小ネタ ぐだにべったりしすぎて自重するようにと注意されてしまった太公望


「――それで、今日ここにお前が呼び出された理由に見当はつくか? つくよな、太公望」
「え、ええっと……すみません、なんでしょう?」

 いきなりブリーフィングルームに呼びつけられた太公望は、目の前に仁王立ちしているニキチッチに向かって正直に言った。
 ここ数日間は特に失敗らしい失敗はしていない。恋人であるとの仲もすこぶる良好で、彼女を泣かすような真似もしていない。このように呼び出される理由に心当たりがまったくないのだ。しかし、ニキチッチの様子はどう見ても怒っている。
 室内にはダ・ヴィンチとマシュの姿もある。ふたりとも神妙な顔をしている。まるで生徒指導室に呼び出された生徒のような居心地の悪さに、ため息が漏れそうになった。

「ほう、心当たりがないと言うか。なら、順を追って教えてやろう」

 と言って、ニキチッチはやっと椅子に座った。ダ・ヴィンチ、マシュ、ニキチッチの並びで太公望と対面している形だ。

「まず、マスターが朝食を取っている最中のことだ」

 腕を組んだニキチッチが語り始めた。

 ***

 朝の時間、マスターを起こした太公望は、そのまま一緒に食堂まで同伴する。食堂で待っていたマシュと合流し、大体三人で朝食の時間を過ごす。サーヴァントである太公望は食べる必要がないので、朝食を食べるを見守るか、パンにバターを塗ったり甲斐甲斐しく世話している。

「はい、。魚の骨、取れましたよ」
「う、うん、ありがとう……でも、自分でやれるよ?」
「えー、でも今日はいつもの時間より遅くなってしまいましたし、はほかに食べるものもあるし」
「うーん……そりゃ、分担したほうが早いけど……」
「気にしなくていいんですよ、僕がしたくてしてることなんだから。それに、が寝坊したのは僕のせいでもあるし」
「ちょっ……あ、朝からなに言って……!」
「えー、僕のせい、しか言ってないのに……そんなに真っ赤になって、なにを思い浮かべたんです? のえっち」
「もう、ばかー!」

 と、じゃれ合っているうちに時間はどんどん過ぎていき。焼き魚の骨を取ってやったが、結局それは時短には繋がらなかった。
 目の前でふたりのやり取りを見ていたマシュは、人知れずため息をついた。


 またある日のこと。
 が地下図書館にて諸葛孔明ことロード・エルメロイ二世から魔術の講義を受けていた際のこと。

「……おい、あれはなんだ」

 不意に孔明から怪訝そうな声が上がった。彼が指し示す方を見ると、太公望が書架の影からを見守っていた。と目が合うと、嬉しそうに笑って手を振ってきた。

「一応聞くが、彼を呼んだのはマスターか?」
「いや、違うけど……でも、たぶん私のこと見てる、よね?」

 太公望は今、本の一冊も手にしていない。彼は元々地下図書館が好きで、本を読み漁るために入りびたることもあるのだが、今の様子からは本を読みに来たようには見えなかった。
 見られていることに気づいた以上、無視することもためらわれたので手招きする。太公望はニコニコと笑ってすぐに近寄ってきた。

「太公望、なにか用?」
「いやぁ、用という用はないんですが……なんとなく本を読みに来たところに勉強に励むを見かけて、ついつい見入っちゃいました」
(なんか、孫の授業参観に来たおじいちゃんみたい……)

 照れくさそうに笑う太公望には冷静につっこみかけたが、なんとか心の中にとどめておいた。ちゃっかりの隣の席に座った太公望を見て、孔明があからさまな咳払いをした。

「太公望殿、講義の妨げになる行動はご遠慮いただきたいのだが」
「ああ、これは失礼、孔明殿。いえいえそんな、邪魔をするつもりじゃなかったんです。僕に構わず続けてください」
「……本当に邪魔しない? 少しでもちょっかいかけてきたらつまみ出すからね」
「ええ、もちろん! ちゃんと静かにしていますとも」

