交わす熱、溶ける夜


 明日か明後日にでも押し倒す。
 そう宣言された、明くる日。就寝前のの部屋には、いつものように太公望がいた。シャワーを浴びたの髪を乾かして、櫛で整える。いつものルーティンをいつものように行う太公望を、は緊張しながら鏡越しに眺めていた。
 今夜、これから体を重ねるかもしれない。そう思うと、自然と肩が凝り固まっていくようだった。

。髪、終わりましたよ」
「はっ、はい」

 声が裏返ってしまった。いつものように終わったと声をかけてきただけなのに、こんな過剰な反応をしては、がこの後のことをめちゃくちゃ意識していると言っているようなものだ。
 案の定、後ろで堪えきれなかった笑い声が上がった。後ろから肩を揉まれる。

「も〜そんなに緊張して、可愛いんだから。ほら、リラックスリラックス」
「うう……で、でも」
「あなたは力を抜いて、僕に体を委ねてくれればいいんですよ。ね、難しいことはなにもないでしょう」
「……うん」
「最初のうちは、僕のことでも考えていてください」
「うん……」

 ようするに、慣れるまではなにもしなくていいと言っているのだ。確かに、なにもかも初めてのにできることは、変なことを考えずにリラックスしていることかもしれない。そう考えると、先程よりは幾分緊張がマシになった気がする。
 太公望が、を後ろから抱きしめてきた。

「そんなこと言っておきながら、と言われるかもしれないんですが……、本当に僕でいいんですか?」
「え?」
「本当に、僕があなたの初めての男でいいんですか」

 後ろから抱き着かれているので、彼が今どんな表情をしているのかわからない。けれど、なんとなくわかるような気がする。少し悲しそうな目をして、それをこらえるように口元は笑っているのだ、こういう時は。
 生者であるの大切なものを、本当に影法師にすぎない自分が奪っていいものか。それを気にしているのだ。しかし、それはすでにの中で答えが出ていることだった。それこそ、太公望と想いを交わした時から覚悟はしていることだ。

「気遣ってくれてありがとう、太公望。でも、もう決めたことだから。あなたが何者であろうと、私が好きな人だから。だから、この先も後悔しない」

 この先、たとえ太公望との別れが待ち受けているのだとしても。一緒に過ごせる時間が限られているのだとしても、は後悔しないだろう。初めて恋をして、大きすぎる感情に振り回されて、届かないと切なさに涙して、想いを交わした嬉しさに涙して。たとえそれが、今を生きる存在ではなく、影法師なのだとしても、後悔しない。これだけ好きになったひとなのだから。
 の瞳を見つめていた太公望が、ゆっくりと目を閉じた。なにかを決心するような間を置いて目を開けると、再びを抱き寄せた。

「うん……それなら、もう聞きません。本当は、ここであなたを諌めるのが良きサーヴァントなんでしょうけど。そうするには少し手遅れですね、僕は。あなたの幸せを願う気持ちもなくはないのですが、それよりもなによりも……を誰にも渡したくない。だから、遠慮なくあなたの初めてをもらいます」

 くちびるを奪われる寸前に見た太公望は、見たことがない表情をしていた。
 これからの行為を示唆するかのような色気と、隠しきれない喜色と熱。それらをすべて孕んだくちびるが吸い付いてくる。

「ん、っ……」

 の緊張を解くように、最初は戯れるようなキス。徐々に深いものに変わっていき、呼吸を乱される頃には、は太公望の手によってベッドに寝かされていた。
 ベッドの上にふたり重なってからもまだキスは続いていく。太公望の舌が今までの比ではないくらいにの口内を攻め立てる。自分からはどうしていいのかわからず、ただ太公望の腕を強く握った。

「んっ……! は、ぁ……あっ」

 息継ぎのためにくちびるが離れたその合間に、の頬に添えられていた手が、不意に指を伸ばしての耳たぶを掠めた。ぞくりとした感覚が首筋を走り、思わず高い声が出た。太公望が薄く笑う。

