好奇心の結果


※お題箱より「三臨の重ね着がすごくてなかなか脱がせられないぐだ♀を微笑ましく眺める太公望」


「太公望のその服ってさあ、どうなってるの?」
「はい?」

 の唐突な問いに、隣に座っていた太公望が首を傾げた。
 ボーダー内のの部屋には、向かい合って座るようなところがない。狭いというわけではなく、テーブルのようなものも、来客用の椅子もない。壁に沿って突き出したデスクと椅子、あとはベッドという簡素っぷりだ。だから、太公望がの部屋に訪れる際は、ベッドにふたり並んで座っている。
 今は、の予定が少し早く終わったので、夕食の時間までふたりで過ごしているところである。
 太公望は第三再臨の姿で隣に座っている。普段は楽な軽装か、戦闘についていくとなったら道士服でいることが多い。今回は、夕食の後で孔明や陳宮、司馬懿などが集まる軍師会に参加するため、この格好でいるのだとか。なぜその格好で、と尋ねると、「なんとなく」という答えが返ってきた。気分の問題なのかもしれない。
 太公望が首を傾げた際に、さらりと長い黒髪が流れた。くせのない黒髪はうらやましいほど艶やかである。と、見とれかけて、は首を振った。今問題にしているのはそっちじゃない。彼が着ている服のほうだ。

「傍から見てもすごい厚着に見えて、何枚着てるのかとかどういうふうになってるのかとか気になって」
「はあ、なるほど。確かに、普段の軽装から比べると色々着込んでいるように見えますか」
「うん」
「ふむふむ。そんなに興味あるなら脱がせてみます? ……なんて、さすがに」
「え、いいの? やるやる!」
「え」

 太公望の提案に、は即座に頷いた。裾や袖口から見えるものだけでも、結構な枚数を着ていると思われる第三再臨の姿。それを自らの手で解明できる日が来ようとは。しかも本人からの提案、つまり堂々と確かめられるのだ。これを逃す手はない。なぜか太公望は焦ったような様子だが、の食い付きが想像以上だったのだろう。
 しばし困ったような顔をしていた太公望だったが、の好奇心で輝く瞳を見て、観念したようにのほうへ体を向けた。

「冗談のつもりだったんだけどなァ……」
「え、なんて?」
「……いえ、なにも。さあどうぞ、あなたのお好きなように」

 と言って、一番上に羽織っていた黒い外套を肩から落とした。ばさりと重そうな音を立ててベッドに落ちる。

「じゃあ、遠慮なく。失礼しまーす」

 外套の下の白い衣服に手をかけて脱がせる。日本でいう打掛のようなものだろうか。一番裾が長く、袖が変わった形をしている。続いてその下の黒い羽織も脱がせると、そこからは帯で留められていた。
 黒と赤と金の立派な帯は、が知っているような和服の帯ではなく、どこから解くのかがわからなかった。前に長く垂れている緑の紐を解くのかな、と手を伸ばす。

「そう、その帯はそこと、あと後ろにも結んでるところがあります」
「へえ、そうなんだ」
「意外と重いですからね、この帯。しっかり結ばないと下がってくるので」

 緑の紐を解いた後、太公望の腰に前から両腕を回して後ろの結び目を探す。手探りでそれらしきものを見つけて解くと、帯がはらりと解けた。太公望から離れて帯を手に取ると、確かにずしりと重い。生地も刺繍も立派なものだった。

「うん、確かに重い……あれ、どうしたの?」
「い、いえ、なんでも……」
「?」

 なぜだか太公望が頬を染めて口元を押さえていた。尋ねても濁されたので、まあいいかと深く追及はしないでおく。
 帯の下の腰紐を解いて、外套から数えて四枚目の白い着物を脱がせる。これも和服に似ているが、下前に三つの切れ込みが入っている。動きやすくするためかと思ったが、こんなに厚着で動きやすさを考慮する必要があるのかとも思う。
 その下には絽のような透ける黒の衣服。これも腰紐で留められていたので、それを解いて太公望の肩から落とす。太公望が苦笑いのような顔をしているのが視界の端に映った。

