下山した土行孫が、蝉玉のハートを射止めたため、蝉玉と父のトウ九公も周へ帰化した。
 は、蝉玉とこの時点で初めて対面した。

「あなたが、噂の太公望の娘ね! 私は蝉玉! 女同士、仲良くしましょ!」
です。よろしくね、蝉玉」

 少し変わった趣味の少女だが、自他共に認める美少女である。としても、一行に女性が増えたのは嬉しいことであった。この世界に来て初めての同性の友人に、は珍しく浮かれていた。

「女同士といったら、やっぱり恋バナよね! は今恋人いるの?」
「うん。今は傷の治療で崑崙山に帰ってていないんだけどね」
「へぇ、彼氏仙人なのね」
「うん。傷が治ったら合流することになってるし、近いうちに会えるんじゃないかな」

 天化の話をしていたら、天化の顔が頭に浮かんで離れなくなった。
 天化との関係において、自分の情熱不足を自覚していただが、腐っても恋人だったようだ。そばにいないことを実感すると、一気に彼が恋しくなってきた。

(今頃なにしてるのかなあ……元気ならいいけど)

 蝉玉の「ハニー」の話を聞きながら、天化のことを思って天を見上げた。
 今だけ、織姫と彦星になった気分だった。

***

 一方崑崙では、道徳の持ち帰った写真が物議を醸していた。

「……コーチ、これも手ブレしてるさ」
「なに!? うーむ、これでは、ほとんどの写真が失敗ということか……」
「失敗ということか、じゃないさ! せっかく人が折れて大人しくしてたのに、話が違うさ! ちょうどの顔がコーチの指で隠れてたり、ブレブレでなに写ってるかわかんなかったり……ひどすぎねえ?」
「ま、待て天化、落ち着くんだ! これは不可抗力だ!」
「なにが不可抗力なんだよ! どんだけカメラの扱いが下手なんさ!」

 傷も完治しないうちに自分の師父相手に戦って疲労した天化は、を恋しく思いながら、今日も眠れない夜を過ごしていた。

「はぁ、……早く会いたいさ……」


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