小ネタ バレンタインの太ぐだ♀(現パロ)

 本日は二月十四日。日本ではもはや一大イベントとなったバレンタインデーである。
 太公望自身はそこまでバレンタインに興味を持たずに生きてきたが、という可愛い恋人が出来た今となっては別である。と過ごす初めてのバレンタインということもあって、当日が近づくごとに年甲斐もなく心が浮き足立っていた。

(本当はもっともっと、毎日でも会いたいんだけどなァ)

 が空いている時に限って仕事が入ったり遠方に行ったりと、ここ一ヶ月ほど満足に顔も見れていない。最後に会ったのは年明けだ。巫女さんのバイト終わりのを捕まえて、年明け早々に恋人らしい時間を過ごせた。それ以来、直接会っていない。
 もちろん、会えない分を埋めるように毎日電話もしているし、メッセージも送っている。しかし、電話もメッセージも生身のにかなうはずもない。が恋しくて電話が日ごとに長くなる一方だ。
 だが、それも今日まで。弾むような足取りで待ち合わせ場所に向かっていると、スマートフォンが震動した。ポケットから取り出すと、通知にはの名前が出ていた。
 なんだろう、もう待ち合わせ場所に着いたとか?
 の二文字を見た瞬間にわくわくしながら通知をタップして、アプリが開いた先の表示を見てスマホを取り落としそうになった。

『ごめんなさい、今日は会えない』
「えっ……ええっ!?」

 簡潔な一文だったが、太公望にショックを与えるには十分だった。突然のことに、しばらくスマホを握ったまま呆然と立っていた。

(い、一体どうしたんだろう……体調が悪いとか? それならそうと書きそうだし、また別の理由が……?)

 とりあえず体調が悪くないかどうかを確認してみる。返信はすぐに返ってきた。

『体調が悪いとかではないです。必ず埋め合わせするから、本当にごめんなさい』
「うーーーん……?」

 それなら、なぜ? 急用? だとしたら、一体どんな? 先に約束をしていたのはおそらく太公望で、それを直前でキャンセルしたがるほどの用事とは。

(はっ……もしかして、一ヶ月も会えなかったから、愛想を尽かされたのでは……!?)

 物理的距離が開くと、心理的にも距離感ができるものである。もしかしたら会えないことで気持ちが離れてしまったのかもしれない。ほかに好きな人ができたのかも――
 血の気が引いた。なんてことだ、それだけはダメだ。混乱しかける頭をなんとかしようと、気づけば友人に電話していた。

『――もしもし』
「あ、もしもし、ニキチッチ!? 聞いてください、が急に今日会えないって……!」
『は?』
「今日バレンタインじゃないですか。だから一ヶ月ぶりに会おうって約束してたのに、待ち合わせの時間の直前、さっき急に会えないって」
『急に電話してきていきなり話し出したと思ったらノロケか!? 切るぞ!』
「ああ、切らないで! 待ってくださいよぉ、一旦話を聞いてください、ね?」

 怒って電話を切ろうとする友人――ニキチッチをなんとかなだめ、今の状況をざっくりと説明した。ニキチッチはイライラとしつつも太公望の話を最後まで聞いてくれた。

『それは、愛想を尽かされたんだな。――と言いたいところだが、あの子に限ってそれはなさそうだし、俺にはわからん』
「はあ……そうですよね……」
『マシュにも聞いてみたらどうだ。俺よりも知っていることは多いだろう』
「うう……そうします……ありがとう、ニキチッチ」

 と言うと、電話はすぐに切れた。なんだかんだ太公望の相談に乗ってくれるあたり、いい人である。おかげで、だいぶ心が落ち着いてきた。人に話すことで状況の整理ができたようだ。
 続けてマシュにも電話をかける。すぐにつながった。
 からのメッセージのことを伝えると、マシュは唸った。

『先輩は、少し前に私と一緒に材料を買ってチョコ作りの練習していたので、愛想を尽かしたということはないと思います。きっと、なにかやむを得ない事情があるのではないでしょうか』

 はチョコレートを太公望に渡すつもりだったのだ。それがなんらかの事情でできなくなった。マシュの話から、そう考えるのが妥当なようだ。

「わかりました。とにかく、のところへ行って話を聞いてみます」
『はい。……あの、本当に、先輩は太公望さんに渡すために、練習を頑張っていたんです。だから、太公望さんが心配するようなことは、ないと思いますよ』
「――はい。ありがとうございます」

 マシュの気遣いが身に沁みる。とりあえず、にほかに好きな人ができたのではないかという最大の不安は解消された。なにかあったのかと尋ねるメッセージに返信はない。やはりのところに行くしかないようだ。

 ***

 が住んでいるマンションにタクシーで乗り付ける。の部屋がある階へとエレベーターで上がる。このマンションにオートロックがないことに、日ごろは危ないなあと思っていたが、今だけはありがたかった。
 の部屋のインターホンを鳴らすが、出ない。中に人の気配もしないので、留守にしているようだ。
 どこかに出かけているんだろうか。やはり、なにかの急用なのか。一体、どこに――

