小ネタ ぐだ♀→(←太公望)+黄飛虎 黄飛虎にすぐに両片想いを看破されてしまう太ぐだ♀


 武成王こと黄飛虎がカルデアの召喚に応じてくれた。新しく加わったサーヴァントのことを知るため、マイルームに呼んでふたりで話していると、黄飛虎の口から「姜丞相」という言葉が度々出てきた。

「姜丞相……って、太公望のことだよね?」
「うむ。昔は、下の立場の者は高貴な御仁や目上の方を名前を呼ぶことはできないから、役職名で呼んでいたのだ」
「でも、武成王もかなり上の地位じゃないの?」
「それは、まあそうだが、丞相とは比べるまでもないと思うぞ。あの方は……丞相とは、一国の宰相だからな」
「なるほど……そう考えると、太公望って実はかなり格の高い人なのかも……」
「かも、ではない。格の高い御方なのだ。接しやすい態度を取っておられるから、普段はわかりにくいかもしれぬな」
「うん……召喚された時も、太公望でも姜子牙でも好きに呼んでくれて構わないって言ってたしなあ。今は釣り友達になりつつあるし」
「……丞相殿らしい」

 有事の際は頼りになる男ではあるが、なにもない時は気のいいお兄さんでしかない。が釣りに付き合ってくれると判明するや否や、折を見て釣りに誘ってくるようになった。おかげで釣りの知識はだいぶ増えた。
 同時に、太公望とふたりで過ごす時間が増えるにつれて、の中で彼に対する感情も変化していた。

「マスター、太公望です。今よろしいですか?」

 噂をすればなんとやら、扉の向こうから本人の声が聞こえてきた。どうぞ、と言うと、軽装姿の糸目優男が入ってきた。

「おや、黄くんもマスターとお話ですか」
「ああ。我らのマスターのことはどんなことでも知っておきたいからな」
「太公望、私になにか用だった? あ、それとも黄飛虎に用かな」
「あ、いえいえ、僕の用は後でもいいので。それより、どんな話をしていたんですか?」

 ベッドに座っていたの隣に太公望が座った。少し体を寄せれば触れられそうな距離感の近さに、内心の動揺を隠しながら、は太公望の問に答えた。

「太公望は格の高い人だったんだなって話。私も敬称つけて呼んだほうがいいかなって気がしてきたよ」
「……え?」
「私の生まれた国でいうところの首相みたいなものでしょ? 王様たちに接する時みたいに、太公望に対してもそうしたほうがいいのかなって思って」

 王であった英霊たちに対してそこまで遜っているわけではないが、友達のように気安く接している英霊たちに比べれば、自分の立場を弁えた態度を取っているつもりだ。
 きょとんと目を瞬いていた太公望は、の言葉に困ったように眉尻を下げた。

「うーん……いやいや、僕はそんなこと気にしてほしいわけではないんだけどなァ。はじめに言ったでしょう、好きに呼んでくれて構わないって」
「そうだけど……でも、好きに呼んでいいなら役職名で呼んでもいいんじゃないの?」
「えー、でもこんなに仲良くなってから呼び方を丞相なんてお堅いものに変えられると、距離を取られたみたいでさすがにちょっと傷つきますねぇ……」
「……じゃあ、呂尚さんて呼んでもいいの?」
「――」

 太公望が固まった。ほんの冗談のつもりで口にしたのだが、さすがにいきなり名前を呼びつけてはまずかっただろうか。助けを求めて黄飛虎をちらりと見ると、彼も驚いたように太公望を見ていた。

「……ええ、もちろん! 呂尚でも姜子牙でもなんでも構いませんよ、殿」

 少しの硬直などなかったかのように、太公望が破顔した。そう言われても、あんな反応が返ってきては、なにか思うところがあるのではないかと疑ってしまう。

「え……でも今ちょっと引いてなかった?」
「ひ、引いてませんよ! その、突然だったので、少しびっくりしてしまって……」
「ほんとかなあ……いや、今のは冗談だから呼び方は変えないけど」
「ええ〜そんなァ……もっと親密な呼び方にしてもいいんですよ? 僕ももっと殿と仲良くなりたいし!」
「近い近い!」

 太公望が、との間の距離を詰めるように肩を寄せてきた。必然的に顔も近くなる。目の前に迫った細面に焦ったは、太公望の体を押しのけつつ自分も上体を反らせる。上がった体温が顔に出ていやしないかと、気が気でない。

「……ふふ、マスターと丞相殿は仲が良いのだな」

 と太公望がじゃれていると、デスクチェアに座ってふたりの様子を眺めていた黄飛虎から笑い声が上がった。

「お互いのことを好ましく思っているのがよくわかる」
「え……!?」
「マスター、こちらに」

 顔に出ないようにごまかしていたつもりだったのに、いきなり図星を刺されてしまった。さらに顔色を変えたを、黄飛虎が手招きした。立ち上がって近寄ると、大きな手で耳打ちされる。