「フフ……ここ、指で触るだけでも感じる?」

 そう言って、指先でゆっくりと耳の襞をなぞる。ゾクゾクとなにかがの体を駆け抜け、イヤイヤと首を振る。

「あっ! ん、や、そこ、」
「いや? どうして?」
「っ……なんか、変になる……!」
「それが感じるってことなんですよ。こんな、触りやすいところに性感帯があるなんて……フフ……」

 太公望は「性感帯があるなんて」の先を言わなかったが、目が妖しく細められたことで、なんとなく言わんとしていることが伝わってくる。はしたない体をしているのだと暗に言われた気がして、は恥ずかしさで固く目を閉じた。
 その隙に太公望は耳に吸い付く。手はのTシャツの裾から中へ侵入し、下着の上から胸を揉んでいた。自然とTシャツはたくし上げられ、スポーツタイプのシンプルな黒のブラジャーが現れる。
 しばらくブラジャーの上から胸を揉んでいた手は、おもむろにブラジャーを上へずらす。抑圧されていたハリのある乳房があらわになる。
 蛍光灯の明かりに晒された胸を、思わず両手で覆い隠す。

「隠さないで」
「だって……は、恥ずかしい……」
「明かり、暗くしますか?」
「……うん、」

 が小さく頷くと、太公望は心得たと枕元のリモコンを手に取る。明るくはないが、お互いの表情はわかる程度に光量を絞った。てっきり真っ暗にするものとばかり思っていたは、有無を言わさずにリモコンを放った太公望を見上げる。

「く、暗くするんじゃないの?」
「しましたよ?」
「だってまだ……」
「これ以上暗くしたら、あなたの表情と体が見えないじゃないですか」
「……!」
「それに、あなたの初めては今夜これっきり。だから、この目に焼き付けておかないと、全部」

 確かに、行為はふたりで行うもので、相手の反応を見ながら事を進めるのは当然のことだし、の初体験を太公望が大切にしたがるのもわかる。
 恥ずかしいが、これからもっと恥ずかしいところも見られることになる。ぎゅっと目をつぶると、胸を隠していた腕をどけた。
 太公望は、まずはのまとっている寝間着と下着をすべて脱がせた。自分も服を脱いで、薄明りの中で晒されたの体を見下ろした。
 白い肌、お椀の形を作る乳房とくびれた腰、すらりと伸びる脚が、淡い色の光に照らされて浮かび上がっている。視線に耐えかねたが腕を動かそうとすると同時に、体のラインに沿って手を這わせてくる。

……」
「っ……、ん、」

 手のひらの感触に、の肌が粟立つ。
 それから、太公望はゆっくりとの体を愛撫していった。肌を撫で、くちびるで吸い、舌で舐める。豊かな乳房も、柔らかな腹も、しなやかな脚も、太公望が触れてないところのほうが少ないほどに。

「あっ、や、そこは……!」

 秘所は、より丁寧だった。自分以外の誰かに初めて触れられる場所であり、そして自分でもよく知らない場所。の様子を観察しながら、太公望は壊れ物を扱うかのようにことさらに時間をかけて解きほぐしていった。

「ひゃっ!」

 指で一番敏感な突起をつついた後、舌がそこを舐めた。シャワーを浴びた後とはいえ、まさかそんなところを舐められるとは思っていなかった。電流のような刺激が下半身に流れ、思わず腰が浮きそうになる。太公望がしっかりと腰を掴んで、さらに突起だけでなくその下の襞や割れ目も舐めしゃぶる。

「あっ! あ、ん、そんな、とこ……!」

 多少湿り気を帯びていたそこを、太公望の舌が蹂躙する。それまでの愛撫で感じていたくすぐったさと恥ずかしさ、それと好きな人に触れられる幸福感が混じった気持ちよさはなんだったのかと言いたくなるような刺激の強さだった。腰だけでなく脚まで自ずと動く。太公望が押さえてないとすぐにでも逃げ出してしまいそうになる。

「はあっ、あ、ん、んんっ……!」

 突起と入り口に沿って舌が這い、時折溢れた内部からの液体を吸われる。それが何度となく続き、の腰が自らの意思とは関係なく跳ねた。その衝動がなんなのか、頭では理解が追いつかないうちに、口元をぬぐった太公望が指を入れてきた。