 釘を刺してきたに対し、自信満々に胸を張る太公望。その様子に、逆にちょっと不安を覚えてしまうだったが、このままでは時間を無駄にしてしまうということで、講義に集中する。
 孔明の講義を聴いているうちに、隣に座っている太公望のことも気にならなくなる――そう思っていた。しかし。

(…………し、視線を感じる……)

 隣から絶えず見られている気配がして、だんだん講義どころではなくなってきた。それこそ授業参観に来た保護者のように、の様子をじっと見つめているのだろう。こっちが照れるくらいのニコニコ顔で。太公望のほうを見ると負けのような気がして、なんともないふりを貫いているが、この気恥ずかしさにいつまで耐えられるだろうか。
 そんなふたりの様子が否応なしに視界に入ってくる孔明の表情が虚無になっていることも気づかず、と太公望の無言のいちゃつきは続いた。

「可愛いなァ……」

 いい加減の忍耐力も底をつく……といったタイミングで、隣から不意につぶやきが聞こえてきた。

「え?」
「……え?」

 の問いに、なぜか問い返してくる太公望。

「今、太公望が言った、よね……?」
「え……僕、今なにか言いました?」
「うん、だと思うけど……あの……その、か、可愛いって……」
「え、あ、それは……心の声が、つい……」
「……!」

 ふたりとも赤くなってもじもじしてしまい、もう講義を受けられる状態ではない。もはや孔明の咳払いも通用せず、そこからは完全にふたりの世界になってしまったのである。

 ***

「――ということがあったらしいが、本当か? 本当だな?」
「まあ……そうですね、はい」
「では本題に入るぞ。つまり……お前はマスターにべったりしすぎ! だ!」
「!!」

 ニキチッチにびしっと指さされ、太公望は思わずのけぞった。

「ふたりきりの時間の中でならともかく、それ以外でも所構わずいちゃつくとはどういう了見だ! おかげでマシュですら苦言を呈する有様だぞ」
「はい……あの、なんというか……先輩と太公望さんが仲睦まじいのは大変喜ばしいことなのですが、一方で目のやり場に困るといいますか……」
「そ、そんなァ……」
「うーん……君たちがいちゃつきすぎ、って声は私にも届いているくらいだからなあ。ちゃんとふたりの時間はあるんだから、それ以外ではもう少し公私を分けてほしいかな。くんにはカルデアのマスターという立場もあるんだし」
「そうだぞ、マスターはみんなのマスターだ。自分だけのマスターじゃないってことは、お前だって承知の上だろう」
「は、はい……」
「ということで、少しは自重しろというお達しだ。わかったな!?」
「うう……はい……」

 三人からそろって苦言をもらった挙句に自重を命じられた太公望は、肩を落としながらも受け入れるしかなかった。
 はみんなの、カルデアのマスター。そんなことは付き合う前も、付き合ってからも痛いほどわかっているつもりだったのに。のそばにいることが嬉しくて幸せで、ついつい頭の片隅に追いやってしまうのだ。しかし、これからはのためにも我慢しなければならない。

(まあ、ふたりきりの時間を減らされたわけではないし。うん、人前での公私の切り分けくらいたぶん大丈夫!)

 と、意気込んでいた太公望だったのだが。
 ふたりきりの状況以外でもいちゃついてしまう理由としては、主に「が可愛くて仕方がない」という衝動を我慢できないからだ。可愛いので可愛いと言ってしまうとか、可愛いので抱きしめたいといった衝動がこらえ切れず、表に出てしまっている。一度我慢できなかったものを再び押さえつけるには、それなりの精神力を必要とする。本来なら、長年の修行で本能的な欲を抑え込むことはできるはずの太公望だが、すっかりに惚れこんだ今となっては、のこととなると我慢が下手になっていた。
 自重令が出てから一週間も経つ頃には、太公望はすっかり疲れていた。
 人前でいちゃつくことを控えるのは当然のこととして、食事の際に甲斐甲斐しく世話を焼くことも控えている。公私を分けるということなので、人前では会話もできる限り当たり障りのない事務的なことに徹している。
 それが思った以上に精神的な負担が大きい。はいつでも可愛いし、好きな子にはなんでもしてあげたいのにそれもできないし、会話もどこか味気ないものしかできない。淋しい上に、つらい。

