溶ける夜、蜜の味


 初めて太公望に抱かれてから五日目の夜。太公望は、が慣れるまで毎晩抱くと言っていたが、実際はそうならなかった。初めての夜の翌日にもう一度、それから一日空いて、昨夜にもう一度。の体力を考えてのことだった。
 の体を開かせるにあたって、太公望はかなり丁寧に、辛抱強く前戯を施す。となると必然的に時間もかかってしまう。さすがにこれを毎晩続けていると、としても寝不足を誤魔化しきれない。太公望は、行為の痛みを感じずに済むように早くの体を馴染ませたかったようだが、こればかりは仕方ないとあっさり折れた。

「あなたが元気でないと意味がありませんしね」
「そういうもの?」
「ええ。あなたの健康を損なってまですることではないですから。あくまで優先順位があるというだけで、あなたが欲しいことには変わりませんけどね」
「そ、そっか……」

 の髪を指で梳きながらさらっと殺し文句を口にしてくる。なんというか、体を重ねるようになってから太公望の声に妙な色気を感じる。明確にを惑わせてくるのだ。その低い声で耳元で囁かれると、体に力が入らなくなってしまう。
 頬を染めてもじもじとしてしまうの肩を抱いて、耳に口を寄せる。

「可愛い人」
「ん、太公望……」
「男と女が閨でどういうことをするのかは、大体わかりました?」
「う、うん……でも、太公望の言う通りにすることしかできないっていうか、ほかのなにかを考える余裕はまだないかも……」
「それって、僕のことは考えてくれてるってこと?」
「う……もう、そうだよ、太公望のことでいっぱいいっぱいなんだから」

 やけくそ気味に答えると、太公望が破顔した。頬にキスを落としてから、耳にくちびるを寄せてくる。

「フフ……僕も、のことで頭がいっぱい。同じですね」
「ん、あっ……」

 これだ。耳元に太公望の低い声を吹き込まれると、途端に考える力を失ってしまう。耳に直接触れられることは言うまでもなく感じてしまうのだが、最近は触れられなくとも、彼の体温が近くにあると思うだけで耳元が敏感になってしまう。
 これは、まぎれもなく太公望のせいだ。行為のたびにを誘惑する声を耳に吹き込むから。いやらしい手つきと舌で触ってくるから――
 目つきがとろんとしてきたを見て、太公望が目を細める。

「可愛い。可愛くて可愛くて……もう、どうにかしてやりたい」
「……!」
「さあ、今夜も……たくさん愛し合いましょう、

 もうよそ事を考える余裕はない。重なったくちびると、服の中に忍んできた手の熱さを感じることしかできない。

 ***

「あっ、ん……」

 長い指が入口を擦ってから中へと入っていく。そこに至るまでの愛撫で十分に濡れている。太公望はの後ろに座り、自分にもたれかけさせるようにして、の体をいじっている。手は胸や秘所を、くちびると舌は耳や首筋を。体を開いていく過程を見せつけるように、太公望はじっくりと丹念に愛撫を施していった。
 薄暗闇の中、太公望に白い体を預けて、脚を開いて彼の指を受け入れる様は、なんともいじらしいものだった。太公望はたまらなくなって、これまでも散々嬲ってきた耳たぶを吸った。

「あっ! ん、耳、そんなに……」
「そんなに、なに?」
「だ、め、しゃべらないで、んっ」
「耳を触ると中が動きますね。自分でわかる?」

 そんなのわかるわけがない。どうして耳を触られるとこんなに反応してしまうのかもわからない。ただ、自分で耳を触っても特になにも感じない。太公望が触れると途端におかしくなる。触れて、低い声で囁かれると、ゾクゾクとしたなにかが走り、体から力を奪ってしまうのだ。

「すごく濡れてる」
「あ、んっ……」
「痛みはどう?」
「うん……大丈夫」

 力なく首を振るしかできないを、後ろから抱えながらさらに指を進める。耳と秘所への直接的な愛撫ですっかり濡れそぼって、太公望の指はなんなく中へと進んでいく。
 中の壁を擦るように指が動く。それと同時に、手のひらで陰核を刺激してくる。

