愛に埋もれる夜が来る


 男女の営みに痛みを覚えなくなってから、坂を転がり落ちるように快楽を感じるようになった。
 それはおそらく、変わらず丁寧に前戯を施す太公望のおかげでもあるのだろう。彼は行為の度に愛を囁き、飽きもせずにの全身を手や口で愛撫し、蕩かしていく。の体で彼が触れていないところなどないと言っても過言ではないかもしれない。決してを置いて先走ったりはせず、また欲を押し付けたりもしない。の様子に合わせて手を替え品を替え、を愛していくのだ。
 太公望が――心から好きになった人が、自分を心身ともに大切にしてくれる。そしてそれを言葉と行動両方で惜しみなく伝えてくれる。それは本当に幸せで、嬉しいことだと思う。
 だが一方で、は少しもどかしいというか、焦れったく思っていた。

「は、あっ……!」

 今夜も今夜とて睦み合っている。まだ挿入前で、太公望が丹念に前戯を施している最中である。くちびるや胸への愛撫で湿っていた局部は、太公望の指と舌でさらに潤みを増している。最初はあんなに違和感があったのに、今ではすっかり気持ちいいところになってしまったのだから、人の体とは不思議なものだと思う。くちゅくちゅ、と水音を立てながら太公望の指を受け入れているそこは、更なるモノを求めて愛液を滴らせる。
 だが。もっと大きな、深い快感を知ってしまっている身としては、この状態がしばらく続くのも少し酷というか。

「太公望……もう、そこは、いいの……いいから……」
……?」
「も、いいから……この先、して、お願い……」

 太公望の腕に手をかけながら、精一杯先を促す。本当は、こんなことを言うのは恥ずかしくてたまらない。けれど、今までの経験から考えると、この愛撫はまだ結構続く。つまり、挿入前に何度か指や舌でイかされる。それが焦れったくてしょうがないのだ。
 の申し出にきょとんとした顔をしていた太公望は、やがて口元に艷笑を浮かべた。

「この先、って?」
「こ、この先……だから、その……」
「どういうことをしてほしい? 僕はのしてほしいことをするから、言って」
「だからぁ……もう、いじわる……!」
「フフ、すみません。でも、の思ってることと違うことをするわけにもいかないし。ほら、恥ずかしがらずに」

 とは言うが、絶対にに恥ずかしいことを言わせたいだけだと思う。この先の行為、でこの男が見当つかないはずがない。
 が恥ずかしさでまごついていると、太公望の舌がぺろりと割れ目をなぞった。

「あっ! や、太公望、まって」
「どうして? こうしながらでもあなたの言葉を待てるのに」
「あ、ん、だめ、っ……! もう、入れて欲しいの……! もう、十分濡れてるから、入れて……!」

 舌先でそこをなぞられると腰が抜けそうになる。膣口付近も、太公望に触れられるようになってから判明した性感帯のひとつだった。
 耐え切れずにやけくそ気味に言うと、太公望はの股の中心から顔を上げて、驚いたように目を開けた。それから、嬉しそうに笑いながら唸った。

「うーん……それはちょっと、聞けないかも」
「な、なんで……?」
「もう少し高めてからじゃないと。、まだ一度もイってないし」
「……? 今も、十分きもちいいのに……」
「そこは、女性の体の難しさというか、うーん……とにかく、あなたが気持ちよくないと意味がないんです」

 そう言い放つと、愛撫を再開しようとする。

「で、でも……! 太公望は、私のこと……その、早く欲しくない、の?」
「――」

 太公望の雰囲気が変わった。笑っているのに優しい雰囲気ではないというか。今まではの言うことをなんでも聞いてくれて甘やかしてきたが、今の雰囲気の彼にはなにを言っても聞いてくれなさそうな、そんな気さえする。

「たい……あっ! や、あ、ああ……!」

 太公望はその問いには答えず、再びの下の口に舌をねじ込んだ。容赦なく舌を使って秘所を舐め上げ、溢れてきた愛液と唾液が混じったものを啜る。ぴちゃぴちゃ、という舌がそこを荒らす音と、ずずっ、という汁気の多い音が、なんの遠慮もなく室内に響く。

「や、んん、だめ、そんなにしちゃ……!」
「イって、
「は、う、っ――……!」

 敏感な突起を捏ねられて、あっさりと達してしまった。一瞬頭が真っ白になって、そして急激に息が上がり、体の力が抜けていく。下腹部や腰に残る快感でイかされたのだとぼんやり理解する。

