色をつけるきみ


「貴様、本当に色気のない下着よな」

 のしかかっている男の声でまぶたを開く。男の顔は呆れに染まっており、視線は少女の体に降りていた。その手は少女の着衣を乱していたのだが、突然手を止めたかと思うと、下着をまじまじと見下ろして先ほどの言葉を放ったのだ。開幕早々失礼すぎる。

「仕方ないじゃないですか。カルデアで支給される下着はこれしかないんですから」

 カルデアの最後のマスターは、男──キャスターのギルガメッシュの言葉にくちびるを尖らせた。外界とのラインが通っていた頃ならいざ知らず、今は絶海の孤島状態にあるのだ。支給されるものを使うしかない。その支給品だって数に限りがある。ものをだいじに。この精神で丁寧に扱って長持ちさせることが第一だ。上下ともなんの装飾もなく、ただ真っ白で無地の下着に対して、うわこれ可愛くないとか、せめて色のバリエーションぐらい増えないかなとか、そんなこと思ってはいけないのである。
 こうしてギルガメッシュと夜を過ごすようになって、どれくらいだろうか。初めて体を暴かれたのが、確か第三特異点の定礎復元を始める前だった。今は第四特異点の定礎復元を成し遂げて帰ってきたところだ。それなりに時間は経っているし、それなりに、行為にも慣れた。
 魔力供給の名目ではあったが、必要に迫られた時以外にも体を重ねていた。頻度はまちまちで、ギルガメッシュの興が乗れば問答無用で押し倒される。基本的に、マスターに拒否権はない。今日は無理ですと拒否してみても、あの手この手で体を開かされてしまう。百戦錬磨は伊達じゃなかった。
 一応、体調が悪かったり女性特有の月の障りの時には「興がそがれた」といってやめてくれる。やめてくれるのだが、それがまさにほっぽり出すと表すにふさわしく、ぞんざいな扱いに腹立たしくなってくる。

「カルデアに持ち込めるものも少なかったし……ていうか私は急にカルデアに来ることになって、考える間もなくって感じだったんですから」
「ふん、要するに手持ちの下着も色気のない部類ということではないか。身も心もなんと貧相な女よ」
「なんでそうなるんですか! 私だって人並みに可愛い下着とか服には興味あります! ……今の状況では贅沢を言えないだけで」

 ちなみに、少女はまだこの王に自分の気持ちを告げていない。どこに行っても常に位置とバイタルを捕捉されるカルデアでは、タイミングがなかったこともある。なにより心を占めているのは、想いを告げたいという気持ちよりも、想いを告げてしまったらどうなるのだろう、という恐怖だった。
 好きだと伝えたら、今まで通りでいられるわけがない。この男は、個人に固執することはめったにない。自分に付き合ってくれているのも独自の目的があるからだ。人類最後のマスターのあがきようには興味はあるが、それは決して好意ではない。
 だから、触れあっているとつい口をついて出そうになる言葉は、のどを通る前に飲み込んでいる。

「ほう、つまり貴様は着飾ること自体には関心はあるのだな」
「え……まあ、はい。そうですけど」

 てっきり口答えをしたことを怒られると思ったのだが、ギルガメッシュの反応は意外なものだった。ふむ、となにかを思案するように顎に手を当てている。身ぐるみをはごうとしていた少女を頭からじろじろと見下ろしたかと思うと、にやりと口を歪ませた。あ、これ絶対ろくでもないことを考えている顔だ、と嫌な予感がマスターの頭をよぎるが、時すでに遅しだった。

「ほほう、ならば雑種。女としての矜持を忘れていないというなら、特別に我が宝物庫を開けてやらんこともないぞ」
「………………はい?」

 なに言ってんだこの王様。意味をよく理解できずに固まるマスターを置いて、ギルガメッシュは妙案を思いついたとばかりに満足げにうなずいた。

「我の宝物庫には装飾品はもちろん、女を着飾る衣装もある。身も心も凡百な貴様には過ぎた品々だが、特別に見せてやろう」
「えっ……いやいいです結構ですいらないです」
(そんなの絶対高いやつじゃん! いや高い云々の前に、世界遺産級のものとかあるんじゃ……?)
「なに、すべてとは言っていない。出すものは貴様の身の丈に合ったものにしてやる。まあそれでも我が集めた品だからな、雑種には身に余るだろうが」
「いやだからいいですってば」
「なに? 貴様もしや……どうせなら我にコーディネートされたいと言うのか!? 王の宝物庫を開けさせただけでなくプロデュースまで望むとは……イシュタルもかくやという厚顔さよ!」
「言ってねー!! 一言もそんなこと言ってない!!」

 この王様の妙なポジティブ思考は前々から知っていたが、こうも話が通じない相手だとは。意見を聞いておきながら、結局自分のやりたいようにやる男なのだ。中途半端に乱された着衣姿で全力でツッコミを入れるという、改めて考えると異様な状況も、この男と一緒にいるとごく当たり前になりつつある。習慣てこわい、マスターは改めてそう思った。
 意図せずしてツッコミ力が鍛えられつつあるマスターのことなど、ギルガメッシュはまったく意に介さない。得意げなドヤ顔を向けてくる。

