恋をそそぐきみ


「ひどい有様だな」

 第七特異点からカルデアに帰還し、マイルームの扉をくぐると、キャスターのギルガメッシュがマスターのベッドでくつろいでいた。ベッドの上に大きなクッションをいくつも敷いて、その上に上体を預けている。
 なんでこの部屋にいるんだろうとか、ここに居座る気なのではなかろうかとか、開口一番がそれか、とか、色々言いたいことは浮かんできた。帰ったら言ってやろうと思っていたことも、色々あった。
 けれど、その姿を見ると、そういうことは全部消えてしまった。ただそのひとがいるということを目の前にして、ああ、会いたかったんだと、それだけが胸の内でわかることだった。

「……なにを泣いている」

 ドアの前で突っ立っていると、ギルガメッシュの声が聞こえてきた。珍しく戸惑ったような声。それを聞くと、もういてもたってもいられなくて、その胸に一直線に飛び込んだ。
 ところどころの怪我とか、指先が上手く動かないとか、そんなことは意識の外だった。抱きついた胸から伝わってくる体温と心臓の動きが、どうしようもなく少女の胸を締め付けた。
 わかっている。あの結果でなければ、定礎復元はなしえなかった。けれど、どうしても、あの目の前に散る赤い光景だけは──
 なにも言わずに胸に顔を埋めて泣き出した少女を、ギルガメッシュはなにも言わずに受け入れていた。手を差し出すこともなかったが、拒絶もしなかった。



「気は済んだか」

 ようやく涙が収まり、興奮も落ち着いてきたころに、ギルガメッシュはティッシュを差し出してきた。体を離してそれを受け取る。背中を向けて思いっきり鼻をかんで、ベッドの脇にあるくずかごへと投げ入れた。

「はい……すみません、取り乱しちゃって」
「まったくだ。玉体に許可なく触れた上に汚しおって、不敬であろう。まあ我のあまりの神々しさと勇敢な姿に惚れ直し、再会に感涙するのは当然のことだが」
「……………………うん、えっと、はい、惚れ直しました……」

 自信満々で胸を張るギルガメッシュの言葉に、マスターは珍しく素直にうなずいた。反発したくてたまらない言い草だったが、事実そうだったのだ。
 ギルガメッシュは満足そうに鼻を鳴らすと、隣に腰かけているマスターの腰を撫でた。

「それで、どうだったのだ」
「はい?」
「とぼけるな。生前の我に抱かれてきたのであろう。どうだったかと聞いている」
「あ……」

 すっかり忘れていた。そういえば、第七特異点にレイシフトする前にそんなことを言いつけられていた。あちらの王とはそんな感じの雰囲気になって、結局未遂で終わったが。
 あの時のギルガメッシュの口ぶりからすると、未遂です、などと言ったらただでは済まされないような気配がある。恐る恐るギルガメッシュの顔色をうかがうと、半目でマスターを見返していた。

「貴様、その様子では抱かれておらんな」
「うっ……いや、だって、そんな感じでもなかったし……」
「ええい、言い訳など聞いとらんわ! 千載一遇の機会を逃してしまったではないか!」
「……はい? なんの機会?」
「決まっている、貴様に合法的に種付けするチャンスだ!」
「は、はあああああ?」

 なんかすごい単語が飛び出てきた。間違っても、ボロボロで帰ってきたマスターを出迎えている最中に言うセリフではない。そして、年頃の少女を前にして堂々と胸を張って言うセリフでもない。もともとこの男に対してそんな夢は見ていないが、それでもひどい。
 しかし、そんな複雑な心など知ったこっちゃないとでも言わんばかりに、ギルガメッシュはぷりぷりと怒り出した。

「我の言ったことを遂行せずして帰還してくるとは、いい度胸だな雑種?」
「いやいや無茶ぶりにもほどがありますよ! す、好きな人以外に抱かれて来いだなんて、無理ですってば」
「あれは我であろうが!」
「そうだけどそうじゃなかったんですぅ〜。ていうか、あの切羽詰まった状況でキスまでは頑張ったんだから、そんな怒らなくても……大体、なんで抱かれて来い、だなんて」
「サーヴァントでは子はできん」
「……うん? あの、つまり、王様は私に王様の子供を産んでほしいから、あんな指令を?」
「そうだと言っているではないか、このたわけ」

 むにっ、と頬をつねられた。痛い。キャスターの彼の筋力はCだが、それでも普通につねられると痛い。サーヴァントの力で本気でつねられれば痛いどころではないだろうから、手加減はされているのだとしても普通に痛い。