(見たことないような服ばっかりだなあ……当たり前だけど)

 サーヴァントは珍しい格好をしている者が多いせいか、いかに奇抜な格好だろうと初見でそんなに驚くこともなくなってきている――服装より中身のほうが個性的なせいもある――が、こうやって改めて着ている服を見せてもらうのも面白い。今までで脱がせた服は、一番最初に太公望が自ら脱いだマントを含めると五枚。しかも、まだあと三枚ほどありそうだ。
 袖口が絞られた黒い服を脱がそうと、が腰紐に手をかけた時だった。

「ストップ」

 と、太公望の白い手がの手に重なった。
 見ると、太公望が困ったようにを見つめていた。

「この下は下着なので……さすがにこれを脱がされると、僕としても、その、困るというか……」
「え、この下、下着なの? あと三枚くらい着てるように見えるけど」
「……ああ、これのことですか? これはつけ襟なんです、実は」

 そう言って太公望は首元の留め具とボタンをはずす。首の後ろから抜かれたものを見ると、確かにつけ襟だった。袖口が絞られた黒い服と、その下に白い服、そして今外された襟がついた服で最後かと思っていた。つけ襟だったということは、下着の一歩前まで脱がせたということになる。

「ほ、ほんとだ……」
「……フフ、僕をこんな姿にして、一体どうするつもりですか?」
「え」
「こんな、下着同然の格好にまで脱がせて……脱がせるだけで、終わり?」
「わっ」

 いきなり抱き寄せられたかと思うと、そのまま太公望が後ろに倒れこんだ。が太公望の上に乗る形になる。今誰かがこの部屋に入ってきたら、まるでが太公望を押し倒したかのように見える体勢だ。
 太公望がの頬を両手で包み込み、くちびるを重ねてくる。

「ん、っ……」

 軽く合わさった後、舌が入り込んでくる。の口の中、上顎の歯列の裏や、舌に絡みついて愛撫される。ゆっくりと、しかし攻める時はしっかりと。緩急がついた舌の動きに、はたちまち体の力を奪われて、太公望に体重を預けざるを得なくなった。口の中も、ほとんどされるがままになる。

「ぅ、んっ……!」

 のしかかってきたを離さないとでも言うかのように、太公望の片腕がの腰に巻きつく。頬に残ったもう片方の手は後頭部に回り、さらに深く口付けてくる。
 時折くちびるに吸い付いて、また舌を入れて、口の中をまんべんなく舐めて。部屋の中には、くちびるに吸い付くリップ音と、の不慣れな甘い声がしばらく響いた。
 太公望がようやくくちびるを離すと、の舌先から粘性を帯びた唾液が一筋垂れた。自分のくちびるに垂れてきたそれを舌で舐め取って、太公望はを抱いたままベッドを転がった。力が抜けきったはされるがまま太公望の下になり、赤い顔を太公望に晒すこととなった。

「た、太公望……」
「いけない人……男を誘惑しておいて、これで終わると思ってませんね?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「まァ……僕も初めは、慣れない衣服を脱がそうと頑張るあなたを可愛いなァ〜って微笑ましく見てただけなんですが……あなたの指が体に触れて、服を脱がされるたびに、どうしてもね」
「……!」

 つけ襟が外されて、あらわになった白い首と鎖骨。そして、少々乱れた黒い髪と、妖しく細められた薄紫の瞳。それらが合わさったすさまじい色気に、は一瞬呼吸を忘れた。

「僕も、触れたい」

 頬から首に滑っていく太公望の指先は、鎖骨の下にある魔術礼装の留め具を外した。それからジッパーをつまみ、ゆっくりと下げていく。さえぎるものがないジッパーはするすると下げられ、ウエストのあたりで止まった。白い魔術礼装の下に着ていた黒いインナーが顔をのぞかせる。

「た、……!」

 空いたジッパーの間からするりと入り込んできた太公望の手に、思わず声を上げそうになるが、名を呼び終わるよりも先に太公望のくちびるが覆いかぶさってきた。軽く舌を絡ませた後は、耳に吸い付いてくる。熱いくちびると吐息がかかる感触が、の体をおかしくする。