「ふっ心配せずともよい。ここではない世界、かつて黄金Pとしてアイドルの育成も手掛けた我にかかれば、貴様に服を見繕ってやることなど朝飯前よ」
「いやいや経歴は別に気にしてないですからね!?」
「昔のことを語るのは性に合わんが、女を抱く時は我好みに磨かせたものだ」

 この発言には思わず言葉を失った。昔のことは別にいいとして、我好みに、という語句には色々と考えてしまう。
 腐っても惚れた男だ。その男が自ら着飾ってやろうと言ってきている。それも、自分のコレクションを持ちだして。こんなことはそれこそ少女が生きているうちはないのでは──まさに千載一遇なのではないかと、惹かれてしまう自分がいる。
 好いた男に少しでもよく見られたい、少しでも好きだと思ってほしいと願うのは、恋心を抱く少女にとっては当たり前のことだった。

「あの、じゃあ……お、お願いします、って言ったら、私を王様好みにしてくれるんですか……?」

 気が付けば、こんなことを口走っていた。自分がなにを言ったのか、ともすれば盛大な告白にもとれる発言を理解する前に、ギルガメッシュが腹を抱えて笑い出した。

「ははははははは! 貴様、本気で道化の才能があるぞ!」
「な、なんでそこで笑うんですか!?」
「これが笑わずにいられるか! 我好みになりたいということは、すなわち我に惚れていると告白しているも同然ではないか! 今まで褥で頑なに口を割らなかった女が、こうもあっさり心をさらけ出すとは!」
「────っ!! いっ、ちが、違います、全然そんなことないです! 王様のことなんて全然好きじゃないですから!」
「これだから女というのは度し難い。自ら思いを告げる勇気はないが、我の気を引きたいから我好みにしてほしい? あざとすぎるわ、たわけ!」
「わーーー違うからーーー!」

 どれだけ口で否定しようと、少女の真っ赤に染まった頬がギルガメッシュの言葉を肯定している。秘めた気持ちをずばり言い当てられて混乱状態に陥ったマスターは、今自分がテンプレ中のテンプレの台詞を口にしていると気づいていない。しゃべればしゃべるほど墓穴を掘っている。

「ふっ、まあ我の魅力に取りつかれ、うっかり惚れてしまうのも無理はない。むしろ惚れぬほうがおかしい。そう自分を責めるな雑種」
「いやべつに自責してるわけじゃ」
「ふう、今日もなかなか笑わせてもらったぞ。大儀である」
「そうですか……」

 ご満悦のギルガメッシュに、弱々しく返事をするマスター。下着が色気ないと好きな男からなじられ、挙句隠しておきたかった気持ちまで露見してしまった。
 ギルガメッシュが好きで、できれば自分を好きになってほしい。どんなに否定したくても、偽りのない心。それを知られてしまった恥ずかしさで死にそうだが、同時にどこかほっとしたような感覚がある。彼が自分をどう思っているのか、それはまだ恐怖として少女を苦しめているが、この気持ちを知ってほしいという欲求は解消された。そのことが、心の一端を軽くしたのは事実だった。
 それはそれとして、もう疲れた。今日はこれで満足して自分の個室に帰ってくれないだろうか。そう言おうと顔を上げると、改めてのしかかってくるギルガメッシュが目に入った。

「………………あの?」
「働き者には、褒美をやらねばな?」
「いやいや今のどこにエッチする流れがありました!?」
「ほほほーう? 我は褒美と言っただけだが? 随分想像力が豊かだな、雑種?」
「あっ……!? い、今の状況でそう言われたらそう思います、よ!?」
「声が裏返っているぞ。まったく、欲しがり屋の雑種め。欲深い小間使いを持つと我のほうが身が持たんな」
「……! ……!!」

 羞恥の限界値を超えたマスターが、声にならない叫びを上げる。今すぐ顔を覆ってごろごろとのたうち回りたい衝動に駆られた。ギルガメッシュの体が上に乗っているのでできなかったが。

「王様、もう勘弁してくださ、んっ」

 言葉の途中でくちびるを奪われた。舌先はかすかにくちびるを濡らしただけで引っ込み、ちゅ、と軽いリップ音を立てて男の口は離れていった。
 吐息を感じるよりも先に熱が伝わってくるような距離。先ほどまで愉快そうに細められていた赤い瞳は、今は艶を含んで少女をとらえている。

「ここから先はその野暮な口を閉じよ。ああ、だが嬌声は我慢せずともよい。我を楽しませろ、雑種」

 その目にとらわれたが最後、頭が彼のことでいっぱいになる少女は、今夜も人類最古の王にいいように転がされてしまうのだ。

 ──もしも、自分から素直に想いを口にしていたら。
(王様は、私をどう思っているか、教えてくれたのかな)


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