「痛い痛い痛い! DV、DVですよこれは!」
「なにがDVか! 阿呆な小間使いを躾けているだけだ! 我が手ずから躾けてやっているのだ、伏して感謝するがいい」
「そういうのがDVの始まりになるんですよ!? ていうか、王様が私に子供を産ませたくてあんなことを言ったのはわかりましたけど、理由がわからないというか」
「──なんだと?」

 ギルガメッシュの声が一段低くなった気がした。怒ったのかと顔を盗み見ると、表情は思いのほか静かだった。

「だ、って」

 いつもなら、怒るときは眉を吊り上げて、わかりやすく怒る。こんな表情は見たことがなかった。ばくばくと、心臓の音がやけに大きく鳴り響く。

「王様は、どうしてそこまで、私に──私をどう思ってるのか、わからないから、わからなくて」

 上手く文章にならなかったかもしれない。けれど、ここで怖がってなにも言わなかったら、このままギルガメッシュがどこかへ行ってしまうような、そんな気がして。
 怖かった。自分の思いを告げることよりも、ずっと、それを聞くのが怖かった。
 ギルガメッシュは、自分のことなど本当になんとも思っていないのではないか。

(私は、好きなのに)

「本当に」

 低い声が、静かに耳を打つ。

「──言わねば、わからんのか」

 低くて、静かで、初めて聞くような声。行く先ははっきりしているのに、道がわからずに途方に暮れる子供のような──

「我が貴様をどう思っているか、本当にわからないのか」

 その声を聞いて、今までのことが少女の脳裏をよぎる。
 彼に向き合うのが怖くて逃げた少女を、わざわざ迎えに来てくれたこと。
 いつも暇つぶしだ、と言って興味なさそうにしながらも、勉強につきあってくれたこと。
 初めてのキスと、初めての男女の行為、そのほかにもいろんな初めてをくれたこと。
 口にするのは怖いけれど、自分の心の中で腐っていくのも嫌だった思いを、強引に、けれどちゃんと向き合って、受け止めてくれたこと。
 いつも、いつでもそばにいてくれたこと。
 マスターの隣には、いつでもマシュがいた。隣には立ってくれない。けれど、後ろを振り返ると、いつでも。

「──わかり、ます」

 浮かんでは再び自分の中に沈んでいく、彼との記憶。そのひとつひとつに、表れていた。彼が自分をどう思っているかなど、とっくに。
 この目はなにを見ていたのだろう。彼の姿を追っているとばかり思っていた。その実、自分の恋が傷つかないようにと守ることに必死で、なにも見ていなかった。自分しか見ていなかったのだ。
 それに愛想を尽かすことなく、ずっと。

「なにを泣いている」

 ぽたりと落ちた水滴の音で、自分が泣いているのだとわかった。いまさら、あなたの思いに気がついて、どうしようもなく悔しくて、自分が嫌で。いまさら謝ることも、違う気がして。もうひとつの、胸にあふれる思いを口にした。

「……好きだなぁって、思ったんです。ギル様のことが」

 涙でぐずぐずになっている視界では、男がどんな表情をしていたのかよくわからなかった。けれど、目じりに触れてきたくちびるが、すべてを物語っている。

「……本当に貴様は、仕方のない女だ」

 優しくて、とびきり甘い。



 ずるっ、と中に入っていたものが抜けていったかと思うと、腰をつかまれて体を裏っ返しにされた。そのまま腰を高く持ち上げられて、四つん這いの体勢になる。何度目かの絶頂の後、意識を少し飛ばしていた間に体勢を変えられて、少女は意識を取り戻す。

「あ、や、いったばっかりなのに」
「ほう?」

 頭の後ろから揶揄するような声が降ってきた。中を散々貪られ、すでに溶けきった入口に、熱が擦りつけられる。そのまま入ってくるのかと、来たる衝撃に備えていたのだが、それは入ってくることはなく。くちゅ、と粘着質な音を立てて、離れていった。

「ん、んっ……そ、ん、な……」

 入れてくれないのか、と思うと、また先端が少しだけ侵入して、奥には入らずに抜ける。くちゅ、くちゅり、といういやらしい水音が、少女のなけなしの理性を奪っていく。

「ん、ギル、さまぁ」
「どうした? 果てたばかりで奥まで突かれるのは嫌なのだろう?」
「……やだぁ……これ、やぁ……!」

 秘裂に熱がキスするたびに、その先の強い快感を期待して体が震える。知らず、離れていく剛直を追いかけるように、少女の細腰が動く。涙で濡れた瞳を切なげに細めて、貫かれることを待ち望んでいる。 男から見れば、とんでもなくはしたなく、いじらしい光景だった。