「丞相殿も、まんざらではないと思うぞ。あとひと押ししてみるといい。応援しているぞ、マスター」

 が太公望に向ける感情を、黄飛虎は正確に見破っていたらしい。はっきりとエールを送られてしまった。黄飛虎を見上げると、ものすごくいい顔で笑っていた。

「な、なななんで……!?」
「うむ、申し訳ないが、わかりやすかったのでな!」
「マスター? 真っ赤になって、どうしたんです?」

 蚊帳の外になっていた太公望が声をかけてくるが、まともに言葉を返せる状態ではなかった。ひた隠しにしていたつもりの恋心を初見で見破られた恥ずかしさに加え、「まんざらではない」の破壊力たるや。どういう意味なのか――もしかして、もしかしたらそういう意味で期待してもいいのか――などと、頭の中がぐちゃぐちゃである。

「某はここらで退散するとしよう。ではな、マスター、丞相殿」
「あ、ちょっと……!」

 気を利かせたのか、黄飛虎がいい笑顔のまま退室した。大国の将軍、大家族の長であったこともあって、さすがに周りの人間のことをよく見ている。
 残されたのは、いまだに顔の熱が引かないと、首をかしげる太公望である。
 とりあえずベッドに腰を下ろす。深呼吸で気持ちを落ち着かせていると、隣の男が顔を覗き込んできた。

「マスター、大丈夫ですか? 黄くんとなにを話してたんです?」
「あ、いや、なんでも……」
「えー、気になるなァ……黄くんとも、仲良さそうだったし。いつの間にあんなに仲良くなったんです?」
「え、そうかな、普通じゃない……?」
「……僕には、言えませんか」

 表情はいつもの糸目のままだったが、声が少し低くなったように聞こえた。

『丞相殿も、まんざらではないと思うぞ。あとひと押ししてみるといい』

 その言葉を信用していいなら――少しでも望みがあるのなら、自分から踏み出してもいいだろうか。
 膝の上でぎゅっと拳を握ると、思い切って息を吸った。

「じゃあさ……今度、また一緒に釣りに行こうよ。その時に、言うから」

 自分から誘うのは初めてだった。先ほどの黄飛虎の後押しがあったとはいえ、太公望の反応が怖い。こんなことを言って嫌な気分にさせてないだろうかと、不安で隣に目を向けられない。
 一瞬の沈黙を破ったのは、太公望の弾んだ声だった。

「ええ、ぜひ行きましょう! ちょうど、僕もあなたを誘いに来たんです」

 顔を上げると、嬉しそうな顔が目の前にあった。手に自分以外の体温が伝わってくる。
 ほっとしたと同時に、嬉しそうな顔を見られて、じわじわと体が熱くなってくる。とっさに言葉が出てこないの手を、太公望が両手で握り締める。

「いやあ、同じことを思っていたなんて、やっぱり僕たち気が合いますねぇ。いつ行きます? 僕はいつでも大歓迎です」
「う、うん……じゃあ、明日行こう」
「ええ、では明日。お迎えに上がります、殿」
「……うん」
「フフ……楽しみだなァ」

 上機嫌に笑っている太公望を見ていると、もしかしたら、本当に黄飛虎の言う通りなのかもしれないという気になってくる。
 明日もまた、同じことを感じられたら、この気持ちを伝えてみてもいいかもしれない。
 黄飛虎の励ましと、手から伝わってくる微熱に背中を押され、はひっそりと覚悟を決めた。


 話との中の考えがまとまったところではあったが、太公望は一向に立ち去る気配がない。至近距離で隣合って座ったまま、糸目をさらに細めてにこにこしている。

「……あ、あの、手……」

 が耐え切れずに言及すると、ようやく手を握りっぱなしだったことに気が付いたのか、太公望の頬が紅潮した。

「あ……す、すみません、つい。嫌でしたか」
「…………べ、べつに、嫌じゃない、よ」

 手を握られてあんなに困っていたのに、いざ手が離れようとすると、ものすごくさびしくなってしまった。思わず握り返して太公望の手を引き留める。

「え………………え?」

 案の定、戸惑った声がする。自分のしたことにかーっと顔に血が上る。
 しばらくの間、それとも一瞬だったのか、また静寂が流れた。想いを伝えてないうちからこんなことをして早まったかとが後悔しかけた時、白い手がの手を再び包み込んだ。

「……も、もう少し、こうしててもいい?」

 先ほどよりも赤く染まった頬をした太公望に、なにも言うことができず、ただ頷いた。
 想いを伝えるのは明日、と先ほど決めたのだが、もっと早く言ってもいいような気がしてきたであった。


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