小ネタ 寝たフリをするぐだと構ってほしい太公望。甘め
ある日の夕食前のこと。
午後の日課を早く終えたは、マイルームへと戻った。夕食の時間まであと四十分ほどと、微妙な隙間時間だった。食堂で暇なサーヴァントとおしゃべりをして夕食を待ってもよかったが、調理の匂いが立ちこめる中で四十分は耐えられそうにない。自室で本を読むなりなんなりで時間を潰すことにした。
「ただいまー」
自室の扉を開けると、そこには殺風景な部屋があるだけだった。勝手に部屋に侵入してを待ち構えていることがある、恋人の太公望がいるのではないかと一瞬思ったが、今日は別の場所にいるようだ。
ベッドに腰掛け、靴と靴下を脱ぐとそのまま横になる。不思議なことに、横になっただけで途端に眠気を感じ、瞼が重くなった。
(このところ、睡眠時間短いしなあ……アラームセットして、ちょっとだけ寝ちゃおうかな)
太公望と夜に睦み合うようになってから、やはりというか睡眠時間が削られている。太公望自身はの体調のことを一番に優先してくれるのだが、愛し合う行為はサクッと終わるものでもなく、どうしてもの睡眠時間を使うことになる。それゆえ、こんなふうにすぐに睡魔が襲ってくることになるのだろう。
端末を操作して夕食の時間にアラームをセットすると、再び目を閉じる。どんどんと瞼の奥の闇が濃くなっていき、そう時間をかけずに意識を手放した。
***
「、太公望です。そろそろ夕食の時間ですよ」
太公望の声が聞こえ、は眠りの世界から現実へと引き戻された。薄らと目を開けて端末を確認すると、夕食の時間まであと数分といった時間だった。太公望はを呼びに来たらしい。
(起きなきゃ……でも、すごく眠い……あと五分だけ……)
どうせアラームも鳴ることだし、夕食も時間ぴったりに行かなくてはいけないというわけでもない。もう少しだけ寝ても構わないだろうと、は目を閉じた。
「、入りますよ。……おや」
入りますよ、と言った割に扉が開く音はなく、次の瞬間には太公望の声がすぐ近くにあった。目を閉じていても、扉からではなく術を駆使して中へ入ってきたのだとわかった。
寝ているを見て、太公望は声を潜めた。ベッドに腰掛けるような軋みが走った後、こちらを覗き込んでいる気配がする。
「……寝て、ますね」
もう少し寝ようと思って目を閉じたが、これでは落ち着かない。しかし、依然として瞼は重い。
「お疲れのようだし、もう少し眠っててもいいですよ。僕がちゃんと起こしますから」
と、囁き声がした。まるでの心を読み取ったかのような言葉である。半ば起きていることがバレてるんじゃないかとドキリとしただが、目は開けなかった。
(太公望もこう言ってるし、もう少し寝る……)
そう思い、再び力を抜いて寝ようとした時だった。太公望の指がの髪を梳いた。
「フフ……可愛い寝顔」
額の髪をかき分け、サイドに流すように指がこめかみを掠める。指はそのまま、耳元に流れ着く。
(……っ!)
指が耳に触れた途端、そこに甘い感覚が走る。元々耳元が弱く、太公望と交際し始めてから彼がことある事に触ってくることもあって、今ではすっかり敏感なところになってしまった。こうして指が少し触れるだけでもゾクゾクとしたものがよぎる。相手がの体を開いた太公望であるなら尚更だ。
太公望の指が、そっと耳の襞を撫でる。あの艶かしい白い指が耳を這っているのだと思うと、甘い感覚が大きくなった気がして、声が出そうになる。
(んっ……だめ、そこ、触らないで……)
の心の声とは裏腹に、太公望の指は耳たぶをつんつんとつついたり、やんわりと摘んだりしていじるのをやめない。
「っ……、」
目を閉じているからか、次に太公望がなにをするのかが予測できず、いじられている側の耳元だけ感覚が鋭くなったような気がする。こっそりと拳を握り、息を吐いて反応しそうになる体を押さえつけることしかできない。
不意に、太公望の指が耳から離れていった。
(……? いじるの、やめた……のかな?)
よかった、これで寝ることに集中できる。そう思った矢先、今度はベッドがすぐ近くで軋み、太公望の低い声が耳元を襲った。
「寝ていても反応するんですね。耳が真っ赤になってる」
(……!)
「本当に敏感ですね、あなたのここ」
(――っ!)
声だけで人を籠絡できるのではないかと思うほどの低音を吹き込まれ、思わず耳を覆いたくなった。なんとか衝動を耐え忍んでいると、そんなを嘲笑うかのように太公望のくちびるが耳たぶを食んだ。
「ぅ、っ、……!」
ちゅ、という吸い付く音が直接耳に入ってくる。ねちょりと舌が動く音が――
もはや寝直すどころではない。知らず知らずのうちに息は上がり、耳元と顔が熱い。太公望の言うように、おそらく耳も顔も赤くなっているのだ。
もう、これ以上は。
そう思って目を開ける寸前に、太公望の押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「狸寝入り、下手ですね」
「!!」
「僕はこのまま続けてもいいけど……どの道、もう時間ですね」
ピピピピッ、ピピピピッ、――
目を開けて太公望を見上げると、艶然とした笑みを浮かべてを見つめていた。すぐにいつもの糸目になってにっこり笑うと、枕元の端末を手に取ってアラームを止めた。
「い、いつから起きてるって気づいて」
「部屋に入って、あなたの顔を覗き込んだ時から、ですかね。半分起きてるなあ、ぐらいの感覚ですけど」
「ほぼ最初からじゃん! なんで、こんな……」
「うーん……はじめは、寝顔可愛いな〜って見てるだけのつもりだったんですけど、なんでかなァ……やっぱり、あなたがえっちな反応するからですね、うん」
「なにがやっぱりだ! ばか、エロ道士!」
「だってぇ、どうせ起きてるんだったら構ってほしいんですもん」
「うう……は、恥ずかしい……」
寝たフリが筒抜けだったなんて。は恥ずかしさで両手で顔を覆った。確かに内心を見透かしたようなことを言ってきたので、その時点でなにか怪しいと思えばよかった。
そんなを「はあ、もう、可愛すぎ……」と呟いてぎゅうっと抱きしめる太公望。逃げられないの額や頬にキスを落として、しばらくを可愛がっていた。
数分後、名残惜しそうにから離れた太公望が、手を差し出してきた。
「さて、もうそろそろ食堂へ行きましょう。お腹すいたでしょう」
「うん」
なにはともあれ、三十分ほど仮眠できて頭は少しすっきりした。ただ、寝たフリ云々のやり取りで若干精神的に消耗したので、今度からは絶対に素直に起きようと思った。
手を取って立ち上がったに、太公望が耳打ちする。
「この続きは、また夜にしましょうね」
「え? ……!! もう、すぐそういうこと言う……! このエロ道士!」
「あっはっはっは! も〜怒ってる顔も可愛いんだから」
「は、はなせ〜!」
などとじゃれ合っているうちに刻々と夕食の時間は過ぎていき。
心配したマシュが呼びに来ると、顔を真っ赤にしたと、幸せそうに顔を緩ませた太公望が飽きもせずいちゃついていたそうな。
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