「なにを言い出すかと思えば……欲しいに決まってます。本当の本音のところは、今すぐにでも入れてあなたをめちゃくちゃにしたい。僕だけの――」

 太公望の低い声が耳を打つ。達したばかりで思考がうまく働かなかったが、先程の問いに答えていることはわかった。

「それじゃ、なんで」
「自分が気持ちよくなるよりも、が僕で気持ちよくなってるところを見るのが好きだから……ですかね」
「あっ! や、また……!」

 今度は太公望の指が中に入ってきた。すでに性感帯を把握されているため、勝手知ったる内部といった手つきで中を刺激してくる。

と……恋しい人と愛し合えることが嬉しくて、体の欲なんて二の次三の次。あなたを満足させられるなら、それでいいんです」
「んっ、んん……!」
「性急にことを進めてなかなかイけなかったり痛かったりしたら、本末転倒でしょう? だから、焦れったくても十分に高めてからのほうがいい」
「あ、ああっ、だめ、イ……!」
「だから――そんなこと言って、僕を煽らないで。こればかりは僕の言うことを聞いて、

 太公望の静かな声が、愛液をかき混ぜる水音の合間に聞こえてくる。若干困ったような色を帯びている。心の奥底にある欲を押さえつけているところにが煽るようなことを言ったので、太公望としてはこちらの気も知らないで、といったところだろうか。

「は、あっ、ああっ……!」

 指がゆっくりと優しく、しかし絶え間なく中のいいところを刺激する。先程達したばかりのには、優しい手つきであっても十分すぎるほどで、またあっけなく達してしまった。
 太公望は自分の服を脱ぎながら、息を乱すに向かって微笑む。

「まァ、あなたが僕に突き上げられてイきまくってるところを見るのが好きというか冥利に尽きるというのもありますけど。こうやって入れる前に時間をたっぷり使うのも、そのためというか……」
「はあっ……、絶対、今のやつが本音じゃん……」
「フフ……どちらにしろ、が気持ちよくならないと意味がないというのは変わりません。さて……今日は特別に、もう入れますね。あなたが誘うようなことを言うから、僕ももう、欲しくてたまらない……」
「……! あ、っ――!」

 熱いものがぴたりとあてがわれたかと思うと、ゆっくりと中に入ってきた。十分すぎるほどにほぐされて潤っているそこは、すんなりと太公望を受け入れていく。
 一度達した後の膣内を押し上げて進み、奥に届く瞬間がたまらない。単純に強烈な快感と、欲しかったものを与えられて満たされる感覚が合わさって、これだけで達してしまいそうになる。
 すべて収めた太公望は熱い息を吐き、上体を倒してにキスをする。

……」
「太公望……ん、っ……あっ」

 抱き合ってキスを交わした後、本格的に律動が始まる。中のモノは固く熱く、心なしか動きも少し激しい気がする。羞恥心をねじ伏せてもう入れてと言ったおかげか。

「あっ、あっ、ああっ……!」

 いつもより少々強めでも、の中はすっかり快楽を感じるようになっている。一度達してしまうとその後は簡単に昇りつめてしまう体は、数分と経たずに跳ねた。

、気持ちいい?」
「はあっ、んっ……きもちいい……太公望のえっち、すごくきもちいいから……また、いっぱいイっちゃう……」
「……どこで覚えてくるんでしょうね、そんないやらしいセリフ」

 太公望が口のなかでなにかを呟いた。なにを言っていたかはよく聞き取れなかったが、薄紫の瞳がぎらりと光ったのが見えた。
 性器を引き抜いてを四つん這いに転がした太公望は、腰を持ち上げて後ろから貫いた。

「ああっ! あ、あんっ……!」
「ああ……僕のが奥に届いてるの、わかる?」
「はあっ、あうっ、んぅ……!」
「後ろからだとすぐ届くなァ、の中は」

 太公望の言う通り、後ろからのほうが届きやすい体の構造をしているのか、後ろから突き上げられると痺れるような快感が襲う。こうなると、もうは嬌声を上げることしか出来ない。奥に激しく打ち付けると痛みを覚えることもあるため、太公望の動きは優しい。けれど、小刻みに奥をコツコツとノックするような動きが的確にを追い込んでいく。