「あっ、ん、……!」

 中が気持ちいいという感覚はまだないが、その突起をいじられるとさすがにひとたまりもない。加えて、耳に吸い付いたり舐めたり、時折乳房を揉んだり乳首を摘んだりと色々な刺激を与えてくる。
 くちゅくちゅと、太公望の指の動きに合わせて湿った音が聞こえてくる。これが自分の体から発せられている音だなんて。それとも、太公望の舌が耳たぶを這う音かもしれない。どちらにしても淫靡な音だ。聞いていると一層体の熱が高まっていくような気がする。

「は、あんっ、ああっ……!」

 太公望が手のひら全体で円を描くように秘所を撫で回し、の体はたまらず波打った。一瞬の後に呼吸は荒くなり、心臓がドクドクとうるさく動く。
 完全に体を預けたを、太公望は強く抱きしめた後、ベッドに寝かせた。服を脱いで自分も全裸になると、白い肌を絶頂の余韻に染めた体に覆いかぶさった。
 興奮で固くなったものの先端が割れ目をさする。熱さを感じた次の瞬間、指よりも大きなものが入ってきた。執拗と言っても過言ではない丁寧な前戯のおかげか、圧迫感はあるものの、さしたる痛みはない。慎重に分け入っていた屹立は、そう長くかからずに奥に到達し、すべて収まった。

「ん……は、あっ……!」
「っ、狭い……痛くない?」
「平気……痛くない、大丈夫だから……太公望……」
……」

 先を促すように太公望の腕に触れると、その手を貝殻のようにつなぎ合わせてから太公望が動き出した。
 中を慣らすためか、それともまだ行為に馴染み切らないの体を慮ってか、ゆっくりと動いている。その間にもキスをしたり胸を触ったり、いろんな手管を使ってくる。
 その一連の動きが続いた、ある時だった。太公望の腰が引いていくタイミングで、中にゾクリとした感覚が走った。

(っ……! いまの、なに……?)

 引いた腰は、また奥へと戻ってくる。奥へとたどり着いた時にも、また同じような感覚。その感覚は、抽挿が繰り返されるたびに大きくなっていくような気がする。
 痛みではない。痛みはとっくになくなっている。ただ、異物が出たり入ったりしているというだけで、なにかを感じたりはしなかったのに。
 これは、もしかして――

「ふ、……あっ、んん……!」
……、声が」
「なんか、へんなの、なか、んっ……!」

 の声の変化に、太公望が腰を止めた。中の壁に走る感覚も同時になくなるが、中に入っている太公望の熱が伝わってきて、なんだかじれったくなってくる。
 もう、大丈夫だから、動いてほしい。の物欲しげな視線を受けて、太公望が律動を再開する。途端に、またあの痺れが膣内に走る。

「あっ、あ、んっ」
……もしかして、気持ちいい?」
「ん、う、わかんない、ぁっ……!」

 奥にぐっと腰を押し付けられると、痺れが一層大きくなった。太公望の腕にしがみついてそれを耐える。中が締まり、太公望も熱い息を吐いて耐える。
 一気に甘さを増した声で、膣内が快楽を感じるようになったことは明らかだった。太公望はの腰を掴み直すと、腰の動きを早めた。

「あっ……! あっ、んっ」
「こんなに可愛い声を出して……どこがの気持ちいいところか、僕に教えて」
「は、あん、そんなの、わかんない、あっ……!」
「、ああ、締まる……」

 まだ感じ始めたばかりで未知の感覚に等しいものを、言語化できるはずもない。しかし、やはり奥を突かれるとえも言われぬ痺れが全身を駆け抜ける。腰が抜けていくようで、けれど中は、太公望を離すまいと逆に締まる。心得たとばかりに太公望はそこを小刻みに突き上げた。

