酔いどれ軍師


 ある夜のこと。
 その日太公望は、軍師系サーヴァントが集まる軍師会という名の集まりに出席するため、の元を離れていた。夕食も久しぶりに彼抜きでマシュと一緒に食べ、シャワーを浴びて髪を自分で乾かす。髪を自分で整えるのもかなり久しぶりだった。いつもはあれこれと太公望がやってくれるので、ブラシが置いてある場所を忘れてかけていたほどだった。
 軍師会が一体なにをやっているのか、詳細はも知らない。ただ、お酒を飲みつつ書の内容を議論したりなんだりと、インテリ系の彼らにとっては楽しい時間となっているようだった。
 とはいえ、軍師会はカルデアの消灯時間を守って行われている。なので、がシャワーを浴び終わる頃には太公望もの部屋に帰ってきて、夜の挨拶をして休む……というのが常なのだが、今日は髪を乾かし終わって、もう寝るという時間になっても帰ってきていなかった。

(議論が白熱してる……とか? まあ、サーヴァントに関しては特に消灯時間を過ぎちゃいけないなんてこともないだろうけど……)

 ただ、消費電力の都合上、スタッフにあまりいい顔はされないだろう。できる節約はしておいて損はない。はTシャツ短パンの寝巻きのままスリッパを履き、部屋を出た。

「軍師会の連中? ああ……一時間ほど前に、酒瓶を片手にどこかへ連れ立って行ったよ。あの様子ならレクリエーションルームあたりだろう」

 食堂の中には誰の姿もなく、キッチンで明日の仕込みをしている赤い弓兵に尋ねてみた。彼は片眉をひそめると、手を休めずにの問いに答えた。
 エミヤに礼を言うと、レクリエーションルームに足をのばす。軍師系サーヴァントの面々がその部屋にいるところを、今まで見たことがない。一体なにをしに遊戯室に……と思いつつ、部屋に入ると、一目で理解した。
 第三再臨の太公望、孔明、陳宮、そしてなぜか荊軻の四人で雀卓を囲んでいたのだ。

「ん? なんだ、マスターじゃないか。もう就寝時間のはずだが」
「ふむ。大方、太公望殿を迎えに来たのではないのですか。いつもはもう少し早くお開きになりますから」
「ちょうどいい、マスター。この酔っ払いの名軍師殿を持ち帰ってくれないか」
「え?」

 のほうに背中を向けて座っていた太公望を指差して、孔明がため息をついた。いきなり呼ばれ、少々戸惑いつつ太公望たちの雀卓に近づくと、太公望がこちらを振り返った。その顔を見て、はぎょっと目を開いた。

「あ、ぁ〜!」

 を視界に入れるなり、へらっと表情を崩した太公望。その頬と目元は赤く染まり、周囲には若干のアルコール臭がする。

「た、太公望、すごく酔っ払ってる……!?」
「だから、そう言っている」
「普段、こんなに酔わないのに……」
「さあ、今日はそういう気分だったんじゃないか。こちらが勧めるままに飲んでいたぞ」

 サーヴァントが酔っ払うなんてあり得ることなのか。と思いつつ、太公望の横に座っている荊軻を見て、考えを改めた。荊軻がいつも酔っ払っているところを見るに、酔おうと思えば酔えるのだろう。
 などと考えていると、いきなり太公望がに抱き着いてきた。麻雀そっちのけである。

「わっ、ちょっ……!」
、僕を迎えに来てくれたんですか? 僕もが恋しくて恋しくてぇ」

 の胸に顔を埋めながら間延びした声を出す太公望。こんな衆目の前でいちゃつき始める太公望は初めてである。

「た、太公望……! やだ、もう、みんなの前で……!」
「恥ずかしがって、もう〜かわいい〜」
「は、離れてったら!」
「太公望殿は、先ほどからずっとその調子で惚気三昧でしてな」
「え!?」
「おかげで、意図せずして君たちの赤裸々な事情に詳しくなってしまった」
「赤裸々な事情!? なにそれ!?」

 陳宮も荊軻も淡々と手牌を切りながら言うが、それが逆に恐ろしい。赤裸々とは一体、太公望はどんなことを話したのだろうか。

「週に大体五日くらい抱いてるとか」
「ばかーーー!!!」

 ぼそっと荊軻が漏らした赤裸々な事情の内容に、は思わず名軍師の頭をはたいた。赤裸々ってそういう方面のことだったのか。自分たちの性生活の一端を知られてしまうなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「嘘だからね!? 太公望が酔っ払って言っただけだから信じないで〜!」

