小ネタ ぐだ♀の髪を触るのが好きな太公望と、その理由を知りたいぐだ♀


 ある日の午後。少しの空き時間を、自室で恋人の太公望と一緒に過ごしている時のことだった。
 ベッドに並んで座っておしゃべりしていると、太公望が不意にの髪に触れた。それまでは、手持ち無沙汰になると太公望の服の長い紐をいじってしまうの手癖対策で、手を握っていた。の頭を撫でるように髪を梳くと、そのまま毛先を弄んでいる。手を繋いでいた時もニコニコとしていたが、それ以上に上機嫌だ。

「た、太公望……そんなに見られると、照れる……」
「ああ、すみません、つい。フフ……」

 などと言いつつ、視線も髪を触る指も変わらない。なんなら髪を梳くついでに、耳や首筋、肩に指先で触れてくる。

「太公望ってほんと、私の髪をいじるの好きだよね」

 起床後とシャワーを浴びた後に髪を整えてもらっているのに加えて、今のような空き時間にも触れてくることがある。普段そこまで手入れできているわけではないので、髪が特別綺麗というわけでもないだろうに。なにがそんなに気に入ったのかと不思議に思う。

「そうですねえ……髪を触ること自体がすごく好き、というわけではないんですが。ああ、の髪はもちろん好きですけど」

 の疑問の目を受けて、太公望はなんと説明しようかと言葉を探しているようだった。

「うーん……あ、そうだ。もやってみます?」
「え?」
「僕の髪、いじってみます?」

 そう言って、おさげの髪留めを外した。第三再臨の姿以外で彼の髪が解かれているところを見るのは初めてだ。徐々に解けていく三つ編みに思わず触れてみる。

「い、いいの?」
「ええ、どうぞどうぞ」

 じゃあ失礼して、と言ってから改めて両手で触れる。艶のある黒髪は、三つ編みにしていたのにほとんど癖がついておらず、サラサラと指が通っていく。太公望の腰より長いのに絡まりもなく、適度な弾力がある。指に巻き付けても、その弾力のせいで押さえていないとすぐにほどけていってしまう。
 以前、第三再臨の太公望の髪をいじっていたことがあるようだが、完全に無意識だったため、自身はその時のことをよく覚えていない。だが、こうやっていじってみると、確かにちょっと楽しい。綺麗な髪に触れることが楽しいならば、結うのもきっと楽しいだろう。

「なるほど、楽しいかも。太公望、髪きれい」
「フフ、ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえると、伸ばしていてよかったなァと思えます」
「そういえば、髪には魔力が宿るって聞いたことがあるんだけど、太公望が髪を伸ばしてたのもそういう理由なの?」

 孔明――ロード・エルメロイ二世が長髪なのは、少しでも魔力を補うため、という話を聞いたことがあるのだ。だから、太公望が長髪なのもそういう理由があるのかと思ったが、曖昧な笑みが返ってきた。

「うーん……それは、男性の場合は効果が薄いというか。ないよりましな程度のものですね」
「そうなんだ? 男性の場合ってことは、私は髪を伸ばすと魔力の補強になるのかな」
「はい、おそらくは。まあ、ダ・ヴィンチ殿やシオン殿が、あなたの髪が伸びるよりも先に魔術礼装でどうにかしちゃっているんですけどね」
「確かに……私の魔力なんて、あってもなくてもって感じだからなあ」
「僕としては、カルデアの電力による魔力供給じゃなくて、あなたの魔力のほうが嬉しいので、が髪を伸ばすのは大歓迎ですけど!」
「もう、なに言ってるんだか……」
「それに」

 太公望が再びの髪に手を伸ばしてくる。明るい赤茶の髪をひと房取ると、目を細めた。

「髪が伸びたら、その分、できる髪のアレンジが広がりますしね」
「太公望……」
「僕の気持ち、少しはわかった?」
「え?」
「僕は、あなたの髪が好きで、触れることも単純に楽しいけど。あなたの髪を整えたり結ったりすることで得られるものは、また別のもの、ということです」
「……?」

 髪をいじって楽しむ以外で得ているものがある。と言われても、にはよくわからなかった。首を傾げているに微笑むと、太公望はの髪を梳きつつ顔を寄せた。元々ほぼ密着して座っていたので、顔が近づくと吐息が重なるほどの距離になる。

「そうですねえ……朝、一日の始まりに、僕が髪を整えてあげて、元気よくブリーフィングに向かっていく時のの表情とか。夜、お風呂から上がって、寝そうになりながら髪を乾かしてる時の無防備なところとか。そこを後ろから抱きしめると、途端に顔を真っ赤にして照れる可愛いところとか。たまに違う髪型に結ってあげると、可愛いって喜んでくれる、その笑顔とか。僕が得ているのは、僕だけが見られる、の色んな表情や仕草……って言ったら、わかります?」
「――!」

 至近距離で蠱惑的に細められた薄紫の瞳に見つめられながら、低く艶のある声を吹き込まれたの顔は、瞬く間に赤く染まった。加えて、三つ編みを解いた姿が、えもいわれぬ色香を放っていた。意図して色仕掛けをしているのか、または無意識かはわからないが、久しぶりに食らってしまったと思った。こういうところだ。普段の優男ぶりはどこへやら、急にスイッチが入ったように色気を放つ。

「フフ……そういえば、前にも似たようなことを言いましたね。初めてあなたの髪を結ってあげた時に」
「……!」

 息を止めたに笑いかけると、懐かしそうに目を細める太公望。確かに、そんなようなことを言っていた。こんな関係になる前、まだ狂おしい感情を抱く前だ。
 ――あの時も今も、この男によって頬を赤く染められている。
 近づいてくる顔を手で押しとどめようとすると、逆にその手を絡めとられてしまった。貝殻のように指と指を絡ませ、太公望はくちびるに触れようとしてくる。

「だ、だめ……もうすぐ、行かなきゃ……」
「ええ、わかっています。あなたを困らせたりはしませんよ、今は。でも、キスだけ」

 が息を吸うと同時に、そっとくちびるが重なった。一瞬深く重なって、すぐに離れていった。だめと言ったが、思わずさびしくなってしまうほど、キスは短かった。
 中途半端に空いたの口を、太公望は白い指先でなぞる。

「行ってらっしゃい、可愛い人。でも、夜には――あなたを、困らせてもいい?」

 言葉の意味を頭で理解するよりも先に、くちびるが指先を食んでいた。


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