「太公望、元気ないけどどうしたの?」

 夕食の後、これからふたりの時間を過ごそうとの部屋へ戻ると、沈んだ様子の太公望にが声をかけた。

ぁ……」
「むぎゅ、太公望、苦しい……」

 顔を覗き込んできたが可愛くて、思わず衝動のままに抱きしめて頬ずりした。の少し苦しそうな声にも力を緩めない太公望に、なにかあったのかと察したは、しばらくされるがままになっていた。

「なんかあったの?」

 少し落ち着いた頃にが聞いてきた。とりあえずベッドに腰を落ち着け、ざっくり事の次第を説明する。

「なるほど……どうりで、ここ一週間くらいなんか変だなーと思ってた」
「え、バレてました?」
「うん。人前ではやけにあっさりしてるのに、ふたりきりになるとすっごいべったりなんだもん。はじめは、なんか避けられてるのかなーとか、嫌われたのかなーとも思ったけど、そうじゃないならよかった」
「嫌うなんてとんでもない! 僕はが大好きです。好きすぎて苦しいくらい……」
「た、太公望ってば……とにかく、人前で我慢するのがつらくなってきた、って話だよね?」
「はい……」

 太公望が力なく頷くと、はうーんと唸った後でこう言った。

「なら、もういっそのこと人前で会うのをやめればいいんじゃない? それなら我慢しなくて済むよ」
「え」
「だって、自重しろってだけのお達しなんだよね? ふたりきりの時間は今のままでいいんだし、みんなの前で一緒にいるのを減らせばいくらか楽になるんじゃない? とりあえず、食事の時間は別々に過ごす日を作るとか」

 確かに、そうかもしれない。しんどい思いをするくらいなら、今日は食事の時間の同伴はやめておこうとか、そういう気軽なノリでもいいのかもしれない。なにも同伴を一切やめねければならない、というわけではない。たまには別々に過ごす日もあってもいい、というだけ。一緒に過ごす時間は減るかもしれないが、その時間がストレスになっては元も子もない。
 それに、自分だってこの自重令を言い渡された日に「ふたりきりの時間を減らされたわけではない」と考えていたではないか。それを死守するためならば、ほかのことを多少犠牲にしたってかまわない。
 思いもよらないの考え方に、胸のつかえが取れたような気がした。

「なるほど……てっきり、僕が我慢すればいいだけの話だと思い込んでました。やはり、こういうのはひとりで悩んでいてもよくないですね」

 表情が明るくなった太公望を見て、もほっとしたように笑った。

「うん、よかった。太公望だけの問題じゃないし、自重できなかったのは私も同じだから、私も気を付けないとね」
ぁ……」

 恋人の優しさに触れて、思いがけずじーんとしてしまった太公望は、もうなにも我慢せずにに抱き着いた。



「……ところでさ、さっき、避けられてるんじゃないかと思ったって言ったけどさ」
「ん?」

 を膝の上に乗せて抱っこしていると、が不意に話し始めた。

「私、ちょっとさびしかったんだよね……だから……その……」

 顔を赤くしてスカートの裾を握り締めていたは、やがて意を決したように言った。

「今日は、さびしかった分、いっぱい、してほしいかな、って……」
「!!」

 言い切った後、は恥ずかしさに耐えられず、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。が言わんとすることを理解した太公望も、じわじわと全身が熱くなっていった。

「あの、からそういうことを言われると……その、僕も我慢できそうにない、けど……い、いいの?」
「…………うん……」
(か、可愛い……)

 耳まで真っ赤にしたが小さく頷いたのを見て、太公望はそれ以上なにも言わず、ただ強く抱きしめた。


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