「あっ、あんっ、おく、だめ……!」
「だめじゃないくせに……の中、すごく締め付けてくる……」
「や、あっ、んっ」
……」

 吐息混じりの太公望の声が、の背中を掠める。逃げようとする腰を掴んで、優しく、容赦なく責め立ててくる。

「ふ、あっ、う、だ、め、イっちゃ……!」

 シーツを握り締めて波に耐えようとしてみるが、そうしたところで耐えられるものでもなく、甘い声を上げて達してしまった。一瞬息ができなくなって腰が勝手に折れ曲がり、そしてがくりと力が抜ける。荒い息を繰り返す間にも太公望は動きを休めることはなく、極まった膣内を突き続けている。

「はあっ、まって、イったばっかりで、あうっ」
「いいんですよ、何度イっても」
「あ、うぅっ……! それ、むりぃ……!」

 奥の一番感じるところを捏ねられるともうどうしようもない。後ろから貫かれるこの体勢だと腰を掴まれているので逃げることもできず、ただ熱い塊が中をぐちゃぐちゃにかき回すのを享受するしかなかった。
 肩を引き寄せたり、片脚を持ち上げたりと、色んな角度や体勢でを追い立てる太公望。後背位で二、三度が達し、肘に力が入らなくなってベッドに倒れ込んだ。息も絶え絶えになり、勝手に溢れてきた涙がシーツを濡らした。

「はあっ、はっ、ん……」
「はあ、可愛い……こんなに乱れて、……」
「太公望、ん……」

 太公望も繋がったまま上体を倒し、の背中に抱き着いてキスを落とした。も太公望も汗――体を重ねているうちにどちらの汗なのかもわからなくなった――に濡れ、ベッド際の読書灯の光をいやらしく反射している。背中やうなじの滑らかな肌を舐め上げられると、何度も絶頂を迎えて敏感になった体は勝手に反応する。

「あ、んっ……」
「ああ、こんなにいやらしい体になって……」
「……それ、太公望のせいだもん……」
「フフ……ええ、そうですね」
「んっ……」

 仰向けになったに太公望が覆いかぶさり、くちびるを吸われる。も彼の背に両手を回すと、さらにきつく抱きしめられてキスも深まった。
 太公望が再び中に入ってくる。の口からくちびるを離した彼は、の胸を揉みしだきながら腰を動かし始めた。

「可愛い、僕の……」
「あっ、あっ、んっ……!」
「っ、僕も、そろそろ……」

 太公望のくちびるも舌も熱い。彼の痩躯も汗に濡れて、髪が肌に貼り付いている。快楽を耐えているのか柳眉が歪み、頬も紅潮している。細い顎から汗が流れ、の胸に落ちた。

(太公望も、気持ちいいんだ)

 乱れた姿を見ると、だけではなく太公望も感じているんだとわかって、ますます熱が高まる。たまらなく愛おしくなって彼に手を伸ばす。
 自分を求められることが、そしてそれに応えて互いに高まっていくことが、こんなに幸せだなんて。この幸福感を知ってしまったからには、もう知らずにいた頃には戻れない。

「太公望、好き、好き……!」
「っ、……!」

 我慢できないといった様子で律動が激しくなる。の中も、熱と激しさに再び昇りつめる。

「あ、あっ、ああっ……!」

 上に乗った体躯にしがみついて絶頂の波に耐える。太公望も腰を強く押し付けると、締め付けに従って欲望を吐き出した。
 内に広がる熱と感触、そしてどくどくと白濁を吐き出す脈動が、なんともいえず好い。こんな感触が気持ちいいだなんて、少し前のは知らなかった。覆いかぶさってきた熱い体を受け止めて、は嘆息した。そんなのくちびるに太公望の口がかぶさってくる。

「ぁ、ん……」

 こんなふうに抱き合ってキスをしていると、愛されているという感覚で心が満たされていく。言葉だけでも満足していないわけではないが、こうやって体を重ねて愛を交わすことは大切なことなのだ。この幸福感は言葉だけではなかなか味わえない。

「僕も、あなたが好き。愛しています、……」

 絶頂の後の脱力感で動けず、ベッドの上で重なりながら荒い息を吐いているうちに、まぶたが重くなってきた。前戯の段階から含めると何度達したかわからない。最中は眠気など感じなかったが、やはり達するたびに体力を使っているのだ。
 太公望の愛の言葉を子守唄にして、は眠りの世界へ旅立った。


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