「指、入れますね」
「はあっ、う、ん……っ、」
「痛い?」
「痛いってほどでもない……けど、なんか変な感じ……」
「痛かったら、すぐに言って」

 太公望の指が一本、誰も触れたことのない中をゆっくりと進む。先ほど軽くイかされたので湿り気は十分だったが、それでもひりひりするような、こそばゆいような感覚がする。指の根元まで入れた太公望は、中をほぐすように動かし始める。
 ゆっくりと入ったり出たり、中を探る動きについては、今はまだなにも感じることがなかった。異物が中に入っている、という感覚でしかない。これが気持ちよく感じる日が来るのだろうか。

「んっ、あっ……」

 突起を再び舌先がつついてきた。そこを触られると、未経験のでも感じてしまうのがわかる。中と花芯を同時にいじられているうちに、気が付けば中に入っている太公望の指は二本になっていた。敏感な突起を舌で吸われながら、二本の指で中を広げられ続け、の秘所からくちゅくちゅとあられもない水音が立つ。

「ふ、うっ……!」

 やがて、異物感も薄れた頃に、太公望が中から指を抜いた。愛液で濡れた指を舐めると、の両脚を広げ、その間に体を寄せてきた。
 真上にある太公望の顔は、を気遣うような優しい表情だった。けれど、切れ長の瞳には高まった熱が込められている。太公望の腕に手を添えると同時に、熱い塊が押し付けられた。
 あんなに丁寧にほぐされたと思っていたのに、それでも未通の秘所は高ぶったものを受け入れるには狭く、文字通り割り裂いて進んでいく。途端に襲い来る痛みに思わず体に力が入る。

、息を吐いて」
「っ、う、ん……っ」
「ごめん、もう少しだから」
「いいの、痛くてもいいから、して、」
……」

 意識して息を吐きだすと、太公望が上体を倒してキスをしてきた。労わるように寄せられたくちびるが嬉しくて、太公望の背に抱きつく。彼の背中、そして合わさった肌が汗ばんでいて、太公望も興奮していることが伝わってきた。
 彼もおそらくこの状態はつらいはず。なのにの体を気遣ってくれることが嬉しくて、自分から舌を差し出した。即座に太公望の舌が迎えに来る。唾液が絡まる音といやらしく絡まってくる舌の感触が、痛みを紛らわす。舌に応えることに集中していると、いつの間にか太公望の腰がぴったりとくっついていた。
 ちゅ、と口に吸い付いてキスが終わる。

「……ごめん、僕もそろそろ限界なので、動きますね」
「うん……いいよ、して、大丈夫だから……」
……」

 上体を起こした太公望が、顔にかかる髪を耳にかける。の腰を掴むと、ゆっくりと動き出した。

「ん、んうっ……」
……可愛い、……僕の……!」
「っ……!」

 優しく中を慣らすように小刻みに動いていた腰が、だんだんと深くなっていく。痛みも次第に薄まり、太公望の熱だけが残る。快楽を感じるにはまだ遠いけれど、恋しい相手が自分を求めてくれることが嬉しく、心が満たされていく。も太公望に手を伸ばし、しがみついて名を呼ぶ。

「太公望……! んっ、はあっ、」
、好き、……!」
「わたしも、好き、好きなの……! もっとして、痛くてもいいから……!」
「っ……! あんまり、可愛いこと言わないで」

 掠れ気味の低い声で呟いた後、腰の動きが早くなった。そこから先はも太公望も無我夢中で、言葉もなく求め合った。嬌声と荒い息遣い、そして互いの名だけ。
 中を突き上げられながらくちびるや胸を貪られる。太公望が触れたところが熱い。彼の熱に当てられて、の体も熱くなっていく。時折滴り落ちてくる太公望の汗がやけにはっきりと感じられた。彼の白い頬も赤く染まって、髪も乱れて汗で顔に貼り付いている。