「あっ、だ、ダメ……!」
「ダメ? 体に触ること? それとも、こっち?」
「や、あっ……! そこ、ほんとに……!」
「足が動いてますよ。本当にここが弱いんですね、可愛い……」

 体が勝手に反応して暴れようとする。けれど、上に乗っている太公望には大した影響はなく、耳に吸い付くくちびると胸をやんわりと揉む手は止まることがない。むしろ、その反応を喜んでいる節がある。
 くちびるも、時折かすめる舌先も、吸い付く音も舌の動きで立つ水音も、低くを誘惑する声も、全部いけないのだ。体の中が熱くなって、勝手に声が出て、太公望のことしか考えられなくなる。太公望に心も体も支配されていく。
 の声が一層高くなった頃に、太公望はようやくの耳から離れた。さんざんいじられた耳は、頬と同じように赤く染まっていた。

、好き……あなたが欲しい。もう、いいですか」
「!! ……わ、わたし、も、すき……」

 が消え入りそうな声で返すと、再び口づけが降ってきた。先ほどよりも深く、どことなく激しく。口を吸われている間も太公望の手がの体に触れ、服を脱がせようとさらにジッパーを下げる。
 このまま、今日、ここで――

 ピピピピッ、ピピピピッ。

「!!」

 が覚悟を決めかけた瞬間、枕元に置いてあった携帯端末からアラーム音が鳴った。夕食の時間を知らせるようセットしておいたのだった。
 突然の横やりに、太公望の手が止まり、くちびるも離れた。の意識も、すっかり現実に戻ってしまった。あとには、なんともいえない空気が漂うだけだった。

「………………食堂、行きましょうか」
「……う、うん」

 太公望は観念したように離れ、霊基を調節して軽装の姿になった。も体を起こして服と髪を整える。まだ上手く力が入らない手と、熱を帯びているくちびると耳が、先ほどの行為は現実なのだと物語っていた。
 太公望は間違いなく本気だった。も、今この時奪われてもいいと、覚悟しかけた。これが夕食前の空き時間ではなく、就寝前だったら。おそらく、太公望に身をゆだねて、そのまま。

「はあ……夕食前ということを忘れて夢中になってしまったのが失策でした。締まらないなァ……」
「ご、ごめん……」
「いいえ、あなたのせいじゃないですよ。機を改めることにします。そう遠くないうちに」
「うん……え?」

 立ち上がった太公望は、に手を差し出しながら、にっこりと笑った。

「明日か明後日にでも押し倒すので、覚悟を決めておいてください」
「え……明日か明後日!? はやい!」
「ここまでしたのに、今更我慢なんてできませんから」

 困ったように眉を下げられると、としてもなんとも言い難い。元はと言えば、今回こんなことになったのはが原因のようなものであるし、ここまでしておいて期間を空けられると絶対に変なふうに意識してしまう。
 まさかこんな展開になるとは、太公望の服がどうなっているのかと素朴な疑問を口にした時には想像もしていなかった。好奇心猫をも殺すとはこういうことをいうのだろうか。別に身を滅ぼしてはいないが、思わぬ結果となったことは確かだ。
 だが、それでも。太公望が――好きなひとが、求めてくれるのであれば。その気持ちに応えたいと思う。そして、もまた――
 差し出された太公望の手を取って、部屋を出る。
 明日か明後日かはわからないが、とりあえずの間が空くことは決まった。その時まで、ほかの仲間たちの前でいつも通りの振る舞いができるのか。

(たぶん、無理だろうなあ……気づかないふりしてくれるといいんだけど……)

 今でさえソワソワと浮足立っているのだ。表に出やすいの様子に仲間が気づかないはずがない。
 指摘などされてしまったら、絶対にガチガチに緊張してしまう。いかにがわかりやすくなんとなく察せられても、どうか気づかないふりをしていてほしい。
 食堂までの短い道すがら、そう願うばかりのだった。


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