小ネタ つい太公望の服の紐をいじってしまうぐだ♀。太公望視点、甘め


「……でもその時、モルガンは結構不機嫌な感じだったんだけど、ちょうどハベにゃんがお茶会に誘いに来てね。ハベにゃんと話してるだけで、みるみるうちに機嫌良くなっていってさ。あの時のモルガン可愛かったなあ」

 ある日の夜。マスターの部屋にはいつも通り、恋人の太公望がいた。シャワーを浴びて髪も整えて、あとは寝るだけという状態。寝る前の少しの時間、ベッドにふたり並んで座り、他愛もないおしゃべりをするというのが恒例となっていた。その日あったことやレイシフト先でのことなどを、太公望が聞いているのが常だった。
 肩を抱き寄せると素直に体を預けてくるに、太公望の顔は緩みきっている。体の右側に触れるの柔らかなぬくもりと、の朗らかな表情。のほうが可愛い、なんでもないことを楽しそうに話すが可愛い、あ〜ほんと可愛い――太公望の心の声を文字にするとこんな感じだろう。
 しかし、太公望は少し困っていた。

「そのお茶会、バーゲストが作ってくれたお菓子を持ってきてくれる時があるんだけど、あれ危険なんだよねえ……すんごい美味しくってさ、ついつい食べ過ぎちゃうんだよね」

 話を続けつつ、の両手は緑の紐を手慰みにいじっている。そう、太公望の服の、やたらと長い緑の紐を。
 第一再臨の軽装の時は言わずもがな、第二再臨の道士服の時でも、太公望の膝のあたりまで伸びる紐をいじる癖がある。おそらく、手持ち無沙汰だから無意識に目の前のものをいじっているのだろう。これに対して、怒っているとか不愉快に思っているというわけではない。この紐を解かれたら即裸になる、というわけでもないので、いじられること自体に特に問題はない。
 ただ、猫のように目の前のひらひらを捕まえていじるが可愛い。可愛いからいけない。いじっている最中、たまに太公望の体にの指が当たるのだが、それがなんともくすぐったい。もっとはっきり言うとムラっとくる。

は絶っっ対に無意識だし、僕を誘おうとかそんなこと思ってないんだろうけどなァ)

「バーゲストもモルガンもハベにゃんも、私に食べさせようとするからストッパーがいないんだよね。バーヴァン・シーがいるとデブったら殺すとか言ってくれるんだけど」

 今も、紐をくるくると指先に巻き付けたり、二本の紐で螺旋を作ったり。おしゃべりしながら自分の服の紐にじゃれついてくる恋人を見て、太公望は困っていた。

(はあ、もう、かわいい……)

 この時のを見ていると、愛しさのあまりかじりつきたい衝動に駆られるのだ。頭からバリバリと食べてしまいたい。今すぐ押し倒して、その可愛い顔にも白い肢体にもたくさんキスしたい。可愛すぎてキレそうになるとはまさにこの事だろう。
 だが、この穏やかな時間を壊したくない。もちろん、この生殺しの状態で逃がそうとは思っていないので、後できっちりと情事に持ち込む。だが、それとは別に、この時間も大切にしたい。
 かといって、紐をいじるクセを指摘できるかというと、それもできない。理由は可愛いからだ。可愛くてキレそうなのでできればやめてほしいが、可愛いのでやめてほしくない。無意識でやっていることなので指摘しても効果は薄そうだし。
 だから、太公望は割と困っていた。

(うーん……なんとか、紐をいじられずに済む方法……)

 今は鉄の理性で衝動を押さえつけているが、いつへの愛しさが爆発してもおかしくない。早急になんとかせねば。伝説の天才軍師はその明晰な頭脳で考えた。
 そして、ひとつの案にたどり着いた。

 ***

 翌日、同じ時間。

「はい、髪、終わりましたよ」
「うん、ありがとう」

 いつものようにの髪を乾かし、ブラッシングを終える。振り返ったは、じっと太公望を見つめた。

「太公望、なんで第三再臨の格好なの? これから軍師会でもあるの?」
「え、ああ、いやいや、違います。ただなんとなく、気分です気分」
「ふうん……」
「ささ、。おいで」

