小ネタ 魔術礼装「新春の装い」ネタ。年末年始に巫女さんのバイトをするぐだ♀と巫女さんに会いに来た太公望(現パロ)


 冬休み。年末年始に特にすることもなく暇だったは、神社の臨時バイトをすることにした。
 短期間でそこそこの収入になることがこのバイトを選んだ理由だが、せっかくなら神社という自分のまったく知らない世界に飛び込んでみたかったという気持ちもある。決して巫女装束を着てみたいという理由からではない。
 というか、このバイトの制服――巫女装束にテンションが上がったのは最初だけで、すぐにその防寒性のなさに閉口することになった。主な仕事場である授与所は風通しが良いため、足元にあるヒーターだけでは全身の寒さをしのげない。年明けの参拝客の混雑ぶりも相まって、巫女装束についてどうのこうのと考えている余裕はない。
 もうすぐお昼時だが、元旦ということもあって参拝客は途切れることを知らない。朝からずっと授与所に立って御守りや破魔矢をお授けしているせいで、空腹感と喉の乾きが頂点に達しようとしている。幸い、今日の休憩時間はもうすぐである。

(でも、今日はすぐ戻らないといけないだろうなあ……)
「可愛い巫女さん、厄除けの御守りをひとつください」
「あっ、はい、お待たせしました……って、呂尚さん?」

 昼の休憩時間をどれだけ取れるかに気を取られていると、の前に並んでいた参拝客に話しかけられた。顔を上げると、防寒対策ばっちりの糸目の優男がにこにこと笑いながら自分を見つめていた。年の離れた恋人である太公望だった。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、
「あ、あけましておめでとう……? なんでここにいるの?」
「なんでって、もちろんあなたの巫女姿を見に来たんですよ。あとついでに初詣も」
「それ、逆じゃなくて?」
「僕にとってはあなたが一番だから、逆じゃありませんよ。巫女姿、可愛いですねえ」
「あのねえ……」

 勤務中の恋人を口説くな、と言いかけて、隣の巫女さんから「お客さん並んでるよ」と控えめに注意されてしまった。確かに、こんな雑談をしている場合ではない。素早く厄除けの御守りを紙の袋に入れる。

「はい、六百円です。……あの、私もうすぐ休憩だから」

 の小声の意味を、太公望が理解するまでそう時間はかからなかった。

「ええ、待ってます」

 と、嬉しそうに御守りを受け取って列を抜けていった。去り際に一瞬だけ握られた手の温度が、じわじわとをあたためる。
 浮つきそうになる心を、次の客の声が現実に引き戻した。

 ***

 休憩になってからスマートフォンを見ると、太公望から「駐車場にいます」というメッセージが入っていた。ダウンジャケットを巫女装束の上に羽織り、神社の裏手にある駐車場に出る。太公望の車であるセダンを見つけ、後部座席のドアを開ける。車内は暖房とシートヒーターがしっかりと効いていて暖かかった。ダウンを脱いで膝の上に置く。
 運転席の後ろ、後部座席の奥にはすでに太公望が長い脚を組んで座っており、なぜかスマートフォンを構えていた。

「うん、やっぱり可愛い。写真撮っていいですか?」
「えっ……だめ、恥ずかしいもん」
「えー、僕がに会えない時に見るだけで、誰にも見せないのに」
「それが恥ずかしいんだってば! もう、来るなら来るって言ってよ。今日は予定あるんじゃなかった?」

 この男、実はかなり顔が広く、が考えている以上に忙しくしている。なんの仕事をしているのか、恋人となった今でもよくわかっていないのだが、なんやかんやと人から頼まれることが多いようで、正月から誰かと会ったり食事に行ったりと予定が詰まっている。

「フフ、びっくりしました? たまたま時間が空いたので会いに来ました。もう少ししたら、また人と会わなくてはいけないんですけどね」
「そっか……」
「おかげで、の可愛い姿を見れました。和装も似合いますね」

 なんてことはない、白衣と緋袴である。は臨時のバイトなので、千早を着ることもない。神社に行けば見られる格好なのでそう珍しいものでもないが、太公望は目を細めて見つめてくる。その視線が、なんともくすぐったくて、照れくさくて、嬉しかった。