 が真っ赤になって否定するが、ほかの三人はなんとも言えない表情を返すだけだった。そんなに必死になって否定すると、逆に説得力を増すのに……といった空気である。
 シャワーを浴びたのにもう汗だくになってしまっているをよそに、抱き着いている男から再び間延びした声が上がった。

、今夜もたくさん愛し合いましょうねぇ」

 こんなことを言いつつ、太公望はの頬にキスをして尻や太ももを撫でてくる。この後部屋に帰ったらそういうことなんだろうなと丸わかりな発言に、は一気に顔が熱くなった。

「ば、ばかばか! なんでそういうことみんなの前で言っちゃうの!」

 と言って太公望の肩を押してもびくともしない。軍師のくせに普段鉄の塊を振り回しているせいか、見かけによらず力は強いのだ。

「見ての通りだ、マスター。お前の恋人殿はかなり酔っ払って正気を失い、さっきから麻雀もままならん。早く持ち帰ってくれ」
「私たちもお開きにするか」

 どうやら色ボケで場が白けてしまったようで、三人は牌を片付け始めた。もう太公望は完全にのことしか目に入ってないし、でそろそろ部屋に戻らなくてはいけない。タイミングとしてはちょうどよかったのだろう。

「もうお開きだって。部屋に帰るよ、太公望。立って」
「りつかぁ」
「わ、わかったから……部屋に帰ったらね。ほら」

 に抱きついて離れようとしない太公望を剥がし、三人に挨拶してレクリエーションルームを出る。に手を引かれるままに後ろから太公望がついてくる。心配になってちらりと振り向くと、へらっと眉尻を下げて笑う。第三再臨の立派な出で立ちなのに、その表情はやけに幼く見えた。
 部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。いらぬ汗をかいてしまったし、ここまで大の男を引っ張ってくるのもなかなか大変だった。
 太公望はこの後どうするのか――そう思った時だった。後ろから抱き着かれ、ベッドになだれ込むように押し倒された。

「た、太公望?」
、僕の可愛い人」
「ひゃ、ん」

 目に付いたの耳たぶを吸って、頬にもキスをして、くちびるに吸い付いてきた。ちゅっ、ちゅう、と露骨な音を立てて次々に吸ってくる。

。好き、可愛い、大好き」
「っ……! た、たい……んっ」

 キスの合間にひっきりなしに愛の言葉が降ってくる。愛を囁かれるのはいつものことだが、こんなに浴びせられるのは初めてのことだった。
 になにも喋らせないようなキスと愛の言葉に、体も熱を帯びていく。のくちびるが腫れるのではないかというほどに吸い付いた後は、舌をねじ込んできた。ほんのりと酒の味がする熱い舌が口内を這い回る。いつもならゆっくりとの口内を緩急をつけてまさぐってくるが、今日はダイレクトに舌を絡めとってくる。

「ん、んんっ……! は、んっ、太公望」
「欲しい、……」
「……!」

 太公望はくちびるについた唾液を舐めると、両手での胸を揉みながら首筋に吸い付いてきた。一瞬チリっと熱のような痛みが走る。今のは、もしかしてキスマークをつけられたのだろうか。キスマークをつけられたことがないし、首筋は自分では見られないのでわからなかった。
 考えているうちにも太公望の手は進む。早々にTシャツをまくり上げ、シンプルな黒のブラジャーをたくし上げる。が声を出す頃には、白い胸元にしゃぶりついていた。

「あっ、太公望……ん、っ」
「綺麗な肌…………」
「あっ、ン」
「綺麗、可愛い、……」

 の胸を揉みしだき、片方の頂きを口に含んでは舐めしゃぶる。赤く硬くなると、もう片方も同じようにする。ちゅぱ、と吸い付く音と、ちゅくちゅく、と口の中で乳首を嬲る音が、なんの遠慮もなく室内に響く。合間に囁かれる甘い言葉といやらしい音、体への性急な愛撫に、はもう嬌声を上げるしかできなかった。
 一瞬痛みが胸の上に走る。視線を下に向けると、吸われた箇所が赤く鬱血していた。

(やっぱり、キスマーク……普段、しないのに……)