 あからさまに濁したその先をは追及せず、いつものように太公望の隣に体を寄せてきた。その肩に手を回しつつ、太公望は追及がないことに内心ほっとした。
 服の紐をいじられずに済む方法――それは、第三再臨の格好でいることだった。
 この服の緑の長い紐は帯についている。帯ならば、の目線から外れた高さにあるので目につきにくい。手元からも少々離れている。この服ならば、が手慰みにいじることもない――そう考えたのだ。
 果たして、この策はどう出るか。定位置についたに、太公望はいつものように切り出す。

、今日はどんな一日でしたか?」
「そうだなあ……昨日バーゲストが作ってくれたお菓子が美味しかったから、作り方教えてもらおうと思ってさ。マシュと一緒に頼んだら快く教えてくれることになったんだけど、それを聞きつけたモルガンが『私にも教えなさい』ってやってきて……」
「ふむふむ」

 今日の出来事を話しているの手は白い太ももの上に落ち着いている。よし、今のところこの策に問題はない。このまま何事もなく就寝時間までいけばいいのだが。
 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

「バーゲストはやりづらそうにしてたんだけど、腹をくくってからは結構堂々と教えてたんだよね。私もわかりやすいって思ったし、教え方にはたぶん問題はなかったんだろうけど……なぜか、焼いてる時にオーブンからすごいものがあふれてきちゃって……妖精國で見たモースみたいな、呪いをまき散らすような物体が……」
「それは……大変でしたね。――……!?」

 そう言いつつ、の手元が動いた。
 の指がとらえたもの――それは、太公望の体の前面に垂れる、長い黒髪のひと房だった。

「モルガン、魔術に関しては本当に天才で、私なんか足元にも及ばないすごい人なんだけど。なんていうか……そう、料理とか掃除とか、そっち方面は少し苦手っぽくて……」

 太公望の動揺をよそに、の指は太公望の髪をもてあぞぶ。指先に巻き付けたり、みっつの房に分けて編んだり。そして、その指先は時折太公望の体をかすめるのだ。

「んん……」
「ん、どうしたの?」
「いえ、策が破れたなァって……」
「は?」
「いえ、なんでも。、話してる時に目につくなにかをいじるクセがあるの、気づいてます?」

 「第三再臨ならばなにもいじられない」という策をあっさりと破られた太公望は、ついに口に出して言った。指摘されたは、案の定きょとんと目を瞬かせた。そして、手にしていた太公望の髪をぱっと手放した。

「え……私、そんなことしてた!? いつも?」
「はい。大体は僕の服の紐をいじってました」
「えっ……ご、ごめん、全然気づかなかった……無意識だった……」
「まあ、そうだろうとは思ってました。それが嫌だとかじゃないんです。ただ、あなたが可愛い上に紐をいじっているのも可愛いから、ついムラッとくるというか……すみません、僕の問題なんですけどね。毎晩事に及ぶわけにもいかないですし……」
「……!」

 太公望が観念して事情を説明すると、は顔を赤くした。この他愛のない時間の中で太公望がにどういう感情を抱いていたかを知って、照れているのだ。そういうところもいちいち可愛くて、本当にもうどうしてくれようかと思う。
 両手の指先を突き合わせながらもじもじとしたは、やがて意を決したように口を開いた。

「あの……じゃあ、その、太公望が手を握ってくれると、無意識にでも紐とかいじらなくて済むかなって……あと、毎晩、するのも、別に……あ、あとで困るかもしれないけど、全然嫌じゃないし……」
「――――」

 が真っ赤な顔で言ったことを、すぐには理解できなかった。いや、おそらく脳は正確に言葉の意味を理解していた。それを一度で理解するのを無意識にセーブしたのだ。キャパオーバーしないように。
 つまり、太公望の服の紐をいじらないよう、代わりに手を握っていてほしい。あと、毎晩事に及んでも、としては――

「かっ…………!」
「たい……えっ!? なんで泣いてるの!?」
「かわいい……可愛すぎ……」

 の発言をゆっくりかみ砕いたところで、結果は変わらなかった。可愛すぎて泣けてきた。大きすぎる感情を覚えると泣いてしまうというのは、英霊となった身でも変わらないらしい。口元を覆って泣き始めた太公望に、は驚きながらもティッシュを取った。
 その後。寝る前のおしゃべりの時間、の手を握りしめて、今まで以上にニコニコと笑って彼女の話を聞く太公望の姿があったという。


←小ネタ1                        小ネタ3→

 

inserted by FC2 system