小ネタ テーマパークでデートする太ぐだ♀(現パロ)
FGO Fes. の太公望の描きおろしイラストが元ネタ


 春先のテーマパークに着くと、海が近いせいか思ったよりも冷たい風が吹いていた。幸い、今日は天気が良く、日光の下では暖かいことがせめてもの救いだった。周囲はたちと同じようにテーマパークに向かっていく人々が大勢いる。卒業旅行なのか、若い年代が多かった。

「ちょ、ちょっと寒いかも」
「ほら、言ったじゃないですか。晴れるけど風が強いかもしれないから、あったかい格好で来てって。僕が厚着しすぎじゃないって、わかってくれました?」

 隣の着込んだ男――太公望から小言が飛んできた。確かに、今日のデートを約束した時にそんなことを言っていた気がする。当の本人は襟が詰まったニットにセーター、そしてファーがついた厚手のブルゾンという完全防備である。そのどれもがオーバーサイズだが、手足が長いためかしっかりと着こなしている。顔とスタイルが本当にいい。

「だって、ここ最近あったかかったし……動くから気にならないかなと思って……」

 というは大きめのブルゾンにニット、ショートパンツにタイツにスニーカー。普段よりも気持ち厚着をしてきたという程度である。図らずも格好が似通ってしまったので少し気恥ずかしい。
 口を尖らせるに肩をすくめると、太公望は手荷物を探った。

「はい、これどうぞ」

 と言って渡してきたのは、赤いチェック柄のネックウォーマーだった。

「え……これ、いいの?」
「あなたが寒かった時のために持ってきたものなので。あとこれも」
「あ……カイロ」
「これで手もあったかいでしょう」
「うん、ありがとう。……でも、どうせ手を繋ぐのに……」
「………………んっ……ええ、ほら、両手を繋ぐわけにはいきませんし、ね」
「それもそっか」

 手を繋ぐのに――太公望と手を繋ぐから、手元の防寒を考えてなかったとでも言うような発言に、太公望は心の中で悶えた。この歳の離れた恋人は不意打ちで可愛いことを言うからいけないと、彼は常々思っていた。危うく公衆の面前で抱きしめるところだったが、大人の忍耐力で我慢した。別に太公望自身はどこであろうと関係ないが、が恥ずかしがるので気を付けている。

「色々ありがとう、太公望。行こう」

 が手を差し出すと、太公望はすぐにその手を取った。の冷えかけた指先が、大きな手から伝わる温もりで温まっていく。

「――ええ、行きましょうか!」

 逸る気持ちを抑えきれないといった様子で破顔する太公望に、も心が弾むのを感じていた。

 ***

「あ、ちょっと待っててください」

 と言って、太公望が広場に出ているグッズ店の前で足を止めた。いそいそと店に近寄って、なにやら買い物をしている。
 言われた通り、広場のベンチに座り、園内の景色を見渡しながら待っていると、そう時間をかけずに太公望は戻ってきた。

「お待たせしました」
「ううん、早かったね、……!?」
「どうです? 似合ってます?」

 得意げに笑った太公望の頭には、テーマパークのイメージキャラクターであるオオカミの帽子が載っていた。ぬいぐるみといっても過言ではなさそうなモフモフの帽子には、オオカミの両足を模したイヤーフラップもついている。

「どうです、って……」

 正直、似合っている。オオカミの勇ましい表情が本人の優男ぶりとギャップがあるところもいい。

(そこそこ歳も離れた大の男なのに、なんで可愛いって思っちゃうんだろ……)

 それが少し悔しいので、素直に褒めづらい。見た目の若々しさに反して割と歳を食っているくせにと、つい可愛くないことを言いたくなる。

「あ、さてはそんなに浮かれて、って思ってます? だって、ずっとと来たかったところでデートできるんだから、浮かれないほうが無理ですって。あとこれ、結構あったかいですよ? 耳もこれであったまるし」