 キスマークは、強く吸い付いて内出血を起こしたところをそう呼ぶ。太公望は、例え恋人どうしの行為の一環であってもの体を傷つけたくないようで、今までキスマークはつけなかったのだが。
 強く吸いつかれた柔らかい肌は、濃い赤に変色している。胸の周囲にいくつか痕を残すと、また乳首を舐めた。太公望の舌がぺろりと胸の赤い飾りを舐めるところを見てしまい、カッと顔に血が上った。

「んっ、は、あっ」

 太公望の伏せられた形の良い瞼を、まつ毛が縁どっている。細面の美人、といった表現がぴったりと当てはまる。その彼が、今はの胸の飾りを一心に舐めしゃぶっている。舌がいやらしく這い、時折くちびるが吸うさまがなんとも淫靡で、なぜだか目が離せない。

「んんっ……! そんな、胸ばっかり……」
「気持ちいい?」
「うん……なんか、えっちなことされてるって気がして……」
「舐められてるところ見て、興奮した?」
「っ……う、ん……」
「フフ、もう、可愛いなァ……」

 と言って顔を緩ませるところは普段の太公望なのに、やっていることはいやらしくて。酒のせいか、普段よりも少し強引で、肌をまさぐる手やくちびる、舌が熱い。キスと胸への愛撫だけなのに、自分の体がすでに十分高まっていることをは感じていた。だから、ショートパンツと下着を丸ごと脱がされ、股の中心を探られて湿った音が聞こえてきた時には、性感の傍らでやっぱりな、と思う自分がいた。

「すごい、、こんなに濡れて……」
「やだぁ、言わないで……」

 溢れていた愛液を指で掬い、指の間で糸を引くさまを嬉しそうに眺めた太公望は、指の愛液を舐めてからまた割れ目に指を埋めた。入口をほぐすようにゆっくりと動かした後、の性感帯を直接刺激し始めた。

「あっ! あ、んっ」

 指の腹がの内部をぐにぐにと押し、直接的な快感に高い声が出る。指が蠢くたびにくちゅくちゅと水音が鳴る。

「あっ、うっ、そんなにしたら、イっ……!」

 いつの間にか二本に増えていた指によって、優しく、しかし容赦なく追い立てられ、はあっけなく達した。

、可愛い……」

 太公望は愛液で濡れた指を舐めてから、絶頂の余韻で息を乱しているのくちびるに吸い付いた。今日はやけにキスが多い。けれど、もキスは好きだ。喜んで太公望の背に腕を回してくちびるを受け入れる。

「ん、太公望……」
「イく時の顔、可愛い」
「なっ……! は、恥ずかしいから、そんなの見ないで……」
「フフ、ダメ。の感じてる顔、可愛くて、いやらしくて……一番興奮する……」
「……! や、恥ずかしいってば……もう、そんなに言うなら、自分も脱いでよ……」

 太公望はまだ三臨の着込んだ姿だった。黒い外套は床に落ち、着ているものも多少着崩れているが、全裸のとは天地の差だった。
 悔し紛れにそう言うと、太公望は忘れていたとでも言うように瞬いた。それからまた顔を緩ませると、の耳に囁いた。

が脱がせて。いつかみたいに」
「えっ……!?」
「一度脱がせたことがあるんだから、ね?」
「た、太公望……」
「ほら……僕を脱がせて、
「……!」

 甘く掠れる低音を耳に吹き込まれ、ぞくりと体が震える。が耳と、太公望の低い声にめっぽう弱いとわかっていてやっている。この声を吹き込まれると抗う力を削がれ、なぜだか言うことを聞いてしまうのだ。
 太公望が動けなくなったを抱いて、ベッドを転がった。太公望の体の上に乗ったを、薄紫の瞳が見つめている。彼がの手を取り、先を促すように帯に触れさせる。彼の上に乗って服を脱がせることに羞恥心もあったが、体の疼きがの背を押した。
 帯や腰紐を解き、衣服がシーツの上に折り重なっていく。が恥ずかしそうにしながらも少しずつ自分の服を脱がせていくさまを、太公望は熱のこもった目で眺めていた。
 の白い小さな手。右手は令呪が刻まれて、赤と白のコントラストが目に鮮やかで。自分の腰の上に、の細い腰が乗っている。形のいい豊かな膨らみと、少女らしい線の細い腰が。

「あっ……」

 気がつけば、太公望はの体に触れていた。くびれを描く曲線をなぞるように、わき腹から腰へ、さらにその下へと手のひらでなぞっていく。足の付け根にたどり着いた手は、さらに体の中心の茂みをかき分けて、奥へと進んでいく。