「――呂尚さん!?」

 振り返ると、が驚いたようにこちらを見ていた。買い物袋を提げている。どうやら買い物に出ていたようだ。

「ど、どうしてここに」
「どうしてもなにも、なにかあったのかと心配で……ああ、元気そうでよかった。会いたかった……」

 顔を見た瞬間に、愛しさが一気にこみ上げてきた。まだ驚いているに駆け寄り、一も二もなく抱きしめる。

「……うん、私も、会いたかった……」

 いきなりの抱擁には固まっていたが、すぐに体を太公望に預けてきた。
 両手が荷物でふさがっているから抱きしめ返されるということはなかったが、その代わりにすりすりと頭を太公望の胸に押し付けてくる。ああ、可愛い。会いたくてたまらなかった恋人が可愛すぎる。
 ずっとこのまま抱き合っていたいところだが、さすがに外は寒いし、は荷物を持ったままだ。渋々体を離す。

「さあ、寒いのでとりあえず中へ。入れてくれますか?」
「――うん」

 ここまで来た太公望をは追い返しはしなかった。玄関のドアをくぐると、ほのかにチョコの香りがした。部屋の中も、まだ暖かい。ついさっき急いで買い物に出た、そんな様子が窺えた。
 お互いの上着をハンガーにかけ終わると、がおずおずと口を開いた。

「あの……やっぱり、怒ってる? 急に会えないって言ったこと」
「怒っているわけではありませんよ。ただ、なにかあったのかと心配で……その、最近なかなか会えなかったので、愛想を尽かされたんじゃないかと」
「そ、そんなことない! それは絶対にない……! わ、私だって、ずっと会いたくて……今日、やっと会えるから、チョコ渡そうと思って、練習もしてたのに」

 が泣きそうな顔で言葉を詰まらせた。

「今日、チョコ、失敗しちゃって……練習は上手くいってたから、材料も使い切っちゃってて、もう絶対待ち合わせまで間に合わないから、それで……」
「それで、会えないって?」
「だって、初めてのバレンタインなのに、失敗してチョコがないなんて、幻滅されちゃうって……急いで材料買いに行ってきたけど、待ち合わせには間に合わないから、だから……」
(――ああもう、本当に)

 久しぶりに会う太公望のためにチョコレート作りを練習して。肝心の当日に失敗してしまってチョコを渡せなくなってしまったから、そんな自分を知られたくなくて。だから会えないなんて。
 もう、本当に、どうしてくれよう。愛おしさでどうにかなりそうだった。

「僕のために、頑張ってくれたんですね。ありがとう、
「うう……でも、チョコ、渡せない……」
「いいんです。僕は、が僕を思って行動してくれたことが、本当に嬉しい」

 チョコがないことはどうだっていい。いや、どうでもよくはないが、太公望を喜ばせようと頑張ってくれたの気持ちこそが嬉しいのだ。チョコがあってもなくても、に想われているという事実がある。それだけでいいのだ。

、失敗したチョコ、まだあります?」
「え……? う、うん……まだ、台所に置きっぱなしだけど……」
「じゃあ、それもらいますね」
「えっ……だ、ダメ! 焦げてるし、なんか妙に固いし、絶対美味しくない……!」
「いいからいいから! 食べてみなければわかりませんよ?」
「ええ……そうかなあ……」

 太公望に押し切られて、は渋々失敗したチョコを持ってきた。皿の上に雑に盛られたガトーショコラは、確かに所々チョコレート色を通り越して黒い。
 フォークを突っ込んでみるが、固くて中々切れない。苦労してひと口分を取って、迷わず口に入れる。見ていられない、とが顔を覆った。

「……うん、おいしい! 美味しいです、
「う、嘘だ……!」
「嘘なんかじゃありません。ほろ苦さを通り越してるところもちょっとだけありますけど、全体的には甘さ控えめですごく美味しいです」

 固いのも、気にしなければ問題ない。味自体は本当に美味しい。太公望の好みに合わせて甘すぎないように研究してくれた結果だろう。の努力が伝わってきて、味わうたびに心がぎゅっと締め付けられる。

「ふふ……僕は、これがいい。今日はずっと、これを楽しみにしてたんです。の気持ちが詰まったチョコレートを」
「……もう、ばか」

 満面の笑みを浮かべる太公望に、が耐えきれずに涙をこぼした。顔を隠すように太公望に抱きついてくる。

「ありがとう……大好き」
「ええ――僕も、あなたが大好きです、

 そっと重なった口付けは、少し苦味が強いチョコ味で、とても甘かった。

「でも、それはそれとして絶対リベンジするから! 本当に練習ではうまくできてたんだから! そのために材料急いで買って来たし」
「えー、僕としてはこの失敗したチョコを思い出にしたいなァ……」
「だ、ダメ! そんなのが私の実力って思い出にされるの嫌だから! ちゃんとしたやつ作る!」
「ふふ、可愛いなァ……でも、それは明日にしましょう。今は、もっと僕にを充電させてください。一ヶ月ぶりにやっと会えたんだし」
「あ、う、それは……はい……私も、充電したい……です」
「――!! はあ〜〜本当に可愛いなァ……今日はずっとずーっと、こうしていましょう、
「うん……」


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