小ネタ 水着礼装と例の釣り概念礼装の太ぐだ♀


「おお……」

 が恐る恐るキャビンに入ると、太公望はを一目見て、神妙な顔で唸った。
 氷上クルーザーのキャビンには彼以外誰もいない。水着礼装を着て白い肌を露わにしていると、のサーヴァントで恋人でもある太公望のふたりきりだった。太公望もいつもの裾が長い道士服ではなく、半袖とサンダル姿の夏の装いだった。

「ど、どうかな……? 一応、礼装とはいえ水着、だけど……」
「む、むむむ……うん、とっても可愛い、すごくよく似合ってます」
「ほんと?」
「ええ、髪と色を合わせてあるのもいいですね。うんうん、可愛い」
「う、うん、ありがとう……なんか、照れる……」

 唸っていた割には手放しで褒めてくる。この男、お世辞も社交辞令も上手いが今は本心だろう。に向ける目が、愛しさを隠そうともしていない。その蕩けるような目で見つめられると、こっちまで溶けてしまうのではないかという錯覚になる。
 太公望の隣に座ると、革張りのソファが柔らかく沈む。本来なら軽く五、六人は座れそうな長いソファだが、今は太公望とがごく至近距離で座っているだけだった。

「あれ、じゃあなんで最初は唸ってたの?」
「うーん……いやあ、水着姿のはもう本当に可愛くて可愛くて僕のがこんなに可愛いってことをみんなに見せたい一方で、そんなに体を露出した水着姿は誰にも見せたくない、僕だけが独り占めしておきたいというか……」
(この水着礼装、結構前から使ってるものだから、割とみんな見たことあるんだけど……)

 とは言わなかった。が言葉を飲み込んでいる間にも太公望は喋り続ける。

「あなたの夫としては、そんな薄着だと色々心配なんですよね。って結構活発だし、水の中だとなにがあるかわからないし、薄着っていうかもうほぼ裸みたいなものだし……」
「お、夫……!?」

 太公望が色々と喋っているが、最初の「あなたの夫」発言に気を取られて全然聞いてなかった。赤くなったの頬を、太公望がにっこり笑ってつついた。

「あれ、これだけ深く愛し合っていることですし、僕はもう実質夫のようなものだと思ってました」
「じゃ、じゃあ……私は太公望の、お、奥さん、てこと……? あっ、やっぱ今のナシ!」

 が顔を真っ赤にしながらつぶやいたことを、太公望が目を丸くして聞いていた。その様子から、また変なことを言ってしまったかと撤回するが時すでに遅し。次の瞬間には、さらに顔が緩みに緩んだ太公望に強く抱きしめられていた。

! 僕の奥さんなってくれるんですか? 嬉しいなァ、こんなに大好きな人が奥さんになってくれるなんて!」
「むぎゅ、ち、ちが、そんなつもりじゃ……!」
「ああ、今でさえこんなに幸せなのに、が僕の奥さんになってくれたら……もっともーっと毎日楽しくて幸せなんでしょうね、フフ!」
(また私の縁者が増えた……)

 姉を名乗る者、妻として扱ってくるもの、みんなの妹ことマーリンの妹、そして実質夫。縁者に限らずほかにものなにかを名乗る者もいる。それだけのことを気にかけてくれている証拠なのだろう、悪い気はしない。しないが、そろそろ設定が渋滞気味である。

(太公望の、奥さん……)

 もしも、太公望と結婚して、一緒に暮らすことになったら。はふと考えを巡らせてみた。普段の生活についてはなかなか想像がつかないところだが、明らかにわかることがある。それは、彼は伴侶となった存在を大切にしてくれるだろう、ということだった。
 以前の結婚生活について積極的に語ろうとはしないが、断片的に話したことを総合すると、妻となった人を彼なりに気にかけ、大切にしていた。だから、おそらくが妻となってもそうするだろう。