……!」
「あっ、んっ、ああっ……!」
「っ――……!」

 を強く抱きしめた太公望が息を詰めた。押し付けられた腰と、中になにかが広がっていく感触。ああ、行為が終わったのだとぼんやりと思った。
 息を整えていくうちに熱もだんだんと下がっていき、途端に下腹部に痛みが戻ってきた。破られた直後よりはマシだが、入口のあたりがひりひりする。太公望が中から出ていくといくらか楽になった。

「よしよし、もう大丈夫。よく頑張りましたね。痛いことは終わりましたよ」
「うん……」

 太公望がの頭を撫でてきた。まるで子供をあやすような口調だったが、今はその優しい声が嬉しかった。
 だって本当に痛かった。途中からよく覚えてないが、入ってきた直後はこんなの無理だと思いかけた。太公望が好きで、痛くてもいいから繋がりたいと思っていなければ、気持ちが折れていたかもしれない。

「シャワー浴びる?」
「ん……もうちょっと、くっついてたい……」
「フフ……ええ、じゃあもう少しこうしていましょうか」

 太公望が差し出した腕に頭を乗せると、抱き寄せられた。髪や額、瞼にキスが降ってくる。彼が触れると胸がぎゅっと締め付けられる。嬉しくて苦しくて、好きという気持ちが溢れそうになる。たまらず薄く筋肉がついた胸に抱き着くと、低い笑い声が聞こえてきた。

「はあ、もう、可愛いなァ……でも明日もありますから、あと少ししたらシャワーを浴びて寝ましょうね。傷ついたところは清潔にしておかないと」
「うん……あ、の」
「うん?」
「太公望は、気持ちよかった?」
「え」
「わ、私は途中から夢中で、なにがなんだかわからなかったけど……太公望は、その、ちゃんと気持ちよかったのかな、って……」

 なにせは初めてだったのだ。右も左もわからぬまま、ただ太公望の動きを受け止めていただけだった。の中にまだ残っている情事の証拠からすると、気持ちよかったのは確かだろうが、不安にもなる。
 のなにげない質問に、太公望が固まってしまった。が彼の顔を見上げると、困ったように視線を泳がせる。

「んー、そういうことを聞いちゃうんですか……」
「だ、だって……気になっちゃって……」
「もー、可愛いこと言って……心配しなくても、男は気持ちいいことしかないんです。だからそんなこと気にする必要はないですよ」
「ほんとに?」
「ええ。だから僕のことは気にしないで、は自分の体を労わってください。あともう何回かは痛みを伴うと思うので。さすがに今回より痛いってことはないでしょうけど」
「うん……」

 やはり一度きりの痛みではないのか。まあ確かに、最中に痛みが麻痺していった時も、いきなり気持ちいいということはなかった。体が性行為に慣れるまで、少し時間がかかるのかもしれない。
 疲労で瞼が重くなってきた。それを見た太公望が、さて、と言ってを離した。シャワーを浴びて、寝なければ。太公望が言ったように、明日もある。
 明日といえば。気になったは、太公望の背中に問うた。

「あの……太公望」
「うん?」
「その……明日も、するの?」
「――」

 太公望の目が一瞬鋭く光る。それを誤魔化すようににんまりと目を細め、の耳元で囁く。

「言ったでしょう? 明日もあるって」
「……!!」
「あなたが慣れるまで、毎晩抱きます。だから、自分の体を労わって。もちろん、僕もあなたの負担にならないようにしますけど」
「明日もあるって……そ、そういう意味だったの……?」
「フフ……さあ、どうでしょう 」

 人工的な薄暗闇の中、太公望の瞳は妖しく細められている。情事後の乱れた姿でそんな視線を送られては、色香に当てられてもうなにも言い返せなかった。
 その後、上手く体に力が入らなかったは、太公望から手取り足取り介護を受けつつ汗と体液を流した。体を洗ったり拭いたり髪を乾かしたりと、太公望はかいがいしくの世話を焼いた。
 シャワー後も、下腹部――主に膣口だが、まだなにかが入っているような、じんじんするような感覚が残っていた。

(こんな状態で、今日眠れるかな……)

 と不安になったが、一旦横になると、一日の疲労が出て割とすんなりと寝付いたであった。


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