 これ、と言ってオオカミの両足を持って顔の横でふりふりと振る様は、とてもとひと回り以上歳が離れていると思えない。あざとい。しかも、このあざとい振る舞いは故意ではなく天然なのである。タチの悪いことに。

「そ、そっか……あったかいなら私も買おうかな?」

 気を取り直してそう答えると、待ってましたと言わんばかりに太公望が笑った。

「そう言うと思って、もうの分も買っちゃいました」
「え? あ、ありがとう」
「どういたしまして。おいで、
「はい?」
「被せてあげる」
「えっ……い、いいよ、それくらい自分でやるから」
「いいからいいから。可愛くしてあげるから、安心して。ね?」

 そんなことは別に心配してないが、こういう時の太公望は謎の強引さがある。押し切られる形で彼の近くに寄る。少し手を伸ばせば、抱きつけるような距離。普段なら外でこんなことはしないが、も十分デートに浮かれているのだろう。
 太公望が被っているものと同じオオカミが、頭に載った感触がする。モフモフが載っているところだけ暖かい。耳も冷たい風から守ってくれるし、これは確かに被って正解かもしれない。
 お礼を言おうと顔を上げる。太公望は、に帽子を載せた後も、の頬に触れていた。

「可愛い」

 太公望の低い声とともに、顔がぐっと近づいた。開かれた薄い紫の瞳には形容しがたい艶があり、すぐ上に載っているぬいぐるみのような帽子とはギャップがある。
 そんなことを思っていたら、なにかあたたかいものが、くちびるに触れて――
 思わずくちびるを押さえると、太公望が困ったように笑った。

「なっ……!? い、今、キ……!」
「すみません、あなたが可愛すぎて、つい。我慢できませんでした」
「なん、こ、こんな衆人環視の中で、なに考えて……!」
「大丈夫、誰も見てないから」
「そ、そういう問題じゃなーい!」

 誰も見てないことはないだろう。テーマパークの中は多くの人で賑わっているし、太公望は背も高く、目を引く外見をしている。この大勢の客の中で誰にも見られていないなんてことは難しいはずだ。

「僕は、しか見てないけど」
「……っ!」

 太公望を押し返そうとするの手を取って、そのまま握り締める太公望。飾らない愛の言葉と細められた瞳に、の心臓もせわしなく動く。反応に窮して目をつぶってしまったを見下ろして、太公望は名残惜しそうに手を離した。

「フフ、可愛いなァ……このままずっとあなたに触れていたいけど、今日はせっかくのデートですしね。このぐらいにして、この場所を楽しみましょうか」
「う、うん」

 公衆の面前でいちゃつきだす太公望に困っていたはずなのに、彼の手が離れていくと、途端に寂しさを感じてしまう。歩き出す際に再び手をつないだことで、その寂しさもすぐに消えた。手から伝わるぬくもりにほっとして太公望を見上げると、ちょうど目が合った。

「そうそう、写真も撮らなくては! 、たくさん写真撮りましょうね。動画も!」
「うん、スマホの充電がなくならない程度にね」
「はっ、そうでした……スマホが使えなくなっては決済ができない……、帰ってもまたその帽子被ってくれます?」
「え? いや、それはちょっと恥ずかしいかな……」
「えー、可愛いのに。僕の部屋でふたりっきりの時に被ってくれていいんですよ?」
「だ、だからそれが恥ずかしいんだって……」
「あ、もしかしていけないこと想像してます? も〜のえっち」
「し、て、ま、せ、ん!」

 他愛もないことでじゃれ合いながら手をつないで歩いてるなんて、今の自分たちは周囲からどういう目で見られているんだろう。浮かれたカップルとでも捉えられているんだろうか。けれど、別にそう思われても構わない。実際、周りの目なんて気にならないくらい浮かれている自覚はある。太公望だけじゃなくて、もデートを楽しみにしていたのだから。

「ほら、早く行こう! このままじゃ列に並んでる時間で一日終わっちゃうよ!」

 勝手に緩んでしまう口元をネックウォーマーで隠すと、は太公望の手をぎゅっと握り返した。


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