「あ、ありがとう……働いてる間はすっごく寒いけどね。足元にヒーターはあるけど、外の空気が入ってくるから上半身は冷えるんだ」
「ああ、やっぱり。そう思って暖房を強めにして正解でした。あとカイロもありますよ。これで手をあっためて。さっきあなたの手を握った時、冷たかったから」
「うん……」

 装束の下に発熱効果のあるインナーを二枚と裏起毛タイツを着こみ、貼るカイロを背中とお腹に貼っているが、それでも末端の冷えは回避しがたい。太公望の気遣いは大変ありがたい。

「あと、肉まんもありますよ。さっき買って来たのでまだあったかいはずです。飲み物はホットココアとミルクティー、どっちがいい?」
「じゃあ、ココア……」
「はい、こぼさないように気を付けて」

 と言って、ココアのふたを緩めて渡してくる。なんというか、致せりつくせりだ。色々と気を回して甘やかしてくる太公望と一緒にいると、知らず知らずのうちにわがままになりそうで怖い。とはいえ、この細やかな気遣いが心地よくないはずがない。
 ココアを受け取ってひと口飲む。甘味とあたたかさが空腹に染み渡る。ふう、と息をついて、ボトルのふたを閉める。
 隣から伸びてきた手が顎に触れ、右を向かされたかと思うと、音もなく近づいてきた顔が目の前に迫っていた。あっと思う間もなく、くちびるが触れる。

「ん……!」

 滑り込んできた舌がの舌を撫で、最後にくちびるに軽く吸い付いてから離れていった。

「な、なん、なにして……!」
「えー、だってこんなに可愛いを見てたら、我慢できなくて」
「こ、こんな公衆の面前で、き、キスするなんて……!」
「大丈夫、後部座席のウインドウにはスモーク貼ってあるから見えませんよ。赤くなって、可愛いなァもう」
「〜〜〜!」

 今度はぎゅうっと抱きしめてくる。車内で逃げ場がない上に、もがいても太公望は離してくれない。一気に体温が上がる。

「それとも、ダメだった?」

 がじたばたしていると、太公望が不意に腕の力を緩めた。も暴れるのをやめる。
 そんなこと、聞かれるまでもなくダメじゃない。空いた時間を割いて会いに来てくれたことも、触れ合うことも嬉しくて、ドキドキしっぱなしである。口であんなことを言っているのは照れ隠しにすぎない。

「そ、そんなこと、ない……今日、会えると思ってなかったから、会いに来てくれたの、すごく嬉しいし……その、キスだって……」

 緋袴を握り締めながら小声で返すと、太公望の笑い声が聞こえてきた。きっと満面の笑みになっているに違いない。今その顔を見てしまったら、今日この後太公望のことしか考えられなくなりそうで、直視できないけれど。
 肩に回された腕に、再び力が籠められる。密着した体から伝わってくるぬくもりが嬉しくて、あたたかくて、幸せだった。

「フフ……やっぱり、会いに来て正解でした。僕も、元旦から会えて嬉しいです、
「うん……ありがとう、呂尚さん」
「ええ、どういたしまして。今日も夕方までバイト?」
「うん、三箇日までは朝からフルで入ってるよ」
「じゃあ、三日の夜にまたここに迎えに来ますね。僕もその夜は空いてるから、ふたりでゆっくり過ごしましょうね、僕の部屋で」
「……! う、ん……」

 最後に付け加えられたひと言に、思わずあらぬことを考えてしまう。わかりやすい反応に、また太公望が耐え切れずに笑った。

「ああもう、本当に可愛い……やっぱり写真撮っていいですか?」
「そ、それはダメ……!」
「三日は美味しいもの食べに行きましょうね。食べたいものはあります? あ、あとお泊りの準備も忘れずにしてきてくださいね! はあ、明後日が待ち遠しいなァ〜」
「だ〜もう、離せー! 休憩時間終わっちゃうってば!」

 幸せそうに顔が緩んだ太公望からなかなか逃れられず、ようやく引きはがした時には、太公望が買ってきてくれた肉まんとココアは、すっかりぬるくなっていた。


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