「や、あっ……」

 割れ目に到達した指がそこに触れると、ちゅく、と音が鳴った。溢れていたものが指に絡みついて、太公望の服に滴り落ちる。

、さっきよりも濡れてる……僕を脱がそうとして、興奮した?」
「っ……! ち、ちが、ぁんっ……」
「えっちだなァ、は……」
「、太公望っ……」

 太公望に責められながらもなんとか服を脱がせるのを続けようとするが、指が性感帯である割れ目をねっとりと嬲ってくる。くちゅ、にちゅ、と粘着質な音が、指がゆっくりと割れ目を往復するたびに響く。そこをいじられるたびに、の手が止まる。
 そこは、確かに気持ちいい。けれど、決定的な、もっと深い快楽が欲しくなってくる。一度達してもう十分高まっている体は焦れつつあった。
 早く、太公望を脱がさなければ。全部脱がせば、きっと体が求めている深い快感を得られるはず――
 そう思い、最後の腰紐を解いて黒い服を脱がせる。太公望はつけ襟と下着だけの姿になった。あと、これを脱がせば――下着の紐に手をかけた瞬間だった。太公望が、自分の下履きを蹴るようにして脱ぎ、の腰を掴んで性急に挿入してきた。

「あっ――!」

 いきなり割り入ってきたモノは硬く、熱い。それでも、のそこは十分ほぐされていたので、痛みもなくすべてが収まった。太公望の下生えが足の付け根に触れる。

「太公望、そんな、いきなり……」
、可愛い……もう、我慢できない……」
「は、あんっ……!」

 太公望が鬱陶しそうにつけ襟を外してベッドの外に放ると、本格的に下からの突き上げが始まった。待ち望んでいたより深い快楽が全身に走る。

「あっ、あっ、そこ、深い……!」
「奥、気持ちいい?」
「っ、うん、きもちいいっ、あっ……!」

 気を抜けば力が抜けそうになる体を気力で起こし、太公望の動きに合わせて腰を浮かせる。ふたりの動きが噛み合うと最奥に太公望の肉の棒が当たり、頭が真っ白になりそうなほど気持ちいい。
 中途半端に紐を解いていた太公望の下着を握りしめると、下着がはだけて隠れていた彼の裸身があらわになった。細身だが鍛えられた体は思いのほかたくましい。上半身の筋肉の凹凸を確かめるように手を這わすと、太公望が柳眉をひそめた。

……!」
「あっ、ああっ、だ、め、イっちゃう……!」

 太公望は腹に当てられていたの両手を掴み、引き寄せながら突き上げた。太公望の上での体が弾み、その勢いのまま引き寄せられて先端が奥に届く。前戯で一度達していた体はひとたまりもなく、自分の声ではないような高い声を上げては果てた。
 体が勝手に張り詰めた後、一気に崩れ落ちるのを、太公望が上体を起こして抱き留めた。が太公望に抱っこされるような形になる。

「こうすると抱き合えるし、キスもできる。繋がってるところも見える……」
「あ……んっ、太公望……」

 熱に浮かされたような太公望の声がした後、強く抱き寄せられた。も彼の背に腕を回して抱き着くと、くちびるが口をふさいでくる。そのままふたりで抱き合って、舌を絡ませながら繋がって、ベッドの上でゆらゆらと揺れる。
 上も下も繋がって、さらに体の隙間を埋めるように抱き合っている。この密着が、たまらなく幸せに感じる。肌も呼吸も粘膜も擦り合わせて、熱も汗も唾液も交換して。こんな格好で交わり合うことが、こんなにも幸福感を覚えるだなんて。

「は、あっ、んっ……これ、すごいっ……! きもちいいよぉ……!」
「僕も、すごくいい……の全部、感じる……」
「あっ、ん、イ、く、ぅっ……!」
「っ……!」

 トントンと奥を優しく突かれ、絶頂の波が迫ったは太公望の肩に強く抱き着いた。膣内の収縮に耐えているのか、太公望の熱い息が耳と肩にかかった。
 太公望は、力が抜けたの体を押し倒して覆いかぶさった。もう一度中に挿入され、荒い息を吐いていた口から勝手に嬌声が上がった。

