小ネタ ぐだを釣りに誘いたい太公望。無自覚片想い、付き合ってない。太公望視点


 お昼時の食堂へ立ち寄ると、明るい髪色のマスターがサーヴァントに囲まれつつ食事を取っていた。ファーストサーヴァントの少女をはじめとして、古今東西の英霊たちが、マスターである藤丸を取り囲んでいる。それは、太公望がこのカルデアに召喚されてから早々に見慣れてしまった光景でもあった。マスターが慕われている証拠だろう。
 かくいう自分もとまた釣りでもどうかと誘いに来たのだ。彼女を取り巻く英霊たちの気持ちは、太公望にも理解できるところだった。善良でまっとうで、ひとりの人間の枠を超えない欲の持ち方も、太公望には好ましい。つい手を貸してあげたくなるような、行く末を見守ってあげたくなるような少女だった。

(うーん……それにしても大人気だなァ。やはりというか相変わらずというか……)

 を釣りに誘おうと思い立ち、こうして取り囲まれる彼女を見守ること数日。ほかの英霊たちも、に用があるから話しかけているのだろうし、自分の用はいつでもいいしなァ……などと思ってしまい、そのまま話しかける機会を逸してしまっている状況である。

(まあ、こうやって楽しそうに話している殿を見ているのも、それはそれで)

 朗らかに笑っている彼女を見ていると、胸のあたりがぽかぽかとあたたかくなって、こちらまで和んでしまう。だから、この時間もそう悪いものでもない。それが肝心の用を切り出せない原因の一端になっているのだが、そんなに急ぐ用事でもないのだし。
 ふと、がこちらを振り返った。目が合うと、は太公望ににこっと笑いかけた。つられて太公望も笑顔になると、小さく手を振ってくれた。しかし、また周囲の英霊に話しかけられて、はそちらへと視線を戻してしまった。

(うーん、かわいい)

 こんなふうに、太公望の視線に気づいて目が合うこともあれば、まったく気が付かないこともある。気づいてくれた時はやはり嬉しい。直接笑顔を向けてくれるというのは、想像以上に心への影響が大きいらしい。今日は手も振ってくれたし、いい一日になる気がする。
 太公望がにほっこりしている間にお昼の時間は終わってしまい、とマシュはまたそれぞれの持ち場に行ってしまった。
 今日も話しかけるタイミングを逸してしまった。釣りなんていつでもいいが、またカルデアが緊急事態になって、釣りどころではなくなってしまったら困る。そうなる前に、ふたりでゆっくり話でもできたら――
 食堂での目的を失ってしまい、仕方なく地下図書館へと足を向けることにした。

 ***

 特異点修正や任務中以外は、は待機中ということになっている。しかし、戦闘訓練や魔術の講義、そしてサーヴァントの用や厄介ごとに巻き込まれるなどして、そんなに暇そうではない。先述のとおり、食事の時間はほかの英霊たちもここぞとばかりにマスターを訪ねてくる。もう直接部屋に行って話すくらいしか誘うタイミングがないような気がする。

(でもなァ……部屋に行ってまで話す用件が釣りって、殿はどう思うんだろう)

 想像してみる。召喚されてからそんなに長いわけでもないが、とはツングースカでそれなりの時間を共にしている。その時の印象からすると、おそらく喜んでくれる。現代の女の子の興味関心はさっぱりわからないが、なんとなく、は嫌な顔せず付き合ってくれる気がする。四不相にも怖がる様子もなく目を輝かせていたし、好奇心も旺盛なほうだと思う。釣りはまあまあ退屈な時間も多いが、退屈さも含めて楽しんでくれるのではないだろうか。
 そんなところも好ましく思える理由のひとつなのかもしれない。本を開きつつも頭に浮かぶのはのことで、彼女の笑っている姿を思い浮かべるだけで、早く一緒に釣りに行きたいなァと思えてくる。
 ふと、視線を感じた。そちらを振り向くと、今の今まで考えていた当の本人が太公望を見つめていた。
 目が合うと、いつものように笑いかけて――とは、いかなかった。の顔がみるみるうちに赤くなっていったのである。

殿……?」
「あ、う、ごめん、読書の邪魔しちゃった」
「ああ、いえいえ、それは気にしないで。座ります?」

 太公望が隣の椅子を引くと、はおとなしくそこに座った。赤みがまだ引かない顔を、持っている本で隠すようにしている。

「それで、どうしました? 僕になにか御用でも?」
「うん……いや、用ってほどでもないんだけど。太公望が、最近私のことをよく見てる気がして、なにか用でもあるのかなって探してたんだ」

 なるほど、ここ最近何回か目が合っていると、さすがになにかあるんじゃないかと誰でも思うだろう。じっと見つめていたのも確かだし。

「それで、どうせなら私もやってみようかなと思って」
「……なにを?」
「ずっと見てたら、気が付くかなって。そしたら本当に気が付いてくれたから、ちょっとびっくりした」
「……もしかして、そこでずっと見てました?」
「……うん」

 なんということだ。考えに耽るあまり、の気配に気が付かなかったとは。サーヴァントの身とはいえ、東洋魔術の使い手なのにの魔力を察知できなかったなんて、師である元始天尊にバレたらただでは済まない。
 太公望が肩を落とすと、はフォローするように言葉を重ねてきた。

「あ、堂々と見てたっていうより、見とれてたっていうほうが近いかな。本読んでる姿、かっこいいなあって眺めてたっていうか」
「え?」
「その、絵になるっていうか……目が綺麗だなあって……」
「そ、そう? なんか照れるなァ」

 本人を目の前にして言うのは恥ずかしいのか、赤い顔を再び本で隠すと、素直に照れる太公望。ふたりしてもじもじするという、なんとも気恥ずかしい構図になってしまった。
 自分の見目について、効き目がある場面では使うもののひとつ程度にしか思っていないが、好きな子に褒められて悪い気はしない。

(……ん? あれ、今――)
「それで、太公望は私になにか用?」
「え、ああ、はい」

 今一瞬、なにか重要なことを自覚しかけたが、へなんと返答するか考えているうちに、その感覚はすっかり過ぎ去ってしまった。
 ――まあ、いいか。そのうち思い出すことだろう。

殿、もしよかったら今度――」

 こちらを見上げる金茶の瞳に笑いかけると、ここ数日ずっと言いたかったことを、ようやく切り出したのだった。


←小ネタ2                        小ネタ4→

 

inserted by FC2 system