天化とデート2


 天化と街へ出かけて以来、は休みのたびに天化と過ごすようになった。他の仙道が北伯の領地へ遠征に行っているので、天化と過ごすほかなかったのもあるが。天化は、と一緒に居ると楽しそうにしているのだ。彼を見ているとも楽しくなったし、自分のことを受け入れてもらえているような気がして嬉しかった。
 それから一ヶ月経つ頃に、太公望たちが慌しく帰って来た。体調を押して北へ行った姫昌が倒れたのだ。
 一行の帰還から数日後、姫昌は多くの人に看取られてその生涯を終えた。
 それからがまた忙しかった。姫昌の後を継いで次男の姫発が新しく武王を名乗り、西岐を周という国にするのだ。
 朝歌進軍の準備も進めなくてはならないため、太公望は珍しく真面目に仕事をし、も太公望の補佐を懸命に努めた。気がつけば、後は北、南、東の準備完了を待つだけであった。

***

よ。わしの仕事はもうよいから、今日は体を休めよ」

 太公望が自分の卓上にある仕事量を見て、に言った。は入れたてのお茶を太公望の机に置き、突然の休み発言に目を瞬かせた。

「え、いいの?」
「うむ。準備も西岐はもう完了しておる。おぬしにも相当頑張ってもらったからのう。天化と街にでも出かけるがよい」
「……なんで天化?」

 太公望は、にやりと口の端を吊り上げ、かかかとジジイのような笑い声を上げる。

「いやなに、以前は天化とよく出かけておったのだろう? 最近はめっきり会ってないようだから、きっと淋しがっておると思ってな」
「あのねぇ……最近とか言ってるけど、十日前にも天化と遊んだんですけど。今みたいに望ちゃんに休まされて」
「そうだったかの〜?」

 このとぼけよう、このいやらしい笑いである。わざと大きなため息をついて、は肩をすくませた。

「まぁ、休みをくれるって言うんならありがたく休ませてもらうね」
「そうするがよい。おっと、噂をすればなんとやら」

 太公望が扉のほうを見ると、話題に上がっていた天化本人が顔を覗かせた。

、今日くらいは休みだろ?」
「うん、たった今休みになったところ」
「うむ」

 太公望がしたり顔で頷いた。いつもの天化ならそこで太公望になんらかのツッコミを入れるが、今は顔を輝かせるだけだった。

「たまにはいいことするな、スース! よし、じゃあ俺っちと出かけるさ!」
「うん」
「たまにはは余計だ!」

 は天化に手を引かれるがままに部屋を出た。出掛けに太公望の顔を盗み見ると、してやったりという表情だった。天化が部屋にやって来るタイミングといい、明らかに仕組まれている。どうせ、武吉あたりを使って天化を呼びに行かせていたのだろう。

(……まぁ、いいけど)

 天化と一緒にいるのは嫌ではない。ちょうど買いたいものもあるし、は天化のあとをついていった。
 途中、武吉と行き会った。

「あっ、天化さん、さん! これから出かけるんですね! よかった、上手くいきました!」
(武吉君、それ言っちゃ駄目だから……)

 ツッコミの人数が足りないので、が心の中でツッコミを入れるはめになる。なにがとは言わないが、もうバレバレである。

「おう武吉っちゃん、ちょっと出かけてくるさ」
「ハイ、行ってらっしゃい!! お二人ともそうしているとナイスカップルですね!!」

 武吉が、天化とがつないでいる手を指して言った。は、ここで冷やかしのひとつでも来るだろうと予測していたので驚かなかった。太公望のやりそうなことだからだ。しかし、天化はみるみるうちに赤くなった。

「ぶ、武吉っちゃん! そんな、照れるさ……」
「……天化、もう行こうか」

 が手を引っ張ると、天化も歩き出した。後ろから武吉の「いってらっしゃーい!!」という声が聞こえた。きっと、元気いっぱいに手を振っているに違いない。

(うーん……まぁ、いいけど)

***

 それからふたりは街を散策した。はふと、丼村屋と書かれた店の前で立ち止まった。

、なんか食べるさ?」
「え? うーん、そうだなあ……」

 がどうしようかと迷っていると、店主が声をかけてきた。

「お、彼氏、彼女にあんまんでも買ってやりなよ! うちのあんまんはおいしいよ!」

 天化は再び顔を赤くした。はまたか、と小さく息を吐いた。カップルに見られるのは光栄なことだが、武吉の冷やかしがあった後では、この店主も太公望の仕込みかと疑いたくなってくる。

「な、なに言ってるんさ! でも、ついでに買っていく」
「毎度ありー」
「え、天化、いいの?」

 実は、は太公望への差し入れに買っていこうかと立ち止まっていただけだった。しかしも甘い物好き。買ってくれるならば、ありがたく頂戴したい。そんなをよそに、天化はさっさと支払いを済ませてしまった。

「いいってことさ。、甘いもの好きだろ?」
「あ、ありがとう」

 店主から受け取ったあんまんをふたつに割り、息を吹きかけてから食べた。は猫舌なのだ。中のあんは熱々で、冷まさないと火傷してしまう。

「おいしい……」

 大好物の甘いものを味わって、自然と表情がほころぶ。その様子を見ていた天化も、つられて笑顔になった。
 あんまんを食べ終わると、は歩き出そうとする天化を制止した。

「ごめん、ちょっと待って。おじさん、あんまんふたつ包んでください」
「あいよ!」
、まだ食べるんさ?」
「ううん、望ちゃんに差し入れ。最近頑張ってたから、ご褒美」
「……ふーん」

 天化の声のトーンが少し下がった。店主から包みを受け取ったが歩き出すと、天化もそれについていく。

「スースとって、本当になんにもないんだよな?」
「はあ?」

 思いも寄らぬ質問に変な声を上げてしまった。もしかして、太公望との関係を疑われているのだろうか。そのことについては、太公望が西岐の軍師に就任した際に皆に説明した通りだ。それ以上のことなどない。なにか勘違いさせる要素でもあっただろうか。

「だって、やたら仲いいし」
「え、そりゃ七年以上も一緒にいれば仲良くならない? ていうか、そういう気持ちがあるならとっくに告白してるよ」
「ふうん?」
「望ちゃんはなんて言ったらいいかなあ……おじいちゃんみたいな感じかな」
「おじ……」

 の言いように、天化は思わず絶句した。言うに事欠いておじいちゃんとは。天化を気にすることなく、は話を続ける。

「本当に、そんな気持ちはないよ。たぶん、望ちゃんに聞いても同じようなことしか言わないよ。断言できる」
「そっか」
「うん」

 天化は落ち込んだ気分を持ち直して、の隣に並んだ。が持っている袋がやはり気に食わなかったが、またの手を取って、西岐城への帰途へついた。



 その後、西岐城へと帰った天化は、同じ質問を太公望にしてみた。太公望は、が持ち帰ったあんまんを平らげながら、「はあ?」と声を上げた。

「ダアホ。そんな気があるならとっくの昔に手を出しとるわ。は、そうだのう……孫みたいなものだ」

 それを聞いたは、天化に向かって肩をすくめて見せた。

「ほらね」
「……本当さね」


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