(たぶん、色んなところに釣りに連れてってくれるんだろうなあ)

 自分を抱いている太公望の胸に擦り寄ると、彼も嬉しそうにの髪を梳いた。

、これから僕と一緒に釣りに……と言いたいところですけど、ほかの約束があるんですよね?」
「あ、うん。これからなぎこさんたちとプールで遊ぶ約束してて……」
「うん、はい。いえ、わかってましたよ? マスターがつかの間のバカンスとなれば、ほかの皆さんも一緒に遊びたいでしょうし。予定があることくらいわかっていましたとも」
「う、うん……バレンタインの時みたいな、闇のコヤンスカヤにスケジュール管理してもらうようなことにはなってないけど、ほかにも約束があって……」
「……ええ、彼女が管理していたら、今頃こんなにあなたを独り占めなんてできないでしょうし……」

 闇のコヤンスカヤといえば、太公望を毛嫌いしていることもあって、バレンタインでは太公望からマスターへの釣りの誘いを勝手に却下していた。もしまた彼女がマスターのスケジュール管理するとなったら、太公望との時間はないに等しいことになるのは目に見えている。

「はあ……とバカンス、僕も楽しみにしてたんだけどなァ……やはり、そううまくはいきませんか」

 落胆で肩を落とす太公望。いくら恋人とはいえ、今はカルデアのサーヴァントのひとりに過ぎず、立場としてはほかのサーヴァントと変わりないことを弁えているらしい。普段の時間を多く占有している自覚があるためか、がほかのみんなと遊ぶ機会を邪魔するようなこともしない。
 とて仲間との時間は大切で、しかし太公望が落胆するところを見るのも嫌だった。

「あ、あのさ……なぎこさんに、ちょっと早く抜けさせてもらえないかって相談してみるから。夕飯までのちょっとの間だけど、一緒に釣りに行こう」

 がそう提案すると、太公望は顔を上げた。

「……え? い、いいんですか?」
「うん。なぎこさんなら、たぶんわかってくれると思うし。……私だって、い、一緒にいたい。ほんの少しの時間かもしれないけど……」

 恥ずかしさから太ももの上で組んだ両手に視線を落とすと、その手に太公望の白い手が重なった。見ると、太公望の薄い紫の瞳がをまっすぐに見つめていた。

、ありがとうございます。たとえほんの少しだけでもあなたと一緒にいられるなら、それだけで嬉しいです」
「た、太公望」
「フフ……僕は本当に幸せ者だなァ」

 の手をしっかりと握り締めて微笑む太公望に、自分のほうこそ幸せだと言うように顔を近づけて頬にキスをした。太公望は薄く頬を染めて、お返しのようにすぐにくちびるを寄せてきた。

……」
「ん……」

 この後予定があるのことを思ってか、キスはごく軽いものだった。それでも太公望は名残惜しそうに手を握っていたが、を呼びに来た清少納言の声が聞こえてきたことで、太公望はさびしそうに手を離した。

「……では、僕はエリセランドの釣り場で待っていますね。日が落ちると冷えるから、ちゃんと着替えてから来るんですよ」
「うん……わ、わかってるよ、さすがに水着で出歩くのは恥ずかしいし……」
「そう、ちゃんと肌は隠して、体を冷やさないように。僕以外を誘惑するのはダメですから!」
「ゆ、誘惑って」

 そもそも、プールには源頼光がいるので水着のまま歩き回るなんてできない……とは言わなかった。太公望が些細なことでも心配してくれることが嬉しかった。
 その後、清少納言に太公望とのことを相談し、派手にからかわれながらもプールを抜け出すことに成功したは、太公望が待つエリセランド近くの釣り場に向かった。の分の釣具を甲斐甲斐しく用意して太公望が待っており、夕暮れの中でとても嬉しそうに笑ってを出迎えた。そこで、完全に日が落ちるまでの短い間、一緒に釣りを楽しんだそうな。


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