……」
「あっ……太公望、太公望……」

 太公望の長い髪が前に流れ、の体を掠める。黒髪が汗で濡れたの肌に貼り付き、白い肌に模様を作った。
 の体の横に手をついて律動する太公望を、下から見上げる。快楽に耐える眉と、熱を孕んだ薄紫の瞳。汗に濡れる細面にも、黒髪が貼り付いていた。その顔が綺麗で、淫靡で――目が離せない。

「――あんまり、見ないで」

 どれくらい見つめていたのかわからないが、不意に太公望が言った。

「僕も、余裕ないから」

 太公望が言っていることは理解できる。頭では理解しているのに、目は太公望を見つめたままだった。
 好きな人が、必死になって自分を求めてくれる姿だから、どうしても目が離せない。

「太公望……好き、大好き……」
「っ、……!」

 いつの間にか、そう口からこぼれていた。それを聞いた太公望がすぐさまくちびるを重ねてくる。めちゃくちゃに口内を貪られながら、腰の突き上げも激しさを増していく。

「あっ、あ、んっ……! ああっ!」
「――っ!」

 太公望に強く抱きついて、は昇りつめた。その後を追うかのように太公望の低い唸り声がして、強く腰を押し付けられたかと思うと、体内になにかが広がっていく感触があった。

 ***

 激しい行為が終わった後、ふたりは裸のままベッドで寄り添っていた。いつもなら汗を流さないと風邪を引くとか、きれいにして清潔にしておかないと、とか言ってすぐにシャワーを浴びさせようとしてくる太公望だが、今夜はなにも言わなかった。もう繋がってはいないが、体をくっつけ合って、の体をあちこち触ったり肌を撫でたり、キスをひっきりなしに落としてくる。酔いはとっくに醒めているようだ。
 我を忘れるような深い快楽に身を委ねるのもいいが、こうやって触れ合っている時間も好きだった。
 指と指を絡ませて手を繋ぐ。こうすると、太公望の手が大きくてだんだんと痛くなってくるのだが、この繋ぎ方が恋人らしくていい。

「もし、あなたがマスターじゃなくて、僕もサーヴァントじゃない……普通の、生きている人間どうしで出会っていたら……」

 ぽつりと太公望がこぼした。と太公望のことを話しているが、独り言のような調子の声だった。

「ごく普通に恋をして、結ばれて、あなたは僕の子供を産んで、ふたりで子供を育てて、ふたりで老いていく……そんな世界も、あったのかな」

 太公望が言っているのは、もしもの世界だ。今ではない、どこかの世界であったかもしれない出来事。太公望は自分がどのような千里眼を持っているか濁して明かさないが、もしかしたら千里眼でそんな世界のことを見たのかもしれない。もしくは、ただ想像で言っているか。

「なんか……道士じゃない太公望って、想像つかないかも」
「案外、バリバリ働いてるかもしれませんよ。あなたがマスターになる前に住んでいた日本は、僕の故郷の隣の国だし。ある日偶然出会う、なんてことも、なくはないと思いません?」
「まあ……確かに、なくはない、のかな?」
「もし別の世界でも出会ったら……その時は、また僕のことを好きになってくれますよね、
「え?」
「うん、今もこんなに僕を好きになってくれたのことだから、別の世界でもまた僕を好きになって、僕の奥さんになってくれますよね、たぶん!」

 などと満面の笑みで自信満々に言うものだから、なんだか無性に悔しくなった。

「そんな調子に乗っちゃって。もしかしてまだ酔ってる?」

 と、可愛くない反応をしてみた。それを見た太公望は残念がるかと思ったら、さらに満足そうに笑みを深くした。

「ほら、やっぱり否定しない。フフ!」
「なっ……!」
「僕ってば愛されてるなァ……まあ、僕のほうがを好きですけど!」
「〜〜もう、そんなもしもの話なんて知りません! 確かに好きだけど! 調子に乗るな〜!」
「可愛い顔して、本当に可愛いんだから」

 ――こんなふうに他愛のないじゃれ合いの中でも、今ここにいる自分たちの未来の話はしない。本当は、今この自分たちが、結ばれてともに生きられたらいいのに。そう思っているのに、そうは言わない。魔術師とサーヴァントは、本来ならばともに生きられる存在ではないと分かっているから。
 だから、もしも、別の世界で、魔術師とサーヴァントではないふたりで出会ったら。
 その時は――彼が言ったとおりになるのだろう。


←番外編7話                        番外編9話→

 

inserted by FC2 system