「あっ! は、あっ、だめ、ん……!」

 突き上げは優しいのに、動きは容赦なくを責める。肌を打ち付ける乾いた音と、お互いの荒い呼吸と、自分でも初めて聞く甘い声が室内に響き渡る。

……!」

 太公望がに覆いかぶさって、くちびるを重ねてくる。荒い呼吸の最中に舌を絡め合うと、一層熱が高まるような気がして、夢中で太公望の背にしがみついた。じっとりと湿った背は、太公望の昂りを示している。
 熱の高まりが頂点に達する頃、太公望は腰を強く押し付けて果てた。奥に叩きつけられたものと吐き出された白濁を受け止め、も体を震わせた。

 ***

 情事後は、ベッドの上で乱れた呼吸を整える。太公望の腕に抱かれて体をくっつけていると、安心して落ち着くような、しかしドキドキして浮き足立つような、不思議な気分になる。シャワーで汗を流す前のこの短い時間が、は好きだった。太公望の優しい声と、髪を梳く優しい手つきが、行為後の疲労に心地いい。

「今日は、どうでした? 気持ちよかった?」
「ん……うん、気持ちよかった、のかな? 全然痛くなかった……」
「フフ……それはよかった。これからはもっと気持ちよくなりますよ」
「もっと?」
「もっともっと、あなたの体は変わっていきますよ。僕の手でね」
「こ、これ以上変わるの……?」
「ええ。これからもっと、たくさん気持ちよくしてあげます、……」
「んっ……!」

 太公望はそう言って不意に耳をぺろりと舐め、完全に油断していたは行為中のような高い声を出してしまった。望む反応を見られて満足そうに笑っている糸目をにらむ。

「もう、そこ、ほんとにだめなんだから……」
「だめ?」
「だ、だって……寝れなくなっちゃう……」

 囁かれるだけでいやらしい気分になってしまうようになったのだ。これ以上なにかされると、また体が熱くなってしまいそうだ。そうなると熱を発散させないと眠れないし、発散させるには太公望が必要で――だから、安易に触るのはやめてほしい。
 が耳元の性感をやり過ごしていると、太公望が特大のため息をついた。

「はあ、もう、可愛い……本当に、僕ももうだめかも」
「え?」
「キリがないから一晩につき一度で終わるって自分で決めてたんですよね、僕。でも、そういう可愛いこと言われると、もう一度したくなる」
「……! も、もう一度って」
「自分で決めたことはあんまり破りたくないけど、は可愛いしなァ……」

 冗談めかして言っているが、太公望の目は艶っぽい色を含んでいる。
 確かに、これまでの行為でも太公望が達して、それで終わっていた。そういうものだと思っていたが、一晩で二度三度と続くこともあるのか。太公望がそんなことを心に決めていたことも初耳である。
 がドキドキしながら見つめていると、太公望は目を閉じて息を吐いた。

「まあ、やめておきましょうか。あなたの体に負担にならないように、なんて言ったばかりですし。もう痛みがないとはいえ、体力を使うことには変わりませんから」
「太公望……」
「あと、あんまりやりすぎると色んな人達から怒られますしね。さあ、そろそろシャワーを浴びましょうか」

 と言って、太公望はいつもの糸目になると、立ち上がってを抱え上げた。情事後にこうやってかいがいしく世話を焼いてくれるのも、いつものことになりつつある。

(いいよ、って私が言ったら、太公望はどうしてたんだろう)

 欲を宿した目は本物だったが、こうやってすぐに抑え込んだところを見ると、本当にのことを第一に考えてくれているのだと思う。それを嬉しく思いつつも、欲のままに求められたらどうなってしまうのか、知りたいような気もする。ただ、今は自分から太公望を誘う勇気も余裕もない。もう少し時間と経験が必要だ。
 体を洗おうとする太公望をシャワー室から追い出してドアを閉める。
 体は着々と性行為に慣れつつあるが、心情的には余裕など一切なく、慣れる気配はない。この先、自分から太公望を誘うことができるのだろうか。想像するだけで恥ずかしくて死にそうだが、そうなった時の太公望の反応は見てみたい――などと思いつつ、蛇口をひねるであった。


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