「……っ、お願いします、はやく……!」
「はやく、なんだ?」
「っ……! いじわるしないで……!」
「さて、知らんなぁ?」

 四つん這いの体勢では男の顔はよく見えない。けれど、この状態の少女を、楽しそうに見下ろしてせせら笑っているのは容易に想像できる。屈辱に胸を焼かれそうになりながらも、交合の快楽を刻みこまれてしまったこの体は、一度火がつけば貪欲に求めてしまう。

「ギルさまの、わたしに、入れて、くださいっ……!」

 ぐっと腰を突き出すと、のどの奥で笑うような声がして、直後に衝撃がやってきた。待ち望んでいた、熱い楔が、奥に。

「ひゃあっ! あうっ」
「まあ、及第点をやろう」
「ああっ! き、てる、おくに、ああっ!」
「はっ、この好き者め! 我のこれに食らいついて離さんではないか」

 ぱん、ぱん、と肌がぶつかり合う音が高く響く。激しく奥を突き上げられ、あまりの強い快感に視界がチカチカと白む。

(好き、好き……!)
「くる、きちゃう、いく、ああっ!」
「……っ!」

 その激しい責め立てに耐えかねて、少女は全身を震わせて果てる。ギルガメッシュは腟内の収縮に吐精感を煽られるが、すんでのところで肉棒を引き抜いて耐える。荒い息を吐く少女を再び仰向けに寝転がすと、大きく脚を開かせて、その体に覆いかぶさった。

「あ……また、入って……」

 息を整える間もなく入ってきた熱を受け止め、深く息を吸う少女。体を重ねたことによって間近になった男の顔を見上げる。汗に濡れ、少女程ではないが息を乱している彼の姿に、胸を締め付けられる。

「好き……ギルさまが、好きっ……!」

 体を揺さぶられながら、男の背中にしがみつく。汗で滑りそうになる肌に、なけなしの力を振り絞って強く取りすがる。
 うわ言のように好き、と男の名を繰り返し呼ぶと、それに応えるようにくちびるが降ってきた。顔中に音を立てながら吸い付かれると、そのたびに胸の苦しさが和らいでいくような気がする。

「──」

 耳たぶを軽く食んだくちびるが、低く少女の名を漏らす。思考を溶かす快楽に目を細めていた少女は、一瞬で意識を取り戻してまぶたを開いた。
 目を開けた先には、赤い双眸。
 いつかのように、一番奥の、ひときわ濃い色をした赤が、弾けるように広がって──
 見つめ合っていたのは数瞬だったのか、それとももっと長い時だったか。どちらともなくくちびるを合わせたことで、再び快楽が脳を支配する。
 あとはくちびるも、男も女も、貪り合うだけだ。お互いの体液がびりびりと甘い痺れをもたらして、無我夢中に。

「あっ、はあっ、ギル、さま、ああっ!」
「……っ! く、あっ……!」

 少女が肌を真っ赤に染めて昇り詰めると、男もそれを追って息を詰めた。最奥目掛けて精を放たれ、その刺激にも体を痙攣させる。
 ギルガメッシュは少女の体に覆いかぶさったまま力を抜いている。重いし、怪我にも響いて正直痛い。というか、冷静になってきてみると、怪我をしたまま行為に及んだのであちこち痛い。後で汗を流したら、ドクターのところに行かねばなるまい。
 けれど、どうしようもなく幸せで。いつまでもこうしていたいと思ってしまう。

「ギルさま、好き……」

 もう何度口にしたかわからない。それでも、心からあふれそうになる気持ちを表さずにはいられない。
 少女の声に、ぴくりと体を震わせたギルガメッシュは、少女の上から体をずらした。圧迫していた重みがなくなり、多少は体が楽になる。横向きに体を傾けて向き合うと、ギルガメッシュはなんとも言えない顔をしていた。本当は嬉しいけれど、それを悟られたくなくて精一杯苦々しい顔をしている、ような。

「ギル様は? 私のこと、好き?」

 普段は絶対に訊けないことだが、今のギルガメッシュの表情を見ていると、つい訊いてみたくなった。答えは特に期待してないが、それでも。

「……その身に沁みていよう。言わせるな、馬鹿者が」

 その苦渋に満ちた声音だけで。心を壊してしまうのではないかと思うほどに、満たされていく。


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